愛情
久しぶりの掲載となりました・・・が、「時間を掛けてでも話を作り込みたかったんだよぉ!」とかぶれた事を言ってみたかったのです。ですがこのままでは春完結に間に合わないので、やっぱそこは馬車馬の如くかぶれ書きをしてペースを上げようと思います 「ヒヒーンっ!!」
もし神様が俯瞰的にこの世界を見下ろしているとしたらどういう風に脚色して手を施しているのだろう?
生きるという試練を与えられて新品の肉体に摩耗した魂を詰め込まれて降り立ち
痛みも安らぎも知らずに寄り添って知った人達と薄い皮膚や九十九折りにした心を通して携帯電話みたいに居場所を検索している・・・
・・・
・・
・
朝起きて”アトラス”に挨拶をしてベッドから降りてもう一人の居候に挨拶をする。
「おはようコカトリス!」
「おう」
数日ぶりに帰ってきた相棒を迎えて朝日が昇ってきた。こんなに清々しい夜明けは久しぶりだというのに彼は相変わらず瞑想を続け数日前となんら変わらない反応を見せる。
”もぅっ!”って突っ込もうとしたけど何一つ変わらない態度が逆に落ち着くので微笑むことにした。
「お帰り、コカトリス」
カーテンを春風が揺らし、優しい時間が流れる。
「うむ、30点」
「なにをぉおおお!!!」
いつもと同じ朝が来た。
・・・・
・・・
・・
・
今日は学校が開校記念日で休みなのだ!
眠い目を擦って私服に着替える。今日は薄い桜色のVネックニット・セーターにデニム生地のミニスカート、足元もまだ寒いのでトレンカを履いて寒さ対策も万全だ!!
で・・・自由の効く今日のうちにコカトリスを連れて行きたい場所がある。
「ここか?」
「ここだよ」
二人して並んで立っているのはとある一件家の前。
表札には”竹本”とくっきりと載っている。
「お前、こんな気持ちの良い朝にわざわざここを選んだのか?」
その意見関しては自分も賛成だがこの紛争を早く終結させるにはこの二人を交えない事には拉致が開かない訳だ。
『ピンポーン』
「はぁい、どちら様でしょうか?」
スピーカ越しに落ち着いた女性の声が聞こえる
(多分竹本のお母さんかな?)・・・と考えている間にコカトリスがマイクの部分に口を当てがっていた。
「良くぞ聞いた。我の名は霊獣コカ・・んがっ・・」
「あのクラスメイトの桜と申しますが登君は居らっしゃいますか?」
急いでコカトリスの口を手で塞ぎながらインターフォン越しに呼びつけるとスピーカーが切れた。
「主は何故いつも拙者の邪魔をする!?」
「バレたら竹本の代わりに警察呼ばれるに決まってんじゃん」
『ガチャ・・』
お互い睨み合う中、玄関のドアが静かに開く。
「おう、どうした・・・って・・!」
ドアを開けた竹本の顔が凍りついている
「・・・・・」
「よぉ」
私の前のコカトリスが立ちはだかると彼は眉間にシワを寄せる。
「まだ、現世の方に居らしゃってたんですか?」
あまり歓迎的な空気では無さそうだ。本人の顔も非常に険しい。
「別に契約は違反していないだろ?」
「っていうか私の前世をコカトリスから諭させたのも全部アンタじゃん!!」
うざったいダブルスピーカーを前に竹本も観念したのか戸口のチェーンを外す。
「どの道、ここで長居をすれば見つかって騒ぎになる。取り敢えず入れ」
竹本のお母さんに見つからないようにさり気なく家の中に入ると、コカトリスが竹本とすれ違いざまに睨みつけた。
「拙者も主には聞きたいことが山程ある」
「・・・さっ、こちらです」
階段を上がり彼の部屋へと案内される。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
フローリングの床に白い壁紙。造りは今時の洋部屋だがポスターや写真の類が一切存在しないという、いかにも竹本らしい殺風景な部屋である。
「まぁ、飲めよ」 『コトッ』
一応客人に対する礼儀か、お茶を差し出されたのでこちら側もマナーとして温かい内に口に含んだ。
「マズっ」
出されたお茶が想像よりも苦いので思わず反射的に口から本音が出る。
「お前はお茶もロクに入れれないのか?そんなんじゃ小春以下だぞ!」
すかさずコカトリスもバックアップしてくれている様だがさり気なく私も犠牲になっている気がする。
「だったらそんな飲むなよ」
竹本の言う通りだ。文句を言いながらも既にお代わりをしている抜け目の無さ、我ながら何ともふてぶてしい。
「まぁ、不味いお茶は別として・・・凌霄をどうするつもりだ?」
湯呑を持ったまま、コカトリスの視線が竹本を離さない。
「どう使おうが貴方には管轄外の話だと思いますが?」
竹本も睨み返しているのか?最初から鋭いネコ目なので実際の所は判別不能である。
「お前が護るように依頼してきた小春が殺されかかっているんだ。他人事とはいかないだろう」
そう、竹本は何百年も経って咲耶から生まれ変わった魂をコカトリスと上手く引き合わせてくれた仲人という立場の恩人である。何が目的でどこへ向かおうとしているのかは不明だが出来れば穏便に済ませてこれからも仲良くありたい。
この数日間、彼を通して色々な出会いがあったがその全てが必然の様な偶然、偶然の様な必然で構築されていて少しずつ前へ進めた。まあ、どちらでも結果は同じ事。無愛想だろうがネコ目レベル999だろうが恩人なのだ。それは桁が変わってレベル9999であろうと同じ事。
そこにどんな理由があったとしても正直に答えて欲しい。これ以上恩人であり、クラスメイトである仲間を敵に回したくない・・が彼の表情は曇っている。
「・・・申し訳ありませんが、いくら式神様といえどその要件は飲めません」
「「はぁああっ!?」」
思わず二人同時に出てしまった反応。
(この男はこっちの思いやりを分かっての事なの?)
私がプンスカしている最中、いつの間にかコカトリスが自然とアットホームの空気を醸しながら竹本と肩を組んでいる。
「どうした兄弟!?何があった?ほら、同じ釜の飯を食った兄貴に言ってみろ!」
「貴方とは一度たりとも縁組した記憶がございません・・・鷹だし」
スルスルと目の前の言葉を掻い潜る技術はさすが竹本、ミリ単位で狂いが無い。
「ねぇ、竹本。本当の事を教えてよ・・・お願い」
下心だらけのコカトリスとは違い、純真な私の切ない心の雫が溢れ出そうな涙目で竹本を見つめると彼は一息ついた。
「るせぇよブスっ。ピザ団子レベルには一生教えないから今日の所はもう帰れ」
前言撤回。精度の落ちたセンスに用は無い。
「帰ろ!コカトリス」
「だが・・・まだ」
「今の竹本は何も言えない。本人が自分から言う気にならない限り意味の無い事なんだよ」
最後に不味いお茶を飲み干して竹本邸を後にした。
・・・・・
・・・
・
帰り道にやり残した感溢れるコカトリスが不機嫌そうに腕を組んでいる。
「おい、これで良かったのか?」
「仕方ない、人間だもん。やっぱ機械の様にはいかないよ・・・」
そのまま歩いてたどり着いたのは香織と喧嘩して離れ離れになってしまったあの坂。
寂しく音も無い情景はあの日のまま時を止めてしまった様だが、今日の私は違う。
「・・・でも、諦めるつもりも無い」
「あぃっ?」
コカトリスが摩訶不思議そうに見つめて来るが気にせず前を見て進み続ける。
昨日、心の壁を壊して奥に敷き詰めていた感情が外の世界に出て来たのだ。理性とか、欲求とか、モラルとかもっと奥の方の産肌みたいな場所が香織の世界と呼応している気がしてならない。
きつい現実に揉まれて苦しんでいるんだろう。けれど力を合わせて事件を解決すればもしかしたらその心を少しでも楽にしてあげられるかもしれない。
(みんな、今行くから待っててねっ!)
