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異世界を架ける者  作者: ソラ
第九章 現実世界の戦い
106/107

106.証拠

「ごめん、長い間待たせた」


優人はすぐに、すぐ近くの家の外壁に背中を預けて待っていたエルシェナに謝った。

エルシェナは気にした様子はなく、帽子の鍔を少し上げる。


「それでどうだったのだ?」


優人は、賢治の方を確認するように向いた。


「どう考えてもありゃシロだ。自分の夫が死んだ後は何一つ知らなさそうだな。匿ってるなんて事もなしだ」


その言葉に優人は同意して、エルシェナに向けて首を振った。

エルシェナは助けを呼ばれなかった事からある程度察していたのか、そうか、小さく溜息をつく。

優人はそれを見て、でも、と一番疑問に思っている事を口に出す。


「あの贈り物は?」


そこで正面から自動車がやってきたため三人は、道路の端に寄った。

その間、賢治は考え込む様に眉間に皺を寄せて、口を開くことはない。

それからややあって、


「宮沢が送ったとしかな、何より時期がよすぎる。一年前っていやあ、お前の魂が異世界に行っちまった時と一致するだろ」


と、優人に確認するように振り返った。


「それはそうだけど」


正確には、異世界に行った日。つまり初めてエルシェナと会ったのは一年半前なのだが、大体は一致する。

ふと、エルシェナを見ると、自動車の排気ガスを煙たそうに顔をしかめていた。


「しかもあんなお涙頂戴な話を聞いた後だ。そうとしか考えられなくなってら」


それに優人はじゃあさ、と


「あの家を見張ってたら、宮沢さんを捕まえる事が出来るんじゃない?」


いい考えとばかり、提案する。当然、エルシェナに協力してもらってだけど。

何しろもうすぐ年末年始だ。誰かに贈り物をするには事欠かない。

それに自分たちが掴んでいる手がかりは、これしかないのだ。


「はっ、この寒空の下でな。お前がやるってんなら別に止めはしねえが」


賢治は鼻で笑うと、馬鹿にした様に言い返してきた。

ぐっ、優人は唸る。

周りを見渡すも、家が立ち並ぶばかりで、誰にも怪しまれずに恵子さんの家を見張れそうな場所など存在しない。

食料を用意して、刑事ドラマの様に父さんに車を出してもらうにしても、来るかどうか確証がない相手を待つのは厳しいものがあるだろう。


「それよりも気になる事がある」


賢治は急に、優人を厳しい目で睨んできた。


「なんでお前は生きてやがる」


はぁ、と優人は言葉を漏らした。

何をいきなり、哲学的な事を言い出してるんだ……。

すると、賢治は言い方が悪かったとばかり、すぐに言い直す。


「お前はどうして殺されてないかってことだよ」

「えっ?」


賢治の言葉に優人は、思い当たる事がない。


「お前は魔女に恨まれてんだろ。……つまりだ。俺は、以前は化け物みてえのが、よなよな人を襲ってるって思ってたが、違うとわかった。じゃなきゃ、あれだけ探したんだ、俺でも痕跡なり何なり探し当てれてるはずだ。だからよ、きっと、魔女の手先はそこの女と同じくこっちの人間に紛れ込んでるだろうよ」


エルシェナはというと、さっきから優人と賢治が理解できない言葉で話し込んでいるのが腹立たしいのか、片方の頬を膨らませている。

そこで優人と賢治両者の視線を受け、不思議そうに首を傾げた。


「でもな、お前の経験にならっていうなら、なんとも便利な翻訳機能なんてものはないらしいな」


それはそうだ。

優人もエルシェナも、精霊の門を通ったからといって、急に異世界の言葉を話せるようにはなっていない。

現に、今もエルシェナは日本語相手に格闘しているのだ。


「そんな状態で魔女がお前の正体を知ってて、手先に殺せって命じても無理があるだろ。何しろ奴らは住所どころかこっちの文字すら知らねえんだからな。手当たり次第に探せって命令した事も考えられるが、三崎町だって小さくはない。……でも宮沢みたいのがいるってんなら話は別だ」


