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いずれ亡くなるふたりの少女【短編】

作者: 倉田士郎

「頭上には雲の向こうに逆さまの都市が見下ろして、生き残ってしまった私たちをあざ笑っている。どこにも逃げ場はなく、この直径25キロメートルの巨大な円筒の内側がお前たちの棺桶なのだと」

 ひとりの少女が、とある建物の屋上に座りこんで、周囲に反響するほどの大きな声で独り言を言いながら、手帳に何かを書きなぐっていた。


「私たちが生き残ったのは偶然だろうか。いや運命に違いない。私ことポエットともうひとり、メロちゃんはこの巨大移民都市宇宙船シード号の行く末を見守るべく、神に選ばれたのだ」

「ねぇ、ポエット」   

 ポエットと呼ばれた少女の後方で、古い型のライフルの手入れをしていたもうひとりの少女が声をかけた。ポエットは手をとめ、ふりかえる。


「なに、メロちゃん?」

「うるさい」メロディはぶっきらぼうに言った。

「あ、もしかして、また?」ポエットははっとして口元を押さえた。

「うん」メロディは組み立てたライフルの照準器をたしかめている。

「いけないなぁ、どーしても声にでちゃうんだよね」

「おまけに内容も痛々しい」

「痛い言うな!」ポエットは憤慨した。メロディはくつくつ笑った。

「でも実際、私たちだけが生き残ったのはなんでなんだろうね」

 メロディはライフルに弾をこめる。


「やっぱり運命だよ」

 ポエットは手帳をしまった。

「それ、キリスト教? ポエットの宗教って?」メロディは立ち上がる。

「天上天下唯我独尊教。この世に私以上に尊いものはなし」ポエットは鼻から息を吐く。

「ジャイアニズムかー」メロディは屋上をとりかこむ金網に近づいていく。

「ジャイアニズム? なにそれ」ポエットが訊き返した。

「20世紀の哲学者、ゴーダ=タ=ケシの提唱した人生哲学。スネオ=ホネカワが主な支持者で、反対派はノビ=ノ=ビタ」

「ほぇー。メロちゃんは物知りだね!」

「手帳には書かないでよ」


 メロディは金網の隙間にライフルの銃口を乗せ、撃鉄を起こした。銃床を肩に当て、引き金を引く。

 甲高い、しかし気持ちのいい破裂音が起こって、余韻を残してかき消えた。

 メロディはすかさず次の弾を装填する。

「なにを撃ってるの?」ポエットが訊いた。

「なにも」

 また銃声が起こった。

 無人の街に他に音はなく、虚しさだけが、一発撃つごとに押し寄せてくる。

「気持ちいいねー」ポエットがのんきな声をあげた。

「誰もいない、閉じられた世界は気持ちいいよ。母親のおなかの中と同じだから」メロディはライフルを背負った。

「お母さんかー。今ごろどうしてるかなー」

「ネズミのエサになってるよ」

「あー、ひどーい」ポエットはカラカラ笑った。

「そんなこと言ったら、私たちもそのうちそうなるよ」

「ゴキブリのエサかもよ」

「それはヤダなー」


 ポエットも立ち上がり、横に置いていたリュックを背負った。

「食べられるなら、猫がいいかなー」

「猫か。いいね」メロディも自分のカバンを肩にかける。

「メロちゃんも猫好き?」

「いいや」メロディは屋内へのドアを開け、階段を下りはじめた。

「だけど食べられるなら、嫌いな生き物に食べられたほうが天国に行けそうじゃない」

「天国かー」ポエットもメロディのあとについて、階段を下りる。

 下りながら、ふたりはガスマスクを身につけた。建物内にこもる腐臭のためだ。廊下には黒いモヤのように見えるほどに大量の蝿がそこかしこにわだかまっている。


 ふたりは無言でエレベーターに乗り、一気に地上まで下りた。

 建物を出ると、シード号の換気装置と清掃ロボットのおかげでガスマスクも必要ない。ふたりは大きく息を吸った。

「ふぅっ! やっぱり外だね、外!」ポエットは大きくノビをした。

「結局、あまり収穫はなかったね」

 メロディがカバンの中の防災食糧の缶詰を取り出し、弄んだ。

「まーいいでしょ。次行こう、次」

 ポエットはそう言いながら、建物の前に停めておいたオープンカーに乗りこんだ。フロントガラスには保安ロボットの貼った駐禁シールが何枚も重なっているが、剥がして丸め、ぽいと捨てる。

「行くよ、メロちゃん」

「うん」返事をして、メロディも助手席に乗った。

「人生は長い旅路なり。だったら車に乗るのが賢いよね」ポエットがエンジンをかける。

「その道がどこかに続いてるとは限らないけどね。円筒の内側をグルグル回ってるだけかも」メロディが皮肉っぽく言った。

「続いてるよ、絶対」ポエットが言った。力強い声だった。

 オープンカーは走り出した。

 人間の消えた静かな街に、エンジンの排気音だけがこだまする……。 

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