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それは瞳から零れるもの

見る者すべてに怯えてはいけない。

差別をしてはいけない

他人を愚弄してはならない。

そんな事は分かっている・・。

なら何故未だに人間はそれ等を克服できないのでしょう?

きっと”愛情か恐怖の二択で行動が起きるからだ”って偉い先生が言ってた。


「ひっ、ひぃっ・・ひぃ・・・」


愛情?・・いや、確実に恐怖。


『ガクブル、ガクブル・・』


(ヤバいっ、震えが止まらない)


”コカトリス”


自分の死期を感じさせるこの身震いを前にして、鳥の名前なんて正直どうでもいいよ。


(どうしよう、どうしようっ・・叫んでも殺されるし、黙っててもその内殺られる)


死ぬ前にもう一度だけ松野君に会いたかった。・・それこそ死ぬ気があれば告白だって出来たし、”どうせここで人生が終わる”って開き直ればこっちから抱きしめる事くらいは出来たかもしれない。

あぁ、無念・・・。

せめて最後は念仏を唱えて召されよう。


「………………ぶつ……ぶつ…………………」

「んぁ!?」

「松野君、松野君、松野君、松野君、松野君、松野君………ぶつ……ぶつ」

「んあぁ!!?」


これで最期だっていうのに遺す言葉が『キャーッ!』や『南無』などという断末魔じゃあ、私のヤンデレ魂は満たされやしない。


(和尚さん、遺影はインスタで美人加工した写真をお願いします。線香は前に香織と一緒に行った雑貨屋さんで買ったムスク系のお香を――――)


「お主は先程から何をぶつぶつ呟いている?」

「松野君、松野君、松野君………」

「・・・すぅう・・・喝っ!!!!!!」

「ひやぁあっ!!」


心臓が一回止まった・・そしてまた動き出してしまった。あわてて顔を見上げるとコカトリスは腕を組みながら呆れた表情でずっと私を見ている。


「聞いた事の無い念仏だな」

「…さ、最悪だ……夢すらも見せてもらえないなんて……」


頭を抱えてもう一度俯いた。床づてに見えるコカトリスの影は微動だにしていないという事は体勢を一切変えずにまだ私を見続けているという事。ストーカーと同じくらい性質が悪い。


「先程から黙って聞いていれば、その不思議な呟きといい、起きたまま夢を見ようとしたり・・何か過激な宗派にでも属しているのか?」

「・・宗派?・・まぁ、メンヘラ派ですかね」

「めんへら?初耳だ・・攘夷志士の集まりか!?」

「いや、集まられると困ります。私一人で十分です」

「何!?一人で改革を決起しようというのか!!?無謀すぎる・・維新を企てている同志を召集するべきだ!!」


(もう滅茶苦茶だ・・いっそ殺してくれ)


言葉が通じなければこのヘンテコな会話のキャッチボールをせずに済んだのに・・。


「もう、大人しくチュンチュン鳴いててくださいよ」

「お主はまた訳の分からない事を・・」

「訳が分からないのは貴方の方ですよ、こんな生き物を今まで見た事ないです」

「ならば、今一度その目に焼き付けておくが良い!」

「すいません・・逆光で全く見えないんですけど・・」

「あぁん?」

「い、いえ・・それで、貴方は私に何か用ですか?」


この駆け引きを一つでも間違えればあの鋭い爪で八つ裂きになるに違いない。

神経が失調しそうなくらい研ぎ澄ませては、無事に帰れたら半身浴がしたいとお風呂の神様に願う。

なのに、その思いとは裏腹にコカトリスが羽だらけの腕を組みながら首をかしげてきた。


「おい、質問の前にまずはお主も名乗るのが礼儀だろ?答えるのはそれからだ」


チュンチュンしないどころか礼式を持っている。冷静に考えてみたら、もしコカトリスに殺意があれば私ごとき既にミンチにされて今頃はオカルト版の中で犠牲者ネタにされているはず・・。

だとしたら彼の狙いは別にあるはずだから、その狙いを探るために名前ぐらいは言っても大丈夫かな?


