花言葉
竹本登だ。あのブスめ!いつも俺の隣で肉まん食いながら爆笑して神聖な朝の読書を邪魔ばかりしやがって・・公害防止条例第4条騒音被害で起訴してやろうか?まぁ良い、ここの作者が一体いつになったら戦うのか?という件に関して「メルヘンで良くね?」という愚案を提示して来たようだが、笑止!お前は世界が滅びる時にヤギの乳絞るのか?やはりそこは戦火の恋にしろ。そしたら俺が朝読書の時間に見てやる。
命、夢、風、草、木、空、心、星、宇宙、全ての寿命に限りが在り、何時かは亡びて『さよなら』を告げる。
その中で自分が存在した証を残せる物はあるだろうか。
青くも染まりゆく春の中で何か残せる物はあるだろうか。
自分の生きた日々は・・・・・。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
「・・・知らん」
一回ため息をついて分厚い本の表紙を閉じた。
昼休みを利用して珍しく図書室に来ていたのだが、掃除をしていても途中で漫画を読んでしまうタイプなので今回も目的からズレた本をつい読んでしまった。
『表題 桜の場所・作者 天照』・・・恐らく三流作家の本だろう。暇では無いので本棚に戻した。
そう!この部屋に来た理由、それは”コカトリス”の正体を探る事。奴も神様の一種であるならばどこかに資料が眠っているはずである。
今日の朝の時点で私は神の命令に背いた謀反者だ。安全が保障されたレールから外れてしまった状態でこれから松野君を護って行くのならコカトリスの協力は絶対必要となって来るはずである。故にまずは仲間の素性を知っておこうというわけだ。
勿論性格や好みは本人と一緒に居ればわかるかもしれないものの、もっと役に立つ特徴を俯瞰的に見て見たくなるのが人の業。
式神が秘める未知の能力を暴ける可能性に胸を躍らせながら本棚を漁ると『神話・幻獣大辞典』という、これまた胡散臭い本に出会ってしまった。
(・・まぁ、コカトリス自体胡散臭さを醸してるし。ちょうど良いんじゃないかな?)
他にそれらしい本も見つからなかったので取り敢えず目の前の辞典の表紙に目を向けた。
(か行、か行・・・あった!)
その目次の”か行”の欄に確かに奴は居た。
『コカトリス』
だが、本のキャラと家に居候しているキャラが違う。
(あれ?こっちは何か洋風。私の知っているコカトリスじゃない)
絵についているコカトリスは雄鶏にトカゲを混ぜた様な少しドラゴンっぽい・・いかにもな霊獣。
(うーん、多分こっちの方が流行るな!)
鷹の顔に狩衣を着たおっさんより、この辞典の”ドラゴンコカトリス”の方が格段にイケている。
元々恐竜の色のデザインだって学者の想像で作られたのだから、神様達のデザインだってどっかの著名なクリエイターが理想の空想のキャラを描き出したものだろう。
(さてさて、顔はともかく知りたいのはその能力)
持っている物次第では敵にも味方にも、もしかしたら通行人Aの様なモブキャラにもなり得るわけだ。
(どれどれ・・?あった!)
『霊獣コカトリスの能力”邪視”:見た物を石にする能力を持っている』
・・・・・・・
「・・・・・」
何ていうか地味だ。全くもって地味だ。もっとドラゴンっぽい生き物なら火を吹くとか在ってもいいと思うのだが・・・。
と、馬鹿にしてみる物の内容は十分魅力的である。松野君を付け狙う敵を次々と石にしてしまえばいいのだから。これで安心、正に一件落着。
「ふはははは!!」
思わず声に出して笑ってしまった。すると他に本を読んでいた人達がこっちを見て来たのでここは一つ咳払いをして誤魔化そう。
「コホン・・コホン、あれ、風邪かな?・・・」
すぐに視線は分散され何事も無かったかのように時間が流れていくが確信した希望の中で私は笑みが止まらなかった。
・・・・・・・
・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・
「無理だな」
「は?」
所変わって同じく昼休みの屋上。誰も来ないのを確認してスマホからコカトリスを呼び出し、早速邪視の能力を松野君のために使う様に促していた所だ。そして今の会話に繋がる。
「無理って、しらばくれたって無駄なんだからね。こっちはちゃんと本で調べて来たんだから。ネタは上がってんのよ」
ブレザーの内ポケットから切り札”神話・霊獣大辞典”を取り出して見せつけた。
自分の事を書いているページ欄を見てコカトリスは苦笑いをした。
「これ、胡散臭くないか?」
やはり美化された自分の画に引いている模様。でも能力欄に指をさして見せつける。
「見た目はともかく、この力は本物でしょ?」
コカトリスは頭をポリポリとかき始めた。
「なにが邪視だよ、この本の出版社を名誉棄損で訴えてやれ」
そのままコカトリスは柵に腰かけて青空を仰いだ。
「じゃあ邪視は持ってないの?」
結局何のお役にも立たなかった本を内ポケットにしまう。
「いいか?某にそんな力が在ったらとっくにお主を石にしてるわ」
頷いていいものなのか?妙に説得力のある説明を目の前にして小春ペディアは簡単に崩れ去った。
「なーんだ。また振出しだよ」
やはりそんなに都合のいい話なんてある訳無い。単純に地道な情報収集が面倒なだけだったのだから自業自得と言ってしまえばそこまでだが。
「だが確実に近づいてる」
「え?」
気怠そうに空を眺めていたコカトリスから意味深な発言が放たれ、こっちも垂れていた顔を上げる。
「封印が説かれるのも時間の問題だろう」
「何の封印よ」
解決への前進になる情報かもしれない。思わず聞く耳にも気合がこもる。
