19.一年
「ふ~ん、ふ~ん」
優人は、鼻歌を歌いながら廊下を歩いている。
辺りでは、音楽が流れ、ややうるさいぐらいだが、気分が高揚して下手くそな鼻歌が出てくるほどだ。優人は、隣に目を向け、子供達が集っている箱を見る。
ゲーセンだ。
子供が好きそうなカードゲームやらで矯正を上げているのを横目で見ながら歩いていると、後ろから肩を叩かれた。
「おい、優人。こんなところにいたのか」
私服の同級生が二人が、優人を呼び止めていた。
ここは、三咲町の隣の天神市。
優人と小学生からの馴染みの同級生二人とショッピングモールにきているのだった。
「いや、ごめん。ちょっと調べごとがあって。でももう終わったから」
「本当かよ。いきなりいなくなるからよ。俺がこいつに勝ったの見てなかったのか」
「いやいや、あれは引き分けだろ。いいか、あれははっきり言って反則だ。俺のハンドル動かしたろ」
どうやらゲームの勝負をやっていたようだが優人は、最初から見ていなかった。
友人二人が熱中し始めた所で、優人は、抜け以前からネットで調べていた事を確かめにいったのだった。
少し前、異世界。クロムクル国の展望台で見つけた天体望遠鏡。
あれは、たしかに地球性のものだった。
それも日本製で、確かにここのショッピングモールでも売られていた。
ただ、どうやってあの異世界まで持ち込んだのか謎はわからない。
……どこかに抜け穴があるのかな。
三人はあらかたの用事はすませ、欲しかった新作のゲームも買ったので店を出ようとした所。
優人は角を曲がるところで、人にぶつかってしまった。
「っと、すいません」
誤ったところで相手が誰かわかった、美咲だ。
知っていたわけではないが、偶然同じところに来てしまったようだ。
隣には、以前陸上部で見た女生徒が一人いる。
確か、同じクラスだったっけ。
「あれ、優人も来てたんだ。めずらしいね」
「美咲もなんだ」
「ちょっとこっちで買うものがあってね」
美咲と二人で話しているのが珍しいのか三人がこっちをじっと見ている。
学校では、ひやかされるので話しかけないようにしていたのだが、外だと言う事で油断していた。
美咲もそれに気づいたのかいきなり口を閉じ、友人をニヤニヤを止めるためか叩く。
美咲達も用事は終わったか結局同じ方向に進むことになってしまった。
奇妙な距離感を持ちながら、五人揃って店を出る。
店の外に出ると、優人は、通りに知っている人が目に入った。
ただいつもとあまりに違う様子だったため声をかけたくなった。
「部長!どうしたの?」
優人は、近づき新聞部部長の福部に声をかける。
普段の福部は、わざわざ大げさに演技っぽく話すのが常なのだが、今は、肩を落とし歩いている。
こちらに今気づいたように視線を上げると覇気がない声で言った。
「あっ、ああ。大和君か。それに友人方も……」
「何かあったの?」
美咲達も落ち込んだ様子が気になったのか近づいてくる。
それに部長は、少し気後れしたみたいだったが、
「いや、ちょっと、僕の祖母は、施設に入っていたんだが昨日の夜、急になくなってね。今、最後の挨拶をしてきたところなんだ。……すまない、楽しくやっているのに、気分を害すような事で」
日常を壊す、死の日常に皆驚き、一様に悪いことをした顔になる。
「えっと、ごめんね。福部君。大丈夫?」
美咲が心配そうに声をかけると部長は、少し気分を変える様に伸びをすると、
「大丈夫だ。君らが気にすることはない、いいから楽しみたまえ。それじゃあ」
そう言うと、背中を向け手を振って歩いて行った。
が、すぐにつまずいてこけそうになった。
「決まってないね」
美咲の一言で、皆少し笑い、緊張がほぐれたようだった。
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夕日が、町並みを赤く染め、家々に反射する光に思わず優人は、目を細める。
「眩しい?」
隣を歩く美咲が聞いてくる。
優人は、駅で友人たちと別れた後、美咲と一緒に帰っていた。
休日の帰りどき、小さな町とはいえ、人ごみで煩雑する。
優人は、持ってあげている美咲の買い物袋を人にぶつけないように気をつける。
「こうやって帰ってると、昔の事を思い出すよね。あの時は、賢治が一緒だったけど」