優人は、そこで表情が青ざめた。

全身から悪寒が立ち上ってきて、鳥肌が立つ。


「そうか、……僕は馬鹿だ。なんでこんな事に気づかなかったんだ……」


優人は、拳を力の限り握りしめた。

魔女のあの不思議な力があれば……いや、なくとも魔女は、すでに優人の顔を名前を知っている。

そのわずかな情報を、こっちにいる宮沢の様な人間に渡せば、すぐに優人の事など調べがつくはずだ。

どうやら異世界とは違い、どこか現実世界の自分の事を甘く考えていた様だ。

なんとなく自分だけは大丈夫だろう、という平和ボケだ。

……自分の命が狙われるのはいい。でも身近な人、美咲や父さん達が危険に晒されていたかもしれないのだ。

それだけは許すことは出来ない。


「大丈夫か、ユート?」


エルシェナが優人の表情を察し、心配気に声を掛けてくる。

ああ、と優人は小さく返事を返す。

賢治は溜息をついて、額に手を当てた。


「……呆れるな。異世界なら知らねえが、こっちのお前はただの弱っちい人間だ。どっちかを殺せばお前は死ぬんだろ。なら簡単な方を誰だって選ぶ。そうなってない理由でもあんのか?」


魔女は、優人を二千年前のヤードの姿に重ねて憎んできた。

そしてエルシェナを守るようにと、けしかけてきたのだ。

どちらもまるで遊戯でもするように、劇場を再現するような物言いであったが、アスフリートの王宮ではクラウディアを使って、恐らくあの時はエルシェナを囮に、優人の命を確かに奪おうとしてきた。

でも、賢治の言う通りで本気で優人を排除したいなら、こっちの何の力も持たない大和優人を殺せばいい。


「理由……」


そういえば、魔女はお前のおかげで門が安定したとも煽ってきた。

もしかして、自分を殺せば門が通じなくなるからだろうか。


「ま、なんでもいい。それにお前が生きてるって事は、俺の考えが違ってるかもしれねえしな。これは宮沢が贈り物を送れるほど自由意志があるならって考えた話だからな。そうじゃねえのかもしれねえし」


賢治は得意そうに鼻を鳴らした。


「それにだ。続けて言うならなんで宮沢は家族に姿を現してない?これも推測はできるが意味はないだろうな。なにしろ疑問が多すぎる」


その通りだ。

そして精霊の門が浄化した今、魔女と宮沢さんとの繋がりは消えたはずだ。

その状態で彼らは何をしていて、これからしようとするのかという事も気になる。


「うだうだ考えるのは好きじゃねえ。この後刑事に会うんだろ。必死に頭下げて宮沢の事、探してもらえよ」


賢治はどうでもいいか、とばかりはっ、と笑い飛ばした。


「ああ、そうする」


それ以外、優人に出来る事などないのだから。

賢治の指摘が正しいのだとしたら、今すぐにでも動くべき事だ。

今まで自分たちが無事であった理由が今この時、消えてしまっているかもしれないのだから。

と、そこで優人は頬を掻いて、唇を歪める。

……実に言い出しにくい事なのだが。


「あの、賢治もついて来てくれない?やっぱり僕だけじゃとんでもないミスをしそうだ」

「はあ?」


賢治は呆れた声を出し、片方の眉を馬鹿にするように上げてきた。


「嫌だな、どうせ大人どもは話なんて聞きやしねえんだ、馬鹿にした表情を浮かべられたら殴りたくなる」


今、賢治が浮かべてるような表情か?