「桜・・小春」

「!?」


折角、自己紹介したのに不思議そうに遠い目をしているでちょっぴり切ない・・・。さては吊り橋効果からのギャップ萌えを狙っているのか?

でもそれ自体が奴の描くシナリオ、思うツボなのかもしれない。


(今まで何人の犠牲者がその手中にはまったかわからないけど、私はそう簡単にはいかないわよ!)


ゆるんだ拳に再び力を入れなおして痛恨のカウンターに備えて臨戦態勢に入る。


「何?何よ?何なのよ!?アンタ何様!?」


喰らえ!”なに”の四段活用で先制攻撃だ!!


「お主こそ何なのだ!?質問はまとめてから物申せ!!」


予想外のカウンターにゲージが削れる。


「そんなのまとまる訳無いじゃん・・」

「ふむ、ならば最初の質問に答えればいいのか?」


正直もう何を聞いたかなんて覚えてないよ、でも焦った感をこれ以上見せたくないので取り敢えず頷く。


「某が何しに来たかだったな」


(あぁ!そういや、そうだったような・・・)「えぇ、そうよ!」


謎な生き物の意外な律義さに動揺して心と口先はズレても精一杯強がってみた。


「突然現れて驚いただろうが、某は上位の神から使わされて来た式神だ。普段は霊界の方に居て人の目には見えんが、召喚されるとこうして現れる」


普通いきなりそんな事言われたらもっと驚くけど、下手してこじれると厄介極まりないので私はあえて”話を続けて!”と頷く。 


「お主に告げる事があってな。陰陽師に言伝ことづてを頼まれて参った」


どうやら位の高い神様のパシリで、この世界の陰陽師から呼び寄せられたらしい。


「で、神様の使いが私に何を伝えに来たの?」

・・・・・。沈黙が続く。


「心の準備は良いか?」

「・・・・・・・・」


こう言う口調の場合たいてい悪いニュースだ。つい眉間にもしわが寄ってしまう。


「お主には現在、想い人がいるだろう?」

「え?」


個人情報が漏えいしている。こりゃあ、プライバシーの侵害だ!

でも香織の性格からベラベラみんなに言うとは考えにくい。

となると神様かその陰陽師が人の心を読んでいるか、ずっと私の生活をこっそり監視しているかのどちらかに違いない!


「意味わかんないってのこの変態!何で人の個人情報を知っているのよ」

「今その理由は話の焦点では無い。それよりその男は松野 実で間違い無いな!?」


あっさりかわされた。まるで乙女の感情を事務的に処理して行く。

納得のいかない話の持っていかれ方だけど、ここで言い争っても拉致が空かなそうなので仕方なくコカトリスの質問に頷いて話を先に進める事にした。

「だったら何よ」

「悪い事は言わない。その恋は諦めておけ。」

「!?っ」

松野君ファンの差し金か?ここで簡単に引くわけにはいかない。


「そんな事言われて『はい、そうですか』なんて言う訳無いじゃない!!」


立ち上がってコカトリスに怒鳴りつけると、彼はあっさり俯く。


「お主のためを思って言ってるのだが・・・その口ぶり、どう話しても譲らぬみたいだな」

「当たり前じゃない。それで松野君が困るなら考えるけど」


一見私の方が優勢な口喧嘩に見えたのに、そこまで言うとコカトリスが再び面を上げる。

「その松野だがな・・・」

「え・・!?」

『ゴクリ・・・』

なにか不吉な予感に自分の唾大きく飲み込む。

「確かにお主との性格的な相性自体は悪くは無い。この恋が発展して付き合う事もお互いの触れ方次第では十分可能だ」


(マジかっ!!)


希望に満ちた発言。心配してたのでまさに肩すかし。

「じゃあ何で止めるのっ!?」

「どうやら運命線の相性に難が有るみたいだ」

飴と鞭の様な恋占いに思わず聞き入ってしまう。


「それってどういう意味?付き合える可能性だって十分にある訳でしょ?」

「付き合った後が問題だ」


(あ痛たたた・・・)


自分は突っ走るタイプなのでこういう理屈っぽい意見は頭が痛くなる。


「あのねぇ・・付き合った後の事までいちいち考えてたらもう誰とも付き合えなく

なっちゃうよ。さてはお宅、彼女いない歴と実年齢が一緒のタイプね!」


「このままだとなぁ・・」


(あれ?・・私、さり気なくスルーされてないっ?)


