罪人、異世界に行く
真っ白い毛皮のオオカミが佇んでいる。
雪のように白く一つの汚れもない毛皮だ。
その凛々しい顔は、あきらかに俺をとらえていた。
はて、さっきまで何をしていたんだったか。
確か俺に死刑が執行されたんだ。
あれだけ国の重鎮とか大企業の社長とかを殺しまくっていたら、当たり前だよな。
意識を失って、気が付いたらこの状況だった。
俺の推測が間違っていなければ、この白いオオカミは神様だろう。
目の前にいると神々しさが伝わってくる。
圧倒的な力の波と言えばいいのか、オーラのような何かがこのオオカミから溢れ出ている。
「落ち着いてきたか。話を始めるぞ」
「あ、あぁ」
男性のような低い声が聞こえ、反射的に返事をしてしまった。
しかし、落ち着いてはいない。
オオカミが人間の言葉を話した違和感によって、落ち着いてきていたのが吹っ飛んだ。
何を言われるのだろうか。
もし死後の世界があるのなら、俺は地獄確定だろうな。
「私はお前が生きていた世界とは違う世界の神だ。お前の世界からランダムに一人この神界に召喚した」
話す内容を決めていたのだろうか。
そう思わせるほどスラスラと白い獣が話す。
不思議と内容は頭に入ってきて、強制的に理解した。
理解させられたとも思える。
「ランダムという事は俺が選ばれたのは偶然なのか」
「そうだな」
ということは運よく死ぬ直前に召還されたと言うことになる。
俺はオオカミに命を救われたようだ。
「お前には私の世界で生きてもらう。向こうに行ってからは何をしても構わない。大量殺人をしてもいいし、教会で働いてもいい」
「なぜそんなことをするんだ?」
「暇潰しみたいなものだ」
暇潰しで俺の命は救われたようだ。
前の世界に未練はない。
なんせ人の頭を持って警察に出頭したんだから。
ちなみにそれは俺が殺した百人目のものだ。
「それで、どんな世界なんだ?」
「お前の世界と違うところは沢山あるが、分かりやすくまとめるとスキル有り魔法有りの中世ファンタジーな世界だと思ってもらえればいい」
「なるほど」
すぐにそんな答えが出るなんて、何度も説明しているみたいだ。
ファンタジーといえば人間の敵である魔物のような存在が思い当たる。
俺は対人戦なら負けない自信はあるが化け物と戦えば即死することだろう。
「俺が行っても死ぬだけだろ」
「それなら問題ない。こっちの世界の常識と最強の力をプレゼントする。それじゃあ、そろそろ俺の世界に送るぞ」
「そうか。後、気をつけたほうがいいこととかあるか?」
「詳しくは話せないがジン・ブラフマと名乗る者には注意した方がいいだろうな」
ジンか覚えておこう。神が危険だというのならよほどなのだろう。
「分かった。色々有難うな」
「あぁ、さらばだ」
意識が途切れる直前、オオカミが黒く染まったような気がした。
目を覚まし周囲を確認してから、白いオオカミを呪った。
見晴らしのいい荒野。
そこに生息する無数の凶悪な風貌の魔物たち。
この状況じゃなければ、かっこいいとテンションが上がっていたかもしれない。
そのほぼ全てがこちらを向いていなければ。
「グルワァッ!」
「ガーガー」
鳴き声を上げ全方位からこちらに襲い掛かってくる。逃げることは出来ない。前も後ろも上空もあらゆる魔物で埋め尽くされている。
数百体、いや数千体だろうか。
困った時こそ冷静に行こう。
ここは異世界で、俺は力を神様から貰った。
スキルの確認は心の中で念じればいい。
〈固有スキル〉
[創造者]
〈任意発動スキル〉
[超越級体術][超越級剣術][超越級全属性魔法][超越級魔力操作][超越級気配操作][超越級威圧][超越級解析][高速思考][並列思考][隠密][隠蔽][読心][催眠]
〈自動発動スキル〉
[超越級身体能力強化][超越級五感強化][魔力無限][体力無限][不死][物理無効][全魔法無効][状態異常無効][精神汚染無効][窒息無効][完全記憶][瞬間記憶][瞬間成長][力加減]
頭に情報が入ってくる妙な感覚を味わった後、俺の恐怖は驚愕に塗りかえらた。
思考を続けていると、それぞれのスキルに関係する知識なども頭に入っていることに気付く。
「ゴォン!」
巨大な恐竜のような魔物に踏みつけられた。
しかし、無傷だ。
現実ではありえない現象。
ありえなかった現象に遭遇する。
物理攻撃が効かないということの証明。
そういえば魔物に囲まれているんだった。
試しに魔法を使おう。魔法はイメージが重要だ。
使う属性は重力。対象は俺を除くこの場にいるすべての生物にしよう。こんなところに人間はいないだろうし、もしいたとしても俺の知ったことではない。
重力の向きを上に向けて、上空に打ち上げる魔法だ。
よし、イメージは固まった。
「空に落ちろ」
俺の呟きと同時に魔法が発動する。
近くの魔物が視界から一瞬で消えて、一面の荒野だけが広がった。
想像以上に早く空に上がったな。軽く音の速さは超えてるだろう。
「フフフッ」
あぁ、なんて楽しいんだろう。
やはり生物を殺めると言うのは人間じゃなくても興奮する。俺はどんな顔をしているんだろうか。
魔物はまだまだ近くにいそうだ。そもそも、この世界に人が存在するのかも分からないが、今はこれがなによりも楽しい。
心から湧き上がる激情に突き動かされ、高速で移動し次々とあらゆる方法で魔物を殺していく。
命を奪う風になった気分だ。
体がそれだけ軽い。効果的な動かし方が直感的に分かる。これがスキルの恩念か。
殺しても殺しても、魔物がわいてくる。何を考えてあの神はここに送ったのだろうか。
スキルの試用をさせるため?
魔物と力比べさせるため?
どうでもいいかそんなこと。
右手の拳に思いっきり力をのせて前方を殴ってみる。
すると、直線状に魔物がいない空間が出来た。
さすがの身体能力だ。
ここが何処なのか。そんなことは後回しでいいだろう。
今は全力で楽しむんだ。
俺は生物を壊すことが大好きだ。
笑い声が止まらなかった。
「チッ転送先がずれた。やはり感知されたか。まぁそれも想定済みだ。ククッこれでこの世界はもうすぐ終わりだ」
真っ黒な世界でそう話す何かがいた。