と優人はちょっといらつくが、賢治がいて話がややこしくなる方が面倒だと結論づけた。

少しは頼りにしたかったのだが……。


「じゃあ、エルシェナを家に連れて帰ってあげて」

「は、なんでだよ。刑事に証拠として見せなきゃ、信じてもらえるわけねえだろ」


賢治の言う通りの事を、前に父さんにも前に言われた。

でも今すぐ、エルシェナをどこかの機関に引き渡すことはしたくない。


「とにかく今は話だけでも聞いてもらうつもりなんだ」


優人の事を正気かよ、とばかり賢治は見てきた。


「……そうかよ、お前の好きにしろよ。俺はどっちに転ぼうが宮沢って男を突き止めればいいからな」

「ありがとう」


賢治の言う通り警察を頼るか、それとも今まで通りエルシェナの探知能力にかけるかの違いしかない。

別に賢治からしたら、今なら宮沢という人物が街にいるのだ。

エルシェナをすぐに差し出して、警察の情報力を使った方が宮沢を捕まえるのは速いとわかっているはずだ。でもそうしないのは、きっと少しでもエルシェナの事を気遣ってくれているからだろう。

その事に何かしらの心のさざ波を感じないではないが、優人はエルシェナの説得に向かった。


「じゃあ、私はもうあの男と家に帰れというのか?」

「色々引っ張りまわしてて、ごめん」


エルシェナは賢治の方を一回睨むと、眉間に人差し指を当てた。


「さっき、あの男とユートが死ぬかもしれないと話していなかったか?」

「え、話してた内容がわかったの?」


これは驚きだ。

しかし、優人は信じられないという表情を浮かべたのが気に入らないのか、


「これでも努力しているんだぞ」


とすねた様に、視線を逸らすエルシェナだ。

珍しく可愛らしい姿にえらいと、頭を撫でたくなるが、そんな小さい子扱いしたら怒るだろう。


「大丈夫だよ。これからするのは死んだりするような事じゃないから。それにどうせ話をするだけで退屈だ。それより戻って美咲のそばにいてほしい」


きっと神社の家で待っているに違いない、美咲の事が心配になった。

賢治の呆れる通り今更だが、それでも何もしないよりはましだと考えた。


-------------------------------------


市内の喫茶店で、優人はその中の一つのテーブルの座席に座っていた。

お腹は空いてはいるが、これから話すことを考えればあまり食欲もわかない。

何より、昼食を取ろうにも懐具合は寂しかった。

賢治とエルシェナをタクシーに乗せると、悲しいかお小遣いのほとんどは消え、バスで向かう事になったのだ。かなり時間を無駄にしてしまい、昼食をとる時間もない。


「優人」


店内の落ち着いた音楽に耳をすませていると、いきなり名前を呼ばれた。

顔を上げるとそこには、父親がいる。


「なんで父さんが……」

「そりゃ、さすがに子供一人で話し合いをさせるわけにはいかないでしょ、少しは頼りにしてもらえると嬉しいんだけどね」


父さんは隣の席につき、メニューを開いた。


「でも、大晦日の用意は大丈夫なの?」

「ああ、もちろん。とはいかないけど近所の人も手伝ってくれてるし、少しだけ抜けてきたんだよ」


優人の家の神社も小さいとはいえ、この時期は忙しくなる。

父さんも、それもあって優人と刑事の話し合いに来てくれるとは思っていなかった。


「それと」


父さんは一声の後にしばらく間を置くと、眼鏡の奥の瞳をじっと優人にぶつけてきた。


「エルシェナちゃんと賢治君とで、どこに出かけていたのか後で聞かせてもらうからね」

「えっと、ばれてた?」


優人は頭を掻いて、視線を逸らす。


「大丈夫、危ない事はしてないよ。……結果論だけど。とにかく今はエルシェナと賢治も家に帰ってくるから」


そこまで言ったところで、あの二人の事が気になった。

あの二人、言葉はほとんど通じないとはいえ、どちらも戦いに飢えていると言っていい。

魔女の手先を探しに行っていたりしないよな、ちゃんと帰ったんだろうな……。


「と、来られたみたいだね」


そこで父さんは立ち上がり、優人も店の時計を確認すると二時少し前だった。

店員の案内を断り、二人のコートを着た男女が優人のいるテーブルに近づいてくる。


「すみません。ごたごたしてまして、お待たせしました」


福部刑事が頭を低くして謝る。

いえ、と父さんは柔らかく断って、椅子に座るように勧めた。

そこで福部刑事の後ろに立つ女性に目線をやる。


「その村越さんはちょっと別件で来られないという事でしたので、彼女が代わりにという事で村越さん本人に頼まれたんです。こちらは今一緒に仕事をしている清水警部です」


福部刑事の紹介に一歩前に出て、礼儀正しく頭を下げたのは、二十代前半くらいのすらっとした女性だ。ショートの髪に薄い化粧、整ったシャープな顔にきりっとした目元は意志の強い人間であると覗わせる。


