1.始まりの物語
真夜中。
普段なら当然のようにある月は存在せず、代わりに吸い込まれるような夜空が広がる。
月の変わりに主導権を得た星が、明滅する明かりを地上に降り注いでいた。
その地上、天まで貫かんと伸びる居城の一室。
その部屋の月明かりが届くはずの天窓は、わずかな星明りの光では照らされず、暗闇を映している。
代わりに、部屋の中は柔らかな光を灯す蝋燭があたりを照らしていた。
部屋の中では天蓋が付いた子供用のベットの脇で女性が少女の頭を撫でている。
「ねえ、お母様。眠る前に物語を話してちょうだい? せっかくのお祭りの日だっていうに こんなに速く眠るなんてつまんない!」
淡いオレンジ色の光に照らされる少女のむくれ顔は寝るのが、退屈で仕方がないという顔をしている。
駄々をこね、両手で胸元に掛かっている毛布を叩き、柔らかそうな風が舞った。
「いいわよ、そうね。じゃあ魔王を倒した勇者の話は?」
女性は優しく微笑み、暴れる少女の手を毛布の中に入れさせ、少女の隣に横向きに腰掛ける。
「いや! もう勇者の伝説は聞き飽きたの。学校でもずっとその話ばっかりだし、男の子はそのまねばっかりするし。もう、いや。今度は違う話が聞きたい!」
「じゃあ、その話とは違う勇者の話をしてあげる」
「違う勇者? だって勇者はひとりだけじゃ……」
少女の疑惑の声を打ち消すかのように女性は微笑を笑みに変える。
「ええ、この話こそが本当の意味でこの世界を救った勇者の話よ。ついでにいうと優しくて、優柔不断で馬鹿な人の話。ええ……ホントに」
「……お母様?」
「なんでもないわ……じゃあ、ほらちゃんとベットに入って」
いぶかしむ娘に目を閉じさせ、女性は静かに歌うように話し始めた。
長く、いまだ続く物語を。
「そうね、まずあるところに……」
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真夜中。
普段なら当然のようにある、月は存在せず、代わりに吸い込まれるような夜空が広がる。
月の変わりに主導権を得た星が点滅する明かりを地上に降り注いでいた。
その地上、天まで届かんと伸ばす城の一室。
月明かりが届くはずの天窓は、わずかな星明りの光では照らされず、暗闇を映している。
代わりに、部屋の中は柔らかな光を灯す蝋燭があたり照らしていた。
そこを目指す三人の男がいる。
いや、男かどうかすらわからない。
なぜなら彼らは全身を黒服で覆い、肌が露出している部分が一つもないためだ。
彼らは赤子が這う様な体制で、体を倒して歩いていた。
垂直の壁を。
国の石職人が随意を凝らして作り上げた意匠を足場にして、彼らは素手で登る。
彼らは下を向くことはないが、視線を下ろせば優に60mぐらいの高さがあるだろう。
地表では月のない夜空の寂しさを埋めるためか、火事かと見間違えるほどの明かりが点けられ、人々の騒ぎ声や歌声が連綿と続く。
しかし、黒ずくめのいる場所に明かりは届かず彼らは誰にも発見することなく、目的地まであとわずかに近づく。
そこには人一人がようやく通れる小さな出窓があり、彼らはそこを静かに一人づつ降りていく。
彼らの目的には不要な音も光もいらず、計画道理ならすぐ終わるはずのものだ。
だが、計画は最初で破綻する。
一人の少女が腰に手をあてた仁王立ちで待ち構えていた。
次に部屋の入口に控える女官が女に剣を投げ渡す。
少女は飛んでくる剣の柄を取り、鞘を流れのまま払い、切っ先を侵入者に向ける。
「まったく、待ちわびたぞ」
少女は口を開け、不敵に笑った。
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