11.少しの和解
昼さがり、太陽は城の頂点に回り、城内では一番影ができ、涼しいときだ。
ユートは、エルシェナ姫の部屋で椅子に座っていた。
いや、座らされていた。
両隣には双子の少女が立っていて、これでもかというぐらい虫けらを見るような目で見下ろしてくる。
そして正面では、窓枠に片足を立て腰掛けたエルシェナがりんごをそのまま丸かじりしている。
「そんなに物欲しそうな顔して、欲しいのか?」
「いらないよ、物欲しそうな顔してたんじゃなくて、一国の姫が随分と粗野な振る舞いをしていることが気になっただけ」
「はっ、別にここには私の手の者とどこの出自か分からぬ大罪人しかおらん。問題ない」
エルシェナはまだ食べ残しがある、りんごを窓の下の花壇に放り投げる。
舌打ちしたところ失敗したのだろう。ここから10mは離れているからだ。
「大罪人って、……いい加減許してよ。そりゃ悪かったと思ってるから」
「別に私は気になどしていない」
彼女は目線を窓の下に向けたままでこちらを向かない。
しかし次にはこちらに不敵な笑みを向け、笑っている。
「だが、国賓であり、アスフリート国の王女である、この私の浴場に表れ、あまつさえ……まで見たのだ・か・ら・な! 普通なら死刑だ」
「それは、僕が昔の勇者ヤードの子孫だとかで特例で!」
ユートは椅子から立ち上がろうとすると両隣の少女が両肩に手を乗せ、座らせられた。
「ああ、だがもしばれて両国の関係が崩れることになったとしたら全てはお前の責任ということになる。もちろん私は話す気はない。お前もそうだろう?」
エルシェナは形の良い唇を片方に上げ、ニヤリと笑う。
ユートは、コクコク、と何度も頷く。
「だが、それでは私の気は休まらん。そこでだ、お前。私のいう事をなんでも聞くというのはどうだ?私が暇な時、話し相手になり、退屈なら芸の一つでも見せてくれ。まあ、つまりは使い走りだ。どうだ?」
「……わかったよ」
ユートにとって国うんぬんより女の子の裸を見たことが罪悪感を感じる理由になっていた。
ユートはうなだれるようにして、力を抜く。それを見届けると双子の少女は、手を退け元のように両隣に立つ。
「あの、それよりもエルシェナ。このふたりが気になってしかたがないんだけど、前に自己紹介した時も何も答えてくれなくて、怖いんだけれど」
「ああ、この2人はネイン、ナイン。二人共、私がアフリアート国から連れてきた侍従でな、ある事情で二人は話すことが出来ない。だが、その変わりこれで話すことが出来る」
ユートは恐る恐る二人の顔を見比べながら、全く同じだと思いながら聞く。
するとエルシェナは懐から黒光りする丸い石を取り出してきた。
―――伝達石だ。
この世界に来て、初めてともいえる魔法の産物。
魔力を込めれる石で魔力を込めた相手と持っている相手で会話を頭の中ですることが出来る。
……魔力
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この世界の人間は、誰もが自由に作り出せる魔を打ち倒す力。
アルベルト先生との授業の風景が頭の中に浮かんでくる。
歴史や地理の勉強だけでなくこの世界の魔法についても教えてもらったのだった
「いいですか?魔力というのは、2000年前の魔王との暗黒戦争の時、神が私達人間に授けて下さった聖なる力なのです。人間が持う精神力、体力を練り合わせ魔力に変換し、そのことを使って色々な事が出来るのですが……今日は、伝達石に魔力を込める練習をしてもらいます」
アルベルト先生に言われてから数時間。体力、精神力のイメージを掴むという修行。
現実世界にいるときはまるで理解できないのだがこの世界では、息をするかのごとく可能になっていた。
そして数日後、ようやく伝達石に魔力を込めるのに数時間。
体力がなくなり息も絶え絶え、精神力がなくなり心が折れそうになってようやくできた時には床に倒れこんで、喘いでいた。
アルベルト先生のおやまあという顔と、こちらを観察して椅子の上で腹を抱えて笑っていたエルシェナの顔は当分、忘れれそうにはない。
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エルシェナが投げてきた伝達石を両手で受け取る。
体内で体力、精神力をイメージとして掴み、それを混ぜ合わせる。
そして腕を伝って手のひらの中の石へ!
