12.クロムクルの王子
昼、太陽が昇りきり、農業をしているもの達は暑さに顔をしかめる頃、ユートは、同じように顔をしかめていた。
この世界に来て、半年以上が経っていた。エルシェナの話を聞いてから約一か月あまり。
エルシェナに色々な事を命令され、仕方なく従う毎日が続いていた。
今はアルベルト先生との授業が終わり、息抜きにエルシェナとユートは宮殿を歩いている。エルシェナが息抜きに付き合えということでユートは無理やり付き従われていた。もちろんユートが出歩けるのは、王宮の中だけなのでその中だけだ。
そして、いつものようにネイン、ナインがエルシェナの後ろに付き従っている。
ふとエルシェナが立ち止まり、窓から外を見た。
自然と優人も止まり同じように外を眺める。
「……緑が多いなここは」
エルシェナの声にユートは思わず疑問に思ったことを聞く。
「エルシェナの国は、畑とかないの?」
「そうではない。砂漠化が進んでいないと言っているんだ」
「砂漠化?」
「ああ、アスフリート国では、国土の7割が砂漠と化している。クロムクルでも砂漠化が進んでいると聞くが……」
エルシェナは、出来るだけ遠くを見ようとするように窓枠に手を掛け身を乗り出した。
そこでユートは、今日覚えたばかりのことを思い出す。
「確かカスファーン平原の上に広がるマイラ砂漠だよね。その上に嘆きの湖があるのに砂漠化するなんて」
ユートは、水があるのに砂漠化する理由を考えるが思いつかず頭を悩ませていると、ガヤガヤと大勢の人の声が近づいてきているのに気が付いた。
エルシェナは、乗り出した体を元に戻すと、顔をしかめる。
「嫌な奴が来た」
えっ、とユートは質問しようとしたところ人々の姿が廊下に見え始めた。
大股を開け歩いてくる青年。
その後ろに着く壮年の男、そして後ろにぞろぞろと続く青年たち。そして一番目を引くのは、全員の後ろに付き従う甲冑を全身に纏った二人の騎士だ。大柄で190はあるだろう。
真ん中の青年が、エルシェナと優人の前で立ち止まった。
僕より年上の高校生くらいだろう、金髪に緑の瞳、端整な顔をしているがこちらを見ている目は、あざけ笑っているようだ。
男はいきなり一歩近づくとユートの髪を掴んだ。
痛みでユートの顔が歪む。
「ほお、確かに黒髪黒目だ。ヤードの生まれ変わりというからくだらん噂かと思えば。なるほど、父上はまだ籠絡していないようだな」
冷たい冷笑とともにユートは突き放され体を壁に叩きつけられる。
(この世界の人間の力は、化けものばかりなのか……ネイン、ナイン。だれなんだ、こいつは?)
((クロムクル国第三王子ナシュバル……))
ユートは、ネインとナインの憎悪に満ちた声とこんな奴が第三王子なのかということに驚く。
次にナシュバルはエルシェナに今、気が付いたかのようにわざとらしく驚いた。
「なんだ。いたのか、久しぶりだな、エルシェナ。あいも変わらずそんな男物を着て、よほどここの生活が退屈と見える」
男の言葉に回りを取り巻く青年―――貴族の息子達は、クスクスと笑う。
しかしエルシェナは、いつもの強気の笑みを浮かべ静かに答えた。
「お前がくれるドレスなど着れたものではないからな」
ナシュバルは、端整な鼻を歪め、噛みつく様に言う。
「誰の許可を得て外に出ている。何もできない囚われの姫は部屋で大人しくしていろ!」
「あいにくだ私は、国王陛下から自由に王宮内を歩く権限をもらっている、
お前の頭の上に王冠が乗っているとうなら話は別だがな」
エルシェナも先ほどナシュバルがしたようなあざけ笑いをやり返した。
「ふんっ、父上はなぜこのような蛮族の娘など……」
そこで今まで無表情で静かに見ていた壮年の男がナシュバルの肩に手を置いた。
「王子、婚約者に対し過ぎた言葉です。どうか落ち着かれるように」
深みのある声でナシュバルを諭し、エルシェナに対して頭を下げた。
「どうかお許しいただけるようお願い申し上げます」
「あ、ああ」
エルシェナも毒気が抜かれたかのように険を抜き大人しくなった。
ナシュバルは、男が触った後の肩を振るうようにして鼻を鳴らす。
「叔父上、このようなことをしてくださらなくても」
ナシュバルは最後にエルシェナを人睨みするように横目で見てから去って行った。男達もそれに続く。叔父上と呼ばれた男は、最後までユートを見ていた。
(叔父上……つまり現国王の弟、嫌に冷たい目をしているような……)
全員が去った後、エルシェナはため息をついた。
それから力を抜く様に壁にもたれかかる。
「あれが第三王子ナシュバルだ。最悪な男と言ってもいい。ついでに言うと私の婚約者でもある」
「な、何だって!」
ユートが叫ぼうとするとと、エルシェナ、ネイン、ナインの三つの手が口を塞いだ。
エルシェナは再び、窓枠にもたれかかり外を見た。
「……驚いたろうが事実だ。見ての通り両増悪と言っていい。嫌悪感しか抱けない相手だ。……クロムクル国には、王子は4人いるが、あれ以外、年が近いものがなくてな、第一王子レグラムは、カスファーン平原で戦死、第二王子クリュス王子は30歳で妻子がいる。第三王子フィリス王子は、まだ8歳だ」
「ちょっと待ってよ。レグラム王子が戦死したってこと初めて知ったけど……じゃあ国王は自分の息子を殺した相手と和平を結ぼうとしているの?」
ユートは、驚きに声を上げエルシェナに聞く。
「ああ、そうだ。だから私は、現国王を尊敬するし、この国と和平を結ぶ価値があると思う。……だがクロムクル国王は病気で死が近い。このままいくと講和もうやむやになってしまうかもしれないのだ。……だから例え嫌な奴とでも結婚する。それが私の役割とここにいる意味だ」
前を向いたままだったエルシェナは、右手を窓枠の上で握った。
優人はそれを見て、話題を変えようとする。
「そういえば蛮族って呼ばれていたよね。どうして?」
「アスフリート国がクロムクルより国力が低いからだ。戦争は数で決まるの通り、アスフリートの人口はクロムクルの三分の二しかない。しかも砂漠化の影響で食物は育たず、飢えに苦しむ者達もいる」
エルシェナは唇を噛んで答える。それにユートは、壁に体を預けるようにして話した。
「平和になって戦争がなくなれば砂漠化を止める方法だってきっと見つかるよ」
そう言うしかで出来る事はなかった。
―――エルシェナはすごいと思う。
敵国でただ一人決断をし、役目を果たそうとしている。
僕はこの世界で出来ることなんて何もないというのに……