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小噺1(彼岸の花)

作者:

ある朝、夢を見た。

僕は無職である。名前はあっただろうがもう忘れてしまった。

家を出、壮大な夢を追いかけ、大都会に出向くも人の重みに、現実の重みに、自分の軽さに押しつぶされ、僕は夢を見るのをやめた。いまや何処に出しても恥ずかしくない立派なアルバイターである。

本日は天気が澄み渡り、この四畳半の安アパートに日差しが差し込む。いい天気だった。何気なく僕は店長に電話をかけ休みを取った。のんびりこの空を眺めたかったのである。


…今自分が立っている、知覚している場所が夢の中だと気付いたのはいつ頃だったろうか。僕は白い浜辺を歩いていた。音はしない。海はやけに黒く、空は星一つとしてない。歩く、ただ歩く。生きていくために。歩かなければ。


はた、と気付くと目の前にみょうちきりんな男が岩に腰掛け、海を眺めている姿がうかがえた。『みょうちきりん』である。老婆のように小柄な体をすっぽり隠すようなフードの付いたコート。コートというよりは民族衣装といったほうが近い。ギザギザ模様が多くの色使いで表されている。なにかを模しているのだろうか。どことなく獣のように見えなくも無い。


その男がぽつり、ぽつりとつぶやく。独り言なのか、僕に対して言っているのか、定かではないが確かに言っていた。言って、いたのだ。

「見よ、この輝きひとつとないこの空を。さざ波も立たぬこの海を。つまらないものだ。まるでお前だ。お前にとっての、これまでの、これからの人生のようだ」

そんなことを、言っていた。顔はフードに隠されてどういう表情で言っているのか伺えない。ただ、泣いているようだと僕は思った。なぜなら僕も泣きたかったからだ。彼はゆるりと立つとこちらを向いて、言う。


「わたしは終わりだ。ここで終わりだ。だがな、君の終わりは君が決めろ。なるべくなら笑えるように」

確かにそう言った。そう言ったのだ。僕は、うん、と頷いてまた歩き出す。彼は僕と逆の方向を、僕が今まで歩いてきた方角に向かって歩いていく。もう会うことは無いのだろうな、と根拠もなく確信した。



目を覚ますと、もう夕暮れだった。一日の大半を寝て過ごすとは自堕落極みない。外では烏の何羽かが鳴き夜が降りてこようとしている。ぼくはまたなんとなく店長に電話を掛けて深夜からにシフトに入れてくれないかと頼んだ。店長は助かったと喜んでいる。電話を切り、僕は思う。

僕の終わりはいつ来るのか。どんな終わり方なのか。そして、そのときに、僕は笑っていられるだろうか。

考えれば考えるほどに分からなくなって、思考を投げ出した。そうだ、こんなときはまず生きることを第一に考えよう。それだけを考えた。ともかく今は出かける準備をしようと、僕はお気に入りのフード付きのコートを羽織った。窓を見ると、もう夜は降りきっていた。

 

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