美咲は、心なしか足が弾んでいるように見える。
そのせいで人にぶつかりそうになっているので優人はヒヤヒヤしているのだが、
「そうだね、学校や道場に行った帰りなんてよく、荷物持ちじゃんけんなんてしたよね。いつも賢治が負けて泣いてたっけ」
優人は、今の不良っぽい姿から想像出来ない賢治の昔を思い出す。
同じ道場に通っていた泣き虫でちびっこの賢治。
三咲町事件で、両親を亡くして施設で育つことになって引越しを余儀なくされて、道場には来れなくなった。美咲もこの事を思い出しているのか、その事を口に出そうとはしない。その後、賢治とは、疎遠になり、小学校も転校して行ったのだが、中学校で出会い変貌ぶりに驚いたものだ、敵意にも……あいつが僕に向ける敵意の理由はわかるんだけどね。
「そ、そういえば優人は、進路はどうするつもりなの?」
しばらく沈黙が続いたところで美咲が急に早歩きをして優人の前に出て振り返る。
もしかして歩くの早かったかなと思い、優人は、歩く速度を遅くする。
「うん?普通に三咲第一高校にするつもりだよ。なんたって近いしね」
「そ、そうよね。やっぱり近いのが一番だし。電車なんか乗ったら面倒だしね」
美咲はやけに嬉しそうに笑い、うんうんと頷いている。
その嬉しそうな顔を見ながら優人は、また深い心の中に沈みそうになっていた。
また三咲町事件があった日がやってくる。
あの事件から9年。
美咲には真実を告げるべきじゃないんだろうか。
それにこの一年間の二重生活のことも……
母さんを亡くしてからずっと心配してくれていた幼馴染。
ーーーいや、だからこそ知らせるわけにはいかな……
その時!!
人ごみの一団が通りすぎる。
その中の誰かかはわからないが優人は、何か違和感を感じる。
……何だ?どこかで感じたようなーーー夢の中で見た、いや感じた記憶が……!あれは、向こうの世界の人間と同じ感覚!!
気づいた瞬間振り返るが通り過ぎた人々は、すでに人ごみに紛れ込んでおり判別はつかない。……気のせいだったかな?
「優人、どうしたの?」
すると突然後ろから美咲が、心配そうに覗き込んでくる。
短めの髪が頬にかかっているのを間近に見ながら、驚きながらも優人は微笑を返す。
「いや、なんでもないよ。……それより、ま~た何買ったの?」
優人は、嫌に片腕を疲労させるビニール袋の中を覗き込む。
「あ~!ダメ!!見ちゃだめ」
美咲がいそいで腕を優人の目の前でばたばた、させるが優人の目はしっかりとその物を捉えてしまっていた。色とりどりの野菜を!!
「一体、何々買ったの?」
うげええ、と嫌そうな顔をして優人が聞くと、美咲は、人差し指を上げ思い出すように視線を上げ、
「え~とね。ピーマンにパプリカ、にんじん。あと玉ねぎとかほうれんそうね」
「残念な知らせをありがとう。……全くよくこんなものを食べれるね」
すると美咲は、そこで憤慨したように両手を腰に当てて、
「優人が好き嫌いしてきたのがいけないんでしょ。私だって苦いのは嫌いよ。だからこそ苦い野菜をどれだけおいしく出来るかがおもしろいんじゃない」
「そんなこと言って、作っているのは、いっつも美咲のおばさんじゃないか。美咲は、作ったことあるの?」
思わず聞いてしまった質問に美咲は、半眼になり睨みながら、
「失っつ礼な。この前だって私、ポテトサラダ作ったし」
「あっ!あの、玉ねぎ苦い、人参カタカタのぼろぼろサラダのこと?あれ大変だっただから、父親とじゃんけん三本勝負してなんとか生き残ることができたんだから」
あの時のことを思い出していると、出来るだけ嫌な顔をしてしまった。
それに優人は、少しやりすぎた、しまったと思うとすでに時遅しで、
「ひっど!!」
美咲は、眉を上げ声を上げると、小さい方の袋まで僕に無理やり押し付けていった。
そして、怒りを表すようにスタスタと早足で行ってしまう。
美咲の影は、もう長細く、地面との判別が難しい。
優人は、見失わないうように美咲の影を遊びで踏んづけながら追いかける。
そして、すこし後ろを振り返ってみる。
少し高い丘からは、町の風景がよく見える。
僕らが通っている学校も昔、一緒に遊んだ公園も。
いつもと変わらない日常。
そして僕は、今日も異世界に意識を飛ばす。