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異世界を架ける者  作者: ソラ
第八章 王都奪還
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101.決闘

湯呑から暖かい湯気が立ち上り、まさに和風と言える居間に6人の少年、少女が集まっている。

全員が微妙な緊張感を持ったまま顔を突き合わせていて、気まずい。


「あのさ、じゃあ自己紹介でも……」

「それはいい、全員の名前くらいなら知ってる」


最初に、気まずさを打ち破った優人の声を遮ったのは賢治だ。

片膝を立てて、賢治はこちらをジロリと睨んできた。

湯呑に手を伸ばしかけていた部長が、その声にびびって熱っち、と声を上げた。


「まず聞きたいのは、そこの、……女についてだ。いっとくが昨日聞いた下手な嘘で誤魔化せると思うなよ」

「嘘?」


風元さんがちらっと、優人の隣に座るエルシェナに目をやった。

今は皆を観察するように大人しく座っていてくれているが、すぐにしびれを切らすとわかっているので、優人は手のひらをエルシェナに向けた。


「事情を説明してるだけだからちょっと待っててよ」


少なくともちょっとはしゃぎすぎて見つかったのだという事は、自覚してくれているのだろう。

頬を膨らませる様にむすっとした表情を向けると、エルシェナは腕組みをした。


「今のはどこの言葉だ?それぐらい詳細に言えるだろう。言えないなら嘘だ。フィンランドの言葉とも違う。第一主語からして違うしな」

「あ~それは……」

「相変わらず嘘をつくのがへたくそな野郎だことで、美咲。お前はこいつから事情を聴いてるはずだよな」


賢治の奴は以外と鋭い。

美咲が戸惑った様な表情で、こちらを見てきた。それがそのまま答えとなる。

そして賢治はさらに続けて、言い放ってきた。


「それに俺は、屋上から見てたんだよ。この女とお前がとんでもない動きで窓から飛び出るのをな。しかも、今も感じる感覚。……あの化け物と同じだ。あん時は、相手にしなかったが、お前異世界がどうとか言ってただろ」

「賢治!ちょっと待った!!」


優人は賢治の言葉を、体を乗り出して遮る。

どうせ賢治には、取り返しがつかなくなる前に話すつもりだった。それは問題ない。

けれど、ここには部長と風元さんもいるのだ。二人を巻き込むわけにはいかない。

二人は困惑した表情で、賢治の言葉をじっと聞いている。


「その事は後で話す。だから今は……」

「興味深い事を言っているわね。最初、日野君は二人の幼馴染って事だけと思っていたけれど、例の獣といい何かか隠している秘密がありそうね」

「秘密……」


部長はそこではっと、顔を上げて風元さんの方を気遣う様に見る。

そして賢治は、んっと記憶をあさる様に眉をひそめた。


「風元、そうか、そういや名簿に名前があったな……、それにそこのメガネ。お前、こいつと色々調べてたんだよな。ははっ、面白れぇ、なんとも奇妙だがここにいる全員が関係者ってわけだ」

「関係者?……そう、そういう事。……大和君、いつだったか、何でもないかもしれないって言ってたことがあったわよね。三崎町事件の事だったのね」


風元さんは、賢治の言葉で思い当たったのだろう。

三崎町事件の事は情報規制が入る前に、一般に公開されてしまっている。

どこか真相を気にしたがっていた風元さんも、自分の名前も、賢人の名前も知っていたのかもしれない。


「なるほど、ついにあの真相がわかったのかね!!そして、その真実の鍵を握るのがこの見目麗しい少女だと!!」


部長が立ち上がり、風元さんの沈んだ声を打ち破る様に声を張り上げた

ついでにエルシェナに向けて人差し指をつきつけたものだから、エルシェナの機嫌が少し悪くなった。


「おい、こいつは、指をへし折ってくれと言っているのか?」

「んなわけないでしょ。本当に今はちょっと黙ってて」

「わかった、けど後できちんと説明してもらうからな」


つまらないからといって、人の背中をつねってくるエルシェナから離れながら優人は、首を振った。


「違う。……賢治、お前には後で詳しく話す。けど、二人は……」


くそ、これじゃあからさますぎるな……。

この二人を巻き込んでいいはずがない。それがわかってても賢治は追及してきたのか?


