18.秘密
夜、二つの太陽は、順番に山の彼方に沈み、消えそうな細い三日月が地上を照らしている頃。
ユートは、椅子に座り、窓から月を眺めていた。
前のテーブルには、食べ終わった皿の数々。
最初、クロムクル国、それも異世界の西洋風の料理が口に会うのかと心配したがもうすぐ一年になろうとする身としては、慣れたものだ。
まあ、まずくはない。
ただ問題としては、夜食べて寝た後、現実世界の体で目が覚め朝食を食べなければいけないことだ。お腹はすいているとはいえ、精神的に満腹状態でキツイ。
とりとめのないことを考えながらお腹をさすっているとテーブルの向こうから声を掛けられた。
「人の自室で勝手に料理を食べ、満腹状態で幸せ気分とは、……さすが勇者ヤード様だな」
エルシェナは、意外にもマナー正しく食べ、ナプキンで口を拭いている。
「勝手に呼び出したのは、エルシェナじゃないか」
ユートは、反論するが、エルシェナはいつものように聞こえない振りだ。
ネイン、ナインに代わりの飲み物をついでもらい、グラスを傾けながらエルシェナは、呟く。
「五年か……」
その言葉に首をかしげたのに気づいたのだろう、エルシェナは、グラスを置くと、
「ああ、私が、この国に来て5年が経つという意味だ。……そういえばお前と出会ってからももうすぐ一年立つな」
エルシェナの言葉どうり、この世界に来て、現実世界との二重生活を続けて一年になる。
現実世界では、普通の日常がすぎ、もう中学三年生だ。進路の心配をしなければいけないころだっていうのに。
「アスフリート語も、式典の時以来話していないな……」
「僕もしばらくこっちでは日本語を話してないからね……そうだエルシェナ。僕にアスフリート語を教えてよ。そのかわり日本語を教えるからさ」
その提案にエルシェナは、しばらく悩んでいたが、
「お前の国の言葉なぞ覚えて役に立つのか?まあ、良い。そうしよう。なら今度のアルベルト先生の授業はそのようにするように頼もう」
エルシェナは、嬉しそうに頷く。
「それにしても、母国の事を言い出したりして、もしかしてさみしいの?」
「ばっ馬鹿!!寂しいわけがないだろ、ナイン、ネインもいるし、……最近では便利な使い魔も出来た」
ユートの質問に慌てたように、首を振り頬を赤くしたエルシェナだったがすぐに勝気そうな笑みを浮かべ、人差し指をこちらに突き付ける。
「お前のことだ。……そういえば始め、お前と会った時には驚いたな。黒髪黒目。……おそらくこの国の誰よりも驚いたに違いない」
人差し指をこちらに向けて、つつきながらエルシェナは言う。
一年近く、この少女と生活しているわけだが、相変わらずエルシェナは、男言葉で女の子らしいことをしたことがないね。
「どういうこと?」
「この国では、勇者ヤードというのだろ。魔王から人々を救った救世主。だが私の国、アスフリート国では違う。……いうなれば虐殺者ヤードと呼ばれている」
「虐殺?」
エルシェナの言った言葉にひどく違和感を感じる。
おそらく二千年前に召喚されたのは、自分と同じ黒髪黒目の日本人かもしれない。
その人が虐殺を行ったとは信じたくはないが……
「約2000年前。魔王との戦争、魔王側と勇者側、それぞれについた人間達がいたのだ。結果は知っていると思うが魔王は、敗れた。そしてヤードは、魔王側についた人間、刃向かった者全てを殺したそうだ。この国ではどういわれているか知らぬが、アスフリート国の歴史ではそうなっている」
「そんな」
エルシェナは、真顔で話していたが、すぐに唇を上げるとこちらに向けて笑みを浮かべ、
「ところが、お前ときたら、剣もまともに使えない。精霊術も出来ない。今でもお前の魔力を出し尽くした姿を思い出すと笑えるぞ、なんとも情けない。到底ヤードには似ても似つかないときたものだ」
「そうだけど……やめてよショックなんだから」
