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姉様の苦悩 2

次元の隙間を抜けて、私はとある世界に降り立った。

そこは、人間が生態系の頂点に立つ珍しい世界。

龍すらも殺す人間がいる、少しおかしな世界。

この世界の人間は、一体どのような進化を遂げたのか、少し気になるわね。


人間が建てたらしい王宮の屋根に立ちつつ独りごちる。

……もし私を見上げてくる人間がいたら、下からスカートの中が見えそうね。

風にはためくロングスカートの端を、私は両手で押さえつけた。


さて、まずは妹の居場所を特定しましょうか。

呟くように感知魔法の呪文を唱える。

最後の一音が唇から放たれた瞬間、膨大な量の情報が私の頭に流れ込んできた。

それも当然、なにせ感知する範囲はこの世界の全土なのだから。


「……なによ、これ」


その情報を吟味している最中、私はこの世界の異常に気がつく。

かなりの魔力量を誇る魔物が大勢、各地に散らばるように生息していた。

それ自体は、珍しいもののどれも私よりも弱いのだしあまり気にすることでもないのだけれど。

そのどの個体からも、妹と同じ質の魔力が検出された。


感知魔法に異常が発生した?

そんな訳がない、この私がこの程度の魔法でミスを犯すなんてあり得ないわ。

ならば、妹が追っ手の目を欺くために妨害を施している?

こんなにたくさんの数を、あの不器用な子が出来るはずがない。

それに、そこまで気が回るような子だったのならば、こんなにあっさりと訪れた世界が特定出来るはずがないもの。


分からないわ。

さっぱり分からない。

はぁ、困ったわ。


「……ん?」


こっちに近づいてくる気配があるわね、それもかなりの速さで。

二十と少し、そのどれもが上位悪魔並の力を持っているみたい。

この世界の人間かしら、他の世界と比べてずいぶんと強いみたいね。


せっかくだし、彼らの到着を待ってみようかしら。

理由なんてないわ、ただの気まぐれよ。

理解不能のことばかり起こって私の心が荒れてきているから、その八つ当たりに少し付き合ってもらおうかな、なんて思っただけ。


「……あら、意外と早かったわね」


数十秒後、甲冑を纏った人間が私を囲むように王宮の頂点に舞い降りた。

なるほど、飛ぶことが出来るのね。

道理で到着が早いわけだわ。


「いけませんなレディ。あなたのような方が一人で、こんな所に上るなんて」


私の正面にいた人間の一人が、一歩前に出て私に話しかけてくる。

髭を生やした背の高い男。

右腕には両刃の剣、左手には円形の盾を装備していた。

ウィットに富んだセリフを吐いてはいるものの、冑の隙間から覗く目は決して笑っていなかった。


「あらそう。ナンパなら間に合っているわ、他を当たって頂戴」


「ふざけるなよ化け物め、お前は何者だ?」


雰囲気を変えて凄んでくる人間。

あらやだ怖いわ、レディなんて言ってくるから合わせてあげただけじゃない。

ジョークを早々に切り上げるなんて、ユーモアが足りていないわね。

そんな人生楽しいのかしら。


「何者だなんて、ずいぶんとご挨拶ね。相手に素性を聞くときはまず自分が名乗るものよ。教わらなかったのかしら」


「黙れ、悪魔に名乗る名など持ち合わせていない」


悪魔だということくらいは分かるのね、鑑定魔法でも使っているのかしら。

自分の情報を盗み見られるのは、あまり気分が良くないわね。


半径二キロほどに、魔術に対するジャミングの効果のある結界を広げる。


「なっ!?」


驚愕の表情を浮かべる人間たち。

後ろの者たちも何らかの魔法を使っていたか、あるいは使おうとしていたみたい。


「力の差が分かるように、可視化させて結界を張ったわ。こう見えても私は優しいの、ここで今帰るなら見逃してあげる」


どうせ聞かれないと分かってはいるのだけれど、様式美として警告を発する。

こういう悪としての小さな振る舞いの一つ一つが大切だと私は思う。

問答無用で襲いかかったり、いきなり戦いを始めるなんて野蛮すぎると思うもの。

妹に前口上を教え込んだりと、私はこの考えを広める活動なんかもしているわ。

魔界であまり賛同者はいないのが悲しいところだけれど。


「ほざけ! これほど強力な結界を張ったのだ、貴様は魔法を使えまい! 魔法の使えぬ悪魔など我々の敵ではない、今ここで消滅させてくれる!」


当然ながら激昂した人間は、私に斬りかかってきた。

もし帰るようなら本当に見逃してあげようかと思っていたのに、人間って愚かね。

聞き入れられないと見越して言ったのだから別にいいのだけれど。


しかし、私は魔法が使えない?

ずいぶんと過小評価されたものね。

この世界で頂点に立ったからといって、いささか傲慢が過ぎないかしら。


この程度の結界の維持なんて大したことはないのだけれど、勘違いを正すのも面倒だし魔法は使わないであげましょうか。


振り下ろされる刃を二本の指で白羽取りする。


「なにぃっ!?」


驚く人間を剣ごと持ち上げ地面に振り下ろす。

煉瓦のブロックを突き破り、王宮内へと姿を消す人間。


「……え?」


武器を構えたまま呆ける周囲の男たち。

どうやら今の光景が受け入れられないみたい。


「ふぅ、次は誰? 全員でかかってきても構わないわよ」


いつまでも止まっていられては敵わないので、硬直する人間たちを挑発する。

私から向かっていって一方的に虐殺するのは、私の美学に反するのよ。


「……う、ううううううわああっ!」


半狂乱となった男が突っ込んできたのを皮切りに、各々が武器を振りかざし私に向かってくる。

それらを躱しながら、一人一人順番に殺していく。


ある者は手刀で首を飛ばされ。

ある者は甲冑ごと心臓を貫かれ。

またある者は自身の武器で額を割られ。


数分ほどで、人間たちは皆人間だった者へと変質した。


スッキリしたわ。

久々にしっかりと運動したからかしら、全身を心地よい疲労感が包んでいる。

結界を解いて、うーんと伸びをする。


そういえば、タナトスもこうやって伸びをすることが多かったわね。

……ストレス、溜まっていたのかしら。


次の瞬間――


一閃。


私の顔の横を、はらりと数本の髪が舞う。


「くっ、外したか」


見れば、一番始めに階下にたたき込んだ髭の男が腕を構えてこちらを睨んでいた。

生きていたのね。


「どのような卑怯な手を使ったかは知らんが、部下たちの仇を取らせてもらう!」


瞳に怒りを滾らせ、魔法の詠唱に入る人間。


耳元が、突然ひやりとした。

ふと己の銀髪に触れてみると、その一部が冷たく凍り付いている。


それを把握した瞬間、私の中で何かが切れた。


「食らえ、セイクリッドブリザード!」


男の放った魔法を避けるでもなく、私は真っ直ぐに歩みを進めた。






……やってしまった。


私の下に広がるクレーターを見ながら、私は両手で頭を押さえる。


大切な髪を傷つけられ、思わずここにあった国を消し飛ばしてしまった。

ついかっとなってやった、後悔はしている。


「……妹に合わせる顔がないわ」


いつもタナトスの行動を諫めている私が、実はこんなにも気が短かったなんて彼女は知らないでしょう。

知ったら私のことを軽蔑するかしら。


ああもう。

妹がなにかしでかさないか見張りに来たのに、私が問題を起こしているじゃない。

先が思いやられるわね……

導入編終了です

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