「私たちは、のけ者ってわけね、向井さん。当事者でありながら、私は知っても理解できない事なのか、それとも知らない方がいい事なのかしら?」

「それは……」


美咲が返事に困った。

エルシェナの身の安全の事があるし、第一二人に話して噂が広まったり、二人が首を突っ込んで危険な目に合わせてしまうかもしれない。

部長もそれを察したのかもしれない、今度は大人しくこちらの返事を待った。


「はっ、知りてえ奴の気持ちなんてこいつにわかるはずがねえ、なにせ9年間も秘密にしやがってた奴だからな」

「だってそれは……その……」

「あまりにもおかしな話だからか?でも美咲、信じたんだろ、お前は。……あの時、素直に話してくれさえいれば俺は、……どんな事だって」


賢治は拳を握って、最後の声はほとんど聞こえないほどだった。

あの時……いつの事かはわからない。けれども賢治との決定的な溝が出来る前に伝えるチャンスはあったはずだ。……でも言い訳をするのはもうごめんだ。


「私は知りたい。それは福部も同じよ。大和君が教えてくれるなら危険に首を突っ込むわけではないし、きちんと、線引きをしてくれでしょう?どこまで関わっていいか」


部長はコクコクと同意するように激しく首を振った。


「おばあちゃんのためにも私は知る必要があると思うの」

「そしてなんと驚きだが、今現在で進行している怪奇事件にもつながるわけだ」


満を辞した様な賢治の声に、優人は美咲の方に視線を向けた。

美咲は力強くはないけれども、優人を信じるとばかり頷く


「きっとみんなならエルシェナさんの事も大丈夫だよ」

「じゃあ、……今から話す事は、ここだけの秘密にしてほしい。特に部長に風元さん。刑事のおじさんにも言わないで欲しいんだ。いや、言うようなら、秘密を明かすわけにはいかない」

「……わかった。今誓うわ」

「僕も全霊を持って誓おう」

「俺が言うわけないだろ」

「ああ、それは心配してない」


とりあえず準備がととのった所で、一番大事な所から入る事にした。

自己紹介だ。


「彼女は、エルシェナ。昨日の説明は全部嘘で、本当は異世界の人間なんだ」


-----------------------------------------------------------


9年前の出来事から、今起きている事までとりあえず、かいつまんで全員に説明した。

美咲に説明した時よりはうまく出来たと思う。

それでもやはり夢物語の様で、エルシェナと美咲の手を借りながらなんとか話し終えた。

やはり一番問題なのは証明だった。

異世界の品と言っても魔法みたいなものはないし、やけに鋭い短剣と、一見そこらのアンティーク屋で売られている様な水の精霊王の贈り物。

そしてエルシェナの魔力強化による怪力くらいだった。


「本当にすごい力なのね……」


風元さんが丸められたダンベルをもとに戻そうと、珍しく顔を真っ赤にして力を入れている。

何メートルも飛んだり跳ねたりする戦闘をするあっちの人間からしたら、これぐらいは安い芸当なのだろう。


「本当は、魔法みたいな精霊術っていう四元素を操るのも出来るんだけど、どうやらこっちじゃ無理みたいなんだ」


優人はエルシェナの方に視線を向けると、エルシェナの鍛えられたしなやかな二の腕を美咲がぷにぷにとつまもうとしていた。なぜか賢治がそれをじっと見つめている。確かに気になる、ってか、僕も触りたい。……じゃなくて現実でこれを叶えようとすると、漫画並みの筋肉の表現が必要になるだろうな。


「これが僕が知ってるすべての真実だよ。信じてもらおうとは思わない。けど、どうか秘密にして欲しい。今、エルシェナは身分を保証するものが本当にないんだ。これからの戦いでエルシェナの力が必要になる。だから問題を起こしたくないんだ」