”パチンっ”と自分の頬を叩いて気合を入れてから自己消化して坂を爆走した。
「っあぇぇ!!?何だ!?どうした?まさかさっきの不味いお茶に神経毒が盛られていたのか?」
勿論お茶に毒は入っていないが後で慌てているコカトリスを置いて坂を駆け下りながら風を体全体で感じ取る。
その坂は既に無機質なアスファルトでは無く、起源点
春風に包まれて今、壮大な青空の下を颯爽と・・・
『グキっ!』
「痛てててっ!足攣ったよ、足!パンプスじゃあ走りにくいっつの!!」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
多少の障壁を乗り越えて商店街へのルートへ入る。折角なのでいつもの肉じゃがコロッケを買おうとしたら見覚えのあるひとが立っていた
「あら、小春ちゃん。お久しぶりね」
香織のお母さんだ!そう認識した瞬間に聞きたい事がいっぱい出てきたが、同時に突然の事で動揺してしまって喉の先で言葉が詰まる。
「こんにちわ!あの・・香織は大丈夫ですか?」
本人の身を危惧して自然と出て来た言葉だが、母親の手から買い物袋が落ちる。そんなに具合が悪いのか?
「何言ってんだい、小春ちゃんっ!」
まるで空気が読めない事を諭すようにちょっと慌てた口調で肉屋のおじちゃんがカウンターから口を挟んできた。
「何って、何が?」
「ごめんなさいね、私ちょっと・・帰りますね」
気分を害したのか?香織のお母さんは買い物袋を拾い直すと急いで店を後にして、私は事情が上手く掴めないままカウンターに取り残されてしまった。
「小春ちゃん、アンタ本気で言ってんかい?」
肉屋のおじちゃんが少し呆れたような口調で突っかかって来るがこっちは友達の身を案じただけの事。全く悪い事を言った覚えがない所かむしろ良い仕事をしたと思うんだけど・・・。
「おじちゃん、本当に私知らないんです。香織に何があったんですか!?」
「おや、こいつぁショックで記憶を失くしたのか!!?・・・いいかい?香織ちゃんは去年亡くなったんだよ」
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
「え?」
俯き加減のおじちゃんの顔を覗きこむ。
「そりゃあ小春ちゃんも相当落ち込んでたから記憶失くしても無理も無いかもしれないけどさ」
何言ってんだこの人は!?
「・・あ、えっと、その・・私、帰りますっ」
おじさんが引き止めるが耳を貸さずに急いで商店街から出た。
(嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ・・・)
そんなの嘘に決まっている。現にこの間まで一緒に過ごして仲良く会話をしていたのだ。
でもさっきの二人の表情も話の内容も決して冗談では済まされない訳で、どうしてこんな話が出て来たのか事実確認が必要である。
それでもこれ以上香織の家へ足が動こうとしない。
恐いのだ。もし真実を知ってしまった時に自分がどんな未来にも耐えられる勇気が無い。
(だめだ、ここは一旦引いてコカトリス相談しよう)
何とか震える足を動かして反対方向の自分家へと進めた。
・・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
部屋に入って早速”コカトリス”宛にメールを送信する。
『ピカァアアン』
このスマホから放たれる光もいつも通り現れただけなのに、あの喧嘩以来あり難く、とてもホッとする。
「おぃ、前から変わり者だとは思っていたが、いきなり走り出すからついに末期を迎えたかと思ったぞ」
「それ所じゃないんだよ、私の事より香織が・・香織がっ!」
コカトリスを見て一息ついた瞬間に心の中に溜めていた感情が吹き出してパニック状態に陥ってしまった。
自分でも何をどう話したら良いのか・・というより何を話しているのかすらもう分らない。
「うむ・・話は聞いておったから事情は飲めた。確かに彼女の気配は消えているな」
という事は現在、香織は何らかの理由で存在が無いという事になってしまう。
「だって一年前に何も起きてないし、先週までだって元気だったよっ」
松野君の相談だって乗ってくれたし、昼ごはんも一緒に食べた。
とてもじゃないが一人で夢を見ていたとは思えない。
「どうしよう、私があの時変な言い訳しなければ・・・」
ただ・・ただ・・後悔という香織に申し訳のない気持ち、もう一回逢えたら思いきっり抱きしめてちゃんと気持ちを伝えたい。
「松野を護る事に犠牲が出てもそれは受け入れざるを得ないはずだ」
「え?」
確かに護る事に覚悟を決めると言ったのは私の方だが大切な友達を失ってまでもと言った覚えはない。
「コカトリス、わたし・・とんでもない事を?なにも悪い事をしていない香織を巻き込んじゃったの?」
恋をする、好きな人と幸せになる事を夢見る事はそんなにエゴなのでしょうか?