「待て、誰か来る」
振り向くと確かに奥の廊下に人の気配がする。もう一回柵を見ればそこにコカトリスの姿は無くなっていた。
「あぁん、もう!せっかく良いとこだったのにぃっ!!」
気になる苛立ちと、じれったさを感じ一人で地団駄を踏んだ。
『ドスドスドス』
誰も居ない場所でエキサイトしていたら奥から来た女子生徒たちが引いた目でこっちっを見ている。
(はっ!やってしまった)
とっさに、ここでイタイ噂を立てられては困るという防衛本能が思考回路を駆け巡り事実の改竄を促す。
「いやぁ、ここでダンスの練習するって言ってたのになぁ。香織はメンバー呼びに行ってくれてるのかなぁ・・・?」
今までステップを刻んでましたと言わんばかりの空気を作り、へっぴり腰の自己流ブレイクダンスでやり過ごす。
『キーンコーンカーンコーン』
「あ、休み時間が終わっちゃう、残念だったなぁ」
手で振付をキメながらすれ違うが女子生徒たちは変質者を見るような目で引き下がる。結局この昼休みは収穫した物より失った物の方が大きかった気がする時間だった。
・・・・・・・・・
・・・・・・・
放課後になり足早に帰路を目指す。目的はただ一つ、コカトリスから話の続きを聞く事。
学校の坂を下る途中、道の両脇の桜が半分近く咲いている事に気づいた。美しい物程、繊細で弱々しい。
その先に見える街並み、住宅やビル、店が並ぶ繁華街。若者ウケしそうなオシャレで新しいデザインの建物もたくさん連なっているが、時代を越えて私が生まれる前から建って居た商店街も健在していて新旧折り重なった風景が広がる。
その二文化を分けるかの様に街の真ん中に線路が敷かれ、上には橋が架けられ車が自由に走る。
それが私の住む街”夢見ヶ丘”。この町のどこかに今回の事件を引き起こした犯人が居るのかもしれない。
事実として平和な景色の裏側には夕べの様な凄惨な事故もあった訳で、知らないフリをしてやり過ごす事は出来ない。
少しづつ沈み行く夕焼けが地平線に消えていく様を横に、坂を下り続けた。
・・・・・・・・・
・・・・・・・
『ガタンっ』
「コカトリス!!」
勢い良く自分の部屋のドアを開けて奴を呼びつけた。
・・・・・・
「あれ?」
部屋は蛻の殻と化していた。クローゼットやベランダを探してみるが、どこにも居ない。
ついでに机の引き出しや筆入れの中を見ながら「おーい、コカトリスやーい」と尋ねてみた。
もし近くに居れば「どこ見てんだよ馬鹿!」と突っ込んでくるはずだが、何も始まらないところを見ると本当に居ないのだろう。
(神の国に帰った?)
でもそれにしては呆気無さすぎる。他の可能性を色々と考えてみるが唐突過ぎて何も思いつかない。
『ガタゴト』
悩んでいる傍から下の部屋で音がする。
「もしかして・・」
急いで音のする方へ向かうと、台所にて人ん家の冷蔵庫を勝手に漁るコカトリスの姿がくっきりと目に映っている。
「ちょ、ちょっと何やってんの?」
「おう、家の探検をだな・・」
さすがに何日もずっと部屋の中に閉じ込めておくのは酷だったかもしれない。どうやらあまりにも暇で飛び出したみたいだ。
「でも、誰か来たらヤバいよ・・もうすぐ母さんも仕事終わって帰って来るし」
危惧する私の発言を聞き入れコカトリスが冷蔵庫を閉めた。
「なら、そろそろ戻るか。収穫もあったし」
そう言って手に握りしめられていたのは冷蔵庫に入っていたはずの日本酒だった。
「それ、父さんの!」
「ん?お供え、お供え」
目の前で窃盗を正当化した神が部屋へと帰って行く。
(私はコイツの力を借りようとしているのか・・・)
”悪魔に魂を売る”とは正にこの事。他に荒らされたところが無いか確認をして自分の部屋へと戻った。
『バタンっ』
今度は勢いよくドアを閉めると。コカトリスは嬉しそうに地面に置いた日本酒を眺めている。
着替える間も惜しんで椅子に座る私の事なんてまるで眼中に無い。それでも早く昼間の会話の続きを聞きたくてこっちもウズウズしていたのだ。
「ねぇ、近づいてるってどういう事?」
強制的に振り向かせるため半ば強引に話しかけてみるが、彼の返事はそっけない。
「あぁ・・その内話す」
こっちの熱意が全然伝わらずに空回っている。そんなに面倒な事なのか?ただ単純に小馬鹿にされているのか?答えは分からないけど正直苛立たしい。
「その内って?」
「その内はその内だろ」
完全に他人事だ。そうなればこっちにも考えがある。
「その日本酒、飲むために持って来たんでしょ?」
「勿論だ」
大切そうに見つめる日本酒、コカトリスにとっても思い入れのある品なのかもしれない。
「アンタさっき『お供え物』って言って持って来たよね。もし私が全く信仰しなくなったらその日本酒、味も風味も無くなるんじゃない?」
『ギクっ』と効果音通りに彼の肩が跳ねる。いつ見ても漫画みたいなリアクションをしてくれるので絡みがいがある。
「お、お主。また愚かな考えを抱いたな。我の報復も今度は何万倍返しに・・」
「そんな報復とかする時間があったら今素直に教えてくれればいいじゃんっ!」
本当に頑固一徹なおっさんキャラなので困る。
「日本酒じゃ割に合わんぞ」
「おつまみもつけるから」
想いが天に通じたのか?というより本当は言いたかったのだろう。コカトリスが神妙な面持ちで見つめて来た。
「・・・近いうちに松野はまた狙われる。恐らく昨日の事故も故意的に行われたものだろう・・。主の関わりに関係なく松野は死ぬ運命に片足を踏み込んでしまっているわけだ」
重い割にあっさりと話すが何故そんな重要な事を隠していたのだろう・・本当に他人事で通すつもりなのか?