「わかったわ。最初に誓った通りよ。絶対にここでの秘密を漏らす事はないわ」

「特に部長にはお願いしたいんだけど……」

「大丈夫、私が文字通りのど元を抑えておくから」


にっこりとメガネのフレームの奥で笑顔を浮かべた風元さんが、部長の肩を叩く。

部長はぐえっとつぶれたカエルの様な声を出す。


「とりえあず今日の所は帰るわ。色々と整理しておきたいから。ああ、安心して、新聞部の方はうまくごまかしておくから」

「ありがとう」


玄関まで二人を送ろうと優人は、居間を出る二人に付き従った。


「大和君、ありがとう。僕はようやく真実を知る事が出来た。それもこれも……」

「いや、部長。謝らなくちゃいけないよ。嘘ついて、部長を危険な目に合わせてしまったんだから」


本当にそうだ。嘘をつくべきではなかった。

危険な目に合わせてしまったのは僕の罪だ。


「いや、構わないよ、それにこれからもドンドンと声を掛け、ぐえっ」

「そういうわけにはいかないでしょう?ねえ?」


本当にのど元に手を置かれた部長は押し黙るしかなかった。


「お願い、風元さん」

「まかせて、じゃあ、また必ず来るわ」


これなら安心出来るなと思い、二人をそのまま見送った。


居間に戻ってみると、なぜか美咲とエルシェナは、お互いにこちょばし合いを始めていて、

畳の上でタコの様に踊っている。

エルシェナが同年代の子と仲良くなったって事はいい事なんだろうけど。

てか、足とか服の裾から見える素肌が目に留まって落ち着かなくなる。

それはもう一人の来訪者も同じようだった。

優人と同じく背を向けて、机に乗せられていたせんべいをかじりながらテレビを見始めている。


「あと、そうだ、俺、ここに泊まらせてもらうから」

「はあ?」


ごく自然に言い出したもんだから、すっとんきょんな声が出てしまった。


「え、何?だって賢治の家っておじさんが待ってるでしょ?」

「今帰ったら絶対に、部屋に監禁される、ってかまじでGPS付のリストバンドでも着けさせる様な起こり具合でな、抜け出すのに苦労するぐらいなら最初から帰らねえ」


美咲が赤い顔でエルシェナを押しのけて、上半身を起こしてびっくりした声を上げる。


「ちょっと、心配してるからに決まってるじゃない!それに危険だからって優人も言ってたでしょ」

「どっちにせよ、もう学校も冬休みだろ。いいじゃねえか」

「そういう問題じゃなくて……」


美咲は賢治の事を気遣う様に表情を曇らせるが、その程度で止まる奴じゃないって知っているだろう。別にもう巻き込む覚悟で話したんだ。放っておくわけにはいかない。


「じゃ、じゃあ!みんなが止まるんだったら私も、今日から泊まらせてもらうから。エルシェナさん一人にしておけるわけないでしょう」

「ええ~、部屋足りるかな」

「賢治は優人の部屋に決まってるでしょ」


うへ、と僕と賢治は顔を見合わせてしかめっ面を浮かべ合った。


「そういうわけだ、そして俺を危険な目に合わせたくないんだったら、協力させろ。さもなきゃ手足でも骨折させるか?」


挑むような賢治の目を見て、エルシェナが剣呑な表情で見返した。

言葉はわからなくても敵意というのには、敵意や悪意というのには鋭い彼女だ。

全く、挑発するなよ、と思いながらも、頭が回る賢治をどうしようもない。


「そんな事しないよ。わかった、でも手伝ってもらうからには覚悟してもらう」

「当然、何だってやってやる」

「覚悟っていうのは死ぬ覚悟の事だ。賢治はそれがあるの?」

「あ、ああ、当たり前だ……」


賢治もオーガによる恐怖は感じたはずだ。

でも少なくともこいつに関しては、巻き込むことに良心は痛まない。

自分から進んできたからだ。何の力もないが、とにかく協力者は必要だ。

まあ、今の自分もそうなんだけれど、少なくともこっちは少しは隠し玉がある。


「……お前、変わったな」


賢治が意外そうな顔でこっちを見てくる。

そりゃそうだ。あれだけの体験をして変わらないはずがない。

そして、こっちはすでに覚悟は決まっていたのだから。


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幾たびかの戦闘を繰り返した後、ユート達は再びアーミラの門まで引き返していた。