図星だったかのか、理屈っぽいくせに人の話を聞いていない。


「もう!・・っでこのままだと?」

「・・・うーむ・・」


(いや、『うーむ・・』じゃないでしょっ!)


だったら、それなりに手早く言って欲しいのにじれったい。不安っていうブロックがどんどん蓄積されてパズルゲームの死に際見たく溜まってしまう。


「あぁ、もう!はっきり言ってよ!」


早く解消させたいので急かした。するとコカトリスの重い口が微かに動きそうになる・・。


「・・・この恋が成就すれば・・・」

「成就すれば?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「成就すれば何よ?」

喧嘩が絶えないか?浮気されるか?それともそうなる前にすぐに振られるか?

・・・・・

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・成就すれば・・・松野が死ぬ・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

・・・・・・・・

・・・・・・


時が止まった空間を戻そうとしても言葉になら無い。なる訳がない。


こんな事、言葉にしていい筈がない。


いくら神の使いでも、冗談でも、許されない発言だ。


「は?・・・あ、あんた何言ってんの?やだよ、そんなの・・」


コカトリスの目を見続けるとコカトリスも逃げずに見続ける。彼の眼球に反射して映る私の目はショックで見開いたままの状態。


「今なら許してあげるから嘘だって言いなさいよ」

「信じ難いだろうが。これは事実だ」

「くっ!」


(勝手な事を!)


『ガッ!』


生死に対して冷静なコカトリスの態度に頭のこらえが効かなくなって、胸ぐらを掴んだ。


「何でそんな平気な顔で言えるのよっ!!!神様の使いなら何とかしなさいよ!!」


熱く叫び飛ばしたのにもかかわらずコカトリスは一切動じない。


「運命は我々が自由に変えれる物では無い」

「だけどさっ!!」

「・・・・・・・」


叫び飛ばしたところで彼は怯むどころかまばたき一つしないで私を見つめたまま微動だにしない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


爪先で私の腕を掴むとそっと胸元から離してきた。

「あっ・・」

今ので頭に上った血がもどって気まずさに顔を伏せた。


「ご、ごめん。つい・・・」

「怒りは恐怖を忘れさせるというからな。現在のお主にとって松野がどういう存在なのかは少し伝わったが・・」


コカトリスの穏やかさが心に突き刺さって肩を『ズシン』と重くする。さっきまでは怒りでいっぱいだったはずなのに急に現実の波が押し寄せて来たみたいな寂しい気持ち。 


溺れて今にも心が押し潰されそうだ。


「わかったよ。言いたいのはそれだけ?」

「・・・あぁ、言伝は終了だ」


神様とは以外と無慈悲なもの・・・。


呆気無く交渉はこれで終了。


信じたくも無い内容だったけど、説明してくれたコカトリスが現にこうして目の前に居るのだからこの話も決して安いドッキリでは無いんだろうよ。


「そっか・・・貴方も帰るの?」

「そうだな。後味は悪いが仕事は終わったんだ。すまぬが悪く思うな」


コカトリスの目からも覇気が消えてしまっていた。彼目線で見れば他人の気持ちを砕いたんだ。仕事でも嫌な思いをさせちゃった。


(それでも、今はもう、誰の顔も見たくない・・)


自分もだし、周りに対しての嫌悪感で今は一人にさせて欲しくなった。


(回れ右!)