「だったら早く手を打たないと」
「小春!」
空気が静まり返り遠くの踏切の音が聞こえる。
「今回の事件、踏み込んでしまえば最後まで関わらなければならないかもしれない。下手すれば命の危険だってあるんだぞっ。男ならまた新しい奴を探せば良いだけだろう」
私を危険から遠ざけるべく真剣な表情を見せてきたが、聞き捨てならない一言にこっちだって負けちゃいられない。
「今『新しい男を探せ』って言ったよね・・・そんな事するくらいだったら百合系に走るよ」
・・・・・・・・・
再び静まり返る空気。
「主はまた訳のわからん事を」
どんな手を使ってでも松野君を助けたいと思っている事も分かって欲しい今日この頃。
「だから松野君を助けるために力を貸して!」
「なっ」
「やっぱこのままじゃ百合系にも走れないよ。多分引きこもってBL三昧かもね」
譲れない気持ちを表情から悟ってくれたのか、知らない単語を並べられながらもコカトリスは決して聞き逃さない。
「・・・・・命のやり取りが生じる覚悟は出来ているのか?」
「うーん、微妙?」
『ドテンっ』
目の前で神の使いがズッコケたが無理もない、さっきまであんなに急かしていたくせに逃げ腰になってるんだから。申し訳無いのは重々承知だけど・・何というか”命の危険”やら”覚悟”と言われればその重さに簡単には首を縦には振れない。
「おまえなぁ・・・中途半端な気持ちで挑めば本当に死ぬぞ」
”矛盾”生きるための行動なのにどうしてこんなに死というフレーズが蔓延しているのだろう?
これは結論から言えば今動かなければ確実に松野君が死ぬ訳なのだから、ここで動かなければ生への覚悟は始まりもしない。
「もしその気が無いなら」
「うっるさい!!!!!!!」
上から圧を掛けられ続けていた心のバネが壊れてしまった。これにはコカトリスがハトが豆鉄砲を喰らったような顔をしている 鷹のくせに。
「生きるだの死ぬだのそのための覚悟だの、一体アンタ等何様?好きな人のために命を懸けて死んで名誉を守るなんてね、もうそんな仁義、流行らないんだよ!」
「んだとてめぇ!」
白状な主義が嫌いなコカトリスも頭にきたようだけど、こっちだって脳内の火山が爆発してんだよ!
『グっ』
怒りで顔を赤くしてお互い胸ぐらを掴み合い服にシワを作る。
「・・・腰抜け!」
「あっ?」
私の挑発に乗るコカトリスの手に更なる力が入るがここでビビるわけにはいかないし、何でも死で解決される半世紀前レベルの悲愛に満ちたレールを解体する必要がある。
「死んだら結ばれないんだよっ。自分の命を捨てて残った世界に大切な人を置き去りにしたって偉くもなんともない。
その後に他の人と結ばれたらこの事実すらいつかは忘れ去られて行っちゃう」
ここで消えてしまったらいつかは風化して、思い出に吸い込まれてしまう私という存在。
「小春・・」
「だから死ぬのは怖いんだよっ!!!簡単に覚悟とか運命とか抜かすな!!!!!」
もう言い残すことは何もない。
いつにも増してオーバーヒートした頭を冷却させながら手首に入れていた力を弱めると、心の中で爆発していた熱が治まって来るにつれて自分自信の力の無さが情けなく見えてきた。
吠えて、楯突いて、こうやって胸ぐらを掴んでも何も変わらない状況下、結局コカトリスが心配する理由はただ一つ。
自分の弱さ
コカトリスの後ろのコルクボードに貼られている香織とのあどけないツーショット写真は中学校時代に吹奏楽部に所属していた時の物である。元々小学校の頃から音楽が好きでマーチングバンドに所属していたが、激しい運動がきつくて、つい泣いてしまった事もあった。
もしかしたら助けどころか、むしろ足手纏いかもしれない。
(でも・・もうベッドにあんな情けない涙を垂らしたくないんだよ)
例え負け戦でもやらなきゃいけない時がある 無力なりにも進まなきゃいけない時がある。
それが私の打ち出した覚悟の境界線。
「だったら尚更覚悟を決めろ」
お互い未だに胸元から手を放しきれない緊迫した空気の中でコカトリスが静かに静寂を切り裂くかのように放った一言だった。
「だから覚悟は・・」
「死ぬ覚悟じゃない、生きる覚悟だ」
再び岐路に立たされる。
「主もまだ長く生きていないから分からないだろうが生きる事の方が滑稽で辛い事もあるんだ。その負積を抱えながら何がなんでも絶対最後まで生き延びて松野を守り抜くと約束しろ」
何度も死闘を繰り返してきた男の無慈悲な哲学。でもこれが今まで彼が経験してきた現実なんだろう。
運動量とか知識量だけじゃない。ここから私の足を進めるのは心の強さ。精神力で戦い抜くということ。
コカトリスは私が境界線を越えて来るか試している。
それなら答えはひとつ。
「うん。なら指切りげんまん」
私は片方の手はまだ胸ぐらを掴んでいたがもう片方の手で小指を突き出した。
「あ?」
「いいから指を出して」
コカトリスは顔に?マークを出しながら三本しかない指の一つを同じ様に差し出して来た。
「これは約束の証」
そのまま指を絡めて契約を交わす。
「義を結ぶという意味か?」
「そういう事」
余談だが”指切りげんまん”は愛に関係する思想が由来だと言われている。
遊女が客への不変の愛を誓うために己の指を切り落として深い思いを表したとされているのだ。
何故知っているかって?それはだね・・・教室で”肉まん”へのこだわりばっかりを喋っていたら竹本に「お前の様な浅識な体たらくには”拳万”をプレゼントしてやりたい」と言われてスマホで”拳万”の意味を調べたら”指切り拳万”が出て来たという訳だ。
ちなみに拳万とは名の通りげんこつ1万回を意味する。
まぁ竹本なりには”にくまん”と”げんまん”の読みを掛けた駄洒落だったんだろうけど、漠然と面倒だった。
結局その時はダダ滑りの名も無きインテリジェンスギャグとして消化してしまったものの、今コカトリスと繋がっている指はもっと深い友情の証。
「よし、なら考えがある」
指を離したコカトリスが窓越しに外を眺めた先は夕日もほぼ沈んでしまいオレンジというよりかは紺色の空になっている。
「ねぇ、考えって?」
コカトリスの計画を聞こうと後ろに回った時。
「ただいま」
玄関の戸を開ける母親の声がした。
(マズイっ!)
