16.練兵所1
平和条約の式典から五日後。
ユートはエルシェナに連れられ初めて王宮の外に出ていた。
いつもなら門番が槍を構え通せんぼするのだが、すでに通達が来ていたらしく普通に通してくれた。
門の外は、各地より来た旅人風の人や貴族の使いと思われる使者達で混雑している。
それを見下ろしながら架橋された石橋の上を歩いていく。
「ねえ、エルシェナ。本当に僕出ていいんだっけ?」
「はあ、馬鹿者。王からもう王宮の外に出ても良いと言われていただろうが」
前を歩くエルシェナは、足を止め心底馬鹿にした顔で振り向く。
それにユートは、後ろ頭を掻きながら、
「いや、まだ言葉がよくわからない時があって……」
「やっぱり馬鹿だな。お前は」
「別に僕は、馬鹿じゃない。この世界に来て、言葉を覚えるのにどれだけ苦労したか」
「なんだこの世界とは?」
「えっと、いや……それより、一体どこに向かっているの?」
付いていくしかない優人にとってどこに連れられていくのか少々不安だ。
しかし、エルシェナは、それには答えず前に歩き出す。
「付いてくればわかる」
それだけ言うと、付いてこいとばかり肩の上で手を振った。
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第一城門内の中心を突っ切り、ほとんど東門の近くに来た時、
エルシェナは、足を止めた。そこには砂が敷き詰められた広大な広場がある。
「ここは……兵が訓練するところ?」
「そうだ。練兵所だ」
そこでは多数の男達が剣を振ったり、運動をしたりしている。
多くは甲冑を身につけた騎士達だが、軽装の従士や衛兵の姿も見えた。
他にも、ユートと同じぐらいの少年達が集団で剣を振っている。
彼らは、多くが専属の教師を雇えない市井の子供達だ。
衣食住は、保証されるが従軍しなくてはならない。
しばらく眺めた後、エルシェナは、上半身裸の男たちの集団に臆すことなく、進んでいく。兵の目がこちらに向いてくるのがわかり、ユートは体を固くする。
しかしエルシェナは気にした様子はなく、掘っ建て小屋に入って行くと小ぶりの剣を持って来た。
「受け取れ」
投げてきた剣を受け取ろうとして、失敗。
指に当たりそうになり、腰と足を引いた変な姿勢をとってしまう。
「危ないな! 切れたらどうするんだよ」
ユートは、落とした剣を拾い、声を上げる。
それにエルシェナは、悪気はないらしく片眉を上げ、
「何、変な格好しているんだ?それは、刃引きした剣だ。よっぽどのことがなければ怪我はしない」
そういって少し移動する。
慣れない剣の重みを気にしながらも付いていくとそこには、白い線があった。
白線は、ぐるりと一周、丸く描かれていて、まるで日本の相撲の土場のようだ。
周りで使用しているものは、上半身裸で取っ組み合っているものや、盾のぶつかり合い、剣の勝負をしている者もいる。
二人が近づいたことにより、手を止め好奇心に満ちた瞳で見るものが増える。
ユートの黒髪黒目を見て、口をあんぐり開けるものもいる。
エルシェナは、それに構わず、使用されていない円に来ると、
「相手を行動不能にする。白線の外に出す。倒す。いずれの場合でも勝ちだ。
半年も部屋に籠っていて、退屈しただろう。私が相手をしてやる」
ルールの説明を始め、揃って円形の中に入り互に反対側に立つ。
「もしかして僕とエルシェナがやるつもりなの?」
それにエルシェナは、何も答えず、ニヤリと優人に笑いかけ一回、宙に飛ぶ。
次の瞬間。
砂を巻き上げ、エルシェナの体は、瞬間移動したかのように近づいていた。
体に力を入れる前にエルシェナは滑るように左から接近。
滑るように砂塵を上げ左側から剣が迫る。
なんとかユートは、それをなんとか知覚し剣を体の前にし受け止めようとする。
が、
「痛った!!」
受け止めた瞬間、耐え切れないほどの力が襲う。
指が柄から離れ、剣は両手から弾き飛ばされ、宙を舞っていた。
ユートは痛みで震える両手に息を吹きかけ、出来るだけ痛みを和らげようとする。
しかし、エルシェナは剣が離れたぐらいではやめず体を一回転させ、もう一度斬撃が迫っていた。
しかしユートは、体を半身向け、うまく相手の動きに合わせーーーそこで、
「そこまで!!」
体を一時停止させる大声が響き、気づくとエルシェナの肩に手が置かれていた。
何時の間にか、太陽を遮るようにユートとエルシェナの間に人がいる。
エルシェナは、少し不機嫌な顔をしながら振り向き、
「ガウルム将軍!邪魔をしなくてもいいものを」
「エルシェナ姫、もう勝負はついている。無駄に怪我を増やして治療師の仕事を増やさないで欲しいものです」
困ったように壮年の男は答えた。
エルシェナの肩に置かれた手は、ごつごつした無骨な手でそれに見合った腕、体。
体格は、ここにいる騎士の中でも普通ぐらいだがにじみ出る雰囲気が圧迫感を感じさせる。しかし、白髪が混じった金色の短髪、整えられた白い髭。