「初めまして、清水玲と申します。大和さんとそれに息子の優人君ですね。お二人の事は父から話だけは聞いていました」

「父とは、どなたでしょうか」


父さんは、女性の名前に心当たりはなさそうに首をひねる。


「私の父は、清水直茂と言い、今県の方で警視正をやっております。9年前にあの三崎町事件を正式に引き継いだのが父です。父は事件を解決出来なかった事を深く悔やんでおりました」

「ああ、あの時の……」


父さんは何かを思い出したのか、にがにがしい表情で視線を下げた。

優人はぴんとこなかったが、もしかしたら9年前病室で優人を守るため、父とぶつかり合っていた人の中にその人がいたのかもしれない。


「今回は、優人君が9年前の事で話があるというので私から頼み込んで、参加させてもらうようにしたのです。どうかよろしくお願いします」

「はい、こちらこそお願いします」


と優人も頭を下げて、お願いして、

それから四人は、それぞれの二人に向かい合うようにして、席についた。

父さんがメニューを手渡し、それぞれが紅茶とコーヒーをオーダーを取りに来た店員に注文する。


「それにしてもお若いのに警部という事は、警察の中のキャリアという事なんですね」


父さんが正面の清水警部に向けて、微笑んだ。


「はい、ですがまだまだ現場を知らない若輩の身ですので、今回も福部巡査部長の下で付いていろいろとおしえてもらている最中なのです」

「いや、私が教える事なんて、ないですよ、本当に。なにせ彼女のほうが階級が上ですし、おつむの出来もねえ、まあそうなんですよ、あはは」


福部刑事はそう大きく笑っているが、清水警部はにこりともしていない。

そんなんで大丈夫なんだろうかと、優人は心配になるも、自分自身人の心配が出来るほどでもない。

そこでいったん会話が途切れ、ようやく今回の主役であっただろう優人に視線が集まった。


「そうでした。今日はこの子から話があるんですよ。どうか最後まで聞いてやってください」


そう言うと父さんは、こっちを安心させるかのようににっこりと笑った。

それに優人は一度深く息を吐くと、ゆっくりと視線を正面の二人に向けた。


「あの、一昨日天神市で火事がありましたよね」


まずはこの話から始めようと、優人は二人の反応を窺った。


「ああ、中華街の厨房から発生した火事の事なら知ってるよ」


ただの火事なら、刑事ではなく、たぶん消防の仕事だと思うのだが、福部刑事は何やら含みがある言い方だった。どうやら隣のぶちあけられた壁が火事の原因であると、警察はわかっているのかもしれない。


「その火事は、事件性があるはずですよね。福部刑事が担当されているんですか?」


優人はもしかしたら、という考えで聞いてみた。


「ええと、それが優人君がこれから話すという事に関係あるのかな?」

「はい」


福福部刑事の誤魔化すような言い方にも関わらず、優人はしっかりと頷いた。


「一昨日、僕もその火事の現場にいたんです。そこで火災が発生した反対側のビルにまるで壊されたような穴があるのを知っています。まずは、そのビルの中に何があったのか知りたいんです」

「あー……ですが」


福部刑事は隣の清水警部を窺うように見た。

何やら捜査した事は、部外者に話してはいけないきまりでもあるのかもしれない。

しかし清水さんは薄く口紅が塗られた唇を開くとそうですね、と話し始めた。


「以前からこちらの福部が調べていた事件に関わりがあるのです。それはご存知かも知れませんが、天神市も含む近隣の街で多発していた盗難事件の事です。どうやらそのビルの一室が犯人のアジトだったようなのです」