これから晩ごはんを作ってくれるのはありがたいがここで食卓に参加すると外に繰り出しそうなコカトリスの後を追いかけれなくなる。
「なぁに、計画は夜中に実行だ。安心しろ」
灯りが付き始める街を見つめながら背中越しにコカトリスが呟いた。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
・・
晩御飯を食べ終わり自室でくつろぎ終えた頃、時計の針は八時過ぎを指していた。
私は制服の上にマフラーを羽織ってからコカトリスと顔を見合わせお互いの用意が整ったことを確認すると下に降りた。
「お母さん、学校に忘れ物取りに行ってきまぁす」
「あら、車に乗せて行こうか?」
洗い物中の母が手に付いた水をエプロンにこすり付け台所から出て来る。
「いや、途中で友達に渡さないといけない物もあるから歩いて行くよ。ありがと!」
優しい気遣いは嬉しいけど、この事件に家族を巻き込むわけにはいかない。コカトリスの正体もバレてしまう。
「あら、そぅ?あまり遅くならない内に帰って来なさいね」
「はぁい、行ってきます」
母に見送られながら玄関の戸を閉めた。私の言う事を信じ切ってくれているので罪悪感は背中に残るけど、振り切る様にして外に出る。
「彼氏か?」
ドア越しにうっすらと父親の声が聞こえた。オヤジ名物野次馬だ。
(お父さんも昔は夜な夜なお母さんに会ったりしていたのかな?)
お父さんの不安に対して半分正解だし、半分間違いな道の先を歩き進んだ。
静かな住宅街から始まり喧噪な繁華街を抜ければ、数日前の朝に松野君を見かけたコンビニにたどり着く。此処の前の坂を上ると学校だ。
コカトリスから指定された場所はこの坂の上 そこに何があるのか、誰が居るのか?募る不安を最後の安全地点であるコンビニの明かりが少しだけ癒してくれた。
やがて赤だった信号が青に変わり横断歩道の先にある街灯が並ぶ坂道を一歩一歩上る。
夜もいい時間なので生徒の姿は全く見当たらず、静けさを保った空間は日中とは全く別の顔を見せる。両隣に立つ桜の木が街灯の明かりに照らされて柔らかなピンク色の花を魅せていた。
『ピカァァァアアン』
ポケットの中でスマホがお馴染みの色に光るとコカトリスが隣に現れ、一人で歩く私の孤独感を和らげてくれたがそれは闘いがすぐそこまで迫っていることも意味する。
「もう少し登れば始まる」
コカトリスの言葉に心臓が反応して歩くたびに緊張感が増してくる。
『ドクン、ドクン』
頂上付近に差し掛かった時、隣を歩いていた彼の足が止まった。
「来るぞ」
ここから見える繁華街は煌びやかでビルのてっぺんで赤く点滅する光なんかも柔らかく目に入る。
さっきまであの光の中で晩御飯を食べていたのに・・・なんだか寂しくなってきた。
しかし時間というのは何の遠慮もなく無情にやって来る。
『こつ・・・こつ・・・』
まだ姿は見えない物の、下の方から雪駄がアスファルトに当たった様な乾いた足音がする。
「ゴクンっ」
唾を呑む一時でさえ心臓が反応して”こつこつこつ”と徐々に大きく、鮮明になっていく足音を脳の奥に刻み込んだ。
「コカトリ・・・」
「あいつだ」
坂下の途中の曲がり角から女が上ってきた。現代の世の中には似つかない白装束の上に黒い着物を羽織った平安時代風の格好で上品そうな白い肌に赤い唇が街灯の灯りに反射して色濃く見える。
ゆっくりと、でも確実に足を動かし上ってくる女に不気味さを感じるが、コカトリスは冷静さを保ったまま隣に並ぶ桜の木へと移動した。
(いや、ちょっ、何故移動?)
こっちは立って居るのがやっとなのに、彼は何やら地面を触って探し物をしている。
「あった」
コカトリスは満足気に落ちていた細長い桜の木の枝を拾うと私の隣へと戻ってきた。
「ちょっと持ってろ」
そう言って手渡しをしてくると、ずっと木の枝を見つめている。
「こんな時に何をっ?」
・・・・・・・
無視して木の枝を見続けるコカトリス。ここで昼のやり取りを思い出した。
「まさか邪視?」
「違う」
コカトリスの反論と共に木の枝が重くなり銀色に染まる。とてもじゃないが細長い枝に見合った重みでは無く、まるで鉛を持っているようだ。
「某の能力は見た物質を石化する能力だが何でも石に出来るわけではない」
彼の言論もそうだけど現段階で目の前に起きていることの全てが非現実的である。既に目の前で重くなった枝の先が刀の様に鋭い刃となって月明かりに反射していた。
「こう見えても神の使い。この俗世の万物の生死に関わらないのが神の掟だ。邪視の様に殺生に関わる愚かな真似はしない」
コカトリスの瞳が金色に輝いている、これが”神の力”
鋭い刃先は今宵の肌寒い風すら切れそうに硬質化されている。
「無機質と化した概念を石化する存在。誓眼のコカトリスとは某のっ」
「重いっ!!」
手がじんじんと痛くなってきたので一旦枝を降ろした。本物の剣と同化した木の枝を生身の女が長時間持つのはしんどい。
「お主、また某の決め場奪っただろ、ど阿呆!!」
「説明が長いんだよ。ってか面倒だからもう”邪視”でいいじゃん」
力を使い終えたのか、コカトリスの瞳から歪な光が消えていた。
「やはり主は愚か者だな。もういい、もう一回言う。人呼んで誓眼のコカトリスとは某のっ」
「おいお前ら」
下からの声にまたしても見せ場を持っていかれたコカトリス。
「松野の子孫はここに居ないのか?気配を誤魔化したか・・」
大人の艶やかな口調でその女はまるで男を口説く遊女の様に聞いてきた。
