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5 魔人クォーツVSグラッジスパイダー

驚きました。

目の前の光景が信じられません。

というより、信じたくありません。

頭が追いついていません。


美しい髪を蜘蛛の緑色の体液で染めた、凄惨な笑みを浮かべた少女がそこにはいました。

蜘蛛さん達は既にここにはいません。

彼らは全て、彼女によって蜘蛛さんだったものへと変えられてしまいました。


どうやら、私の想像以上に『嫉妬』のスキルはぶっ壊れた性能だったみたいです。


未だ理解が追いつかない頭を懸命に働かせ、私は今までの光景を脳裏に甦らせます。


……


…………


………………


私は今にも戦い始めそうなクォーツと蜘蛛さんの群れから十分に距離を取ると、地面に腰を下ろしました。

本日のカードは、魔人クォーツ対グラッジスパイダーの皆様です。

実況解説は私、悪魔神タナトスでお送りします。


魔人クォーツは自らとその主の危機を払いのけるため、片や蜘蛛さん達は同族の復讐と今夜の食事のため。

互いに違う思惑を胸に秘めて、両者尋常に勝負に望みます。


私としては、クォーツが勝利すると思います。

親であり主である私でも、いまいちあの子の能力や性格を判断できていないのですが、きっと負けないでしょう。

根拠はありません。

もし負けたら、私とクォーツは蜘蛛さん達に美味しくいただかれてしまいます。

負けられては困ります。


「頑張ってくださいクォーツ! 応援してますよ―!」


「うるさいです、集中出来ないので黙っていてください|《所有者様》(マスター)」


怒られてしまいました。

ヤジや歓声を出すのは控えた方が良さそうです。

心の中だけで留めておきましょう。


じりじりと、お互いにゆっくりと近づくクォーツと蜘蛛さんの群れ。

体液に惹かれる性質故か、蜘蛛さんの眼中に私は入っていないみたいです。

さっき抱きつかれた時に多少は体液が付いたのですが、クォーツのほうが大量に浴びているためこちらに反応していないのでしょう。

つまり、クォーツがやられたら蜘蛛さん達は私に襲いかかってくるわけですね。


嫌です。

怖いです。

もう蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされるのは勘弁して欲しいです。


コツン


クォーツの足が小石を蹴り飛ばしたのを合図に、蜘蛛さんが一斉に飛びかかってきました。

すぐに彼らの圧倒的物量に覆い尽くされてしまうクォーツ。


……えっ?


だだだだ大丈夫なんでしょうか!?

蜘蛛さんに覆われてクォーツの姿がさっぱり見えないんですけど!?


蜘蛛さんで作られた、蜘蛛玉とでもいうべきそれに、飛びかからずに残った蜘蛛さん達が糸を吐きかけます。

すぐさま繭のような形状の蜘蛛さんドームが出来上がりました。


内部から、ベキュとかグチャとか、生々しい音が聞こえてきます。

時折くぐもったクォーツの声のようなものも聞こえてきました。

糸で作られた蜘蛛さんドームは、内部からの圧力によって、上下左右に激しく揺れ動いています。


「クォーツっ!?」


思わず叫んでしまう私。

私の心の中が、恐怖で埋め尽くされていきます。


それは、命の危機に対する恐怖ではなく、クォーツを失うことへの恐怖でした。

まだ共に過ごした期間は短いですが、友人と呼べるものがいなかった私にとって彼女の存在はとても大きなものだったようです。

それが失われようとしている現在、私はそのことに恐怖していました。

悪魔神としての傲りか、先ほどまで私は物事を楽観視していたみたいです。

私が作った彼女なら、蜘蛛如きに負けるわけがないだろう、と。


もし本気でこの状況を危機だと感じていたならば、私はクォーツと共に戦うことを選んだはずです。


もしここでクォーツが死ぬなら、私も共に死のうじゃないか。

震える足を必死に動かし、私は蜘蛛ドームへと歩み寄りました。


ドームの周りにいた蜘蛛が、一斉にこちらを振り向きます。

私に向けられる、数多くの目、目、目。

真っ赤に光るそれに、私の足は意に背き逃げようと動きます。

その足を無理矢理前に動かします。

一歩、また一歩。


ようやく五歩ほど進んだとき、ドームの中の動きが止まりました。


まさか――

最悪な想像をしてしまい、私は膝から崩れ落ちました。


蜘蛛ドームを突き破り、真っ直ぐに伸びた蜘蛛の足が外気に晒されます。

ああ、やっぱりか。

絶望に打ちひしがれた私。

真っ暗な眼窩を蜘蛛ドームから離すことが出来ません。


蜘蛛の足に破られた糸の隙間から、緑色の粘液質の液体が零れ出します。


……え?