「盗難事件……ああ、戸締りに注意という知らせが最近はよく周ってましたね」


父さんは納得するように頷いた。


「はい。それで、その一室というのが先ほど優人君が言われた火災現場のビルに通じる穴が開いた部屋なのです。室内には、現在調査中ですが盗まれたと思われる金銭や家電製品、日用品というものが見つかりました」


優人は思わぬ情報に、驚きで目を見開いた。


「じゃあ、その穴が開いた理由についてはわかりましたか?」


清水警部と福部刑事は、逸る様に聞いてくる優人に真剣な顔を向ける。

それから清水警部は捜査資料をそらんじるように、よどみなく話を続けた


「それがですね。鑑識の話では火薬の痕跡も存在せず、重機を使用した形跡もないそうです。ですがそのビルの壁の破片が火災の元となった中華料理店の中で見つかってますから、火事の原因はまず間違いなく壁が壊れた時の衝撃だという事です。村越警部の見立てでは、まるで意志を持った巨大な質量がぶつかったようだと仰っていました」

「いやー、だから実際のところ昨日も今日もその処理に追われてまして、まだ捜査は進展してないんです」


村越警部の見立てはまさに真実だが、それを実証する証拠は存在するはずがない。

何しろエルシェナと戦闘後に消え去ってしまったのだから。


「ですがそれを可能にするものとして、村越警部はこちらではないかと考えられたようです」


そう言って清水警部が隣においてカバンから取り出したファイルには、一枚の写真が入っている。

取り出して、優人と父さんの前に置いたのは、福部刑事が以前見せに来た写真だ。

写っているのは奇妙なキメラの様なひどく歪んだ熊だ。


「この事件と関連しているのかはわかりませんが、その室内には地面にくぎ打ちされた巨大な鎖、擦り切れたロープといったものが発見されています。見た限りで言うとまるで獣を縛り付けておくようなものでした」


