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異世界を架ける者  作者: ソラ
第九章 現実世界の戦い
107/107

107.一月

夢を見た。

ただ、もう一度だけでよかったのに。

もう一度、触れ合えることができるのなら、例え、全てを失っても。


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天神市の事件からも、それから優人が刑事に、事件の内容を話してからも一週間近くとなる。

結局、福部のおじさんの刑事から何度か連絡はあったものの、何一つ進展はなかった。

それはエルシェナも同じで、忽然と気配を消してしまった異世界の気配を辿ることは出来ず、

刻々と時は流れていった。


「……もう今年も終わりか」


ぽつんと優人が呟いた言葉は、薄暗い空の向こうに消えていった。

誰かに聞いて欲しいわけではないけれど、それでもつい時間を意識せずにはいられなかった。

じっと、目の前に広がる境内を見つめる。

いつもは閑散としているが、この年末年始だけは場所が変わったかのように騒がしくなる。

だから、エルシェナもどこか安全な場所に移動してもらわなければとおもっていたのだけれど。


「もういいよ、優人」


美咲の声が玄関の中から聞こえてきて、優人はやれやれと首を振って中に入る。

そこには巫女服を着たエルシェナと美咲が、仲良く並んで立っていた。

もちろん似合っていた。

美咲は何度も手伝いで来ていたし、その陸上部で鍛えられたすっとした立ち姿や黒髪に似あうという事は何度も実感していたのだが、エルシェナも銀色の髪をひとまとめに白いなんていうんだっけか、紙で括り、とても似合っている。いや、純粋に奇麗だと思った。


「どうよ、何か言うことはないのかなー」


美咲のからかう声はわかるが、別にエルシェナは神妙な顔立ちで立っている。

そういえば、以前セルランディ族の土地でセリアさんに言われて、エルシェナの服装を褒めようとした事があったっけ。

エルシェナはあの時とは違い、自分がこんな服を着ていいのだろうかと不安そうではある。多分、神聖なとか思っているのだろうが、だれもがバイト感覚で着るものだと訂正するのも面白くないので黙っておくことにしよう。あとで怒られるかもしれないけど。


「そんな恰好して、もし誰かにどこのだれだとか追及されちゃったりしたら……」

「いーだ。わかってますよーだ。ちょっと着てみたかっただけだし。ねー」

「ネー?」


エルシェナと仲良く顔を傾ける美咲だが、優人は照れを誤魔化す気もあり、ふと思い出す。


「賢治のやつも居たら見れたのにな」

「それは……どっちを?」


美咲の問いに優人は、すぐに美咲を指さした。特に気にしてたわけではないが、自分でも驚くほど速く指が動いた。美咲は、はあ!?と声を上げ、


「なんであいつが私の巫女さん姿を見たがるのよ!?」

「いや、あいつはもしかしたら、何十年ぶりでうちで正月を迎えるのかなと思ったらつい」


別に小さいころ、美咲が巫女服を着ていたわけではないのだが、その雰囲気を賢治はちゃんと覚えていてくれているのだろうか。

朝早く出て行って、帰ってこない賢治を思い出す。

どうせまた、手掛かりを探しに行っているのだろう。父さんが忙しいからってやりたい放題だ。

とはいえ自分もあまり、猶予はないとひしひしと実感している。なによりあっちの世界でだ。


「賢治のやつ、ちゃんと夜には帰ってくるのかな……」


こっちが深く考え込んでいるのを悪いほうに捉えたのか、美咲が不安げに見つめてきた。


「大丈夫だよ、ちゃんと定期的には連絡来てるし、あいつそば好きだったし」

「うん……そうだね、あ、そうだ。私ちょっとカメラお父さんに借りてくる。後で皆でとろうよ」

「あ、その恰好で行くの?」

「ちょっと行ってくる!」


気にする様子はなく、美咲は巫女服のままスニーカーを履いて走っていった。

ちょっとはうちの品位をとか、そんなものは元からないという事に気づきながらエルシェナに視線を戻した。


「なにか、おかしくはないか?」

「大丈夫。クロムクルでドレスを着てた時よりは、よっぽどましだよ」


冗談で言った言葉にエルシェナは、思いのほかうけたのかクスッと笑うと姿勢を正した。

それにしても土間に立つと、自分の身長のほうがエルシェナよりも低くなるという事を改めて実感する。

最後の戦いの時、エルシェナとどれくらいの身長差だったっけ。いやそれよりも異世界と現実世界の二つの肉体の差が激しくなってきている事に少し恐ろしくなった。何よりもあの傷だ。