「それは我等を倒してから確かめるんだな」
コカトリスも負けじと大人の野太い声で反発する。だが女はその言葉に対して私みたいに激しい反論はせず、むしろ苦笑いしながらも感心している。
「ほう、さすがは神の使い。自らの気配を松野に化かして呼びつけたか、おもしろい。・・そこの女は?煩悩そうだが」
冷徹な目線は完全に家畜を見ているのと同じ圧力で見下して来る。
「これからお主と戦う女だ」
その圧力を吹き飛ばす勢いで隣に居たコカトリスが当たり前の様に告げる。
「よぉ~し、頑張るぞ!・・・ってオイっ!!!!!」
思わずこの刀で刺してしまう所だった。
なんせこっちは普通の公立女子高生。生身の体では見るからにやばい術とか使ってきそうな相手と戦えるわけがない。
女もそう思っているのか高らかに笑い声をあげた。
「ハハハハハハハ。妾の評価が落ちたのか、主の頭が長い時の中で呆けたのか?小娘相手なら数秒で十分だ」
悔しいが自信に満ちた口調に説得力がある。本当に一分持たないかもしれない。
「なぁコカトリスよ、時間の無駄であろう。とっとと松野の居所を教えて消えろ」
「やだね」
ふてぶてしいという表現のまま何時に無く強気だ。でも確かにここで降伏したら確実に松野君は殺されるだろう。
たかが数十秒だろうが可能な限り時間を稼がねばならない。
「ねぇ、一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
女の顔は余裕の笑みで包まれている。
「私の名前は小春。貴方は?」
「妾の名は凌霄。貴様が知りたいのはそんな事ではなかろう」
完全に会話まで相手が優勢だ。気に触るフレーズを出して地雷を踏んでしまわないか気を付けて、マインスリーパーをやっている時に近い緊張感の中で一つだけ、どうしても聞きたい事があった。
「凌霄さん・・昨日の事故は貴方がやったの?」
凌霄の上品な朱色の唇が突きあがった。
「あぁ、そうさ」
そう言うと凌霄の両掌から草のツルが生え、勢い良く自信の体を取り巻き始める。
「このツルは妾の意志に添って自在に動く。昨日、近くの水路からお前らを運ぶ箱の下にこのツルを仕掛けたのよ」
恐らく箱とは車の事。隣の歩道には用水路を閉じる金網の蓋がハマっていたのでこの網の隙間から走る車の下にツルを忍ばせハンドルを操ったのだろう。
流暢に死へのトリックを淡々と語る凌霄の得意げな表情は恍惚に満ちている。不気味なツルを体に絡めて構えている犯罪者の間合いにはこれ以上入れない、動物的感が胸の奥の勇気をブロックする。
「何でこんな事を?」
「松野を殺すが妾の務め。だが、ただ殺しても面白くなかろう。同じ人間に葬られる断末魔の姿を傍観するのも悪くない」
この女の場合、動く理由は使命とか任務じゃなくて単に他人の死に快楽を抱く狂乱者。元来哺乳類という種族が持つ”慈悲”という言葉を母親のお腹の中に捨てて来てしまったみたいだ。
「松野君を殺してどうするつもりなの?」
得意げに喋っていた凌霄の眼つきに再び冷たい圧力が蘇る。
「お前の様な乳臭い子供の知る事じゃない。松野も事故に遭った者共も皆わらわの礎になるために事実も存在もかき消されるが運命。これからも何事も無かったかのように日々は流れていくのだ。貴様も己の無力さを体に刻み、この凌霄の名を心に留めたまま永遠の闇に消えるがよい」
・・・・・・・・・・・あ?
「忘れた」
私の中で何かがキレた。
「・・・何?」
「もう忘れたよ、そんな難しい名前」
この女言わせておけばうだうだと調子に乗りやすい性格なのかもしれない。自分の目の前で”好きな人を殺す”と何度も挑発された分だけいつの間にか”憤慨”という形で心の中に在ったしがらみに金づちが撃ち込まれていく。
コカトリスから初めてカミングアウトをもらった日と同じく怒りによって目の前の恐怖心を忘れて一歩、一歩、死の間合いに近づく。
「貴様、恐怖で正気の沙汰を忘れたか?」
目の前で厚化粧の女狐がツルを巻き着け身構えているが”プツンっ”と頭の中の回路が切れた今の私には何らサーカスの道化師のイリュージョンと変わりない。
死線を切り取るべく刀を強く握った。
「アンタ等大人は都合が悪くなるとそうやってすぐに事実に規制をかけたがる。次は何?都合良く立ち上げたパソコンサイト?マスメディア?しょぼい改竄とかマジウザったいわぁ」
本音に気を悪くしたか、相手も苛立って眉間にしわが寄っている。
「大口叩いたって所詮は何もできない小娘。懺悔の時間も終わりじゃ」
勝負の予感を感じ取ったコカトリスが怒る私の肩に触れた。
「小春、覚えとけ。コイツの名は凌霄 お前が闘い、覚悟の上に従えるべき女だ」
その自信あり気な口調に根拠はあるのかわからないが。やはり戦う道は避けては通れ無さそうである。
(要するに勝てという事か。初心者相手に言ってくれるじゃない)
”勝てるか?”と考えると非常に難しいが”こんな思想を持った相手に負けても良いのか?”と考えると絶対に退く訳にはいかない。
それは向こうも同じこと。
「貴様ら・・黙って聞いておけば。その滑稽な発言、地獄で悔やむがいい!!」
凌霄の怒鳴り声と共にツルがこっちに目がけて伸びてきた。
「小春、右に飛べっ」
ツルが触れる寸前に聞こえたコカトリスの指示通りにジャンプした。
『ドゴォォォオオンっ』
着地する前にけたたましい音と共にツルが物凄いスピードで地面にぶつかる。
振り返ると土煙がたっているが、音の先に抉れた地面がかすかに見えた。
(ま、マジで!!)