あれ?

クォーツの血って緑だったの?


混乱する私の視界の中、溢れ出す粘液の奥から五本の指が現れました。


力任せに強引に引きちぎられるドーム。

中から現れたのは、大量の蜘蛛の骸とそれを踏みつける美しい少女でした。


緑色に塗れたその頭部から伸びる髪は、光を飲み込む闇の色。

口元は歪な笑みを浮かべており、瞳の中には狂気が渦巻いていました。


まさに悪魔。

そうとしか言い表すことの出来ない姿に変貌したクォーツの姿がそこにはありました。


予想外の事態に戸惑っていたのは私だけではありませんでした。

私を見ていたドーム外の蜘蛛たちは動きを止め、怯えるように口元からカタカタと音を立てます。


蜘蛛さん達の気持ちはよく分かります。

完璧に蜘蛛さん達の拘束は決まり、中にいたクォーツは圧倒的物量を前に抵抗出来ず食われるものだと、私ですらそう思っていたのですから。

蜘蛛さん達からすれば、勝ちパターンに入ってあとは時間の問題だったはずなのですから。

あの状況から生還するような化け物には、今まで出会ったことはなかったのでしょう。


硬直する彼らの中を、黒く輝く光が一閃。


バタバタと、切り裂かれた蜘蛛さん達は死んだことにも気付かずに地に倒れ伏していきます。

彼らの奥には、鋭く尖った蜘蛛の足を片手に、それを振り抜いたままの姿で静止したクォーツの姿が。


「っふ」


一息吐き、血振りをするクォーツ。

色素が急激に抜けるように髪の色が元に戻ります。


後に残されたのは、時が止まった私と恍惚の表情を浮かべるクォーツだけでした。


………………


…………


……


理解不能。

その一言に尽きます。


まず、彼女の能力や戦いぶりが理解出来ません。

何をどうしたらあの蜘蛛ドームの中で蜘蛛を全滅させることができるのか。

それに、何故彼女の髪が黒く染まっていたのか。

髪の変化はおそらく『嫉妬』の影響なのでしょうが、その効果がさっぱり分かりません。


そして、彼女の性格。

クールかと思いきや優しかったり、さらには蜘蛛を虐殺して恍惚の表情を浮かべていたり。

私には彼女のキャラクター性が理解不能です。


いやいや!

いまはこんなことを考えている場合ではありません!

彼女の安否を確認しなくては!


「――はっ! クォーツ無事なのですか!?」


混乱する思考を押さえつけて、私はクォーツに駆け寄ります。

蜘蛛なのですから、きっと彼は毒を盛っていたはずです。

流石にあの蜘蛛の群れの中にいたのですから、無傷というわけにはいかないでしょう。


「……あ、|《所有者様》(マスター)。お見苦しい所を見せてしまいましたね、失礼しました」


はっと我に返り、バツが悪そうに頬を染めるクォーツ。

可愛い。

抱きしめたい。

蜘蛛の体液なんて気にせず頬ずりしたいです。


いやいや、違います!

頬ずりなんていつでも出来ます、今は彼女に怪我がないか確認しなくてはなりません!


「クォーツ、どこか怪我はしていませんか!?」


「? あの程度の相手から傷を受けるほど、私は弱くありません。私を作った|《所有者様》(マスター)ならお分かりのはずですが」


え?


「マジですか?」


「マジです」


マジですか。

私の作ったクォーツさん、私の想像以上に強かったみたいです。

私の心配と恐怖と、その他諸々の複雑な感情をどうしてくれるんですか。


いえ、彼女の能力を理解出来ていなかった私が悪いんですけどね。

ほら、クォーツも私のことを残念な子を見るような目で見てきてますし。

いーですよ、どうせ私が全部悪いんですから。

いじけてやりますよ、イジイジ。


「|《所有者様》(マスター)、いじけないでください」


クォーツが抱きしめてきました。

粘液まみれの体で。


……おぇ、くっさい。

流石にこの量の蜘蛛の体液はきついです。

クォーツの背中を叩いて離すように促すのですが、逆に抱きしめる力が強くなってしまいました。

ええい、離しなさい!

もういじけませんから、いじけませんから離してください!


私の悪魔神生の中で、最も疲れた数十分でした。

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