エルシェナは、腹を抱えて笑う。笑いに合わせ、煌めく銀髪が揺れ動きスープ皿につかりそうになる。
(全く、普通なら、勇者として召喚。隠された力や目覚める能力の覚醒とかで人々を苦しめる魔王を倒して、姫を救うってのが普通だろうに。……魔王はすでに倒されてるし、本当の姫様は、こんなのだし)
「全く、本当に面白いやつだ」
まだ笑っているエルシェナを見てユートは、今までのことを思い出す。
もし、この世界で言葉を教えてもらわなかったら、ちがう場所に現れていたらどうなっていたかわからない。
「まあ、今まで、ありがとう。正直言ってエルシェナとアルベルト先生が助けてくれなかったらどうなっていたか……感謝してるよ。ありがとう」
ユートの素直な礼にエルシェナは、しばらく固まっていたがそうか、と呟くと考えるように下を向いた。
「お前になら見してやってもいいかな……ナイン、ネイン。アレを持ってきてくれ」
エルシェナは後ろを振り向き、指示を出すと、ナイン、ネインは、部屋の隅に置いてある箱に近づく。クロムクル国の様式と違う文様。アスフリート国のものだろうか、しばらくナイン、ネインは、箱の中を探っていると思ったら布に包まれた長細い物を取り出してきた。二人で仲良く両端をもってくると、食器をどかしユートの前でその包を開く。
中から現れたのは、剣だった。
片手の長さぐらいの短剣だが、刀身の部分は分厚く、曲線を描いていて曲刀と呼ぶのだろうか、そして白い鞘、いずれもクロムクル国では、見たことがないものだ。
優人は、手に取り鞘から少し引き抜いてみる。
引き抜いてぎょっとした。
刀身は、真っ黒で、夜の闇のようだった。
鏡のように磨きこまれているが、自分の顔が映ることもなくどこまでも吸い込まれそうな……
そこで急に刀身を抜き放ち達、思いが頭をよぎる。
そのまま抜き放ち、隣にいるネイン、ナインに切りかかりたいような……
「それは、アスフリート国の剣だ。この国に来る前に魔女に渡されてな」
エルシェナの一声で、肉体に心が戻り急いで刀身を鞘に戻す。
そしてエルシェナに返答する。
「魔女?」
「ああ、魔女と呼んだのは……私がそう思っているだけでな。アスフリート国王、私の父は、母が亡くなった後、後妻をめとったのだ。その女性の事だ。……お父様はどうしてあんな女を」
エルシェナは、視線を下に落として顔を強ばらせる。
「その女が、これを渡し、もしクロムクル国王の首をとれるようならとってこいとな」
「なっ!そんなこと……」
「ああ、勿論そんなことをするつもりは毛頭ない。だが、この剣を持つとわかると思うが、捨てることすら出来なかった。事実こうしてこの国にまで持ってきてしまった。……持っていると本当にクロムクル国王を殺そうという考えが頭をよぎるのだ」
ユートは、さっき自分が感じた思いと同じだと思い、背筋が寒くなる。
この禍々しい剣には、確かにそんな邪悪な力があるように思えならない。
エルシェナとユートは、しばらくテーブルの上の剣から目を離せなくなっていたが、エルシェナが、首を振り、
「さっさと、片づけた方が良さそうだ」
ナイン、ネインが再び、布でくるみ元あった箱の奥にしまい込む。
「もしこの剣の事がばれたら私は投獄、いや、処刑されるかな?」
エルシェナは、自分の事なのに笑みを浮かべながら話す。
「そんな、僕は誰にも言わないよ、約束だ」
しっかりとユートは、エルシェナの目を見て答える。
「本当か?」
ところがエルシェナはジト目で睨んでくる。
それにユートは、苦笑いを返し、
「じゃあ、僕の国の絶対に破らない誓いをしよう」
「お前の国の?」
「うん。まずこうして、小指を絡ませて、決まった歌を歌うんだ」
ユートは、エルシェナのそばにいき、片膝をつき、小指どうしを絡ませた。エルシェナは嫌そうな顔を向けてきたが。
そしてお決まりの歌をクロムクル語で唄った。