先程のコカトリスの発言にマッチしない能力を持った敵に出くわしてしまったものだ。ビビった表情を見透かされてしまったのか凌霄が勝ち誇ったように声を高らかにして笑う。
「どうしたぁ?先程までの虚勢はもうおしまいか?ならもう消えろ」
たった今地面を抉ったツルは彼女の手の動きに合わせて再びこっちに伸びてきた。
「もう三歩下がれ!」
再び寸前でコカトリスがナビゲートをしてくれた。数秒前まで立って居た地面も抉れてしまった。
「ねぇ、コカトリス。貴方、見えてるなら一緒に戦ってよ!」
「いやぁ、俺の誓眼には代償があって、しばらくの間上手く動けないのだ」
確認しておくべきだった。まさか本当に自分一人でこの異常能力者を叩き伏せないといけない様だ。
「もう、ちゃんと言ってよね」
「ホラっ、話してる場合かい?」
その後も飛んでくるツルをコカトリスの指示通りに避け続けた。
「何とか、もう三十秒は過ぎたよ」
「し、しぶとい子だね」
吹奏楽部に入る前、マーチングバンド出身の私にとって指示通りに的確な動きをする事は苦ではない。動作に自分なりのリズムも出来てきて体が慣れてきた。
「※ガーズをなめんなぁああ」 ※旗担当
『ブンっ』
間合いを作って避ける中で握っていた剣を振り下ろすが、さすがにまだ当てる事は出来ない。
少しずつ息も上がって来るが、長く術を使い続ける凌霄も同じ位疲労がたまって息使いが荒くなっていた。
「逃げてばかりでつまらぬ、所詮は無駄なあがきだとは思わぬか?」
「お互い様じゃない」
松野君の運命を賭けた命の攻防は精神力の戦いになった。この間、コカトリスは自分の体力回復のための精神統一に入り、一切関与してこなくなった。
『ブンブンッ――』
ツルに狙いを定めて剣を振ってもかわされてしまうので、作戦を切り替えてヤケクソ殺法に出ることにした。
「どうした?まるでむやみに切り込んで。疲れて標的も見えなくなったか?」
ニヤケル凌霄。
『ドゴォオオオオオオオン』
地面から素早く伸びたツルから逃げそびれた。
(しまったぁ!)
腕と体を含む上半身をぐるぐる巻きに締められてしまい、もう剣を振るう事は出来ない。
「ぐううぅ」
「ふふ、凌霄花という花をご存じかしら?あの植物から生えるツルの締め付けはとても強くてね。この桜の木の様な大木を絞め殺すことだって可能なのよ」
ツルを巻きつけたまま私を宙に持ち上げて彼女は隣に聳えたつ桜の木を見上げた。
「貴様の存在は残らぬ。今ここで跡形も無く消えるのだからな」
凌霄の目が見開くと私を締め付ける力はとても強くなり体が潰れそうだ。
昨日の玉突き事故は奇跡的に死者は出なかったが先頭車両は原形をとどめておらず、ドライバーも救急隊が来るまで今の私と同じ様な圧迫感の中で死に対する恐怖に怯えながら理不尽な境遇に衝動を覚えたいたのだろう・・・。
こんな奴に殺されるわけにはいかない
「うぅっぐぐ。消した方がいいのはその厚化粧だよ」
「何?」
凌霄が口喧嘩に夢中になっていた間、私は唯一彼女の縛る範囲から外れていた足で隣にあった桜の木を力一杯蹴りつけた。
『ギイィィイイイイイ――』
次の瞬間、蹴りつけた部分は奥へと押し込まれてバランスを失った木の頂上は凌霄目掛けて倒れ込む。
『ズドォッォオオオン――』
叫ぶ間も無く後ろに飛び移った彼女だったが、倒れて来た大木にツルを引きちぎられた事により私もそのまま地面に落っこちた。
「痛てっ」
しりもちをついた。幸い体は動くので締めつけられた部分も骨に異常はなさそう・というより、骨の確認をする間もなく再び上がる土煙の中から凌霄のシルエットが現れた。
「姑息な、木に何の細工をした?」
「直接戦っても貴方との実力の差は明確。だからデタラメに斬るふりをして桜の木に切り込みを入れて誘導をしたのよ」
一本取られ苦笑いをする凌霄。とっさにバリアを張ったのか体中にツルが絡められているがそちらの方に神経を回したせいでまだ先端の千切られた部分の治療が行われていない。それでも彼女はこちらに勝誇った笑みを見せる。
「成程。少しはやるようだが私が潰されてない時点で作戦は失敗。茶番は終わりだ馬鹿めっ」
「馬鹿はお前だ」
声の主は奥で精神を集中させていたコカトリスだった。
『ドゴォォォォォオオオオオォン!!!』
次の瞬間とても大きな落下音と共に目の前で凌霄が地面にめり込むようにして倒れ込む。
全てが一瞬の事で最初は把握しきれなかったが彼女のツルを見て「はっ!」っとした。
ツルが灰色くなっている。
「俺の能力は無機質な存在を石に変換する事。お主のツルは引きちぎられたまま再生が間に合わず一時的にも細胞が壊死してしまっている。今は有機物の概念から外れているのだ」
「ま、まさか貴様等ずっとこの機会を?」
今度は金色の瞳を輝かせているコカトリスが勝ち誇ったような笑みで凌霄を見下す。
「一般の小娘だと油断したようだな。だがその剣には十分戦えるように少々工夫がなされていてるわけだ」
「く、工夫だと・・?っ待てよ、そもそも刃の大本は銅や鉄。お前の精製できる石とは全然似つかぬ金属質だろ!一体何をした!?」
闘いの中に身を置いて来た二人はお互い戦術の中で培った知識を出し合いながら推理小説さながらの会話展開をして行く。その様を見て、もっと理数系の勉強にも力を入れておけばよかったと心の中で嘆いた。
「小春、石は何で出来ているか言ってやれ」
「げっ!」
言ってる傍から苦手な所をピンポイントで鋭角パスしてくる。
「えっと・・死んだ人がお星さまになって、その物質を砕いて・・」
「凌霄、お主の言う通り石はマグマが結晶化したり、貝などの死骸が石灰化した物を言うから刀に使う金属とは別物」
(え?スルー!!?)
「だが、製鉄原料になる鉄鉱石の中に含まれる砂鉄から摂れるのは金属質の純鉄。某に製鉄をする能力は無いが、製鉄の原料になる鉄鉱石を造る事なら出来る。だから誓眼でその鉱石を具現化出来る故、何とかその木の枝にも付ける事が出来た」
例えどんな石から離れた物でもその中に少しでも石としての要素があれば何でも具現化してしまう能力。
進学校に通っているはずの私のパスを簡単に仕切り直されたが正直な所、あの一瞬の間にそんな神秘のドラマがあったとは夢にも思わなかった。
「馬鹿な、それだけで初心者がたやすく対象物を斬れる訳がなかろう」
確かに凌霄の言う通り、太い桜の幹がまるでプリンの様に斬れてしまった。いくら剣でもそこまでは出来なくない!?
