夢・幻
僕は誰かを探している・・・・それが誰だかわからないままに。
薄紅色の空が広がるまだ暑さの残る8月の時刻は午後5時。僕はどこかの夏祭りにいた。きらびやかに輝いて一列に並んだ屋台の光が眩しく輝いている。道を行き交う人たちはみな楽しそうな表情を顔いっぱいに浮かべていた。
僕はお母さんにりんご飴をねだっている小学生くらいの女の子を横目に見ながら、人の波に逆らって進んでいく。目に映る人はみな浴衣を着ていて、体操服姿の僕はひどく仲間はずれの様だ。いつもなら鬱陶しく聞こえるセミの独特な声が、なぜか今だけは心地いい・・・・。
「へい!いらっしゃい!」
威勢の良い声があちこちからこだましている。しかし、僕は歩き続けている----ひたすらに。何かを求めて。
とても変な気分だった。怖かったのだ。まるで自分という存在がこの世からすっかり消えてしまったような・・・・そんな感じ。あぁ、死んだらこんな感じなのか。そんな風に思う。
時刻は午後6時。すっかり夜もふけてきて、きらびやかな屋台や楽しそうな声が行き着いた神社の境内でうずくまる僕により一層の虚無感を与えていた。泣きたいとさえ思った、いや既に泣いていたかもしれない。
そんな時、彼女は現れた。
髪は黒髪で浴衣姿。大和撫子という言葉がなんともしっくりくる。整った顔立ちで、どこか上品さが漂う振る舞いをするその美少女。きらびやかな屋台の光がすべて彼女を照らしている様であるとさえ思えた。名前も知らない美少女は僕に手を差し伸べてくる。綺麗な純白の手。自分を認識してくれる存在。それはまるですべて夢、幻であるかのようで・・・・
パチッ。目が覚めるとそこには見慣れた天井。
またあの夢か・・・何回目だよ。と文句を言いつつも夢の中の美少女のことを思い返して少し頬を赤く染める。
「誰だよあの子----それにあの場所って」
考えても全く検討もつかない。くそっ。寝ぼけまなこを擦りながらちらりと枕元に置かれた目覚まし時計が目に入る。
8時20分----遅刻。脳裏によぎるその二文字に俺は完全に目が覚めた。慌てて身支度を済ませる。母が用意した朝食の中から食パンだけを取って口に咥え、そのまま家を飛び出す。
「そんなに慌てたら危ないわよー。 全くもう、朝ご飯くらいゆっくり食べて行けないのかしら」
俺は母の小言を右から左へ素通りさせながら、ふと自分という存在を無意識に認識した。----という事を認識した。普段誰しもが当たり前の様に行い、当たり前過ぎて考えもしないであろう行為を。ただ、あの夢の中ではできなかった事を・・・・あの夢の中の俺は俺だったのだろうか。そんなオカルトじみた事を考えながら今日も学校へと向かう。