肉!にく!ニク!
この小説は、企画“狂気コンペ”参加作品です。
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突然ですが、あなたは、お肉、好きですか?
まあ、一口に肉といっても色々あるから、無条件にイエスと言える人は、あまりいないかもしれません。
焼肉を食べに行けば、取りあえずのタン塩に、上ロース、骨付カルビ、ミノにホルモンにハラミセンマイレバー、ギアラなんてのもあって。後半は好みが分かれるかもしれませんね。
あ、テールのスープも美味しい。
もちろん、牛肉だけが肉じゃありません。
豚肉なら豚トロを焼肉で楽しむのもいいですが、ミミガーやテビチー、つまり豚足で一杯やるのも捨てがた い。
いやいや、豚といえばトンカツやレバニラ炒めなんかが王道ですね。
そうそう、鳥肉を忘れちゃいけません。
ソテーに唐揚げ竜田揚げ。ヤキトリなら、ネギマにハツズリつくね、皮に軟骨……肉じゃないか。
京都の伏見稲荷に行くと、スズメのヤキトリがあるんですよ。頭とか丸ごと、三羽ぐらい串に刺さってたかな。嘴もちゃんとついてて、それを頭から囓るんです。美味いかっていやほとんど骨喰ってるみたいで微妙ですが、行けば必ず買ってたなぁ。
もしあなたもお立ち寄りの際は、一串どうぞ。類似商品に、もっと大きなウズラのヤキトリもあります。当然頭付き。
後は、魚肉もあるなあ。
お刺身煮魚焼き魚。イワシを南蛮漬けにしたら、骨ごと柔らかくなって美味いんだ。
ああ、でも、肉と魚は別なのかな?
お肉好きですかって聞かれて、ハイ、特にマグロのトロが、なんて答える人いないですもんね。アワビやアサリなどの貝類や、ウニナマコなんかも、肉って感じじゃないし。
やっぱりお肉といえば獣肉、鳥肉、それに類するものってことになりますか。
あと、出てないのは……
羊を忘れてた。ジンギスカン。
最近のラムは、臭みがなくて美味しいっていいますが、いやいや、マトンも捨てたもんじゃないですよ。そりゃ、ちょっとは臭いですが、臭みは旨味、それも一つの事実です。
そういや、ダチョウ牧場、あちこちにあるらしいですね。残念ながら、まだ喰ったことはないですが。成長が早くて肉一キロ育てるのに必要な餌が少なくてすむからって、某国でも飼育されてるって結構注目されてたのに、なかなか出回らないですね。早く食べてみたいもんです。
食べてみたいといえば、カエルやヘビ、トカゲなんかの肉は、鳥肉みたいに淡泊で、結構美味いとか。
えーって、なんか引かれそうですが、テレビなんかでみる限りじゃ、美味しそうですよ。
……と、ここまで書くと、もしあなたが僕に、お肉は好きですかと聞いたときの答えは、想像がつくと思います。
そう。
無条件に、イエス、です。
魚は肉じゃないっていいましたが、もちろん魚も好き。肉が包んだ骨も好き。もちろん軟骨限定ね。肉を包む皮も好き。うろこは嫌だけど。
肉だけ食べて生きていけるなら、死んでもいい。
……えー。
馬鹿です。
でも、そういう訳にはいかないのが、人生のままならないところで。
霊長類ヒト目ヒト科であるヒトは、残念ながら雑食性で、肉だけだと栄養が偏ってしまう。猫の類いなんか、平気なのに。不公平だ。
まさに、ヒトは肉だけで生くるにあらず、です。……違うか。
大体、ビタミンCが体内で合成できないなんて、一体誰の陰謀なんだ。
知ってます? 数ある哺乳類の中でビタミンCを外部から摂らなきゃいけないのは、ヒトとモルモットだけなんです。
モルモットはいいですよ。草食なんだから。草喰ってればいいんだから。でもヒトはそうはいかない。
いや、世の中にはベジタリアンなんぞという、不可思議な人種もいるらしいけど、たぶん彼らのおじいちゃんの従兄弟の連れ合いの実家の三軒隣りの旦那が実験でモルモットを殺して、その呪いがかかってるんだ。まーちがいない。
モルモットで思い出したけど、極寒の地に暮らすイヌイット、いわゆるエスキモーの人々は、野菜の代わりにトナカイの生肉からビタミンCを摂ってるそうです。おお、理想的な食生活。
僕も生肉は嫌いじゃないんだけどなぁ。子供の頃は積極的に好きだったんだけど。すき焼きの夜、まだまな板の上にある生肉をつまんだりなんかして。
でも、なんか大人になって、やっぱり調理した肉の方が美味しいことに気付いてしまった。
墜落、じゃなくて堕落だ。
肉好きの風上にも置けぬ。……風下だっけ?どっちでもいいけど、すぐ風邪を引く僕は、ビタミンCのサプリメントは欠かせません。ダメじゃん。
肉好きにとって栄養面とは別の次元で問題になってくるのは、経済面ですね。金銭面。ゼニ。カネ。
親元を離れて以来、金銭的に余裕のある生活なんてしたことのない僕にとって、肉の値段は切実な問題なんです。
あのクソ忌々しい牛海綿状脳症、いわゆる狂牛病、つまるところのBSEのせいでアメリカからの牛肉の輸入が途絶えるまではよかったんですよ。
近所のスーパーで、牛肩ロースの塊が、百グラムあたり八十八円、しかも販売期限間近のやつが三割引き!
