第二話 接吻
京都で唐沢師範に拾われ、御茶屋にいるところです。
第二話 接吻
リュシフェル
「トシ、さあ旅支度だ」唐沢師範にせかされる。
「俺、荷物無いんですけど」と俺。そりゃそうだ、少し前までは裸だったんだから。
「そうかトシ、じゃあ出発だ」とのんきな唐沢師範。
「話聞いてる?」と俺。まあいいや、別に。旅支度、あー旅支度。あっ刀がない。
「師範、俺刀がない」
「フフッいずれな。今のトシには刀は贅沢品だ」
「分かりましたよー、どうせいいですよーだ」
「トシ、腹へってないか?」やさしいね、師範は。
「だいぶ減ってます。もう俺、飯食えないものだとあきらめてました」
「私に任せなさい。あの店で、団子でもいただこう」と言いつつ唐沢師範、所持金を確かめる。どうやらたいして無さそうだ。団子だもんなー。すぐ近くに団子屋さん発見。どうやら御茶屋さんみたいだ。
「主人、この子に団子を腹いっぱい食べさせてやってくれ。私はいいから」武士は食わなど高楊枝、地でいってるねー。
「俺も、味見程度でいいですよ」と遠慮。それに団子より刀がほしい。
「トシ、いいのかちょっとで?」と少し安心したような唐沢師範。
「いいですよちょっとで。それに俺に策がある」さあ、がんばっていこー。いつもとちがった俺で。
「主人、妻か娘さんはいますか?」と俺。
「はい、今二人とも奥で働いてますが。何か?」
「呼んでください」と頭を下げる俺。
「おーい。お侍さんが話しがあるみたいだ」
「はーい」と年配の女性。奥さんだろう。
「はーい」と十二歳くらいの娘。娘さんだろう。
「あのですね。取引がしたいのですが?」まじめな顔をした俺。
「取引?」と娘。怪訝そうな顔の年配の女性。
「俺がもし、ほっぺに接吻したら団子を無料でいただけませんか?」 さすが俺。しかもかわいく言う。
「トシ、武士のすることじゃないぞっ」唐沢師範の怒った顔を初めて見る。
「でも、俺刀も持ってないしこれじゃ武士ではないじゃないですか」 本当は刀がほしい。
「ふふ、トシ君ていうんだ。お父さんに話してみる。そのかわりほっぺに接吻忘れないでね」がんばれ娘。とりあえずお茶でもと、安堵した顔の奥さん。お茶をだしてくれた。
「お父さん良いってさ、トシ君。そのかわり少し古くなった団子だけど」すごいぞ娘。
「全然かまわないです。団子一個で接吻?」と俺。でれでれ。
「団子三個で接吻でいいわよ」ほっぺを赤く染めた娘。
チュッチュッチュッ。
「あー、団子おいしかったです」九個も食べちゃった俺。てへ。娘さんは多分だけど、照れて奥に引っ込んじゃった。憮然とした顔の唐沢師範。
「なあトシ、こんなことばっかりしてたのか?」
「初めての試みです。成功すると思わなかった」
「もうするなよトシ。侍のすることではないからな。主人、もう出る。世話になった」立ち上がる、唐沢師範と少し遅れて俺。
「いえいえ、あんなにうれしそうな顔をする娘を初めて見ました。お侍様も、団子を歩きながらでも食べてください。お代は結構です」
「すまん。重ね重ね世話になった。では」あれ、武士は食わねど高楊枝?
「へい」と主人。ありがとな団子屋。
「トシ、すまん。ありがとう。私には所持金が少ししかない」と団子をむさぼり食いながらの唐沢師範。
「別にいいですよ。正直、お金はおっかねーですよ。ただ、どうして江戸城の剣術師範が貧乏なんですか?」
「私は人の不幸を金で埋めたがる。ずっとそうしてきた。だから常に自分に武士は食わねど高楊枝と言い聞かせている」
「それで俺の分はともかく、自分の分の団子を買う余裕もないと」
「すまん」口を真一文字に結ぶ唐沢師範。
「唐沢師範、俺思うんです。本物の不幸は自分が幸福だときずいてないんじゃないかと。俺は団子も食えたし、ひとりぼっちでもないし十分幸せです」
「そうか。トシはやさしいな」涙目になってる唐沢師範。
「それに、接吻もできたし。てへ」さあ、いざ江戸へ。
もしよろしければ、続編期待しててください。
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