未だ来ぬ夏 あるいは、1種の試み
これは1種の実験的文章です。
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アブラゼミが長く鳴くようになった、ある夏の午後。
少女たちは、部活をしに大学に向かう。
「佳奈っちー、部活終わりにさーカフェとか来れるー?」
デートデート、ニシシ♪と笑う少女は、金沢紗季。
そんな彼女を見て、もう一人の少女、上嶋佳奈は苦笑する。
「もう……偶には、お茶しるのもいいわね。全然大丈夫よ」
「もー改まっちゃってー。可愛くない子は好きくないぞっ」
古くなった中央リニアの静かな車内に、傾き始めた陽の光が差し込む。
陰影によるモノトーンの世界が、物憂げな雰囲気を醸し出す。
「……『往く河の流れは絶えずして、しかも元の水に非ず』」
「どーしたの佳奈っちー、何悟ってんのさ」
「時代が変わっていくのとか、今も昔も止めれないものなのね」
佳奈は、車窓から外を眺める。
灰色で埋め尽くされた世界の上に、無数の点が蠢いている。
単一色の森は、往時より成長が衰えていた。
統一性を求めた世界の末路は、そこにあるのである。
「別によくない?そーゆーもんなんだって」
「え?」
佳奈が顔を上げると、紗季は破顔した。
「世界は活きてるんだから。変わりない世界とか、面白ないでしょ?」
「それもそうね」
「そーそー。チェンジとか、どんどん来い!ってカンジ」
そう言って、二人は笑いあった。
降車駅は、もうすぐである。
お読みいただき、ありがとうございました。
以下、解説です。
この小説は、「未来の日本語はどうなっているか」を、言語学的に考えて作ったものです。
ここでは、以下の事項を用いました。
1、カ変・サ変は将来上一段活用化するだろう。「来い」が、「こい」→「きい」、「する」→「しる」となるだろう。これは「信ずる」→「信じる」と同じ変化である。
2、名詞+サ変などの複合サ変が一般的になるだろう。「お茶しる」のように(お茶する、とか現代でも使いますね)
3、よい→「よくない」「よくある」などの形に影響され、i音で終わる動名詞や形容詞も、例えば好き→「好きくない」「好きくある」のようになるだろう。
4、「わ」(wa)も、「を」(wo→o)の様に唇音退化を起こし、「~は」(wa)や「河」(kawa)も「~あ」「かあ」と長音的に発音されるようになるだろう。
5、「やう」(yau→yō(you、「よう」と書かれる))のように、一部の二重母音も長音化を起こすだろう。たえる(taeru)→てえる(tēru)、のように。
6、ら抜き・れ入れ・さ入れ言葉は当たり前、「全然」の肯定文での使用も認められる。
7、形容詞の「く」が子音脱落を起こす(ku→u)。
8、格助詞の代わりに「とか」が常用される。
過去の時代の日本語の変遷はよく研究されるものですが、逆に未来はどうなるんだろうと考えて書いてみました。
ちなみに中央リニアは現在計画段階です。
未来世界のヒトコマを、垣間見れたなら幸いです。