「まぁ、今言ったのはそういう可能性も最悪の場合あるという仮想の話だ。その場合どうする?」
ゼロか百みたいな究極の選択を前にしても自分の中での答えは既にひとつである。
「・・・・・・どっちかとか・・そういう問題じゃないよ」
そう、人の代償を人で求められる話じゃない。
「だって私は咲耶と約束したんだ。絶対にみんなともう一度仲直りして新学期を笑って過ごすってね。だから松野君も護るし、香織も絶対に探し出す」
こんなに弱くなったのはみんなとのすれ違いの摩擦によるものだが、こんな時にでも前に進みたいと思えるようになったのもみんなに出会えたからこそ。勿論コカトリスや咲耶も含まれる。
「んだよ、またピーピー泣いてすがりつくと思ってたのに、やるべき事が分かっているではないか。寂しいもんだ」
最初にベッドや校舎で泣いていた時を寂しそうに懐かしむコカトリス、でもその顔は少しだけ嬉しそうにも見える。
「で、どうしようコカトリス?」
「どうしようって、どうする?」
・・・・・やるべき事など分かっていたら苦労しない・・お互いノープランである。
とにかく二人じゃどうしようもないけれど行くべき場所はお互い分かった。
「「やっぱり、あそこか!」」
・・・・・・
・・・・
・・・
・
『ピーンポーン』
「はぁい、どちら様でしょうか?」
玄関のインターホン越しに聞こえる女性の声にコカトリスが前に出る。
「よくぞ聞いた我の名は霊獣コカ・・」
「何度もすいませんクラスメイトの桜ですけれども登君は居らっしゃいますか?」
『ガチャ・・』
目の前に再び現れた竹本の顔は呆れかえっている。
「よっ!」
雰囲気を紛らわすためにあえて元気に挨拶してみるが彼の眉間のしわの堀は深くなるばかりである。
「今度は何だ?」
質問しておきながらドアを閉めようとする竹本だがその戸をこじ開ける鳥の手。
「よぉ、また不味い茶を飲みに来てやったよ」
「・・・・・」
黙って睨み合う二人だが観念したのか竹本が戸を開けた。
・・・・・
・・・
・・
相変わらず一時間前と同じ殺風景な部屋にお構いなく入るが二人は相変わらず睨み合っている。
「もう、喧嘩しに来たんじゃないでしょ!」
取り敢えずコカトリスの狩衣を引いてその場に座らせると深々とあぐらをかき始めた。
竹本もその場に雑に座ると目を細めて私達を見てくる。
「っで、今更僕をねじ伏せて吐かせるつもりですか?」
「そうじゃないの竹本、香織が・・先週まであんな元気だったのに」
竹本の目が丸くなる。
「・・?桃園、ただの風邪じゃないのか?」
やはり。
「竹本、貴方にもちゃんと香織との記憶が残ってるんだね!良かったぁ」
これで事実がどこかで無理やり虚実にされた事が証明された。
「記憶?どういうことだ!?何かあったのか?」
それから商店街のいきさつを竹本に話すと彼は首を傾げて俯く。
「我等にはあって他の奴らから突然消えた桃原との時間か・・」
「ねぇ、香織はどうなっちゃったの?」
神頼みならぬ竹本頼みに走る。
「恐らくこんな面倒な事をしてくるのであれば桃園は誰かに捕まってはいるが、生きていると思う・・」
”香織が生きている”それだけで泥沼から脱出できた気がして心が高揚する。
「誰が?どうしてそんな事を?」
「正直それは俺にもわからない。だが側面から謎を解いて行けば桃園に近づけるはずだ」
やっとやる気を出したのかコカトリスが面を上げる
「側面から固めるのであれば、まずは何故俺たちだけ最近までの桃園香織の記憶が残っているのか紐解く必要があるな」
・・・・・・・・
・・・・・・・・
「「「・・・・・・・・」」」」
三人で考え込むが”コレっ”と言った共通項が見つからない。
(私とコカトリスと竹本だけが関わって、他の人間には関わりの無い事・・・?)
最近のクロスワードパズルより遥かに範囲が狭いくせに、きりの無い答え合わせは頭の中で続くが、がさつで忘れっぽい私は既にコカトリスが来た日から脳内映像を呼び戻す作業に難航している。
「三人揃ったの今日が初めてじゃねぇか?逆に今日何かあったか?」
難航しているのはコカトリスも一緒らしい。もし、二人でクイズ番組に出演したら珍回答の山で人気者になれるかもしれない。
まるで映像からの連想クイズをしているような感覚、必死にすくい出す情景。
晩酌は竹本が居ない。
学校にはコカトリスが居ない。
お茶は恐らく竹本の親が煎れてくれた、ちゃんとしたメーカー品だから直接三人で関わったものでは無いのかな?
となると・・・・
「・・・インターフォン?」
やっと私の中に浮かんだ共通点。これは三人が扉越しに交えている。
「インターフォンって何だ?」
コカトリスは現代の世の中に関わる物の名称をあまり把握知きれていない。特に複雑な英語やカタカナが入ると宇宙にワープしているであろう、虚ろな目になる。
「インターフォンって何だ小春?」
だが、英語が苦手なのはコカトリスだけじゃない。
「”何だ?”ってインターフォンはインターフォンだよ。インターがフォンな感じの・・ねぇ?竹本」
ゆっくりと博識王竹本に横目を使うが、彼の私を見る目は夢を失ったティーンエイジャーよりも冷めている。
「お前は馬鹿か?インターフォンっていうのは家庭用の場合、外口と家の中で言葉を交えるための防犯電話の事をいう。決して”インターがフォンな感じ”ではない」
「そうっ!それそれ、そういう事だよコカトリス」
竹本の説明に上手く便乗してみるが”どういう事なのだ?”というコカトリス視線は変わらない。それに竹本の眉間のシワも深い。
「待て桜、インターフォンと桃園の関連性は皆無に近い・・それに家のインターフォンは他の客だって声を通す。俺たちだけが体験できる事柄は無いと思うが・・?」
私の後先を考えない発言に苦言を指さされた。
「また振出しか・・」
やっと出てきた釘を地中深くに打ち込まれ、反対側のブラジルにまで突き抜けてもおかしくないくらい落ち込んで肩を落とすが、この状況でもコカトリスは面を下げなかった。
「いや、諦めるにはまだ早い」
彼の目は事実という獲物を捕食したのだろうか?とても鋭い。
「小春、思い出せ。俺はお前の桃色の箱から出てきた。あれだって人間が作ったカラクリ品だろ?見た感じこの家のインターがフォンな感じの物に近い作りなんじゃないのか?」
確かにさっき玄関の”スピーカー”から竹本の母親の声が聞こえ、コカトリスが自己紹介をしようと”マイク”に口をあてがった。
その仕組みも普段私がスマホを使ってコミュニケーションをとっている姿を見ていたから出来たのだろう。
「拙者はお主のめちゃくちゃな術式によって召喚されたが、あれも誰がやっても発動する物では無い。そうだろ?竹本の子孫」
「・・・・・」
コカトリスの発言に気まずさを感じたのか竹本は黙って俯く。
「念じる気持ちにも色々と周波数が存在してだな、普通の人間には出せない波形というものが数多く存在するが、お主の念の様に我々を繋げる力を持つ者もおる。もしかしたら同じ力を持った何者かの力が発動していて我々三人の記憶を守っているのかもしれない」
「・・・つまり・・・」
話が核心に迫っているであろう重い空気の中、正直頷けずに居る。
コカトリスも妙に賢い所があるので、たまに話についていけない場合があるけど、こういう時謙虚に聞き直すか?それとも知ったかぶりをして逃げ切れるか?人生の岐路に立たされてしまう。
先程”インターフォン”の件について知ったかぶりをした私は二時間サスペンスの犯人になって大御所の刑事にアリバイトリックを見破られたかの様な状態になってしまった。
(もうこれ以上崖から下がれば海に落ちてしまう)
聞くのは一時の恥、聞かぬは一生の恥
「えっと、あの・・・つまり・・・どういう事?」
『ズテンっ!』
一同がコントみたいにズッコケる。特に竹本は眉間にシワを寄せて不機嫌そうだ。
「ったくお前はブスな上に馬鹿なのか?」
「何よっ!わからないものは逆立ちしたってわからないんだから教えてくれたって良いじゃない。いつも事ある事にブス呼ばわりしてさ、もう最低・・・・・ってか、あんた本当は私の事好きなんでしょ!?」
(結局聞いても、聞かなくても崖から転落するしかないじゃないのさ)・・ってぼやこうとしたが目の前に居た竹本の様子がなんか変だ。顔が妙に赤い。
「おおおお、お前のその口は何なんだ!?口先ブスか?口先ブスなんだなっ!!」
「何よ”口先ブス”って!?あんたこそ知恵熱で顔が真っ赤よ、この隠れガリ勉!」
『ガルルルル』・・・縄張り争いをしている犬の様に威嚇し合うが私は別に喧嘩を売ったつもりはない。
むしろ竹本が・・
『ダンっ!』
・・・・・・・・コカトリスがテーブルを叩いた音が部屋中に響き渡る。
「お主等、良い加減にしないか!今日は喧嘩をしに来たわけじゃないはずだ。まず竹本は必要以上に小春をからかうな。それに小春、お主は友達を助けたいんだろ?」
・・・”香織”
「ごめんねコカトリス」
彼の言う通りだ。こんな所で小競り合いをしている場合じゃない。一秒でも早く真相にたどり着かなくてはならないのだ。
・・・・・・・
「・・・っで、何の話だっけ?」
『ズテンっ!』
再び一同がズッコケた。
「桜っ!お前良い加減にしろよ。”お前と同じ周波数を持った人間がどっかに居るのかもしれない”という話だっただろ!?つまりもしかしたらその誰かがインターフォンを通して俺らに特殊な念を送り続けているという事だ」
・・・・・・
(そうだったのぉおおお!!?)
