罪人、猫、豚
猫を両手で抱いて教会を出た。
馬車が通るためか、町を歩いている人は道の端っこを通っているが、日本のように白線で区切られたりはしていない。道路のはっきりとした決まりは無いのだろう。
封印が解除されても、それに気付いている人やパニックになって騒いでいる人はいない。魔法とは便利なものだ。
しかし、それに頼りすぎると使えなくなった時に困りそうだ。前の世界の科学と同じようなものだろう。
町行く人の中にはローブを着ている人も少なくない。やはり、魔法使いはローブを纏っているのが普通なのだろうか。
よく見ると剣や槍などを身に着けている人が当たり前のように歩いている。銃刀法違反にはならないようだ。
この国の法律は早く学んでおくべきかもしれない。スキルのおかげで記憶するのに苦労はしないはずだ。
もしかしたら、魔法で不法入国を見つけ出すようなシステムがあるかもしれないので、このまま町を歩くのは少し危険だ。
そう思い、スキルで黒色のローブを二つ作り一つはリリムに着させ俺も着る。これは確かハロウィンの時に売っていたものだ。もちろん買ってはいない。
リリムにはサイズが少し大きかったようだ。
後ろから顔が確認できない程度でまったく見えないわけではないが、少しは顔が隠れるだろう。
それに、どこにでもいそうな服装をしているだけでもメリットになる。こちらの服装を知られただけでは探せなくなるからだ。
「さて、まずは金だな。とはいえ、どうすれば稼げるのか」
まだ、日は落ちるまで時間がある。宿をとるにしても、家を買うにしても金が必要だ。しかし、俺にはこの世界で人脈も学歴も何も持っていない。一回触れば、後はいくらでも複製できるので本格的に商売を始めはしないが、何か金を触る機会が必要だ。
「でしたら、冒険者ギルドで登録をなさってはいかがでしょうか」
思考を巡らせている俺を見てリリムがそう言った。
オオカミから常識をもらったので、冒険者ギルドのことについても少しなら知っている。
このギルドに登録した人は冒険者と呼ばれていて、魔物や盗賊の討伐などの荒事関係を仕事にしたい人が登録しているらしい。
それ以外で俺が冒険者について知っていることは、登録すると身分証の代わりになるカードが発行されることと、冒険者にはランクがあることぐらいだ。
「冒険者って登録に何か必要じゃないのか?」
「そんなことも――」
猫の声を無視してリリムが答える。
俺に抱かれている猫はうざいことしか言わないので気にしなくていいだろう。
「はい。本人が行けば誰でも登録できます。もちろん登録料もかからないはずですよ」
リリムの話を聞く限りでは大丈夫そうだと思い、ギルドに案内してもらう。
彼女には悪いが殺すのは少し後になりそうだ。便利すぎる。
ジンは殺す。うざすぎる。
木製の扉を開け、ギルドの中に入ると室内の人々が静まり返ってこちらに視線を向けた。黒いローブを纏っていて白い猫を抱いている確かに怪しい者だが、それだけではこれほどの雰囲気にはならない。
俺はその視線を気にせず受付に向かって歩く。
この雰囲気は異常だ。いや、これは俺が入ってきたからそうなったのか。
やはり、冒険者というのは戦いを仕事にしている。そのため当たり前だがギルドの中は戦いに慣れている者が多い。まだ若く経験が浅い人や受付の人など、そうでない者も数人いるようだが。
それにしても、ここまでとは思っていなかった。俺を見ている奴らは雰囲気とか表情から俺が異常だということに感づいたのか。血の匂いや汚れは魔法で落としているので、一見普通の人と何ら変わりなく見えるはずだ。それほどここにいる奴らのレベルが高いということか。
「冒険者登録をしたい」
「それではこちらの用紙に必要事項を記入してください。名前だけでも書いていただければ登録上は問題ありません。文字は書けますか?」
「いや、書けない」
「でしたら私が代筆しますので質問にお答えください」
静寂の中で二人が会話する声が響く。
書けるかもしれないが、筆跡を知られたくはない。冒険者ギルドはかなり大きい組織のはずだ。だとすると国がここに情報提供を求める確率も高い。賞金でもかけられれば冒険者は喜んで参加するだろう。
「お名前を教えてください」
「アレクだ」
とっさに思いついた勇者の名前を使う。ここにいる冒険者は俺のことを警戒している。この状況で自分の情報を公開したりはしない。
「では次は出身を」
「教えない」
名前だけでいいと言っていたからな。教えなくてもいい情報を教えたくはない。
「生年月日、現在の住んでいる場所、所持スキルなど他に教えれる事はありますか?」
「ないな」
受付の女性はこちらが何も教える気がないことが分かったのだろう。見るからに怪しい奴が出身を教えない時点で察するか。
「それではギルドカードをお作り致しますので少々お待ちください」
そう言って受付の人は奥に入っていった。本当にこれだけのようだ。
「おい黒猫野郎、アレクとか言ったか。お前みたいな胡散臭いやつが冒険者の質を下げてるんだよ。わかったら痛い目を見る前に立ち去れ、受付のセシルさんには俺から言っておいてやるからよ」
この面白い雰囲気を理解していない若い冒険者が薄笑いを浮かべながら突っかかってくる。
黒猫野郎とか言われた。ジンは白猫だ。
冒険者の質とか言っているが、大方こいつは受付と話がしたいだけだろうな。
それはさておき、良いことを思いついた。今はここの冒険者のほとんどが見ている。実力を示すのにこれほどいい状況はない。
「なんだ、言い返しもしないのか? そのローブは見掛け倒しかぁ。弱いなら冒険者なんてやめとけ。怪我するだけだ。金がないから困っているのならそこの女を俺が奴隷として買って――」
一瞬で回りこみ、もたれかかる。背中合わせになっている状態だ。
「――やろうか。ってあれ?」
「クククッどこ向いて話しているんだ? 豚野郎」
言いながら振り返って目を合わせる。
楽しくなってきた。
殺したい。殺したい。殺したい。
大勢が見ている前でこいつの頭を叩き割りたい。臓器を抉り出したい。四肢を捥ぎ取りたい。
殺人衝動が噴火するように溢れ出してくる。
こいつが苦痛で顔を歪めているところを想像して気持ちが昂り、口角が吊り上がる。
今はまだダメだ。抑えろ。今抑えればもっと楽しく殺せる。
「ひぃっ……あ、悪魔だ」
こちらの顔を見た豚野郎が走ってギルドを出た。俺は逃げるほど悪い顔をしているのだろうか。リリムはこちらを見て光悦としているのに。こいつは例外だな。
表情を戻しつつ室内を見回すと俺を見ている視線はリリム以外はいなかった。それどころか、目を合わさないようにしているみたいだ。表情から完全に怯えているとわかる人も少なくない。
そうこうしていると受付の人が帰ってきた。
「こちらがアレク様のギルドカードになります。身分証の代わりになりますので失くさないようお気を付けください」
ギルドカードは前の世界で言うところのICカードのような見た目で、名前とランクが書いてあった。ランクにはDと書かれている。
文字はなぜか読める。目で文字を読もうとすると頭に内容が入り込んでくるのだ。
「これでアレク様は正式に冒険者になりました」