180°ターンでコカトリスに背を向けた。


「神様に言っといて。もう、お参りもお賽銭もしないんだからっ!」


『ダッ・・』


これで無信仰者となった私はコカトリスの視線を背中で振り切って家へと走り抜けた。



『タッタッタッ』


どこをどう走っているかなんて全然頭に無い。あるのは自分の思い出。


桜の木の下の事、クラス替え直後の教室に入った時に彼が居た事


今日帰る前に学校の玄関で挨拶してくれた事。


楽しく、優しく、淡い思い出の数々がフラッシュバックして儚くさよならを告げる。


息も切れる、人にもぶつかった。それでも胸の奥のつっかえが吐き出せないまま帰宅。

日課の”ただいま”も言えないまま入って、誰も居ない静まり返った家の階段を一目散に駆け上がって自分の部屋の内側から鍵をかける。


『バサァアアッ』


無造作に荷物を投げ捨て、制服も脱がずにベッドに突っ伏して泣き崩れた。


「うわぁぁあああああああああああああああああああん」


今まで溜めていた物が濁流の様に吐き出される。

さっきまでいかに自分が浮かれて、甘々で、それでもその幻想の中で幸せを感じていれたのだろう。

朝からの事を全部リセットして夢オチにしたい。またピザまん喰わえたままズッコケても構わない。


『ポタポタポタポタポタ・・・』


でも無理だ、夢ならこんなに涙が出るはずがない。掌で顔を覆っても溢れた粒が隙間から毛布に伝って行く。


(何で私なの!?何で私が近づけば松野君が・・うぅ)


夢なら泣いてもこんなに胸が痛まない。

夢なら・・・夢なら・・・

・・・・・・

・・・・・

・・・


・・・

・・・・・

・・・・・・

「・・・・・ん・・」

泣き疲れたのか、頭の中の演算機がショートして眠ってしまったみたい・・・。辺りは暗く窓から月の光がぼんやりと差し込んで来る。


(もう、夜か・・みんな帰って来たのかな)


下の方から家族の声がする・・きっと晩御飯でも食べているんだ。いつもなら先人を切って台所へ行くけど、今はそんな気分じゃない。

この腫れぼったい顔を見られるのも気が引けるので、しばらく部屋に立てこもる事にした。


『カチャ』


取り敢えず電気を付け、もう外出もしない計算でパジャマに着替える。

そのまま力っ気無くベッドに座ると、その場しのぎの気晴らしにテレビを付けた。何も考えたくないから映っているのがバラエティー番組で良かった。


(はぁ・・・そういえばあの鳥人間、コカトリスって言ったっけか。もう帰ったのかな?)


今ならもうちょい彼に興味を持って話が出来たかもしれないけど、あの時は無理だった。

よくよく考えれば一生に一度でもあれば奇跡ってくらいの出来事だったんだ。焦らなくても後から話す事も可能だったろうし、もし警察や軍に捕まったら研究対象にされたり、テレビでさらし者にされるかもしれない。


(失礼な態度も謝りたいし、もう一度会いたいな・・)


でも会い方なぞ知り得るわけがない・・・

ベッドに深く座って壁に腰かけたまま必死にコカトリスに会った時の事を思い浮かべる。


(・・中二病的な呪文?・・・違う。イケメン召喚使との出会い?違う、他に誰も

居なかったし・・・)


だめだ。事実として裏路地を走っていただけなのにあんな濃ゆい生き物出て来るわけがない・・。

頭を抱えてもベッドのシワが深くなるだけで、自動的に頭の中でコカトリスを呼ぶ方法よりも架空のイケメン召喚士のシェアの方が上回って行く。


その時だった。


『ルルルル♪』


机の上の充電器に掛けていた携帯電話から着信音がするので手に取り内容を確認するとディスプレイに名前が浮かぶ。

香織からのメールだった。


『さっき、友達が血相を変えて走る小春を見たって言ってたんだ(焦) 大丈夫(>_<)?』


(あぁ・・香織・・)


何でこの子はいつも温かいココアの様に優しく甘い存在なのだろう。

おかげで心の傷が少しだけ楽になった気がする。


『うん、ちょっとね・・・気持ちに整理がついたら説明するよ。心配かけてごめんね。でも、ありがとう』


電子文字に癒され感謝する。結局文字の形式が何であろうと大切なのは気持ちだという事!

