表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/26

16 おさるさん大暴れ!6

ラーンたちの部隊が森の中を進み続けて数時間、彼らの前方に猩々たちの集落が見えてきた。

集落の入り口付近に、残る全ての猩々と思われる集団が集まっている。

武装こそしているが、中には子どもと思わしき個体まで混じっていた。

彼らの集落は想像以上にこぢんまりとしており、強力な戦力は見受けられない。

猩々たちも、先ほど応戦した個体よりも体格の劣る者が大半だ。

ラーンはそのことに安堵する。

先の戦闘で多くの負傷者が出てしまった。

数こそ少なかったものの、犠牲になった者もいたのだ。


故にラーンは、先ほどよりも強力な戦闘要員が相手にいるのなら撤退せねばなるまいと思っていた。

そもそも今回の遠征の目的は、若手に実践的な経験を積ませることである。

訓練に近い遠征で将来有望な兵を殺してはならない、彼らが死ぬくらいなら大人しく祖国へ戻り自らが上層部から罰を受けよう、そうラーンは考えていた。

もっとも、集落の様子を見るにそれは杞憂だったみたいだが。


猩々たちの中から、一人の少女が騎士たちに向かって歩み寄ってきた。

光の角度によっては薄い水色に輝く銀髪の、小柄で美しい少女だ。

どう見ても人間、少なくとも猩々とは思えない。


ラーンは困惑する。

彼らの集落に人間がいるとは想定していなかった。


いや、彼女は本当に人間なのだろうか?

人の姿を取るのは、高ランクの一部の魔物だけだ。

もし、彼女がそんな魔物だとしたら、新兵ばかりのラーンの部隊では対処しきれないばかりか撤退することすら出来ないだろう。


しかし仮に本当に人間だとしたら、彼女がいかなる理由でこの場所にいるとしても自分たちには彼女を保護する義務がある。

敵対する者であったとしても、生かして捕らえなくてはならない。


そのように思慮を深めるラーンに、少女は無造作に近づきその薄い唇を開いた。


「我らが猩々一同は、貴殿らを生かしてこの森から出すつもりはありません。我らが盟主タナトス様がそれを望んでおられないためです。私自らは戦線に参加しないのでご安心を。また、この猩々らを殲滅し得た暁には、私は貴殿らに手を出すことなく見逃すことを誓いましょう。では、精々足掻いてください」


言い終えると、少女は踵を返し集落の中へと戻っていく。

それと同時に、猩々たちが雄叫びを上げながら騎士へと向かってきた。


彼女の言葉を聞き、ラーンは確信する。

少女はやはり高ランクの魔物だ。

人間の姿を取り、人間の言葉を話す。

それが出来るだけで、かなりの知性を持つ者であると見受けられる。


ラーンは、自らが幸運であると思う。

何を考えているのか、少女は参戦しないばかりか猩々が全滅したならば引き下がると宣言した。

高ランクの魔物を相手にするには、彼らの部隊では役不足、しかし猩々だけならば十分に余裕をもって相手取ることが出来る。


「総員、突撃っ!」


混乱する兵たちを、怒声で正気に戻す。

彼らが現状を理解出来ていなくてよかった、もし理解していたらほとんどの者が恐慌状態に陥ってしまっていただろうから。

ラーン率いる騎士皆が実践に乏しい故に、彼は簡素な命令だけを下す。

猩々が持つのは木製の武器、たとえ囲まれようと金属の鎧を装備した騎士がそうそう死ぬことはないであろう、という判断だ。

そもそも、負傷者を除いてもこちらの方が圧倒的に数が多い、囲まれるような事態はそうそう起きないであろう。


自らも剣を手に取り、猩々たちへと向かう。

この時、彼は気付いていなかった。

ラーンたちの進んできた方向から、とある集団が彼らへと向かってきているということに。






あれ、意外と善戦していますね。

私がコロニー手前に戻ってきた時、人間の騎士と猩々たちが戦っていました。

およそ二千対二百。

十倍の戦力、さらに練度や装備も格上の相手に、おさるさんたちが未だ全滅していなかったことに素直に驚きました。


まあ、ほとんどのおさるさんが負傷をしている上に既に動かない者も大勢いるんですけどね。


「ウキウキッ! ウホウホホッ!」


「ええい、うるさいですね! わたしにサル語は通じないってなんど言えばわかるんですか! わざとやっているんですか!?」


興奮したように近くのおさるさんが叫びますが、何を言っているのかさっぱりわかりません。

彼に釣られたのか、周りのおさるさんたちもウホウホウキウキと大合唱。

その声に反応して、ギョッとした顔で騎士たちが何名かこちらを振り返りました。


ああもう、奇襲が台無しじゃないですか!