「痛むのか?」


つい無意識に右腕のほうを擦っていた。向こうの世界での影響が現れているわけではないのだが、違和感の様なものを感じてしまうのだ。それを何度もエルシェナに指摘され、いつも誤魔化していた。


「ああ、いや。大丈夫。向こうの世界の事を思い出してただけだから」

「そうか。でも無茶はしないで。ただでさえユートは……」


エルシェナには異世界で起きた出来事を、事細かに毎日話している。話すことで、エルシェナが自分の歯痒さが増すばかりだと思っていたけれど、それでも話さないわけにはいかなかった。

それこそ、前みたいに飛び出してしまっても困るし、なにより、毎晩布団に潜り込まれて夢を共有するよりは肉体的に、なにより精神的安定にお互いにいい。


「無茶はしてないよ。皆に助けてもらってるから。エルシェナが残してくれたものがあるから、あっちでも協力して戦えている」

「……なら、良かった。無意味ではなかったのだな」


あの晩、境内でエルシェナが吐露した気持ちは、あれからエルシェナはひた隠しにしている。

でも、今みたいに前のエルシェナからは考えられないほど落ち込んだ様子を見せる時があった。

その事をなんとかしたいと思いつつ、言葉だけはどうすることも出来ず優人は歯痒い思いをしていた。


「そうだよ。だからこっちでも皆に助けてもらおうよ。だから、エルシェナも前みたいに一人で無茶をしないで」

「だが、こっちの世界の人間は弱いのだろう。武器とやらは強いと聞いたが。なにより、ユートも火の精霊王の剣はないし、魔力強化も出来ないのだろ?」

「それはそうだけど、でも僕には一応秘策があるから、少しは手助けできる」

「私は、もう嫌だから。ミサキもユートのお父様もそれから、一応ユートの戦友も……何一つ失うのは嫌だから」


ぎゅっと握りしめた手は、エルシェナのお爺さんの事だろうか。それともこれまでの、これからの戦いで失われていく人々だろうか。


「でも一応頭に入れておく。今度は一人で突っ走る無茶はしない。必ずユート達を守って見せる。……約束する」


そういうと、エルシェナは小指を持ち上げてきた。ユートは思わず笑みを浮かべた。

あの時、エルシェナとクロムクル国から脱出する時が最初だったか。覚えていてくれたことを嬉しく思う。

それと同時に指を絡ませることは出来ないのをわかってエルシェナは、わざと言っているのかとも軽く疑ったが、その表情は真剣だった。

自分への戒めにしているのだろうと思い、ユートも小指を立て触れ合う事のない指切りをした。


そして、その戒めがすぐに発揮されるようになるとは、この時は想像もしていなかった。


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「……ヤード!起きてください!!」


ふっと自分を呼びかける声に意識が浮上してくる。

うつらうつらと馬の上で寝てしまっていたようだ。

エルシェナに少し馬の乗り方を教えてもらっていてよかったと思いながら、背を伸ばして、体の調子を確かめる。


少しさがった位置を同じく馬に乗って行軍する戦士にユートは声を掛けられたようだ。

礼を言って、前を見据えた。


(戦況はどう?ネイン、ナイン)


伝達石で見据えた先より遠くにいるであろう双子に声を掛ける。


((問題ない。今のところ対処出来ている))


素っ気なく聞こえる魔獣化した二人の返答に安堵しながら、優人は火焔を握りしめた。


当然だが、戦はただ戦えばいいだけではない。ただ、日本で生きてきた自分には想像も出来なかった、というかむしろ意識外だったのが、戦うためには睡眠を取り、食料を摂取する必要があるという事だ。


(わかってはいるけど……)


優人ひとりで突っ走って王都まで攻め込むわけにはいかないのだ。

もちろん、当然急がなければいけない理由はある。なにせ魔神族相手では、持久戦では勝ち目がない。

人間はいくら鍛えようとも寝食抜きで永遠と戦い続けれう事は出来ないからだ。


「歯痒いか、坊主」

「そんなの……当たり前ですよ」


オルレアンさんが隣に追いついてきて、馬で並んだ。大分、モホーク族に優遇してもらっとはいえ、馬に乗れる戦士は限られている。特に精霊術が得意なものは優先して割り当てられている。優人もその一人だ。