さすが腐っても竹本、知恵熱で顔をおかしくしても事実を紐解くネコ目の鋭さは既にレべル9999という限界数値を突破してしまっている。でも、折角の切込みに対してもここで最大の疑問が上がってしまう。
「あのさ、その話が事実として・・一体誰がそんな手の込んだ事を?」
「「「え?」」」
・・・・・・・・
・・・・・・・・
「「「ふ、ふふふ・・」」」
本気で喋っていた割にその実見切り発車だったため、皆見つめ合って苦笑い。
そりゃあ自分が水を差してしまったのは百も承知だけれども、何時かは誰かが言わなきゃいけない事じゃない。
「竹本、お前ん家の母さんとか怪しくないか?」
コカトリスに至っては集中力が切れてしまったのか明ら様に投げやりである。ここは私が名誉挽回の一発逆転を図って答えを導き出さなければならない。
・三人の存在を知っていて、念能力を持っている人物。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
「う~ん・・・やっぱ、竹本のお母さん?」
「何でだよっ!うちの母親は紡績工場に務める念能力の無い一般パートだよ馬鹿野郎。もう、お前ら帰れっ」
この手のツッコミがおいしいと味を占めたのか、妙にキレのある活き活きとした竹本登君はそっとしておいて<ツッコミを振ったのは私だけど・・>今一度、本題に帰り真剣に考えてみてもこの町にそんなキャラは居ない気がする。
一瞬その力を持つ人物が松野君で本当は私を護ってくれる存在だったらなぁ・・というキュン死に設定を思い浮かべたが、彼はコカトリスを知らない上に、もしそのくらいの力があれば私達の救助など必要ないだろう。
そう、だったらあの夜も出動しなかったよ・・・
「あの夜・・・・・・・・・・・・・ん?」
何か自分の中でキーワードに触れたような感覚・・・脳裏に引っ掛かる記憶の断片。
「あっ!」
「どうした小春?もう、珍解答はさばき切れんぞ」
「珍かはわからないけど・・松野君を助けるために出回った夜に・・・一人居たよコカトリス!」
コカトリスも必死に思い出そうとつむじをかき回すがそんな深く考える必要などなかったのだ。
「あの夜に?・・・・・っ!!」
記憶にピンと来たのか頭をかくのを止めて、呼吸を整えて深く構える。
・三人の存在を知っていて、念能力を持っている人物
・・・・・・・
「・・・凌霄か?」
冷静に映像を甦らせたコカトリスの口から私の言いたかった答えが出てきた。私達はあの日から凌霄に意識され、今も何らかの理由によってインターフォンに移った彼女の念に飲まれている。けれども逆に考えれば黒幕の巨大な念能力によってみんなの記憶は改竄されてしまっているが、私達は予め凌霄の強力な念に包まれていたので相手の念が入り込めず、その難を逃れたのかもしれない。
「竹本・・今あの人に会える?」
「・・・・・・・」
竹本は目は合わせるものの決して頷こうとはしない。
「ねぇ、竹本?」
「今、あの部屋には誰も居れるわけにはいかない」
彼の一族は一体この敷地に何を構えているか?頑なに私たちの存在を拒む。
「・・・だったら押し通るまでだ」
そう言うとコカトリスは立ち上がり屋内を後にした。
「コカトリス!」
・・・・
・・・
・・
・
慌てて追いかけて外に出ると、その気配を察知した竹本が急いで本堂の中へと入って行く。
『バキィィイイっ』
音のする方へ駆け出してみると既に本堂の戸が蹴り破られ、奥の方から二人の荒ける声がする。
「いけません!そこから先はまだ不安定なのです」
「っるせい、不吉な根源を隠まってお前らは何を企んでおる」
奥間の手前で何人もの僧侶に捕まってもまだコカトリスは突き進む。あの時と同じ威圧感が部屋の中を支配しているのに一切屈しない。
「じゃまだぁああああ」
両腕に捕まる僧侶たちを薙ぎ払い最後の戸を勢い良くこじ開ける霊獣の背後に続き、そっと部屋を覗き込むと暗く淀んだ念仏と同時に吊るされた女が目につく。
「の、凌霄」
「うぅうううぅうああああ」
無数のロウソクに取り囲まれ魔法陣の中でうめく美女の姿がそこにある。
「竹本、これはどういう事?」
「・・・・・」
前に来た時からずっとここに凌霄を閉じ込め続けて居たというのか?