淡々と説明する清水警部は、優人を観察するかのようにじっと見てきた。


「以上が私達が掴んでいる情報の全てになります。何か三崎町事件の事に参考になったでしょうか」

「ありがとうございます」


優人はお礼を口にすると、唾をのみ込んだ。

これから話すことをとにかく信じてもらうしかないのだ。

思えば、以前族長会議で魔女と魔王の事を説明した時よりも困難だ。

あれはそもそも下地が違うのだと、とりとめもない事を考え始め、自分がかなり緊張している事に気づいた。

それでも、とぐっと腹に力を入れた。


「実は僕は、犯人らしき人物をその時に目撃したんです」

「本当に!?」


福部刑事は驚きの声をあげて身を乗り出すが、清水警部は冷静なままだ。

これから優人を言う事を書き込もうとするのか、福部刑事は手帳とペンを取り出した。


「僕が火災の現場につくと、何故か火事の方を見ずに壊れたビルをじっと見上げる人がいたんです。それで奇妙だと思ったんです。普通は、火事の方を心配しますから」

「確かに怪しいな……もちろんそれだけじゃわからないが、でもとにかくどんな人だった?」


福部刑事は頷きながら、手帳をめくり優人を一瞥する。

父さんもこの話を聞くのは初めてまため、優人に注目を向ける。

覚悟しなければならない。これから話すことは絶対にすぐには信じてもらえないだろうからだ。


「宮沢明人という人です」

「宮沢明人。名前までわかっているのか。もしかして優人君の知り合いだったのかな?」


福部刑事の浮かべた優し気な表情に、優人は固い笑みを返す。


「その人は9年前の三崎町事件での被害者の一人です」

「えっと、それは……」


福部刑事は困ったように、持ったペンでこめかみを掻いた。

清水警部はというと、すっと目を細め、眉をひそめた。


「つまり、その~宮沢さんによく似た人を見かけたという事でいいのかな?」


そうかとばかり、福部刑事はこちらの言葉の足りない部分を補おうとするかのように言ってきた。

だがそうじゃない。優人は首を振って否定する。


「いえ、その時に僕の友達も同時に見ていたんですが、間違いなく本人です」


時が止まったかのようだった。誰も声を発することなく、店員のありがとうございましたーという声だけが響く。


「えっと、もう一度確認するよ。その宮沢っていう人はすでに死んでいる人なんだよな。って事はいくらなんでも……きっと間違えるほどそっくりな人だったんだよ」

「いえ、そっくりでも双子でもなく、本人が蘇っているんです」


福部刑事は優人のきっぱりとした言い方に、すーっと深く息を吸った。

それから清水警部の方を見て、どうしますとばかりの困った表情を向ける。


「大和さん、優人君が言っていることはどういう事なのでしょうか」


そこで清水警部が父さんに確認するように目線を向けると、父さんは真剣な面持ちで返答する。


「すべて真実です。どうか最後まで聞いてやってください」


その言葉で、とりあえず二人は優人の言葉を待つ事にしたようだ。


「それを説明するためには、9年前の真実を話さないといけないんです」


それから話始めた。

9年前の事件、その時起きた事、それから一年半前に始まった出来事。

そして部長を巻き込んで、申し訳ないと思いながら、魔女の手先を探していた事。

ずっとはぐらかしていたせいで、犠牲者が増えてしまった事。

例外はというと、エルシェナがこちらの世界にやってきて存在するという事だけは伏せておいた。

なんども美咲や部長たちに説明したおかげか、だいぶ省略してうまく話せるようになっていた。


「そういうわけで、午前中に僕たちは宮沢さんの家にも伺いました。もしかしたら、そのビルの一室だけなく、その贈り物にも宮沢さんだと証明する証拠が残っているかもしれません」


ずっとテーブルの中央を見つめて語っていた優人だが、ようやく視線を上げた。

目の前には店員がだいぶ前に持ってきた、すでに湯気が立ち消えぬるくなった紅茶がある。

そして、その向こう側の反応はそれぞれ違っていた。

福部刑事は、テーブルにひじをついて頭を乗せ、悩む様に目を閉じている。

隣の清水警部は、先ほどから姿勢を崩さず、無表情に優人を見ている。


「あの信じてもらえないでしょうか……」


その言葉に対する対応を言葉にすればこの通りだ。

福部刑事は小さく何度も頷きながら、腹が立つ憐れむような視線を向けてきた。

清水警部はというと、今まで対戦していた将棋の相手がチンパンジーだと知らされた様な信じられないという動きで何度も瞬いた。


「大和さん、息子さんは……えと、申し訳ないですが後で署の方に来ていただけませんか?」


ようやく表情を戻した福部刑事は苦笑を浮かべて、頬を掻いた。


「残念ですが、息子は別に薬物をやってはいませんよ。それに調べてもらえればわかるでしょうが精神疾患も持っていませんよ」

「いや!そんなつもりでは……」


父さんのにっこりと丁重に断る言葉に、福部刑事は慌てて手を顔の前で振った。


……やはり無理があったな。

まだ、あの怪物は悪の秘密組織に改造された悲劇の改造人間であり、それに対するは組織に改造されながらも正義の心を失わなかった銀髪の美少女戦士、そしてそれを助ける少年、とでも説明した方が物語としては納得は言ったかもしれない。