送信に対してENTERボタンを押す。

「これで良し・・・ん?」

香織に返信を送った時、フォルダを見て気づいた。


『コカトリス』


自分のアドレス帳の中で”桃園香織”は苗字では無く下の名前で入れてあるので”か行”になる。

そして同じ”か行”の欄の中、良く見るとあの名前が見えた。

「コカトリス!?」

さっきの霊獣以外にそんな名前の人は居ないはず。

しかもコカトリスとアドレス交換なんて一切した覚えがない。


「え?何で、何で!?」


疑問だらけだったけど送信してみればコカトリスが携帯電話の様な通信ツールを持っていて読んでくれるかもしれない。


『ピピッ』


早速空メールで試し送信をしてみるとすぐに、ディスプレイに『送信完了』と出てきたので、返信が来るのを待ってみる。

・・・・・・

・・・・・・

沈黙・・・非現実って結構恥かしい


(どうせメールセンターから宛先不十分で返って来るんだろうけどねぇ・・一体何やってんだろあたし・・・)


諦めて充電器に戻そうとした時、お気に入りの着信音と一緒にとてつもない返信が来た。


『ピカァアアン』


またあの時の様にケータイの画面がまばゆく光る。


「こ、この光は!」


半目で見ていると期待に応えて光の中から見覚えのあるシルエット・・・あいつが出てきた。


「我の名は神の使い霊獣コカ」

「コカトリス!!」


興奮してコカトリスの登場シーンが終わるのを待ち切れずに叫んでしまった。


「おいぃいい、何故の人の晴れ舞台を奪うのだ!?」


コカトリスがまるで呆れたように腰に手をあてているので少し反省。ちなみに本来

なら再会を噛みしめる所だけど私は下から足音がする事に気づいた。


「小春、ご飯出来てるよぉ!」


お母さんだ!階段越しに聞こえてくる。


「ごめん今日友達と食べてきちゃったし、眠いから部屋に居るよ」


この状態を見られても困るのでとっさに嘘をついて緊急回避。


「そう、お腹すいたら温めて食べなさい」


ドアに耳を当て足音が遠くなって行くのを確認する。ひとまずリスクを回避した。

「で、どうしたの?」

ドアに耳を当てながらコカトリスに尋ねる。

「どうしたも、こうしたもお主が呼んだのだろうが」


コカトリスが呆れ顔のまま見つめてくる。


(確かにメールは送った。でも”来て”とは一文も載せてないのにこうして現れた・・・ん、待てよ)


最初もそうだった。ケータイのメールを送ればこうして出て来る。


「ほほう、なーるほどそういう事か」

「どういう事だ?」


コカトリスを無視して一人でポンっと手を叩く。


「私がこのケータイでメールを送れば自由に呼べるんだ」

「召喚と言えっ、召喚と!」


声が大きいコカトリスに『シっ』ってジェスチャーをすると、彼はふてくされて壁に寄りかかった。


「確かに今、お主の持つ桃色の箱と某は人間で言うへその緒の様な物で繋がっておる」

「やっぱりそうか!・・・って、何を急に繋いじゃってんのよっ!!?」


私はこんなベタなツッコミをするために生まれて来たんじゃない!!手を出して拒否る私にコカトリスは寄りかかったまま指をさして来る。


「繋いだのは小春、お主だ」

「え、私ぃ!?」

慌てて自分で自分の顔を指さす。

「某は式神、術者の召喚術で異空間を渡り歩く。大抵そういう事をする時は術者が陰陽札に刻印を刻み込んで我々の存在を具現化するんだが・・お主に心当たりは無いか?」


(えぇ!?どこだぁ、どこで刻んだぁ自分!?)


コカトリスに言われて私は頭の中の採掘場で必死に記憶を掘り起こす。


(・・・・・・・・・・・無くない?)