「竹本、アンタ何か知ってんでしょ?答えなさいよ」
「・・・・・」
目を逸らして黙秘しようとする竹本の胸ぐらを掴もうとしたが既に彼の胸元はしっかりと引っ張られていた。
「てめぇ等っ、何を考えているかは知らんが今すぐその念仏を止めろ。じゃないとこの坊っちゃんがどうなっても知らんぞ?」
僧達もただ事では無い事態に気づきざわつくがそれでも竹本は動じない。
「俺を殺したところでもう遅いんすよ」
「・・だったら何故俺を神の国から呼び出した!?」
そうだ、神様と陰陽師が契約をして式神を現世に送り込むシステム。その後引っ張ってきたのは私だが、竹本がコカトリスを呼び出していなければ私達は出会えてなかった。きっと松野君も危険な目に逢っていただろう。
「俺に何かを変えて欲しかったんだろ?邪なしがらみを断ち切りたかったんじゃないのか?」
コカトリスの握る手の力が強まり竹本の服のシワはより深くなる。
「・・・・・・・」
・・・・・
・・・・・
「・・・・・はぁ」
沈黙を続けていた竹本が溜息を吐くと辺りを見回した。
「お前ら法術を解除しろ・・」
次の瞬間念仏が消え、凌霄の荒い息使いだけが部屋の中にこだました。この数日、彼女がどれだけ苦痛を強いられていたのかが胸の奥に伝わってくる。
「大丈夫、下がってくれ」
竹本の指示を聞いた僧達が速やかに部屋の外に出るとコカトリスは握っていた手をゆっくりと離す。
「さて、喋ってもらおうか」
「・・・・・」
二人の間には依然として重い空気が立ち込めているが今の私は直感的に凌霄の方が気になり、彼女の元へ駆け出した。
「凌霄・・・」
こっちの呼びかけにも応答できないまま顔を下げ項垂れている。大分汗もかき肌の色も青ざめ、素人にも弱っているのがすぐにわかる。手の部分を見れば縄で手首をギチギチに結ばれ、非常に痛そうだ。
「待ってて、今取るからね」
きつく縛られた縄はまるで反抗期の同級生の心の様に固く複雑に結ばれており、中々思い通りにはずれない。
「くっ、取れろぉおお・・」
「お・・おまえは・・あの時の・・・」
私の声に凌霄が反応して少しだけ顔が上がるが目は半分しか開かず、声もかすれている。
「やめろ・・我々は、敵同士・・・情けは・・受けぬ・・」
旧敵に情けを掛けられるのはこの手の人にとって一番の苦痛かもしれないけど、こっちだって力み過ぎてオナラが出てしまうかもしれないリスクを超越して救助を手伝っているのだ。今更引くわけにはいかない。
恐らく今の主張は凌霄にとって下らない内容かもしれないが、それは凌霄側の主張を聞いた私にとっても同じ事。所詮価値観なんてそんな物でしょう。
「貴方ねぇ、敵なら敵らしくこっちにトドメを指されてから倒れなさいよ。紐に縛られたまま終わるって、マニアックすぎて引くよ」
「ん?一体なんの・・話を・・している?」
卑怯だっ!私より大人なくせにこっちの成人ジョークをスルーした。これじゃまるで私が下ネタを言った上に滑ったみたいじゃない。
「もう絶対この縄外してやる!!」
恥かしくて顔は真っ赤かもしれないが、力んでいるせいにして微妙な空気を換気した。
「それを外した瞬間に・・また襲うかもしれないぞ・・?」
「そしたら何回でも相手になるよ。私は最後まで松野君を護るんだから」
・・・・・・気のせいかもしれないが、一瞬凌霄が苦笑いをしたように見えた。
・・・・・
・・・
・
縄も徐々に緩み、凌霄の手首との間にも余裕が出来始める。痛みも和らいだのか凌霄の顔も先程より楽そうだ
。ソメイヨシノを使えれば簡単に事は済むのだが、万が一必要以上の力を入れてしまうと剣先から出る真空波で彼女の手を切断してしまう恐れがあるのだ。がさつな私の事だからリスクは尚更である。
今思えばこんなになってまでこの世に残るほど強大な未練が凌霄には残っているという事だろうが、コカトリスが話してくれた回想から察するにこの人も松野君の先祖の事が大好きで、大好きで仕方なかったのに罠にはめられて愛情が憎しみに変わってしまったわけだ。
”何年も、何十年も、何百年も好きな人への思いが報われず、片思いに終わる気持ちってどんなに辛いんだろう?”
『シュルルル』
縄が取れたのと同時に吊るされていた凌霄の体が私に倒れ込む。
「痛てっ」
小柄でか弱い乙女である私<暴動必須>の体ではやはり支えきれずにそのまま床に転んでしまった。
「ほら、もう起きて!」
上に乗っかったままの凌霄を起こそうとすると横目に彼女の手首が入り、縄が食い込んだ跡がくっきりと残っていて痛そうである。
「ねぇ、何日も繋がれて、その手痛くない?」
「今、妾は・・痛みや憤りで現世に残っている・・・それが無くなったら・・自分も消えてなくなる」
この人が繋がれていたのは手だけでは無い。心臓から始まって目、耳、体、手足、そして心、全てが雁字搦めになって平成の世の中の今日独りぼっちだったんだ。
「大丈夫?」
独りぼっちからぶら下がる可哀想な手は未だ這いつくばるため地面に触れている。
「えぇい・・それ以上触るなっ」
もう片方の手で呆気なく弾かれてしまったが、何でだろう?私の手はそれでも引っ込まない。
「もう肩の力を抜いても良いんだよ?」
「黙れ、松野の保守派に回る売国奴にこれ以上救いは求めん」
違う、本当は嫌いきれていない 目が寂しそうである。
「・・・待てよ・・この前の太刀さばきにその顔立ち・・もしや・・お主、咲耶の子孫か?」
「うん、そうだよ」
・・・・・・・・・
「お前さえ・・」
凌霄の目にあの夜と同じ殺気が蘇り、私の上に馬乗りになると隣にあった縄を手に取る。
「お前さえ居なければ・・妾はこんな事に・・こんな事に・・」
正確には私というより桜一族全体の事を言っているのだろうが今の彼女にとって、きっとそんな事はどうでも良いんだろう。
怒りに駆られた女の手によって、さっきまで手首を締めていた縄が今度は私の首を締めようとしている。
「あれ、小春?凌霄っ貴様ぁあっ!」
この異常事態に逸早く気づいたコカトリスが駆け寄ろうとするが私は手で拒否の合図を送った。
「小春?何故・・」
それでも意志が通じたのかコカトリスは足を止めこっちを睨みつける。
「・・・おい凌霄。小春に致命傷を負わせてみろ、地獄よりも恐ろしい所に引きずり下してやるからな」
勿論今の凌霄にそんな脅しは全く効かない 生々しく憤った負のオーラが私に向けて降下して来るのがこの身を通して伝わってくる。
(だからこそ・・凌霄のこの感情は簡単に消しちゃいけないんだ)
例え徐々に縄が首に絡みつき始めて恐怖に飲まれても、恨みの念を体全体に感じても、それを排除する事なんか私には出来ない。
それが凌霄の存在理由なら私に出来る事はただ一つ・・・
「・・・私も咲耶の事は嫌いだった・・」
「!?」
そう、疎ましくて嫌いだった。
「目の上のたんこぶみたいで邪魔だったんだよ」
「・・何だ?今更機嫌を取って命乞いか?」