せっかく気付かれることなく騎士の後ろにたどり着いたのに、おさる歌唱団のおかげで無駄になってしまいました。


「もういいです! ぜんいんつっこんできなさい! もう死ぬ気で! というか死んできなさい!」


私の言葉におさるさんは狂乱して騎士に向かっていきます。

彼らは死を恐れません。

何故かって?

それは、一度死んでいるからです。


先陣を切って人間たちに突撃したおさる部隊は、当然のように全滅しました。

何人かの騎士を道連れに、全員仲良くあの世行きです。

そこに颯爽と駆けつけた私が彼らに使ったスキルが、『反魂lv,9』です。

このスキル、いろいろと複雑なもので私にもその実態が分かっていませんが、簡単に言うと神聖じゃないリザレクションです。

死にたてほやほやの死体を甦らすスキルです。

これを使い、おさるの突撃部隊を蘇生させ挟撃する、というのがクォーツの作戦です。


なんでも、おさるさん自らがコロニーを守る方が彼らの為になる、とのこと。

その為に手を貸すことだけが、今回の私たちの仕事だそうです。


言いたいことは分かります。

ですが、そんなんでは私は満足しないんですよ?


最初にその話を聞いたときは、彼らを生き返らせることで尊敬される! 仲良くなれる! そう思っていました。

しかし、実際やってみるとおさるさんたちは私に一言ウキウキ言っただけで、全然尊敬されませんでした。

悔しいです。

ムカムカします。


ですので、ちょっとばかしこの作戦に手を加えてみました!


死ぬ覚悟のおさるさん突撃によって、戦場は大いに混乱し始めました。

しかし、混乱の原因はそれだけではありません。


騎士に襲いかかる騎士が、数名ほどいるのです。


解説がてら、兵を増やすために私も戦場へと向かいましょうか。

辺りに倒れる斬り伏せられたおさるさんを蘇生させつつ、騎士の死体を探します。

おっと、ありました。

『反魂lv,9』を使って、彼を甦らせます。


「……はっ、俺は一体……死んだはずでは……?」


「こんにちは、きしさん。そしておやすみなさい」


「君は……ムグゥッ!?」


困惑する騎士の唇を唇で塞ぎ、そのまま呪詛を唱えます。

闇属性魔法、|《慰めの烙印》(コンソレーション)。

心に傷を負っていたり、混乱していたり、要するに精神的に不安定な対象との接吻により発動します。

効果は対象に心の安定と、術者へ狂信的な恋慕を抱かせること。

死んだ、という現実と生きている、という現実。

相反する二つの事実のなかで困惑する者に、この術を仕掛けるのは容易いです。


十数秒ほど舌を絡ませ、口をそっと離します。

唾液が糸のように双方を結んでいる光景は、どこか扇情的ですよね。


「さて、きしさん。私の為におさるさんを助けてあげてください」


「……分かりました、|《所有者様》(マスター)」


まるで操り人形のようにして立ち上がると、彼は劣勢のおさるさんの加勢に向かいました。


こうして、おさるさん側の騎士の誕生です。

戦場は大混乱です。

愉快ですね、楽しいですね!


同じようにして何人も、騎士たちをこちらに引き込んでいきます。

おさるさん側に騎士が増えるほど、倒れる騎士が増えます。

そうすると、更におさるさん側の騎士が増えます。

おさるさんとこちらの騎士が死んでも、すぐに私が甦らせます。

向こうの騎士が死んだら、すぐに私が引き入れます。

そして、まだまだ私の魔力は尽きません。


勝ちましたね。

ふやけてきた唇を拭って、私は天に拳を突き上げます。

その様子を見て、おさるさん側の騎士が歓声を上げます。


いい気分です。

こういうのを私は待っていたんですよ。

これこそが、本来の私のあるべき姿ですよ。


ふと、コロニーの方を見ると、クォーツがもの凄い表情でこちらを睨んできていました。

え、えぇ!?

そんなに起こることですか!?


彼女の口元が動きます。


あ と で は な し が あ り ま す


熱狂するおさる騎士連合の中、私はただ一人恐怖に震えました。

遅れてすみませんでしたorz

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