それでも懺悔をするがごとく様々な映像を心の中で甦らせる。

「・・・ん!でも、あれかな?・・・でもなぁ・・」

「どうした?」

前のめりになるコカトリス。

「そういやぁ昨日の夜、寝ぼけながらアラームを設定しようとした時にケータイを指先で色々とスライドさせたけど・・」

「けーたいとは何だ?その紙切れの事か?」

コカトリスが指差す先にはたまたま友達からもらった、松野君がサッカーの遠征に行った時の極秘写真が貼ってある。

「あわわわ、違うよっ!もう見ないでよ!!」

絶対わざと言って来たはずだが、言い返せずに顔が熱い。激辛カレーを食べた時の五百倍くらい汗が出る。

「では、これか?」

次に指差したのはスマホだった。指で何かをなぞると言ったら心当たりはそれしかない。

「うん、そうだよ・・どう?ビンゴ?」

「・・・うむ、時間帯と照らし合わせてみても、不本意ではあるが某、小春の寝ぼけ術式で呼ばれた可能性が高いな・・・ちなみにビンゴとは何だ?」


まだ何も知らずに呑気だった頃の私が今を予期して呼んだとでも言うの?

平成の世の中で並みの女子高生がそんな器用な芸当を使えるの?


「でも、今まで普通に暮らして貴方を呼び出す機会なんて無かったのに・・・方法だって知らなかったんだよ」

「お主には才能があるのかもな、自分でも気付かないポテンシャルってやつだ・・・それでもう一回聞くがビンゴとは何だ?」


なかなかの簡潔な説明でまとめてくるコカトリスは案外、面倒臭がりな性格なのかもしれない。

けれども今の私はそれ以上彼をツッコめなかった。


(くっ、真面目な話なのに・・・ポテンシャルの意味が解らない・・ )


この鳥がポテンシャルの意味を知ってて喋っているのかは不明だけど、私も私でこれ以上複雑に説明をされても頭が爆発するだけ。 

なので取り敢えずポテンシャルはきっとコンディショナーの仲間なんだと自分の心に言い聞かせる。けれどそうすると会話的には益々迷宮入りだった。


「いやぁ、よく考えてみたけど才能も、使ってるシャンプーも結構人並みだよ」


頭が混乱していつの間にか罪のないコカトリスを睨みつけてしまっている。


「っ?・・・まぁ、何にせよもう呼ばれてその役目も済んだ」


コカトリスの冷静な態度に脱線した話が元に戻る。


「そうか・・・もう帰っちゃうの?」


役割が無いのならそれを繋ぎ止めるのも無理そう・・。


ところが予想に反してコカトリスは首を横に振る。


「いや、残る」

「えぇっ!?」


突然の展開を想定してなかったのでビックリして私の唇がタコの様に突き出た。


「残るの?」

「残るさ!」


この鳥はあたかも当たり前の様な顔をしていて少しクラスの男子達みたいなふてぶてしさを感じる。


「だってもう役目を終えたんでしょう」

「あぁ、自分が課せられた役目は終わったからこっからは旅行を兼ねた単なる居候だ。お主が本当に諦めて次の恋路に進まないと某が仕事を途中放棄た様に捉えられるだろうからな。せっかく出て来たんだ、帰るのは見届けてからでも良いだろう」


”神様や陰陽師くらいの能力者が依頼者なのであれば、その仕事はちゃんと見て居るんじゃないのか!?”という疑問はあえて言わない事にした。 恐らく何だかんだ言っても夕方に口論した後、霊界に帰ってからも心配してくれてたんじゃないかとプラス思考に捉えてみる。