ほとんどの避難民は草原に向かい、戦士たちを引き連れて再び戻って来たのだ。


「こりゃ、壮観だなあ」


そしてオルレアンさんのつぶやいた言葉通りの光景が広がっている。

逃避行として出て行った門は、あとかたもなく崩れ去り、唯の岩山と化していたのだ。

誰が見てもただの崩れた山であり、過去の栄光を知るよしもなくなってしまった。

というか、人が通れるだけの道を切り開けれている事に驚くほどだ。


「よかった。族長は無事だったみたいですね」

「ああ、アシュハル族長に……おっとハイベリアはあそこだ」


オルレアンさんが指さした山の頂の方に姿が見え、隣にはクマみたいな巨大な白色な生き物に乗った長身のエルフの姿もある。


「あれがお父様です!ユウト、私は声を掛けてきますでの、後で必ずやあいさつに参りましょう」

「あ、うん」


あまり気乗りしないなぁ、と思いながらユートは笑顔で駆けてゆくアシュレリを見送った。

どうもまた一波乱あるのではないかと危惧してしまう。

だけれども、エルフ達に対して自分が何か声を掛けなければという事はわかっている。


(聖域を飛び出して、自分たちの寿命を縮めてでさえ来てくれたのだから)


そしてあたりを見渡すと、この世界においても神獣と呼ばれる存在が終結していた。

翼を持つ馬や、ユートにとって馴染みがある鷹、それに四足の見事な鬣を持つ金の獣などだ。

いずれもそばにはエルフが仕え、彼らの意思によってそれらの生き物はここに来たのだろう。

あの光の柱の出現と共に風の精霊王とエルフ達も全面的に戦争に加わったのだ。。

一族の未来、いや残った聖域の全ての存在をこの戦いに掛けて。

そして、彼らの瞳、全てが瓦礫の中で突っ立っているただの子供にすぎない自分に向けられていた。


------------------------------------------------


一昼夜が明けた後、もたらされた情報は今までの危機を大いに超えていると知った。


「そうね、私たちが山々で斥候を出した時には、まだミレーク河も超えていないはずだったけれど」

「ウェインにも確かめさせたがやはりそうだ、勢力は拡大しているようだ」


山の民であるフィーネとカテナが、ある程度は把握していた情報だ。

しかし、その全容が明らかになるにつれ、状況を再認識する必要が出てきたのだった。

軍議のために集まった集会所で、誰もがその情報を聞いた。


「魔族が、魔神族とやらの化け物どもを従えて近づいておるだと……」

「それも今までにない勢力でか……」


ダーリア族長に、アシュハル族長さえも今回は沈鬱な声で同調する。

多くの戦士をや民を犠牲にして、守り抜けたのだ。

いくら歴戦の戦士達とはいえ、化け物相手に戦いには、疲弊が大きかった。

そして対して、ハイベリアは何かを思案するかの様な表情で、じっと片腕を見つめている。


「で、どうするつもりだ?」


だが、ナシュアはふん、と鼻をならし周りで肩を落としている男どもを見渡した。

そして最後に瞳を止めたのはユートだ。

今はハイベリアが戻ったため、セルランディの長はハイベリアだ。

しかし、ユートは忘れるわけがない。ナシュアは、ヤードに従うと言ってくれたのだ。

ユートはエルフ達の集団に目をやった。

簡単な挨拶を済ませた父親のすぐそばに並ぶ、アシュレリにだ。

彼女はすぐに返事を返してきた。言葉はもう必要なく、ただ頷くのみだ。


「僕とアシュレリが正面から立ち向かいます。今、それだけの力が僕らにはある」


ユートは立ち上がり、出来るだけ腹に力を込めて話した。

連発はできない、だけれども、大部分の敵を葬れるはずだ。

その威力は、門に戻って来た多くの者が目撃しており、おお、と賛同する声も漏れた。


「話には聞いたが精霊王の力……か」


アシュハルが鋭い目線でユートの腰の剣に向けてきた。

しかし、やはりというか次には相変わらずダーリアが反対の声を向けてきた。


