15.平和
「これ窮屈ですよ」
ユートは、首を締め付けてくる襟をなんとか下げようと、指を差し込む。
そうして、もぞもぞとしていると後ろからアルベルト先生の声がした。
「ユウト殿、我慢してくだされ」
その言葉を聞き、優人は仕方なく溜息とともに手を下ろす。
「すまないな、ヤードの末裔よ。式典が始まるのは、王が到着してからなのだ」
朗々と通る声がユートに掛けられる。
そして肩に手を掛けられた。
思わず振り返るとそこにいるのは、第二王子クリュシュ王子だった。
「い、いえ、大丈夫です」
クリュシュ王子は、今まで出会ったクロムクル国の人の中でも格段に良い人だった。
大柄で、側仕えの騎士よりも強そうに見えるが、クロムクル王と同じ緑色の瞳は大きく優しそうに見える。
実際、今まで何回も声をかけてもらったが優しく、公平な人だということはわかった。
クリュシュ王子は、肩から手を外し、元の位置に戻る。
そこは王座の隣だ。
ここは、以前アルベルト先生とともに来た王の間。
王座が上の方にあり、その下の広場では、年齢や格好が様々な人々が話をしている。
彼らの服装は、男が豪華な刺繍をしたマントを羽織っていて、女性はドレスを纏っている。
全員、貴族であり彼らの注目は、王もしくは自分……アスフリート国の姫に向けられていた。
そして王座の少し下。ユートは、ひたすらそこで突っ立っている。
朝早くから起こされ、メイド達に無理やり、やけに着るのが面倒臭い白を基調とした服を着せられここに立たされていた。その時間4時間。もう限界だった。
しかも時々、置物のように立っている自分に貴族達が好奇の目で近づき挨拶を述べていくのだ。
今日は、クロムクル国とアスフリート国との平和協定が調印された日。
ということなのでクロムクルでは式典を開いているのだった。
そして主役は、王座を挟んでの優人の反対側。
エルシェナとナシュバルだ。
普段のように少年が切るような服ではなく、ドレスを纏っているエルシェナに思わず目を引かれる。
淡い紫のドレスでエルシェナの瞳と同じでとても綺麗だと思った。
しかしエルシェナの表情は、ユートの家にある人形より凍りついていた。
そしてその隣、ナシュバル王子は、近づいてくる貴族達には、笑顔で答えていたがエルシェナを見るときの目は侮蔑を表していた。
(両国の平和のために嫌な奴と、無理やり結婚させられるなんて……もし今物語みたいに、エルシェナをさらって逃げたらどうなるだろう)
ユートは、思わず苦笑が出るのがわかる。
そんなことしても一体、何になるだろうと。
そんなとりとめもないことをじっと考えていると王がやってきた。
王の直属の騎士団を連れ、隣には、弟のオーガスもいる。
彼らの足取りは、遅い。
なぜなら王の両脇を、世話係である二人の男が支え歩いているからである。
王の顔色は、以前あったときより青白く、やせ細っているように見える。
病気が進行しているのだろう。もう長くないのかもしれない。
それでも王座にクリュシュ王子の手を借りて座ると、眼下の貴族達に向け声をかけた。
貴族の名前が呼ばれ、王に謝辞を述べ、王が此度の働きに感謝するとかそういうことが何回も交わされる。
アスフリート国の使節団も訪れていてクロムクル国王に挨拶をする。そしてエルシェナにも声をかけていく。その時だけエルシェナは嬉しそうだった。
それから数時間たっただろうか。
王は、杖をついて立ち上がり、王の間を降りていく。
それをオーガスとクリュシュ王子が手伝おうとするが王は、手を借りず一人でバルコニーに向かう。そこからは、外が見渡せ、外の国民からも王の姿が見える唯一の場所となっていた。
王が、バルコニーの向こうに消えた後、王宮を揺るがすような歓声が聞こえる。
国民が王の姿を見たことにより声を上げたのだろう。
「アスフリート国との平和条約が結ばれた」
簡単にいうとクロムクル国とアスフリート国との平和条約が出来たと言っている。
王の言葉は、各地にある伝達石を伝い、国中に伝えられる。
それからしばらく王の言葉が続き、ユートは、アルベルト先生に背中を押された。
だいぶ前からアルベウト先生に言われていたこと。
この日、平和条約のために今まで優人は、国民に存在を知られていなかったが今、国民の前に姿を現すのだ。
国民にとっては、平和をもたらすとされる黒髪黒目のヤードが平和条約が結ばれた時に現れる。これほど素晴らしい演出はないだろう。
「そしてヤードの生まれ変わりともいう平和を象徴するみしるしも現れた!」
クリュシュ王子に導かれ、バルコニーの向こう側に出ると、こちらを見上げる人々の姿が目に入る。城壁にも国旗を振る騎士がいて、見るところ全て人で溢れていた。
クリュシュ王子にあることを告げられ、ユートはその通りにした。
右手を上げ、民衆に向けて振る。
それに対して、歓声が生まれ、次第に大きくなってくる。
ヤードという叫び声も聞こえる。
ユートは眼下に見える、民衆を見渡し、鳥肌が立った。
おそらく歴史に残る瞬間に立ち会っているのだということがわかった。
ここから見下ろす世界は間違いもなく現実だと。