行動の指針
「カイル君、カイル君。大丈夫か?」
「あっ、ああ。すまん、何でもない」
昔を思い出しているうちに、ぼうっとしてしまったのか、エリ・シノサキが心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「大丈夫。それより、何の話でしたっけ?」
「キミの剣技の話だよ。あれは我流かい?」
「ええ、まあ。剣術は兄に教わりましたが、二刀使いは完全に我流です」
カイルはその戦闘スタイルを最大限に活かすため、二刀流を好んでいる。
敵の刃とは、よほどのことがない限り切り結ばず、全て避ける。
カイルの並外れた身体能力があればこその荒業ではあるが、これにあわせて二刀を使うことによって、極限まで手数を増やすことが出来るのだ。
「東方にも二刀流というものはあったが、長剣二本というのはあまり聞かないなぁ」
「そうでしょうね。慣れていなければやりにくいだけですよ」
「シノサキ先輩は東方の出身なんですか?」
カイルとエリの会話に「わたしレーミアっていいます!」と言いながらレーミアが入ってきた。
「あっ、ああ。そうなんだ。あと私のことはエリで構わないよ」
若干うろたえた声で返答するエリ・シノサキ。
カイルは彼女の特徴的な名前で気付いていたが、レーミアはわかっていなかったらしい。
そして彼女のこの慌て様。何か事情がありそうだな。
「私はヤマトの国の出身だ。まあそんな国はもう存在しないがね」
ヤマトの国とは、10年ほど前エウスティア王国に併合された小国であった。
かの国のフジという山でかつて採れていた特殊な鉱石は、鉄をも切り裂く武器を造り出せたという。
「そうですか。あっ、そんなことよりお腹すきません? 今日はもう暗いですし、どうせここで野宿になりそうですし」
「そうだね。僕は近くに水場が無いか探してくるよ」
レーミアとロドリスがまたも暗くなりかけた雰囲気を、無理矢理元に戻す。
この2人がいてくれると、ほんとにぎやかになるなあ、とカイルは思った。
すると、立ち上がったロドリスがカイルの方へと歩いてきた。
「カイル、あれを使っても大丈夫かな?」
「ああ、いいんじゃないか」
ロドリスは植物の声を聞き取ることができる特殊な能力を持っている。
学校の寮で同室だったカイルは、この秘密を打ち明けられた時、誰にも言わないほうがいい、と忠告しておいたのだった。
そんな能力を持つと明らかになれば、卒業を待たずして、ロドリスは軍に道具同然に扱われることになるだろう。
それに、カイルには、卒業後も彼を軍には渡さず、自分の側へと引き込むつもりであった。
ロドリスは頷いて森の方へ歩いていく。
カイルは気をつけろよー、とだけ言って、エリ・シノサキに向きなおる。
「それで、先輩。これからの方針なんですが……」
「エリ、と呼んでくれと言ったろう。で、どうする?」
「……はい。俺たちが戦っていたミドレグリア平原はもう敵の占領下でしょう。幸い村などはもう少し奥、タウラク付近まで入り込まないと無いでしょうし、夜になれば敵はそこに陣を張ると思います」
「ああ、そうだろうな」
カイルは地面に、指で地図を書きながら説明をする。
「俺たちがいるのはここ、ミドレグリア大森林です。平原を通らずにエウスティアへと戻るのは山地を越えなければだめですし。俺は一旦、ラプタ商国に抜けてから、エウスティアへと戻るのがいいと思います」
ミドレグリア平原からその北にある大森林へと指で線を引き、さらにその北西にあるラプタ商国を示す。
「ふむ、しかし少し遠くはないか?」
「この戦力で5000の帝国兵の中は突っ切れませんよ。それよりもラプタとの間には街道が繋がっていますから」
「それもそうか。ではいつ出発する? 暗いうちに行ける所まで行ったほうがいいのではないか?」
「いえ、森の中ですしそこまで警戒する必要もないでしょう。レーミアたちも疲れているでしょうし出発は夜が明けてからでもいいかと」
「わかった。ではその線でいこう」
「はい」
カイルは了解の意を示した後、今の今までなかなか言い出せなかったことを切り出す。
「さっきから年上に向かって失礼な言葉遣いですいません。それに本当だったら先輩の指示なりを聞くべきところなのに」
しかしそんなカイルの心配をエリは一笑に付した。
「いやいや、優れた意見を聞き入れるのは当然だよ。ましてやキミは私よりも頭が回る方みたいだからね」
「はぁ、ありがとうございます」
それからカイルは、水を持って戻ってきたロドリスや、糧食の配分をするレーミアにも夜が明けてからの予定進路を伝えた。
そして王国軍から支給されていた携行食の干しパンと、カチカチの干し肉を食べた後、念のため周囲の気配に気を研ぎ澄ませながら、浅い眠りに落ちていった。