「ではヤード!お前はその力を十分に発揮するがよい。だが我が一族は、今の好機に自らの領地にこそ向かう。お前が言っていた様に王都に向かうつもりはない」

「おや、臆したかダーリア。正面から向かう事こそがお主の美徳だと思っておったが」

「……ふんっ、その時がくればの話だ」


ナシュアのからかうような言葉にダーリアはすぐに腰を上げようとする。

止めなければとユートは思ったが、ふむ、と後押しする様な声が続いた。


「ダーリアの行動こそ必要かもしれぬな。魔神族という化物はアーミラの守備の際に、戦士が終結した場所にこそ集まって来た、つまり奴らは人が多いほど惹きつけられるという事だ」

「……それは戦力の分散を考えているのか?魔族と共にいるとなれば、また事情も違うやもしれぬぞ」


アシュハルの推察にハイベリアが腕組みをして答えた。

ユートはアシュハルの考えも正しいのかもしれないと思った。

しかし、魔神族と魔族は王都で敵対状況にあった奴らが、それがなんで共にいるのかと怪しく思うのも事実だ。けれども何が正しいかはわからない。


5部族と山の民、エルフ、そしてクロムクル。

話し合いは結局あてどなく続くことになった。時間が無くなっているのは誰もが周知している事だ。

特にダーリアはすでに部下に命じて出発の準備を整えてしまった。

もし北に向かうのならカノート族も共に向かったほうがいいのだと思い、ユートはナシュアに好きにしてくださいと告げておいた。

結局は、敵の戦力の分散を視野にいれて、三部隊に全ての戦力を分け、最終的には三方向から王都に攻め入ろうとなし崩し的に決まった。

しかし、以外にも最も揉める事になったのは、一番話がわかるだろうと思っていたアシュハル族長だった。


「なんですと、もう一度言いなさい。人間の長よ」


アシュレリの鋭利な刃物のような言葉が、アシュハルに向けられている。

なぜこうなったかと言えば、ユートに掛けられた言葉が発端だった。


「その剣を私に委ねるがいい」、と。


始めセルランディ族は自分たちの、領土を奪還すべく東に向かうと決定したのだ。

しかし、本隊がユートに従うクロムクル、エルフ、山の民となると、戦力が圧倒的に不足した。

そこでタスカローネ族に助力をお願いしたのだが、断られたのだ。

そして、言われたのが全てを自分に委ね、ヤードはセルランディ族に付けという言葉だ。


「私は君には従うつもりはない。エルシェナ姫から聞いていないか?アスフリートでは強者にこそ従うと」

「なぜですか?別にすべての戦力を分けてくれと言ってるわけじゃありません」


ユートは説得するように言うが、無駄だろうとは心の内で悟っていた。

誰もが一族の行く末を握っているのだ。

けれどもセルランディ族に向かう戦士団は、別に構成できなくても問題はなかった。

それより問題なのは、アシュハルがユートが持つ火焔を欲したことだ。

それを差し出さねば、自分は自らの民を守るため、このアーミラの門にとどまり続けると。


「だから……決闘をしろ、という事ですか」


ユートは長身で鍛えられた痩躯を持つ男を見た。

ユートよりも何倍も経験を持ち、秀でている所など数知れないだろう。


「そうだ。決闘を受ける事こそがすでに、話し合いにつくための条件だ」


そういうとアシュハルは長剣を腰の前に回し、殺気ともとれる気迫を放った。

それに遮る様に正面にオルレアンさんが回り込んだ。

後ろの方でセリアさんが何かを言っている。きっとそれも込みでやってきてくれたのだろう。


「おい、まじかよ、くそっ。おい坊主、どうする?」

「それは、……タスカローネ族の力は絶対に必要です。でもどうして?火焔の力は火焔が認めた人にしか使わせてくれないんですよ?」

「じゃ、渡してやって、持ってみろでいいじゃねえか」

「え、それでいいんですか。納得してくれますか?てか、どうしてあの人はあんなことを?