「こんなところで、ただ固定砲台になるしかないだなんて」

「ははっ、それ精霊王が聞いたら怒らないか?ま、向こうのエルフの嬢ちゃんも一緒の想いの様だけどな。さっき様子を伺ってきた」

「ハイベリアのいう事ももっともなのはわかっているんですけどね」


ちくちく刺してくるような火焔の嫌がらせを無視しして、優人はため息をつく。


「それが人を、国を動かすってことだ。嫌なら俺みたいな風来坊になるしかない」

「それ、なんか嫌です。特にオルレアンさんみたいなって所が」

「そりゃ、どういう意味だ?じっくり聞いてやるぞ!?」


軽口を言える元気を残しながら、優人はゆっくりと馬を進める。

その間に、以前の休息でハイベリアに言われた時の事を思い出していた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お前は、いまだ弱い」


開口一番それか、と優人は思わず睨み返しそうになった。


「確かにあの時とは、違うだろうが。だがお前自身の実力は弱いままだ。アシュアル族長との闘いでそれを自覚しただろう」


慌ただしく天幕の外で戦の準備をする音がする中、その言葉はよく胸に届いた。


「だからこそ、火焔の力を借りるんです。なのにどうして僕が部隊の後方なんですか!」


セルランディ族の行軍の配置を決めたのはハイベリアだ。

それは勿論、魔族の森との交戦の経験を踏まえての事だとはわかる。

だが、最も戦力となる火焔が後方では、火の精霊王の力が味方を巻き込まずに放てない。


「当然の事を聞くな。そして同じ言葉を繰り返させるな」


極限までいら立つかのように腕組みをした腕に力を込め、優人を見降ろしてきた。


「いいだろう、お前が迫りくる魔族の第一陣を精霊王の力で滅するとしてみよう。だが、その後はどうだ」

「それは……」


わかっている。クロムクル国でも火焔の力を放った後、同様の事態が起きた。

当たり一面のマナを使い果たし、騎士たちが精霊術を使用できなくなったのだ。


「いくら戦士が剣によって戦おうとも、何匹かは陣を潜り抜けるだろう。その後は終わりだ」


ふっと息を吐いたかと思うと、いきなりハイベリアの手には抜き身の剣があり、切っ先が優人を向いていた。反応などできるはずもない。


「いくら精霊王の守りがあろうとも、知覚する前にお前の首を切り落とすなど造作もないことだ」


ハイベリアは切っ先を払うと鞘に剣を戻した。


「小出しに雑魚をぶつけられ、無駄うちされても困る。お前たちの使いどころは私が決める。それまでおとなしくしていろ」

「っ……」


確かに、

反論など言えるはずもない。だが、もしもの時は黙って従うつもりはないと、優人は心に決めた。


「ただ、もし……私がいなくなるような事があれば……」


そうつぶやいたハイベリアに急に普段の覇気が薄れた気がした。


「……エルシェナに会えるのなら伝えたいことがあった。まだ、教えてやりたいことも……」


そういうハイベリアの表情は穏やかだった。彼がセルランディ族で受けた恩の話は以前に殺されながら聞いた。それがどんなものかは優人は想像しか出来ないが、きっとそれ以上のものだったのだろう。


「戯言だ。……ともあれ、お前を無駄に死なすつもりはない。おとなしく私のいう事に従っていろ」


結局、それかと元の雰囲気に戻ったハイベリアに噛みつきたくなった優人だが、次の言葉でとどまった。


「どちらにせよ……どっちが勝つにせよ。われらが戦えるのは、後一月が限界だろうからな」


そう告げるとさっと天幕の外に出て行った。

食料、戦士の数、敵の規模。それらすべてをを把握しているハイベリアがいうのなら間違いはないのだろう。

なにより、精霊王達が活動し始めた事により、この地の精霊たちは人間の魔力制御のいう事をだんだん聞かなくなっているとの報告がある。

つまり、時間がたてばたつほど、人間側の戦力が少なくなっているのだ。


「一月……」


たったのと言いそうになり、優人が言葉を飲み込んだ。

なら、必ず終わらせなかればならない。なぜなら現実世界もあまり猶予はないはずだからだ。


---------------------------------------------------------


深夜を過ぎたころだろうか、遠くに聞こえる喧噪はいまだ続いている。

いつもと変わらない日常。そしていつもと少しだけ違う日常だ。

その上で優人は、携帯電話を握る手が少し震えているのを感じ取っていた。


「賢治、早く帰ってこい。……宮座明人が今、ここにいる」



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