困ったような顔を浮かべているとどこにでもいる50代のおじさんに見える。
「いきなり斬りかかってくるなんてひどいよ!」
「真剣勝負でこちらの用意が済むまで相手が待ってくれるのか?それになんだ簡単に剣を弾き飛ばされて……魔力は使っているのか?」
「そんなこと言われても、剣を持ったのすら初めてだし」
ガウルム将軍を挟み、エルシェナに少し噛み付くが、エルシェナは聞こえない振りをして明後日の方を向いている。
「何度も言っておりますが、姫。ここは危険な場所なのだ。どうか辛抱してくださるよう」
エルシェナ相手に最上級の敬語を使わないのは、この国ではあの王子以外にいないと思っていたけど……変わっているなと思ってしまう。
そう思っていると、顔に出たのか、
「言葉使いが足らぬようなら侘びますぞ、ヤード殿。なにせ市井の出なもので」
将軍は、市井の出身で実力で王直属の第一師団を預かる将軍になった者だそうだ。
異例の出世で市井出身の騎士達から大変慕われていること。
エルシェナからガウルム将軍の紹介を聞き、しばらく三人で話していると。
異変が起きる。
入口の方で、ざわめきが起きたと思うとすぐに静かになるのだった。
その原因は、周りを囲む男達が片膝を立て、頭を下げてようやく何が起こっているのか理解した。
「なんだ、今日もここに来ているのか?」
ナシュバルとその貴族の取り巻きたちだ。
普通、貴族の子供達は、専属の王立研究所の精霊士が付き、こんな訓練所に顔を出すことはない。ユートは、髪を掴まれ壁にぶつけられた事を思い出す。
ここに来た理由は、ろくなことじゃないと思う。
一体、何を言い出すか……
「ナシュバル様。このような所にいらっしゃらないでも」
ガウルム将軍は、頭を下げたままナシュバルに話す。
エルシェナに横目を送っているあたり、二人の不仲は知っているのだろう。
「ガウルムか、またこのわがままな姫に付き合わされていたのか?女が顔を出すようなところでもないというのに、あまつさえ剣を振るうとは、……しかも相手はヤードと来ている。」
そこでナシュバルは、こっちの方を向いていくる。
今まで初めて会った時以来、関心を持っていないかと思っていたが、エルシェナとよく一緒にいる自分の事を好いてくれるとは思っていない。
ナシュバルの性格だと、勇者ヤードの末裔と言っても鼻で笑いそうだ。
「それにしてもアスフリート国の女は剣をとるのか?よほど男どもは情けないと見える。
今までの戦争でもそうだったのかも知れぬが、男は、家で炊事の番か?」
笑う貴族達と嘲笑いを浮かべるナシュバルはいつものことだが、この言葉にナシュバルはいつものような返答を返さなかった。
いつもなら同じような嘲笑いを浮かべるのだが、エルシェナは、本気と言える怒気を浮かべた表情を見せる。
もしかしたらほかの人は気づかないかもしれないが約一年近く一緒にいたユートは、微妙な変化がわかっていた。そしてエルシェナが自分の国を侮辱されるのが一番嫌いな事を。
「今なんと言った。男と女どちらが強いかは一概に決められぬ。今のはアスフリート国に対するぬ侮辱だ。そのようなセリフは、女である私に勝ってから言ってみろ」
そう言ってエルシェナは、剣の切っ先をナシュバルに向ける。
ナシュバルはそれに、鼻を曲げ眉を顰めたがすぐに馬鹿にするような笑い声を浮かべ提案をする。
「では、これではどうかな、この鍛錬の場で決闘を行い、エルシェナ姫が勝ったのなら
私は前言を撤回し、謝罪しよう」
そこでナシュバルは、少し口を止め、
「そして私が勝ったならば、結婚の儀まで部屋でおとなしくしもらおう」
エルシェナは、その提案に頷く。
「ルールは、刃引きした剣で寸止めありだ。審判の判断でも勝敗は決する。
審判は、ガウルム将軍。頼むぞ」
ガウルム将軍は、しばらく周潤しているようだったが、頭を軽く下げ了承を取った。
そこで次にナシュバルはわざとらしく肩をすくめ、首を何度も振る。
「さすがに私とはいえ、婚約者相手に剣を振るう事は出来ない。そこで、こちらは、このグラウスが相手をしよう」
ナシュバルが示すのは、貴族の取り巻きたちの中でも一番体格がよく、武芸に秀でていそうな男だ。
卑怯だ!……と思うが、代理の者を立てるのは、おかしなことではないのかもしれない。
しかしエルシェナは、誰も変わりを選ぶつもりはないのか、ただ剣を片手で振っている。
「エルシェナ。別に相手の挑発に乗ることないでしょ。それに一応姫様なんだしこんなことしないほうが……」
「私は、確かに姫だが剣も振るうし、男だからと言って臆す理由もない。誰が相手だろう私は、逃げない」
「……けど、卑怯だよ。強そうな代理の人にするなんて」
「別にいけない事ではない、この国の高貴な者とやらはそうするそうだ」
エルシェナは、すぶりが終わったのか、剣を止めたとき、
ユートは、自分が持つ剣を力を込め握っていた。
そしてエルシェナが前に出ようとする時、ユートはエルシェナの前に一歩出た。
「なら僕がやるよ」