確かに命を失うのは怖い
「そしたら邪魔じゃないって教えてくれた」
「はっ?その話、矛盾しておるぞ」
そう、その通りなんだよ、矛盾だらけだったんだよ
「結局私は自分で自分を認めるのが怖くて逃げちゃった臆病者ですよ。だから本当はそんな自分自信が邪魔だったのにそれも受け入れられないから、自分と限りなく近い筈なのに凛と生きている咲耶に嫉妬して無理やりそっちに怒りを逸らして、邪魔者扱いして自分の中から消そうとしたんだよ!!」
「!!」
凌霄の目が丸くなり手が震えた。私の中の黒い部分に共鳴したのだろうか?だったら一緒にもっと黒い部分まで堕ちるしかない。
本当ならコカトリスもここら辺で止めたいトコロだろうけれど、それでも私を信じてくれているのか一切手は出さずに這い上がるのを待ってくれている。
もし、私が黒い部分から凌霄を引っ張って来れると信じてくれての事ならこっちもその期待に応えたい。
「でも咲耶は私の嫌いな所も消さないで”邪魔じゃない”って命を懸けて教えてくれた」
「咲耶はあの時からずっと生きていて、今死んだというのか?」
「咲耶はこの世界には居ないけどずっと生きているよ」
そう、居ないけど居るのだ。
「ならどこに居るというのだ」
あの時からずっと
「私の決意のすぐ傍だよ」
また凌霄は眉間にシワを寄せ、私の顔を睨みつける。
「!?何をわけのわからない事を言っておる?」
「私の決意は松野君や香織達を護り抜く事。咲耶は今もずっとそこに居るんだよ」
「何を小癪なっ!!」
私の発言に興奮しているのか?さっきより凌霄が縄を締める力が少し強くなってきた。
「っ、所詮は都合の良い解釈が生んだ戯言。ならば咲耶は何故わらわの想い人を奪った?なにも護ってなどいないではないかっ!!」
「馬鹿者!!」
啖呵を切ってコカトリスが前へ出た来た。どんなに喧嘩をした時でも私には絶対飛ばしたことの無い剣幕だ。
「咲耶はお主と基房殿の幸せを願って涙を流しながら、お主を護る基房殿を護っていたのだ。その気持ちを一度でも考えた事があるのかっ!!?」
好きな人が他の人と結ばれることを願いながらその手助けをしなくてはならない悲しい運命。
「それが真であれば何故基房様はこちらへ来て下さらなかった?」
コカトリスを見上げる凌霄の声も強く、大きくなっている。きっと黒い心の底の部分はまだ闇に染まり切っていないという事を意味してんだ。
「基房殿が愛していたものは志。民の事が好きで皆を護り抜く事を使命としていた故、その中にはお主も咲耶も入って居たはず・・それを信じ切れずに自害した主の負けじゃ」
「黙れっ!!!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇえええええ・・・う・・ぅうぅっ・・・」
ぽた、ぽた・・ぽた・・
私の頬に凌霄の涙が零れ落ちる。まだ温かみを含んだ大粒の雫はとてつもない心の痛みを含ませて下へ下へと流れ行く。
(まったく、松野家は代々罪な男達ばっかりだよ)
自分にも身に覚えのある感情、心臓が太鼓になったんじゃないか?という位胸を脈打つ衝撃。
(わかるよ、その気持ち)
やがて縄が床に落ち、首元が楽になったので凌霄の頬と背中をさすり続けた。
「・・何の真似だ?」
「私も同じように泣いた時に咲耶がこうしてくれたんだ」
でも彼女はプライドが高いので恥かしそうである。
「やめろ、敵同士なのだぞ!?」
その敵の上でボロボロと泣いているのは誰だ?と思ってたら不思議な状況の中に居るんだなと改めて感じる
。
「もう、良いからじっとしてて!」
凌霄の背中は冷えている。何百年とこの状態だったのだろうか?
(温かくなると良いな)
背中をさすって必死に温めていると奥から竹本とコカトリスの声が聞こえてくる。
「で、主等は凌霄を使ってどうするつもりだったんだ?良い加減答えろ」
竹本はこっちをちら見してくる。
「・・・凌霄の中にある念能力を取り除いて研究材料にしようとした」
「・・やはりか・・・」
悪い予感が的中して声を落とすコカトリス。
「だが計画がずれてしまいました。中執に失敗した念が外に漏れてしまい貴方がたを取り巻いてしまった・・そこは申し訳なく思っております」
淡々と謝罪する竹本の胸ぐらをコカトリスが掴む。
「そういう事じゃなねぇだろ!?なぁ竹本。悪念を取り込んで研究材料か?てめぇ等の組織は禁忌を犯してるんだぞっ。わかってんのか!?」
「解ってますよ」
コカトリスの説教にも目を逸らさず反抗する竹本の拳もきつく握られている 引く気は一切無さそうだ。
「タブーを犯そうが、正当な決断を下そうが我々にもやりきらなきゃいけない使命があるんです」
「使命?」
抱える物を眼の奥に秘める竹本 彼もまた独りで戦っているというのか・・・。
「我々の使命は・・身内の始末です」
「という事はやはりお前たちは」
コカトリスの回想の中に出て来た人たち、その先は聞きたくない。
「はい、我々は竹本蓬莱の子孫です」
・・・・・・・
・・・・・
目の前に居る竹本は黒幕を最初から知っていた。そして咲耶や人間だった頃のコカトリスを葬った一族と同じだというのか。
「・・待て、身内の始末とは?」
「蓬莱はまだ生きてます。千里様を凌霄として甦らせたのも恐らく奴の仕業」
何百年経った今でもまだ存在するというのか?
・・ただ、話を聞いている限りでは長い歴史の中で稀に見る奇術師だ、変な禁術を使って生きるというのは不可能な話でもないのかもしれない。
「陰陽師に伝わる裏の禁術を使い、奴はまだ現代の世の中で息をひそめている。その目的は一つ・・」
「松野一族の暗殺か?」
「既に矛先の対象は梅原では無く、本当に目障りだったのはその知能を使って何回も邪魔をしてきた松野基房。長い歴史の中でその子孫達が何回もぶつかり、時代に翻弄されるうちに徐々に因縁の関係も薄れていっても蓬莱の破壊衝動はまだ色褪せる事無く残っているという事です」
殺人狂と化した悪鬼、まだ松野君を狙っているというの?
「本当は我々宗家が息の根を止め、松野の保護をする予定だったのですが・・中々上手く行かずに手こずって居る内に」
「小春が松野に近づいてしまったわけか」
何だこの空気・・もしかして私がKYしたのか?
「えぇ、他の人間とは違い桜子春も蓬莱にとって因縁である咲耶の子孫。見つかれば殺されるのも時間の問題」
だから私と松野君を引き離そうとコカトリスを呼んで”この恋が成就すれば松野君が死ぬ”と脅しをかけた。
・・・ん?待て待て、逆じゃん!それで死ぬリスクが高まるのはむしろ私の方じゃない?
「貴方様が伝言の内容を変えなければこんな複雑な事にならなかったのに」
「ガハハハハ!!」
コカトリスがキャラに無く爆笑している。何かをやらかしてやった時の笑みだ。
「そうだ、小春には某が逆に伝えたのだ」
・・・・・・・・
・・・・・・・・
(はいっ!?・・・はい?はい?はい?)