「まぁ普通にやればな。だから剣その物を変えたのだ。鉱山の水晶石をこの剣の大本にして鉄と繋ぎ合わせた」
「あれれ?でもコカトリスに製鉄能力は無いんだから繋ぎ合わせる事って無理なんじゃ・・・」
「だから蒸着した水晶石が鉄と合わさっている状態をイメージしたのだ」
ちなみに蒸着とは水晶を千六百度に加熱して金属を吸着させることを言うらしい。前に物理の時間に習って一生使わないと思っていた知識がまさかこういう形で役立つとは・・・。
「元々水晶とは不思議な鉱物でな・・自分自身で電圧を作り出すことが出来る。その電磁波の中に周波数が存在するわけだが、周波数の中には必ず空気振動も混在する。某が誓願で変換できる水晶はそこの振幅を持ち主のイメージ通りに自由に調整出来る逸品。つまり瞬間的に超音波を出して切り付ける直前の対象物に馬鹿でかい空気振動を加える事で生じるお手製のかまいたちを当てられる。直接と間接の二重攻撃で獲物を撃つ事によってお主にたやすく木の幹をぶつけたわけだ」
(えぇ?この鳥何言ってんの!?超意味不)
取り敢えず私自身の斬撃と水晶から真空波が出て来て、二重に切り付けているという要約で良いのかな?
「くそうっ!!!」
無理やりもがいて石から抜けようとする凌霄だがコカトリスの瞳の色はまだ収まらない。
「おっと、それ以上動くな。いや正確には動くか止まるかはお前の自由だが動けば死ぬぞ」
気が付くと凌霄に絡みついた石の内側が刃に変わっていた。
「そっちの方の刃は銅山の鉱石で出来ている。勿論動けばお前の体は切れるし、銅には水銀を含んだ毒も入っているんだ。むやみに壊しても粉末が体に入り中毒で死ぬ。大人しくした方が懸命だぞ・・って最初からそれ以上動けないか」
私の武器の刃をあえて面倒な錬成にしたのには使う人間側の安全の配慮があっての事だった。コカトリスの親切心に感動している隣で、もがこうとしても体ばかりの面積しかない石に凌霄は押しつぶされていた。
「っにしてもこの石は何故こんなに重い!この国の鉱石では無いな、南蛮の物か?」
「誰がこの星の物って言った?それは宇宙の中の他の惑星から引っ張ってきた地球上に存在しない石だ。質量では通常の岩石の約十倍くらいの重さになるから天王星あたりの地層岩石だろうな」
”十倍の重み”その数字を聞いた瞬間に凌霄の顔が氷ついた。私は逆にそれだけの重さの石の下敷きになりながらも生きている凌霄の鍛えられた体に青ざめている。
「ま、そうやって事故に遭った人間たちの気持ちを少しでも感じて反省するんだな。時期に迎えも来るだろう」
「迎え?」
思わずちょこんと言葉に出してしまった。誰が何のために迎えに来るのだろう?
「後は御上の仕事だ。さっ、俺達の仕事は終わったから面倒事に巻き込まれる前に帰るぞ」
急かされながらも、斬りつけてしまった桜の木に後ろ髪をひかれた。
「ごめんなさい」
戦略の犠牲に遭い、途中から折れ曲がってしまった木の幹に手を合わせて心からの謝罪をした。気付けば最近常に誰かに謝ってばかりだ。
「小春行くぞ!」
走って坂を下るコカトリスを目で追うが何だか腑に落ちない。彼に言われた通りの陽動作戦に出たのはいいが、結局凌霄の正体が解らないまま。まるで掌の上で踊るパペット人形みたいな結果になってしまった。
「貴様等の振りかざす正義など、偽善への背徳でしかない」
振り返ると蹲ったままの凌霄がこっちを見てニタニタと笑っている。
「どういうこと?」
「愚かな人間どもめ、屈折した時の中で我らの積年の恨みに滅ぼされるがよい」
その瞬間戻ってきたコカトリスに手を握られ全速力で走る事となった。遠くにあった街の光が残像の様にの残されていく。
笑う凌霄がどんどん小さくなって見えなくなりかけた頃、複数の人間が彼女の周りを取り囲む姿が一瞬見えた。
・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・
・・・
・・
夜の商店街。街は寝静まり、並ぶ店先の街灯の灯りだけが唯一ここが日中賑わっていたという形跡を見せてくれる。
「もうだめっ」
あの坂からずっと走りっぱなしで息が切れた。脇腹もかなり痛い。
「どうした腹でも下したか?」
「違う」
見当違いの心配をしながら、リードして前を走っていたコカトリスも立ち止まり辺りを見回し始めた。
「ここまでくればもう大丈夫か」
張りつめたいたコカトリスの表情も少しだけいつもみたいにゆるくなる。
さっきから勝手に話を進められても追いつけるわけがない。
「さっき一瞬見えた奴等が凌霄を回収して今回の厄災の元凶を調査する陰陽師集団だ」
凌霄の能力も普通では無かったが、やはり日常の良識だけでは測れない事になってきた。
「拙者が辿れたのは凌霄の松野に対する微かな殺意だけだったが、凌霄を使役して松野の暗殺を考えている人間が他に居るって事だ。あの陰陽師集団も同じ黒幕の正体を追っている」
「じゃあお互い協力して・・・」
私が言い切る前にコカトリスが首を横に振った。
「だめだ。あいつらは秩序という名の暴力に依存して手段を選ばぬ連中故、利害関係の相違が生じれば我々が標的にもなりかねない」
私たちの様に松野君を助ける事が目的というよりは街全体の自警団に近い存在なのだろう。今の話だけだと平和主義では無さそうだが・・。
「じゃあ凌霄が口はいたら奴らは黒幕を倒しに行くの?」
「いや、凌霄は吐かないだろうな。自害するはず」
気配を感じ取ることに長けているコカトリスがそう言うって事は、きっと今凌霄の気配はこの世に無いのかもしれない。
「でもいずれ黒幕を倒してくれるのなら安泰じゃない?」
邪視の件に続いて他力本願を示唆した。
「今言った通り奴らは目的を選ばない連中・・。その先で松野や他の民間人が邪魔になったら躊躇なく消すだろう」
