第十話 高嶺
うおっ、大作の予感。
「歳三っ、薩摩へ向かう前に、寄りたい所がある」と俺と一緒に歩きながら、唐沢師範が言った。何か、思い詰めた顔をしている。
「どこでも、いいですよー。げへへー」と俺。少し、唐沢師範の頬が緩む。たまに、はユーモアの精神も大事です。
「げへへーっじゃない、まったく。歳三、もうすぐ着くぞ!江戸に来たら、一度は立ち寄りたいと思っていたが、なかなか勇気が出なかった」唐沢師範の行手には、立派な武家屋敷が建っていた。
「殴り込みですかー、それは、勇気がいるかもしれないですね」と俺。
「馬鹿っ何で殴り込みしなきゃいけないんだ。私の意中の人に、会いに行くだけだ」先を急ぐ、唐沢師範。武家屋敷の門の前に止まり、立ち竦んでいる。
「はっはっはー、こういう時は、押して駄目なら更に押してみろだっ」と、武家屋敷の閉まっている門に、前蹴りをする俺。唐沢師範は面食らっている。
門が開き、門番と一人の女性が立っていた。
「トモ子、話がある。少し外で話せないか?」と、勇気を振り絞って、唐沢師範が言う。
「少しだけなら」と、トモ子と呼ばれる女性が門の外に出る。嬉しそうな唐沢師範。壊した門の賠償を門番に請求されないか、ヒヤヒヤしている俺。まあ、壊れた門ぐらい唾つけときゃ直るよねっ!きっと!
「トモ子さん、私と付き合って下さい」
「気持ちは嬉しいのだけど、もう代官様に嫁ぐのが、決まっているので」
勇気を出して告白したのに、振られる唐沢師範。固く目をつぶり、下を向いている。こんなに落ち込んでいる唐沢師範を見るのは、御家老が亡くなった時以来だ。トモ子さんも、寂しそうな悲しそうな顔をしている。
「頼もう頼もう。俺は、歳三と申す」
「初めまして、トモ子と申します。唐沢さん、この子は?」
「侍を目指している子供で、私が育てている。最近、名前が歳三に決まった。歳三、もう用は済んだ。足し去ろう。所詮、私にはトモ子さんは高嶺の花だったんだ」
こういう時こそ、俺の出番だよね。
「侍の平均寿命が、この時代30歳前後と言われている。それに照らし合わせれば、もう二人ともいい歳だ。自分の人生ぐらい、自分で決めていいと俺は思うけどね!」
思わず顔を見合わせる、唐沢師範とトモ子さん。
「例えば二人が自由に恋愛出来るとしたら。今この時代、唐沢師範ぐらいの、見た目も良く中身もある男はそうそういない。同じく、トモ子さんも笑顔が素敵でハツラツとした女性だ。俺から見ても、二人はお似合いの二人だと思うけどね!」と俺。
「トモ子っ私でいいか?」と唐沢師範。
「はいっ」と元気のいいトモ子さん。
「じゃあ、代官とやらを、説得もしくはぶっ飛ばす、それでも駄目ならぶっ殺しに行くとしますか」と俺。
「おー」とトモ子さん。唐沢師範はというと、何だか剣呑な顔付きをしている。まあこれから、人を殺すかもしれないからなー。代官とやらが、悪人だったら楽なのになー。
唐沢師範に道を案内してらって、代官とやらの屋敷に到着する。ちなみに、俺は基本どの人生でも、方向音痴なので、どう来たのかわからない。トモ子さんは、さすがに、真剣な面持ちをしている。
唐沢師範が門番に、伺いを立て取り次ぎをしてもらう。念の為と門番に言われ、刀は取りあげられた。俺はもともと刀を持っていないから、警戒はされなかった。
屋敷の中から代官らしきものが顔を出した。
「なんだ、トモ子。もう、嫁ぎに来たのか。ちゃんと私の妾にしてやるからな」と代官。
「結婚ではなく、妾なのかっ!」と目を血張らせて言う唐沢師範。
「はっはっはー、悪人と悪代官、決定だな」そう言うと、俺は、悪代官の左に置いてあった刀を奪う。警戒されてない分、そんなに難しいことではない。俺は刀を抜き、悪代官の首にあてがう。
「さあ、クソ代官っ。自分の命をいくらで買う?」と俺。
「ヒイイ、命だけは見逃してくれ。金なら、いくらでもくれてやる。命だけは見逃してくれ」と代官。
「歳三っ、もうその辺でいいだろう。悪代官とはいえ、命は命だ」と唐沢師範。
「分かってないなぁ〜唐沢師範。こういう時は、まず脅迫。脅迫に必要なのが圧倒的な恐怖。ただ今回の場合は、後顧に憂いを残さないようにしないといけない。腐っても代官。ここで見逃すと、今後二人の命をつけ狙うだろう。もちろん、俺の命が狙われるしょうがないけれども。人を殺す時は、自分がいつか殺される事も、覚悟しなければいけない」そう言うと俺は、代官を頭から、脳天から竹割りにした。
あっけにとられて、様子を見ていた代官の屋敷の門番に、金蔵の在り方ん聞く。金を4当分にしようと言うと、怯えながらだけども、すんなり応じてくれた。
「これで薩摩までの旅費もできた。唐沢師範とトモ子さんの新婚旅行のね」
「ははは〜でかした歳三」と唐沢師範。
「はいっ」と元気な笑顔のトモ子さん。
「多分、二人はこれで運命を変えることができたんだと思う。次に生まれ変わっても、ちゃんと引き合うように絆を作ってくれ。俺が薩摩に到着して住む家を見つけたら、唐沢師範の俺を育てる役目も、もう終わりだろう。俺はこの人生では、侍になるのが目標だ。ちゃんと一人で成ってみせるよ侍に。では、いざ薩摩へ」と俺。以上。
よろしければ、続編も楽しみにしてて下さい。