頭が真っ白だ 一体どういうなの事か?コカトリスをとっ捕まえて今すぐ確認したいところだが、未だに凌霄が私の体に乗っかって泣き崩れているので微動だに出来ない。いっつもタイミングが悪いな。
「小春、悪いがお主をためさせてもらった。今言った通り竹本から預かった伝言は俺が勝手の内容を変えた。それによって松野に対してどう動くのかが気になってな」
「いや、『気になってな』じゃないでしょ!っなんでそんな面倒くさい事をしたの?・・あんた、もしかしてただのひつまぶし?」
「馬鹿者、それを言うならひまつぶしだろ!!・・・ゴホン」
空気が私のペースになって来たのがしゃくにさわったのかコカトリスが一回咳払いをすると冷静になり竹本の胸元から手を離した。逆に言えば今までずっと掴まれていた竹本の服はもうよれよれで、それでもクールに振舞おうとしているがそれは後の祭りというやつである。
「某を呼び寄せたその力、触れた時に一緒に戦ってくれる運めを感じたがそれは小春自身の決める道。主の決意を確かめたかったのだ」
私の今までの一つ一つの行動をコカトリスは黙って信じ続けたというの?
「そしてやはり告げて良かったと思っている。某の勘はよぅ当たるんだ。まぁ、当たるついでに言えば凌霄の計画も無様に終わりを告げるだろ?なぁ竹本ぉおっ」
まるでDVを喰らった主婦の様な服の乱れ具合でコカトリスを睨み返す竹本だが、同時に溜息も漏らした。
「まさか凌霄の抑え込んでいた思念が暴走を起こして外部に漏れるとは思いもしませんでしたがそれも、もしかしたら桜の意識に同調して覚醒した結果かもしれません」
・・・・・・・
・・・・・・
(何か私、凄い事になってるぅぅぅうう!!!)
でも、今の話を聞いてれば凌霄も気の毒だ。
辛く、暗い失恋を引きずりながら長い年月を彷徨いそこを利用されてしまった訳なのだから、竹本の率いる陰陽集団も性質の悪いカルト団体である。
もし、いまの私が失恋して同じ事をされたら二度と人を信じる気持ちにはなれないだろう。
しかし咲耶は知っている。 彼女も何百年も彷徨いながらもその先の平穏を信じ続けた聖女だ。同じ痛みを知って水平な位置に居るのなら、深い傷を負った凌霄の心も少しは癒せるのかもしれない。
「深淵の孤独、わらわにとって相応しい最期じゃ。地獄の底に堕ちるとするか」
「諦めないでっ!!!」
凌霄には失ってしまった物も多いかもしれないが、もう諦めて自分自信を苦しめないでほしい。
「ふ・・今更何を諦めるというのだ?」
相変わらず見下した表情だが潤んだ瞳は私を吸い込みそうだ。このまま吸い込まれたらきっと二人して一生この闇から這い上がれず埋もれてしまう。だから例え敵でも彼女を見捨てるわけにはいかない。
「本物の凌霄花に辿り着く事を諦めないで!!」
「な、何を?」
「花言葉・・」
急いでポケットから修理したてのスマホを出してそのディスプレイを凌霄の潤んだ瞳に見せつけた。
「この間ソメイヨシノの花言葉を再確認した時に一緒に調べたんだよ。凌霄花の花言葉を!」
「お、お前・・」
”豊富な愛情 名誉な女性 栄光”
これが検索結果である。
「凌霄花は目先の恨みに使うような安い言葉じゃない」
「お前に何がわかるっ!?」
その通りだよ凌霄。今までそうやって貴方から逃げてしまってた 少しでも聞いてあげれば良かったのに。
「分からないから諦めちゃいけないんだよっ!!」
「うるさいっ!!!」
「そうだよ、私はうるさいし、ウザいし、空気が読めない女なんだよ。そこは諦めなよ!!」
私は負け組に入るであろうダメ女。だからこそ底辺で構えれるから今はこれ以上彼女が落ちて行かないようにフィルターの役割を持った受け皿になるしかない。
「お前、さっきから『諦めるな!』とか、『諦めろ!』とか矛盾してるぞ・・もう、妾に関わるな・・」
「やったね!最強の矛と盾を手に入れたなら私はこれからずっと松野君を護り抜ける」
凌霄は呆れかえった顔で目頭をおさえる。
「護り抜くか・・お主と違って大切な者を失った妾には進むための存在価値などもう無い」
”存在価値”
私の脳内広辞苑にそんな難しい四文字熟語が備わっているはずがない。でも彼女の言いたい事は伝わってきた気もする。
「良くわかんないけど存在価値が定まってないのはみんな一緒じゃないの?多分ギリギリのとこで生きてんだよ」
一人で生まれて来たくせに、独りじゃ生きていけないまま孤独の矛と連帯の盾を繋ぎ合わせて毎日バランスを取っている。住みやすくなって生き辛くなった時代・・結局誰かに認めて欲しくて勉強して、恋をして、悩んでいる人の相談にも乗る。ならば誰かが認めてくれなければこの世に存在する価値はなくなってしまうの?
「じゃあ価値の下落した凌霄株を小春ファンドが買い占めるよ!ぶっちゃけ価値とか意義とかは分からないけど存在理由なら持てる気がするんだよね」
「理由・・・?」
「みんなと一緒に居たい。それだけでこの世に居る理由にならないかな?」
そこにいちいち価値尺度がついて回るのなら、私の存在なんて無価値で構わない。
「だが・・所詮わらわは紛い物に変わりは無い。理由なんて」
「あるよ!」
確かに梅原千里の紛い物だったかもしれない。でもどんな理由でもそこから新しく生まれ出たのなら凌霄として生きていったって罰は当たらないはず。
逃げる理由は腐るほどあるのに逃げない理由はただ一つ
「幸せになるために存在してると思う」
咲耶が人生の最後に悟った感情。摩耗した魂はたくさんの幸福を得て次の試練に備えて深い眠りにつく事。
私が自分の心の闇から出る時に直感的に感じた思想。
そうだ、凌霄のサラサラで綺麗な黒髪も艶のある唇も細く白い指先も全て凌霄花の名の元に得た幸せ。これを昇華して”豊富な愛情 栄光 そして名誉な女性になる事が存在理由に繋がる公式になるのではないか?という関数や二次方程式が嫌いな私なりに17年間の人生観をフルに使った回答である。
決してその存在理由は蓬莱の妖術なんかに負けちゃいけない。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
この沈黙は心の中のどういう状態を表している物なのか?もしこれ以上彼女の怒りを買ってしまえばもう命の保証はない空気に今までの発言を少しだけ悔やんだ。
ここまで偉そうに言いたいことを言ってしまって今更「・・っていうのは、嘘」とは言えずに腹をくくって唾を飲む。そして飲んでる傍から凌霄の手が上がる。
(げっ!!価値とか理由の前に存在自体が消されるっ!!)
「小春っ!」
コカトリスも走って止めに入ろうとするがこの速度と距離じゃ間に合わない。
(私もここまで・・・・・・・って、あれ?)