そしてコカトリスはしっかりと見届けるのだろう・・・


どちらにしろ自分がするべきことは松野君との決別・・と言っても今生の別れでは無く、明日からただのクラスメイトとして見るだけになる淡い失恋。

正直なところ、本音で言えばまだ納得とまではいかないままの微妙な状態。

かと言って他に成す術も思いつかず、逆に思い浮かべるだけで歯痒く痛い。なので今はただ時間に流され続けるしかない・・・。

深夜 私がお風呂に入って寝る支度を整えると部屋のドアの隣で壁にもたれたまま彼は静かに俯く。

コカトリスは落ち着いた雰囲気を持ち、声も渋めなので人間でいう所、三十歳手前位の男性に相当すると思う。


「ねぇ、部屋に男女が二人?」


こっちは花の女子高生。歳的に言えばいつ何があってもおかしくは無い設定。


「いいから早くクソして寝ろ」


いい歳した男性は花の乙女に無粋な言葉をぶつけて来た。

・・・・・・

・・・・


『チュン、チュン』

朝のまぶしい光がカーテンの隙間から元気よく入ってくる。

いつも通りに着替えて、いつも通りに歯を磨いて、いつも通りに朝ご飯を食べる。

いつも通りじゃない生き物を部屋にとどめて。


「良い?貴方は大人しく部屋に居てね。もし学校に連れて行ってその姿が見られたらもう大パニックになるんだから」

「あぁ、わかった」


多少の心配を残しつつも、コカトリスを家に残して学校へといざゆかん!

今日はちゃんと肉まんを買う余裕を持っての登校。勿論、頭にお団子だって結ってきた。

けど、寂しさが体を包みこむ・・。


なに一つ変わらない一日なのに・・・。


学校の教室に着けば相変わらずの笑顔で香織が迎えてくれる。


「おはよ小春。昨日は大丈夫だった?」

「うん、ごめんね。何とか登校できたよ。ありがとう香織」


優しいココア系女子の香織には心配をかけたく無く、笑顔でピースしてみせる。

目線をズラせばまた本を読んでいる竹本。

今日は悪態を受け流せる自信が無いので自分からの挨拶も控えて席に座る。

マフラーを取って身だしなみを整えていると、竹本の口がかすかに動く。


「今日は間に合ったんだな・・」


恐らく初めてだろう、竹本から話しかけてきた。


「遅れて来たのは昨日だけだっての」

「・・・・・」


自分から聞いてきたくせにこっちが応えればもう聞いていない。相変わらず本を読んだままのマイペースを貫き通す。

ここは放置がベストアンサー! カテゴリマスターとして対処法にも慣れて来たってもんだ。

その先の机には松野君が座って隣の席の人と談笑をしている。

「・・・・・・」

私は窓の外に顔をやった。

・・・・・



昼休み、香織に誘われ屋上で弁当を食べた。

晴れ渡り澄み切った空。 春の風も心地よく肌をすり抜ける。


「ねぇ、小春」


香織が子犬の様に心配そうに見つめてくる。


「ん?」


私は私でノラ犬の様に食べ物にがっつく。


「何か心に溜めていることない?」


さすが小学生の頃からの仲だ。私に何かあればご飯を食べ過ぎる癖を把握している。


「・・・香織、私ね・・・」

「うん」


お互い箸が止まる。


「・・・私ね・・・」

「小春・・・?」


『バチン』


勢い良く箸を弁当箱に叩きつけた。


「私、松野君を諦める事にした!」


言い切った。これには香織も目が点だ。


「え?・・・だって昨日まであんなに・・・」

「うん。でも、もういいんだ」


悟りを開いた様な私のカミングアウトに香織は震えている。


「何で、急に・・・そんな?」


彼女が顔を近付けて来たので場の空気を和らげようと一応彼女に微笑んでみるが、氷ついた雰囲気が全く変わらない。こちらとしても気まずさをごまかすために香織から視線を逸らしてご飯を食べ始める。