額に汗がにじむのがわかるころようやく石の中に自分の魔力が入った感覚がつかめる。
その途端、頭の中にいきなり知らない声が入ってきた。
(この男!エルシェナ様の裸を見たにあきたらず部屋にまで入ってきて、にへらにへらと締まりがない顔でこちらを見てくる、う~!、ああ、気持ちが悪い。しかもこっちが話せないことを良いことに意味わかんない挨拶をぶつける変な真っ黒頭。木炭の山にでも突っ込んだのか!う~!ああ、エルシェナ様が普段使っている椅子にまで座って、後で徹底的に洗わなくては!)
(お姉ちゃん、言いすぎだよう)
がっ!と言いたくなるような罵声が頭にがんがん響く。
慌てて両隣を見ると二人とも変わらず無表情。
いや、どちらかというと左側のスカーフをしているほうが申し訳なさそうに少しだけ腰を折っている。
伝達石は頭でも口に出しても声は伝わるのでユートはやり易い口に出す方法をとる。
そしてユートは心情的に優しそうに見える左側の子に声をかけた。
「あの、どっちがナインでどっちがネインなのか教えてくれる……かな?」
(……)
(スカーフをしている私がナインで、こっちがお姉ちゃんのネイン……)
今までの無口無表情が嘘のようだ。
伝達石で会話するようになってから二人共、氷が解けたかのように感情を表情に表している。
片方は増悪でもう片方は申し訳なさそうにしているのだが。
(ナイン!こんな奴に声かける必要ない。こんな意味のない愛想笑いしてくる奴をよく知ってる。この国の汚い貴族共。そして嫌味な王子と同類だ)
(そんなあ、お姉ちゃん。別に悪い人じゃないと思うよ。だってこの国の言葉も知らに人だったんだよ)
(もともと知らないだけじゃないの?今だって馬鹿そうな呆けた顔してるし)
「呆けているのは、君らに驚いていいるからだよ!」
さすがに優人は、悪口を言っているネインの方に言い返す。
(まさか……無表情無口だと思っていたの二人がこんなに影で話しているとは……)
「ネイン、ナイン。もういい加減にしてやれ。こうして呼んだのは、お前をからかうためではなく、少し話があるからだ。」
「話?」
ユートは、ナイン、ネインに案内されてきたがエルシェナの部屋に入るのは初めてだ。
クロムクル国での来賓扱いになっているのだろう。
馬鹿でかい宮殿のさらに馬鹿でかい部屋をあてがわれてる。
エルシェナは、綺麗な細工がされた窓枠に手をかけ向きを変えて、こちらにむく。
そして足をぶらつかせながら、紡ぎだすように話を始めた。
「……私は、この国に来てから4年経つ。なす術もなくここに来たと言ってもいい。……ここに来たのは仕方なくであって望んだわけではない。だからここに来てからというもの何をするでもなく、ここにいる意味する自分で掴めていなかった」
エルシェナはぶらつかせている足を見るように視線を下に向けている。
ユートは次の言葉が出るのを待った。
「だが、前にお前の言葉を聞いて少し考えが変わった。思い出したのだ。この世界には、普通に平和に暮らしたい人々がいることを。
私の一族を思い出す。あそこは魔物との戦いがなくならないが人々は、平和で笑いあっていた。あのような光景が消えてなくなるのはとても悲しいことだ。それに気づかせてくれた。戦争になれば無くなってしまうものだったと」
エルシェナは窓枠から音もなく床に飛び降り、ユートの前に立つ。
「もし、私の部族を訪ねることがいつでも来るがいい。歓迎する。……そうは言っても私があそこにもう帰ることはないだろうがな」
今まで見たことがないくらいエルシェナは、優人に笑いかける。
ユートは、その笑みに悲しみが混じっているのを感じた。
「今は、私の気持ちは一族のため、国の人々のためとある。この国で結婚し、両国の懸け橋となる。それが平和への道だ。お前の言葉おかげだ、ここにいる意味を見つけることが出来た。……少しは、お前の事を許してやってもいい気になったな」
エルシェナは勝気そうな笑みで優人に笑いかける。
ユートは思わず立ち上がり、少しエルシェナの方に向かって進む。
するとエルシェナが片手を差し出してきた。
(もしかして少しは仲良くなれたのかな?)
ユートも近寄り、握手をしょうと片手を伸ばすと、エルシェナは怪訝な顔をしてひょいひょい、と手招きをした。
「何をしているんだ?早く変わりの果物と飲み物を頼む」
「って、やっぱり使い走りにするんじゃないか!」
ユートは、思わず叫んでいた。