八百グラムの塊を買っても……買っても……電卓電卓……四百九十二円!
八百グラムのステーキが、五百円でお釣がくるんですってよ、奥さん。
さすがに筋とかごついのがあるから筋切りして、塩胡椒をしっかり振って、熱したフライパンで強火で両面をこんがり焼いて、後は蓋をして弱火で二十分。
厚さが三センチはあるから、それだけ焼いても中はレア。
普通のなまくらナイフじゃ刃が立たないくらい固いけど、ちゃんと刃のついたステーキナイフなら、大丈夫。
ごりごりとナイフを入れれば、いや、固い肉だから、ほんとにこんな音がするんだけど、目に飛び込むのは鮮やかな桃色の断面。赤身だからさすがに肉汁は少ないけど贅沢はいわない。
付け合わせも何もなしで、一リットルの缶ビールを片手に咀嚼する肉片の美味いこと!!
CoCo壱の千三百グラムチャレンジをぺろりと平らげる僕でも、あれは本当に満足できたなぁ。
ところが、ですよ。
あのBSE騒動のせいで、極安のお肉が店頭から消え去ってしまって。
百グラム百円を超えるような高級肉は、とても買えるような経済状態じゃなかったし、泣きましたね、ほんと。
だから、仕方なく鳥肉を買うようになったんです。
豚肉?
牛肉と比べて確かに安いイメージがありますけど、それでもなかなか。
閉店間際の半額セールの時はたまに買える時もあったけど、これもまたBSEのせいで豚肉に人気が集まったせいか、あんまり売れ残りがなくて。
それでも鳥のムネ肉なら、ちゃんと百グラム八十八円で売ってるんです。ブロイラー万歳。モモ肉はちょっと高いけど。
塩胡椒をしっかり振ったムネ肉を、あ、これ、基本ね、よく熱したフライパンに皮目から乗せて両面をしっかり焼いたら、醤油とみりんを一対一で混ぜたタレを回しかけます。しばらく煮詰めたら――
あっという間に、鳥ムネ肉の照り焼きの出来上がり。
簡単でしょ。
ところが、次に襲いかかって来たのが、そう、トリインフルエンザ。
BSEの時と違って、あんまり値段が上がったって感じじゃなかったんですけどね。鳥肉の場合。たぶん、供給が減った以上に需要が減ったせいかもしれません。おかげでさらに豚肉が高級肉になったような気がしますが。
そうはいっても、スーパーの方でも仕入れ先を厳選しだしたのか、なかなか激安肉を見なくなって、それと同時に、僕自身にもちょっとした変化があって。
うん、体を壊したんです。消化器系。そんなにストレスの多い生活をしてるつもりはないんですけどね。でも、貧乏って、それだけで大きなストレスなのかも。うーん。
それで、それまで底なしだった僕の胃袋が、急に上品になっちゃって。
そうなると逆に、淡泊な鳥のムネ肉だと満足できないんです。量が食べられないから。
だからといって、高い牛肉を買うのも何だか馬鹿らしくて。
そこで見つけたのが、鳥のホルモン。内臓です。
もともと焼肉の食べ放題に行くと、ロースやカルビより、ミノやホルモンばかり食べてたんで、ああいうのが好きなんですね。味も歯ごたえも。
しかも世の奥様方、調理の仕方を知らない方が多いのか、よく売れ残って半額になってるんです。そうなると一パックが百円ちょい。いいなぁ。
おおかたのスーパーに並んでいるのが、トリレバーに砂肝、トリヒモの三種。
砂肝って美味しいですよね。あなたも好きじゃないですか?いわゆる砂ズリ、略してズリっていいますが。鳥の胃袋だそうで、中に砂が詰まってて、それで餌を砕いて消化しやすくするんだそうです。筋肉の塊だからコリコリとした歯ごたえがたまりません。
買って来たら適当にぶつ切りにして、塩胡椒で炒めたら出来上がり。超簡単。
本当は下ごしらえで筋を取り除くんだけど、僕的には歯ごたえが増していい感じなので、筋をつけたまま調理します。何より食べれる所を捨てるなんて、もったいないお化けが出てくるぞー。
次にトリレバー。
心臓がおまけでついてくるのがお得な感じ。