けど、もし今後協力する上で話の整合性があわなくなれば、誤魔かしてはいられないだろう。

一度失った信用を取り戻すことは出来ない


「こほん、失礼ですが、その荒唐無稽な話を信じてもらうにあたり証拠があるという事ですが、一応聞きますがそれは何でしょうか」


咳払いをした清水警部は訪ねてきた。

それはなんとか誤魔かしながら話を続けていた所だ。

別にエルシェナの事を話すのは仕方がない事ではあるが、その前に約束をして欲しかった。


「ここではお見せできません。ですがさっきの話の一割は信じてもらえるようなものです」

「ではそれを大和さんは見られて、息子さんを信じておられるのですか?」


清水警部は顔の向きを変えて、父さんに確認をする。


「ええ、でなければ息子を張り倒して、この様な事に二人をお呼びしませんよ」


その言葉に優人は元気づけられ様に、背筋に力が入った。

いてくれてよかったとばかり、この時は父に感謝した。


「証拠は、決して他の誰にも警察の内部にも漏らさないと約束してくれるのなら見せれます」

「それは……らちがあきませんね。では優人君はの方はその証拠を見せる事なく、私達に信じろというのですか。まずはそちらが動くに足る証拠を見せるのが筋だと考えますが」


その通りだとは優人も考えてはいる。

そういいだすだろうと、最終的にはエルシェナを連れてくるしかないと覚悟し始めた。


「ですが宮沢さん自身を捕まえる事が出来ればそれ自体が証拠となります。だからまずはお二人に動いてほしいんです」

「話を整理しましょう。簡潔に。優人君は私達に何を望むというのですか?」


清水警部の問いに優人はきっぱりと返事を返した。


「宮沢さんの逮捕です。それさえ出来れば、不審な死人も出なくなりますし、化け物も見つかります」


じっと考え込む様に清水警部は形の良い顎に手を当てた。

それに我慢がきかなくなったのかついてに、福部刑事が声を掛けた。


「どうしますかこれ……」

「福部巡査部長。まだ経験の浅い私ですが、取り調べを行ったことはなんどもあります。そしてその際に人が語るすべての事を疑ってかかれと教わりました。裏がとれるまですべて偽りであると。これは優人君が語った話にも適用します」


冷たく聞こえる言葉だが、そうでなければならないのだろうと、優人は考えた。


「その中でも確認がとれる事実は真っ先に調べ上げます。アリバイやそれを証明する事実をです。その点でいえば優人君はいくつかの調べやすい事実を提示してます。一つは火災を起こした原因と思しき関係のある宮沢明人によく似た人物がいるという事。そしてもう一つは三崎町事件から続く、この一連の奇妙な事態を解明出来る証拠があるという事」


清水警部はたんたんと、言葉を積み重ねていく。

さっきからテーブルに置いて人差し指で、とんとんと音を鳴らしている。


「そして証拠というのは、どうあっても優人君が守りたいもの……であるという事ですね」


その瞬間、優人は表情がこわばるのを感じた。

刑事がその表情を見逃すわけがなく、すぐに追及されるだろう。


「……どうしてそう思うんですか?」

「いえ、さっきの優人君の話が全て真実だとするならば、すぐにわかりました。なによりこの様な話をするなら証拠が必要なのはすぐにわかるでしょう。それをここには持ってきていなかった。そしてお二人が私達だけに相談してきた時点でわかったようなものです、そうですよね」

「え、ええ」


清水警部は福部刑事に視線をやるも、その表情を見てすぐに戻した。


「私達以外にもわかるその確たる証拠があるのなら、まずテレビ局にでも大々的に放送してもらうでしょう。何しろ大勢の人の命が危険に晒されているのですから。でもそうなってないという事は秘密を守れそうな人にだけ明かす、よほど守りたいものだからなのでしょう。……これも優人君の話を信じたうえでの言葉ですが」