秩序という名の暴力。多数決と同じで多い数を優先する組織らしい・・人命まで・・・。
「じゃあ私たちはあいつ等よりも早く黒幕を見つける必要があるのね」
「もう、後には引けんだろうからな」
二人して見つめ合っていたら夜の冷たい風が吹いて体を震え上がらせる。
「さぶっ」
その冷たさで話が中断され、現実世界に戻ってきた気分になった。
目の前の街灯に数本の夜桜が風に晒されながらも照らされている。その下では私が握っていた剣の刃が光に反射していた。
「その刀は覚悟の証だ、大切にとっておけ」
あの戦いからずっと握って居た事すら今まで忘れていた。逆に言えばそれだけ自然体でなじむ相性の良さ。
「今日の戦いは俺が指示を出したにしても、あそこまで精巧に斬ったんだ。お前には剣才があるのかもしれん」
褒められるのは好きだが一応年頃の女子高生なので嬉しいような、切ないような・・複雑な気持ちになった。
「ありがとぅ・・大切にするよ」
あの異常能力者から私の命を救ってくれた刀を見つめた。
「その刀はまだ名前が無いんだよ。付けてやったらどうだ?」
「うーんと・・・それじゃあねぇ」
こういうのはセンスが物を言う。
「そうだ鉄から生まれた”鉄っちゃん”は?」
かわいいだろ!!と、自信満々でコカトリスの顔を置見た。
「うん・・・・まぁ・・お前がそれでいいなら、良いいと思うよ?」
(止めて・・)
こういう反応は背定してもらってるように見えて一番小バカにされている。
「ちょっとっ、じゃあ何か良いの言ってみなさいよ」
「なっ、あれ!えっと・・・砂鉄を混ぜた”さっちゃん”でどうだ!?」
「ホラ見ろ!五十歩百歩じゃないのよ」
でもこれではこの刀が可愛そうだ。何かいい物は無いか?
その時、再び吹いた風に吹かれて目の前の桜の枝から一枚の花びらが飛来して刃の先に付着した。
「そうだ、折角だからこの桜の名前を付けよう!ってあれ・・・この桜の品種何て言うっけ?」
私のいざ喉まで出てきてるのに後一歩の所で出てこない情報にコカトリスが一回首を傾げた後に”ひらめいた!”っていう顔をした。
「この木の品種は”ソメイヨシノ”だ」
中学校の頃花図鑑で見た事がある。確かこれの花言葉は”純潔”。今の戦いのテーマにぴったりじゃない?
「なるほど・・よし、それにしよう!この刀の名前は”ソメイヨシノ”に決定!」
ソメイヨシノを高らかにあげると刃の部分に上の桜のピンク色が反射した。その中で思い出すのは凌霄という存在。
道徳に反して手段を択ばない非道な女。しかし最後に言い残した恨みの念も気になるし、それを放っておいて命の危機にさらされている。自業自得と言ってしまえばそこまでだが、果たしてそれでよかったのか?もしかしたらあっちにも何かかしら大きな理由があって戦っているのかもしれない。
だって凌霄花の花言葉は”名誉で豊富な愛をもった女性”と表現される。
そんな女性がこんな事をしているという事より、なぜこんな事をせざるを得なかったのか・・・。やりきれない歯がゆさに胸が締め付けられた。
「・・・明日も学校だし。帰ろうか!」
いくら考えてもこのままでは拉致が明かないので撤収する事にした。
そのまま家に向かって歩き始めるが、コカトリスは固まってこっちを見たまま歩こうとしない。
「お前・・・まさか・・」
ずっと私を見つめたままぼやくコカトリス。
「え、何?」
まじまじと見られた後に神妙な面落ちで『・・・まさか・・・』何て言われたら、誰でも気になるというよりかは普通に引くと思う。
「・・・・い、いやっ何でも無い」
「ちょっと!こっちが何でもあるよ!言いなさい」
制止を振り切って走って帰るコカトリス。
(でもまぁ、取り敢えずはやっと自分の街へ帰れる!)
複雑な感情を引きずりながらも先程坂の上から見ていた光の中に戻って来れた事に安堵しながら私も彼に続いて夜の闇の中を走り抜けた。
・・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「オエっぷ・・・」
再び内臓が出てきそうになるまで走らされたが、もしも家族に悟られてしまうとまずいので何事も無かったかのように帰宅した。その後、寝る身支度を整えるまでに三回『・・・まさか・・・』の真相を確認したが結局本人が口を割らないので保留となった。
それまでに唯一口を開いたと言えば刀をスマホの中に収納する術を教えてくれただけ、その他はずっと黙りこくっている。まぁ元々口数はさほど多い方ではないが・・・。
「さぁ、飲むか」
久々にコカトリスが口を開くとベランダの向こう側の景色を見ながら日本酒の一升瓶を持ってあぐらをかいている。
道に沿って連なる新しいの住宅の数々。もう時間的にも電気の付いている家は半分くらいだが、それでもコカトリスは残った街の灯りに酔いしれながら大切そうに瓶の中の酒を見つめていた。
ここ最近色々と不思議な体験をしているが、特に今日は命の危険を冒すアクシデントに見舞われながらも無事に生還出来た。それもこれも全部コカトリスのお蔭なのだ。
でも彼は一切の見返りを求めずただ寡黙な背中を向けている。
(まだ、何のお礼もしてないな・・・そうだっ!)
急いで台所に降りると既に家の中は寝静まりかえっている。家族を起こさないように忍び足で暗い台所からお父さんが晩酌に使うおちょことおつまみを取り出し部屋へと帰った。
未だ黙って背を向け続けるコカトリスの隣に座っておちょこを渡す。
「はい、注いであげるよ」
並々まで容器に日本酒を入れて、隣に広げたおつまみの袋の中のイカ天をつまむ。コカトリスは実際の飲食はしないが、こういう御持て成しをすれば一番お酒は美味しく感じられるはず。彼は一旦静かに目を閉じた。
「風情だな・・」
そう言って再び更けていく夜景を眺めているので、私も一緒に眺めながらおつまみの袋に再び手を伸ばした。
続話 (題字:竹本登)