これも本当は酒や牛乳で洗って臭みを消さなきゃいけないんだけど、マトンでも言ったように、臭みは旨味ですから。それに、酒も牛乳も、飲むものであって洗剤ではないし。もったいないお化けが――
簡単に水で洗ったトリレバーを、一口大に切り分けましょう。心臓も真っ二つに。すると血の固まりが出てくるので、もう一度洗います。いや、そのまま鍋に入れてもいいんですけどね。ちょっと舌触りが悪くてあんまり好きじゃないんですよ。血の固まり。
で、十分に沸騰させた鍋に、トリレバーを放り込みます。しばらくするとあくが浮いてくるので、丁寧にすくって、面倒ならすくわなくてもいいんだけど、醤油とみりんと砂糖で味付け。ちょっと甘めに仕上げるのがこつです。
そして、スーパーの寿司売り場に置いてあるサービスのガリをちょろまかしておいたのを、一袋か二袋入れましょう。
むう、臭みは旨味とかいいながら、しょうがを入れて臭みを消すなんて。こんな脈絡のない自分の性格が、僕は好きさ。
で、煮汁が半分くらいになるまで煮込んだら、出来上がり。
焼酎のつまみにしてもいいし、ご飯にぶっかけてもサイコー。ズリとは違ってとろけるようなまったりとした味が口中に広がって。っくーー!
残るはトリヒモ、トリヒモ……うーん、知ってます?鶏の小腸か卵管か知りませんが、卵になる前の黄身とかくっつついてて、にょろにょろとしてて。
そんな個性的な見た目のわりに、味はいまいち特徴がないんですよね。
いつも、何が食べたいってんじゃなくて、どれが半額かって基準で選んでるんで、ちょくちょく買っては料理するんですが、まだこれだという味付けにたどり着いてません。いい調理法があったら教えてください。
そんなこんなで内臓ばっかりを料理していたら、肉に対する印象が変わってきまして。
内臓って見た目なんか、気持ち悪いじゃないですか。料理されたものならともかく、生で、しかも原形を残していると。素手で触るのにも勇気が必要です。
普通の切り身の肉と違って、屍肉というイメージが残っているせいのかもしれません。
ところが、しばらくして慣れてくると、屍体全般に対する抵抗感が薄れてくるんですね。
ほら、よく道路で、猫が轢かれて死んでるじゃないですか。僕の所は田舎なんで、猫だけじゃなくイタチとか狸とか、時には狐なんてのも轢かれてるんですけど、以前ならああいうスプラッタな場面に出くわせば、目を逸らしてそそくさと立ち去ったもんです。
ところが最近、平気なんですね。ああ、しんでれら、みたいな。死んだ生き物は肉になるだけってのが、ようやく分かってきたみたいで。
いやいや、おいしそうだなんて思いませんよ。だってアスファルトとタイヤの間で挽き肉にされて、その上、砂やら毛なんかに一杯まみれて。
たとえそれがステーキ肉だとしても、地べたに落ちたところを踏んづけられたら、さすがに食べたいとは思いません。
ただ、肉って何なのかを理解することができたというか。
うん。肉は肉なんですよ。たぶんこれが真理だと思います。
それでね、この前テレビを見てたら、すごく美味しそうなレバーが映ってたんです。
僕はあんまり、テレビのグルメ番組は見ないんですけど。
だってそうでしょう?一人前十万円もする大田原牛のステーキなんか見て、嬉しいですか?食べたりできないのに。
大体僕、霜降りなんか嫌いなんですよ。いや、食べたらきっと美味しいに決まってるんですが、霜降り肉と言う言葉の持つそこはかとない高級感が、僕を拒むというか。うん、肉が嫌いなんじゃなくて、『高級な』肉が嫌いなんですね。
それに拍車を掛けたのが、以前、いつもとは別のスーパーで買った“高級和牛”、百グラム二百五十円!ちゃんと霜降り。
ちょっと考えたら分かるはずなんですけどね。そんな値段の高級なんてないって。
でも買っちゃった。給料日後なのも災いしました。
早速帰って塩胡椒……(以下略)
――不味かったんです。
ナイフがなかなか入らないから、おかしいな、とは思ったんですよ。霜降り肉って、箸でも切れるくらいに柔らかいんじゃないのって。