鋭い指摘だと思いながら、優人はじっと清水警部の方を見続けた。

これ以上続けて、信じてもらえないのなら最終的にはエルシェナを連れてくるしかないと思いながら。

しかし、考えてに反して、清水警部はゆっくりと頷いた。


「わかりました。とりあえず今は、優人君を重要参考人として先ほど述べた事実だけは受け入れます」

「え?つまり……どういう事ですか?」


静かに告げた清水警部の言葉に、福部刑事は横から清水警部の顔を覗き込もうとする。


「福部巡査部長、すぐに聞き込みや監視カメラでの情報を集めてください。宮沢明人に似た人物がいるかどうかの確認を」

「えと、すべて私がでしょうか……」

「はい、当然、警察として故人を使っての捜索など出来るはずもありませんから。ですがもちろん私も手伝わせていただきます」


福部刑事は嫌そうな顔をしていたが、最後の言葉ですぐにぱりっと姿勢を正した。


「ええ、一緒というのなら喜んで」


なんともわかりやすいなと優人は思うも、今はありがたかった。


「ありがとうございます、よろしくお願いします!」


優人は父さんと同じく深く頭を下げ、お願いした。

その間、ずっと優人は嘘か誠か探っているような清水警部の目を感じてはいたが。


その後、名刺をもらい、連絡先を交換した。

何かわかればすぐに知らせてくれると約束してくれた。

動いてくれるのはどうやら、村越さんを入れると三人だけになるようだが、それでも今までとはまるで違う。優人は落ち着いた鼓動になっていく心臓を感じながら、父親に笑顔を見せた。


----------------------------------------------------------


再び頭を下げて店を出ていく親子を見送った後、ゆっくりと福部刑事と清水警部は席についた。

二人ともじっと前を見つめたまま、どちらかが動き出すのを待っている。


「それでは、私達も動くとしましょうか」


沈黙を破ったのは清水警部だ。

立ち上がると福部刑事を見下ろして、さっきから微動だにせずいる彼の肩を叩いた。

福部警部はびくっと肩を震わせ、福部刑事は慌ててちょ、と声を上げる。


「え、動くって何を、もしかしてさっき言った事ですか?」

「はい、それ以外に私は何か言いましたでしょうか、福部さん」


清水警部は、立ち上がり視線をさまよわせる福部刑事とは反対に、冷静な声で言う。


「いやてっきり、あの場はとりあえず話を終わらせるための建前かと。まさか、本気であの子の言う事を信じるんですか!?」


詰め寄る福部刑事に清水警部は、同じことを二度言わせるのかとばかり呆れた声を出した。


「はあ、先ほど言ったはずです。福部さん、どんなに論理的で正しい話であろうと、……さすがの私も面喰いましたが、先ほど優人君が語った中学生の妄想した様な与太話であろう、何人の話など信じる必要はないと。私達に必要なのはなにより事実と証拠です」


子供を諭すような清水警部の言葉に福部刑事は、頭を抱えるばかりか背中を丸めた。


「でも、そもそも優人君が火事の現場で犯人らしき人物を見たという事実が、本当かどうか」

「なら、仲良く間抜けなお巡りさんになりましょうか」


そこで初めてくすっとわらった清水警部の微笑を福部刑事は見た。

それを嬉しく思うも、それどころではない。

なにしろ彼女はこれからも昇進していき、自分の進退に関わってくる人物だ。

もちろん個人的にもお近づきになりたい女性ではあるため、表立って反論は難しい。

しかし彼女が警察署に来た時、一応の世話係として福部は課長に任命されているのだ。

こんな事ばれたら、自分は減給ものだし、彼女の出世にも響くかもしれないのだ。

あんなファンタジー少年に構っている暇などない。


「ですからそうならないために、まずは優人が火事の現場にいたという証拠を集めましょう。その後に宮沢似の男の捜索を」


しかし、清水警部の凛とした声を聴くと、つい了承してしまっていた、


「わかりました。……それにしても驚きましたよ」


福部刑事が苦笑したのに対し、清水警部は何がでしょうかと、首をかしげる。


「いや、いつも清水警部は時間に厳しいし、少しでも変な報告を上げるとすぐに、時間を無駄にする気ですかと言ってくるじゃないですか。だから優人君が話してる最中にも立ち上がって出ていくんじゃないかと思ってましたよ」


それに清水警部は、ちょっと恥ずかしそうに頬に手をやり、心外ですね、と呟いた後、


「あれほど必死な顔をしている子供を、無下にするわけにはいかないでしょう」


清水玲はどこか昔を思い出すように、視線を上に向けた。


「そうですか、わかりました。とにかくやってみるだけやってみます」


ああ、俺のこういう悪いところが後でどなる予定の甥っ子に似たのかもしれないなと思いながら、福部刑事は溜息をついた。それでも好意ある人の前だ。

精一杯やる気がある風に装いながら、軽く敬礼をして領収書を取りにレジに向かった。


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