「いやぁ、だって・・もぐ、もぐ、初めから・・ごっくん。無理な人だったでしょ。サッカーが恋人だし」


無責任な発言を放ちながら、ご飯を飲み込んだのと同時に香織の方をさり気なく見るが、彼女は瞬き一つしてないんじゃないか?というくらい真剣にこっちを見つめ続けていた。


「そんなの、言ってみないとわからないよ!?」


そうだ恋に落ちた初日からずっと親身になって聞いてくれていた恩人だ。今更急に諦めましたと言ったところで納得はしてくれないだろう。

でも・・今はその親身な優しさが胸の奥に鋭く突き刺さる。

もうこの空気に耐え切れず、手を合わせてさっさと食事を終らせた。


「ごめんね、でも終わった事なんだ!新学期も始まったばかり・・次、次ぃ!」

「小春・・・」


何かを察してくれたのだろう。もうそれ以上香織は言ってこない・・。

自分自身がとにかく痛々しく、心の中で香織に対しての自分勝手な振る舞いを何度も謝りながら弁当をしまった。

屋上の柵から見える校庭、サッカーをして遊ぶ男子達、そこには元気に走る松野君の姿もあった。


「ふぁ・・・」


冬眠から寝ぼけて起きてきた熊の様にひとあくび。

もう校庭の桜は咲きそうなのに・・・。

・・・・・・・

・・・・


それから物理の授業で実験をして、国語の時間に古文を聞いて、放課後の掃除当番の仕事を淡々とこなせばほら!いつも通り。

教室を出て終わり・・・教室を出て・・・教室・・・

掃除当番を終えていつもより少し遅めに教室を出た私を待っていたのは、頑張った子のご褒美には少々酷過ぎるおもてなしだった。


松野君と梅原さんのツーショット。


一番会いたい人の一番見たくないツーショット。


「ほら、実!早く行くよ」

「おう、わかった」


ユニフォームに着替え終わってこれから練習に向かう松野君のバックを持ってあげる気の利くマネージャー。


「いやぁ。これ位自分で持つよ」

「いいの、いいの!これも私の仕事だもん。この浮いた分の体力で貴方は少しでも

多くの練習に励んで私達を大会優勝に導きなさい!」


まるで甲子園の約束の様だ。マネージャーからのエールに青春を感じた松野君の顔が赤くなる。


「えぇ?そりゃ、みんなで勝ち取るものだろ?」

「ったく!この私が応援してるのに謙遜なさるか?」


梅原さんの猫の手チョップがゆる~く彼の頭に入る。


「謙遜って・・・」

「私から毎日励まされるって、ラッキーにも程があるんだよ」


彼女がおどけて笑って見せる。


「自分で言うかよ」


松野君もつられて笑ってる・・。


「でもまぁ、あんまり遅くまでメールし過ぎるとまた昨日みたいに遅刻しちゃうかもだね。そこは気を付けるよ」


反省するには程遠い笑みで梅原さんが幸せそうにはにかむ。


(メールをしてて昨日の朝は寝坊しちゃったんだね・・・)


遅刻した松野君を見て”大安吉日”と喜んでいたのは、実は他人との恋路を見ていただけと言う事?

ため息をつく間もなく遠くなっていく二人の声はもう聞こえない。

私は教室の前の廊下で一人、そんな背中を見送る事しか出来なかった・・・。

どれだけ緊張してたんだろ?二人の姿が見えなくなると気持ちが楽になって肩が軽くなったような気がした。



(なーんだ、初めから付け込む隙なんか無かったんじゃん。何を舞い上がってたんだろ!?)


夕暮れの教室、周りにはもう誰の気配も感じない。


(いやぁ、私もアホだね。気付っての!相手は松野君とあの梅原さんだぞ。お似合いじゃないか)


正論を重ねるが、重なれば重なるほど体が震える。


(だって私が松野君を好きになれば)


あぁ、もうだめだ。まともに顔を上げていれずに俯く。


(松野君は・・)


夕日の残った輝きが窓に入ってくる。


(・・死んでしまうんだってさ)


オレンジ色の光が私の顔から床に落ちた水滴に反射している。


(だったら)


人って・・・。


(だったら)


こんなに・・・。


(あきらめるしかないじゃん!!)


まだ涙が出るものなんだ!!

・・・・・・・・

『ピカァアアン』


泣きじゃくる私のケータイから光と共にコカトリスが出て来る。


「気配を感じて辿たどってみたが・・・お邪魔だったか?」


泣く事に夢中で反応が出来ない。

コカトリスも窓越しに二人を見つけたらしい。 黙って窓から離れて私の隣にそっと立ち、壁に寄り掛かる。


「・・・修羅の道だな・・・」


嗚咽を漏らして泣く私に掛けれる彼なりの精一杯の言葉だったのだろう。

それからコカトリスは一歩も動かず、一言もしゃべらず、ただ、ただ湖の様な私の涙が枯れるのを黙って待っていた。


-続く☆-

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