それでも一切れ口に入れて、そっと噛んでみると、ジュワッと広がる――あぶら。
あぶらっつったって、ただのあぶらじゃないですよ。古いテンプラ油ってあるじゃないですか。たまに不味い弁当のフライなんかである、酸化して真っ黒になったクッサーイやつ。
もう、肉の味も何もない、ベターッとしたクサいあぶらが口中に溢れてきて。
それでも我慢して噛み続けてると、ほら、カステラの紙とか、サラミの皮とか、剥き忘れたまま食べたら、口の中に残りますよね。あんなのが、いや、あんなもんじゃないな、段ボールみたいのが、ずっと、くちゃくちゃと。
捨てましたよ。ええ、きっぱりと。それでも四分の三を食べた僕は、褒めてもらってもいいくらいです。
もったいないお化け?出てきたら言ってやりますよ。だったらてめえが喰えって。絶対泣いて逃げ出すね。
こんな肉を売っていいのかと、しばらく怒り心頭に発してたんですが、神様っているんですね。それを買ったスーパー、球団も持ってた超有名スーパーのチェーンだったんですが、まもなく潰れてしまいました。間違いなく、天罰です。
この話の教訓はですね、安い高級品ともともと安い安物を較べたら、安い安物の方がまだ美味いということ。
高級品のふりをするのに余計なコストを使う分、同じような値段でも品質はさらに落ちるのでしょう。
だから、テレビなんかのグルメ番組でとても手の出ない料理を見て涎を流すより、自分の身の丈にあった材料を工夫して、自分の好みにあった調理法を見つけた方が、よっぽどましなんです。
ところが、あのレバーは違ってました。
ある日たまたまテレビを点けた途端、画面一杯に映し出された、赤い塊。
たった今、取り出されたばっかりだったんでしょう。血に濡れた手のひらに乗せられたそれは、本当に鮮やかな赤で。
角なんか、キリッと立ってて。プルンと弾力に満ちてて。
いつも買ってるレバーは、販売期限の切れそうなやつだから、一緒に陳列されているのと較べても、一段と色が悪いんです。茶色いまだらなんかになっちゃって。まだ新鮮なパックとを見比べながら、肉は腐りかけが一番美味いんだぜって、負け惜しみをつぶやきながらレジへ持って行くのが常なんですが。
だけど、いつかは買ってやると心に誓った新鮮なパックよりも、その画面上のレバーは較べ物にならないほどに衝撃的で。
ただ、うまそーって思いました。
いや、そんなもんじゃないですね。
本当に釘付けでした。目が離せませんでした。
ところが、ありとあらゆる調理法が頭をよぎり、やっぱりあれだけ新鮮ならレバ刺しかぁ、と、唾を飲み込みながら結論を出した時、やっとその番組が、グルメ番組ではないことに気がついたんです。
あれは、ニュース番組の中の資料映像だったんです。
何のニュースだったって?
あれは、医療関係の……
生体肝移植のニュースでした。
新鮮なのは当たり前です。まだ腹の中に戻せば、動き出す状態なんですから。
そう。
人の腹に。
僕は、人の腹から取り出されたばかりの肝臓を見て、うまそーって思ってしまったんです。
さすがにしばらく、肉は食べれませんでした。
だってそうでしょう。
人肉食いは、人にとって最大の禁忌ですよ。
人として、決してやってはいけないことだと思います。
もしそれが許されるとしたら、極限状態に陥った時だけ。食べるか死ぬか。
そうじゃなかったら、考えることすら許されないんだと思います。
それなのに僕は、よりによって美味しそうだなんて。
数日間は、夜もまともに眠れませんでした。
思い浮かぶのは、あの光景。
鮮やかな血の色。プルプルとした、滑らかな表面。それを内側から押しあげる、弾力に満ちた中身。
――本当に美味しそうだったんですよ。
いくら否定しても、そう思ってしまった事実は消せません。
それは、認めないと。
ねえ。
あなたのも。
あなたの肝臓も。
美味しそうなんでしょうねぇ。
(fin)