以前は全体の戦局が見えてた人だったのに。ここにタスカローネ族がとどまる理由がわかりません」

「あ~、よくは知らねえが、きっと……クラウディアとの因縁とか、個人的なもんかもしれねえ」


まいったなとばかり、オルレアンさんは頭をかき上げる。

ハイベリアの方を窺うも、われ関せずの様に静かに目を閉じている。

こちらで勝手に決めろという事か?これは本当に必要な事なのか?


「ユウト!そのような決闘をうけるべき理由などありません!」


そしてアシュレリもユートに話しかけてきた。

しかし、すぐに呼び止められてしまった。


「アシュレリ、よいのだ」

「お父様!なぜ?……え、シェルフィード様?」


父親の諭す声に、アシュレリは困惑するが、すぐに何かを察した顔を浮かべた。

風の精霊王が何かを語ったのだろう。

それからぎゅっと両手を握りしめる様に、ユートをじっと見つめてきた。

ユートはそれにこたえる様に、しばし目をつむった。


(何があろうとここで立ち止まるわけにはいかない……)


エルシェナを元の世界に戻し、この世界を救うと誓ったのは自分なのだから。


「わかりました。……受けますその決闘」


(火焔、アシュハルさんをこんな所で怪我ひとつ負わせるわけにはいかないってわかってるよね)


だが、火焔はその問にはいつもと違い反発して答える事がなかった。。


(安心するがいい、今回わらわは何もせぬ。見届けるだけじゃ……)

(火焔?)


煮え切らないような火焔の言葉に、ユートは訝しがった。

なんだというのだろうか、だが、アシュハルに危害が加わる可能性が低いならそれに越したことはない。


(本気で言っているのかお前は!)


しかしネインが、服の裾を掴んで止めてきた。

傷はだいぶ言えたはずだがそれでも、いつもの様な声の張りがない。


(エルシェナ様を救う前に、こんな所で死ぬ気か!?)

(ユウトさん、きっとアシュハル様は、いえ誰であれ決闘で手加減はしないでしょう。殺す気で来るはずです)


ナインの耳は垂れ、ユートを無理やりにでも止めようかと思案しているのだろう。

しかし、ここでユートを助けてもエルシェナを助ける事にはつながらないと十分理解しているだろう。ユートは、ありがとう、大丈夫だよ。というと二人に手を合わせてからアシュハルの後を追った。



人々の集団を抜けていくにつれ、人々が付き従ってくる。

やがて、十分に叩けるだけの広さがある場所で立ち止まった。

アシュハルが、決闘を始めると告げ、戦士たちの間で困惑と歓声が広る。


「その体……当然、ハンデとしてこちらは利き手である右手は使わないでおこう。なんなら左足も封じようか?」


そういいながらアシュハルは、後ろに回した右手をしっかりと腰ひもでくくった。

そして次の問には、ユートは首を振るしかない。

そんなふざけた芸当で戦える人間がいたとして、それでユートが勝ったとしても誰も認めてくれるはずがない。


「私は君に打ち勝ち、その剣に認められ、譲り受けるつもりだ。もちろん、その時にはこの戦い、全てを終わらせあらゆる禍根を断つと約束しよう」

「僕が勝ったら、この戦い勝つためにあらゆる手を尽くしてくれると約束してくれますね……いや、どうか従って欲しい」

「ああ、いいとも。それでは決まりだな」


別にアシュハル自身に、セルランディ族の土地を救いに行ってくれと頼むわけではない。

だが、部隊を分ける事は魔族と魔神族の勢力を削ぐためにも必要な行動だと思う。

だからこそ、優秀な指揮官も同時に必要なのだ。自分じゃ、とても無理な話だから。


戦士たちが回りを取り囲み、ユートとアシュハルは衆目の的となる。

もう逃げる事も、言葉で躱すことも出来るはずもなかった

そして、剣を構えたアシュハルに迷いはない。

否応なくユートも覚悟を決めざるを得なかった。

目と目が合い、しばらく互いに視線を受け止め合った後、アシュハルは声を発した。


「では、決闘を始めよう」


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