こちらの不安とは裏腹に凌霄は自分自身の手で涙を拭い始めた。
「ふふ、初めて會うた時から不思議な存念の持ち主であったが、まさか妾が諭されるとはな・・・俗世にはおかしな奴も居たものだ」
充血が残った赤い目を擦りながら凌霄は立ち上がる。
「竹本の子孫よ。本来ならお主を殺す所じゃが、このお嬢殿の顔に免じて無益な戦は避けるとしよう。・・だがこの陰気くさい部屋は虫が好かぬ、消し飛べぇっ!」
凌霄が歯切り良く叫ぶと掌から前回の戦いと同様、巨大なツルが伸びて地面をえぐり壁を砕く。
『ドゴォオオオオオン』
今まで凌霄を閉じ込めていた空間が壊れ、まるでくすぶっていた心の殻までも衝動的に破壊しているかの様である。
『バキィイィイイっ』
祭壇は粉々に崩れ、絵画も仏像も引き裂かれ、宗教団体が造り上げた価値感が一つ一つ滅びていく。
「登様!!」
何人もの僧が竹本を取り囲むが彼は微動だにしないところか表情一つ変えない。
「・・・・・何もするな」
消え行く本堂を感慨深く眺めるその目はどこやら切な気だ。こういう時どう接したら良いのか分からない・・というかこういう状況普通無い。
「あ、あの竹本・・」
「小春」
コカトリスが「空気を読めよ」と言わんばかりに肩を叩いてきた。
「でも・・」
「きっと竹本は幼少期から陰陽師一族の末裔としての運命を敷かれて今日まで生きて来た。そして今やっと自由になれたんだ。だから十分落ち込ませて、十分悩ませてやれ」
竹本自身、いつも見せる冷静な態度というのは、実は人権を奪われて自分を持てなかった裏返しかもしれないし、逆に社会に対して出来た、せめてもの反抗なのかもしれない。
彼を取り囲む世界が粉々に砕け散り砂埃の中からボロボロの観音像と隙間の空いた壁、そしてその中央に息を切らした凌霄が姿を現した。
「ぜぇ、ぜぇ・・大分陽当たりも良くなっただろう・・」
背を向けたまま凌霄は触手をしまい、天井の穴の開いた部分から空を仰ぐ。溢れだした木漏れ日は建物の隙間から入り込み、凌霄を包み込んでそこだけを明るく染め上げる。
「きっとそれが凌霄なんだよ」
「なに?」
凌霄が振り返り不思議そうに見つめてくる
「今の凌霄、優しい光の中で本当の自分に戻った気がする。後光なんか浴びちゃって、まるで天使だよね」
そうだ・・梅原千里も時代に翻弄されただけで、きっと本当はとても慈悲深く倫理的な人だったに違いない。なんせ松野君の先祖が認めた人だもんね。
「おい、天使とか恥かしい言葉使うなよ。ブスが際立つだろ!?ブスめっ!」
竹本がやっと口を開いたが、この男はあと何回ブス扱いすれば気が済むのだろうか?何ならこのまま黙っててもらっても構わない。
「某も”天使”と聞いたところで宗派が違うのぉ・・」
誹謗中傷のダブルスピーカーを両サイドに置いてしまって面倒くさいが意見を変えるつもりはない。
「私がブスだろうが、宗派が違おうが凌霄はとっても素敵なんだよ」
勿論二人共わかっていての照れ隠しだろう 凌霄も少し頬を赤らめている 可愛い人達。
「・・そういえば今、咲耶はどうしている?」
「一番遠くて、一番近い所だよ」
自分の胸を指示して、遠くて近い場所の表現をして見せる。
「そうか・・」
すると凌霄は静かに目をつむり、肩を撫で下ろした。
「桜 子春・・お主の決意、とても興味深いな」
力を抜いた凌霄の体が徐々に透けて煌めく破片が空へと還る。
「凌霄・・体が!」
「どうやらこの体も使命を全うした様だ・・これからは妾も咲耶と同様、遠くて近い場所から見守るとしよう」
使者として受けた命令 それは松野一族を殺すことなんかじゃない
「何百年もの間、孤独に震え過ちを犯すところだった。小春、いや、小春殿。誠に礼を申す」
陽だまりの中、凌霄は気付いたんだ。
「諦めないで辿り着いたんだね」
凌霄の存在は決して恨みの念が凌霄花に移った訳では無い。本来梅原千里が持っていた豊富な愛情・名誉な女性・栄光の要素が具現化した姿。
同じ女として羨ましい限りの洗練されたオーラが伝わって来たのだ。
そのオーラは徐々に消え行く凌霄を取り巻き彼女がこれから帰るべき場所を指し示すようにも見える。
「もし、見守る妾の魂が・・」
「ん?」
凌霄が何やら恥ずかしそうにどもっている。
「妾の魂が摩耗して次の世代に生まれ変わったとしたら。またお主と会ってみたいものだ」
人と交わる一歩が不器用な人はいっぱい居る 私も松野君に対して億劫になってしまう。
でも今、その壁を彼女は突破してきてくれた。
実際のところ他人の心の中は読めないし、何を考えているか分からない不安の中で手を差し出してくれたのだ。
「その時は女子会やろうよ!あっ女子会いていうのは・・そう、楽しい女子会だよ!」
これ以上は上手く説明できない。でも凌霄に誠意は届いたのか?彼女はゆっくりと微笑んでこっちを見つめている。
咲耶と同じく精錬された魂を引っ提げて。
そして温かい陽だまりの中、みんなに見届けられてゆっくりと凌霄は還った
・・・・・
・・・・
・・
「さて、この壊れた建物をどうするかだな」
竹本が半倒壊した本堂を見て悩んでいる。どうやら私達が来た直後に母親は仕事に出てたので、まだバレていないらしい。
「こんだけ僧が居るんだ、一緒に作り直せば良い」
コカトリスは腕を組みながらまるで他人事のような口調で話すが、その言葉の本質を竹本は理解している。
「・・ですね」
後ろに数十人の僧を従えながら竹本は吹き出していた。
「ねぇ、竹本」
本堂で歩いて行く竹本を呼び止める。
「なんだ?」
「・・次は陽当たり良くした方が良いよ」
もう、あんな事をしてはいけない。折角凌霄が切り開いてくれた未来を閉ざしてはならない。
「・・・天窓をつける」
そう言い捨てると竹本は再び本堂へと歩き始めた。そっけない態度だったが彼もまた凌霄に感謝している様だ。
「ねぇ、コカトリス」
「ん?」
「次の女子会・・香織も誘えるよね・・」
この間も忘れるわけの無い友達の事が急に心を締め付けた。
「馬鹿野郎っ!」
コカトリスが荒けた声を出す
「え?」
社交辞令でも励ましてもらえると思っていたら、予想外の怒涛に思わず顔を見上げてしまった。
「おいおい・・そしたら我々男性陣が参加できないだろう!!皆での宴会に切り替えろ!!」
・・・・・そっか、そうだよね。またみんなで会えるよね!
「だって私達未成年だもん。釣り合わなーい!!」
「生意気言うな、水飲めっ、水!!」
陽も暮れ始め、空が夕方のオレンジ色に染まる頃。私は此処に在る幸せ、ここにも仲間がまだ居てくれる幸せを噛みしめていた。
根本的な解決にたどり着いた訳では無いが、これからの戦う相手を考えると桜咲くこの夢ヶ丘の景色がとても愛おしく感じる。
!!くづつ