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救出、そしてはじまり

ひどい戦場だった。

王国兵1000に対して帝国兵500。

数字だけで判断するならば、普通に考えて負けるはずはなかった。

しかし、今や戦場で立っているのはそのほとんどが帝国兵だろう。

王国兵たちはもはや命惜しさに逃げ去って行くか、ここを死地として必死の抵抗を試みるかのどちらかしかなかった。

カイルは王国兵としてこの戦場にいた。

彼の、高貴さを思わせるような整った顔にはすでに赤黒い返り血がべっとりと付いており、両手に構えた剣を振りぬく度に、その赤はいっそう濃くなってゆく。

「なっ、なんだコイツっ!」

彼に対峙する帝国兵たちは、彼の姿に本能で恐怖を抱いていた。

そして彼らの身体の怯んだ隙をカイルは見逃さない。

右手のひと薙ぎで一人の首を飛ばし、続く左手の刃でもう一人の腹を切り裂く。

もはや近づく者を切り捨てるだけのカイルの通る道筋には、帝国兵の死体が列を成すように倒れている。

しかし、彼一人がいくら敵兵を倒したところで、王国軍の敗北は確実。

普通ならばこの場は退却するところだが、カイルにはやらなければならないことがあった。

「レーミア! ロドリス! どこだ、どこにいるー!」

カイルは大声を張り上げて友の名を呼ぶ。

彼らを助けないことには、カイルはこの戦場を離れるわけにはいかなかった。

叫びながらも敵兵を切り倒しつつ、しばらく進むと王国兵らしき集団が見えてきた。

帝国兵に囲まれながらも、10人程が固まって、敵を牽制しながら退却を試みている。

しかし、彼らが全滅するのはもう時間の問題だろう。

あの中に友人たちがいるとは限らない。しかし、見捨てていけるほどカイルは冷酷ではなかった。

カイルは敵兵の間を縫うように走ったが、彼が近づくまでに、ひとり、また一人と、帝国兵の剣によって打ち倒されていく。

「カイルっ!!」

剣の打ち合わせられる金属音や男たちの野太い声の響く戦場に、すがるような少女の声が響く。

聞き覚えのある声に名前を呼ばれたカイルは、目を凝らし、集団の中に声の主の姿を探す。

「レーミア! そこにいるのかっ!」

カイルがやっと王国兵集団の元にたどり着いた頃には、すでに3人にまで数が減っていた。

その内の一人はレーミア。カイルが探していた人物で、先ほどの声の主であった。

「レーミア、無事かっ」

残っていたのはレーミア、そしてこちらもカイルの友人のロドリス、そしてもう一人は見たことはあるような気がするが名前を知らない少女。

「カイル、無事だったんですね」

涙目で返事を詰まらせたレーミアに代わり、友の生存を喜ぶロドリスの声に、カイルは頷きだけを返す。

3人とも見たところ、多少の傷を負ってはいるが、行動に支障のある者はいないようだった。

「ここはもうだめだ、退くぞ」

近づく敵兵の剣を身を翻してかわし、左右の剣で切り捨てながら、カイルは背後の森に向けて駆け出した。

群がる帝国兵の中を、カイルを先頭にした4人が突っ切っていく。

幸い、そこまで遠い距離ではなかったので、カイルは後ろを気にしながらも、すぐに辿り着くことが出来た。

(帝国兵は人数が多い。森にさえ逃げ込めれば、追撃は無いだろう)

そう考えての咄嗟の行動だったがカイルの考えは見事に当たっていて、森に入りこんでしばらく行くと

敵兵が追いかけてくる気配はなくなった。

念には念を入れてそれからもうしばらく歩き続けて、空が暗くなってきた頃、、カイルたちは座り込み、身体を休めることにした。



「カイル、よく無事でしたね」

一休みして、全員の呼吸が落ち着いてきた頃、ロドリスがカイルへと話しかけた。

「ああ、お前らこそ。生きていてくれてよかったよ」

カイルは頬に付いた血をぬぐいながら自分の正直な気持ちを伝えた。

正直、この程度のことでカイルは自分の死の予感すら感じることはなかったが、もし彼らが生きていなかったら自分が遠路はるばる、このエウスティア王国まで来た意味がなくなってしまう。

「でもみんな、死んじゃったね」

レーミアが暗く沈んだ表情を浮かべる。その言葉に、カイルを除く3人の表情も、一斉に悲しみを湛えたものになる。

あの場所で、帝国兵と刃を交えたカイルたち王国兵は、学生から成る部隊であった。

王立軍事学校。

エウスティア王国が大陸に誇る、軍人の養成学校だ。

毎年多くの士官候補生を輩出しており、有事の際には実働部隊も派遣する、王国軍直轄の教育機関である。

カイルたちはここの5年生であり、戦場には5、6年生の混合部隊が送り出されていた。

「あの、ちょっといいかな」

今の今まで、カイルは自分に話しかけてきた彼女――名前を知らない少女の存在を忘れていた。

カイルは視線だけを彼女に向けて言葉の続きを待つ。

長い黒髪に、しなやかな体躯を持つその少女は、カイルの視線にうっ、と詰まりながらもすぐに先を続ける。

「助けてもらったことに感謝する。私はエリ・シノサキ。6年生だ」

「知ってますよー。シノサキ先輩。6年生の剣術成績の主席。将軍席に最も近い人って噂の人です」

ロドリスは「会えて嬉しいです!」と言いながら彼女に握手を求めている。

「へえ。そんなにすごいのか」

カイルは驚いてみせるが実際は全く驚いてはいなかった。

軍事学校の卒業生で在学6年間を通しての成績上位者は、若いうちから軍の上層部に迎えられることもある。

座学や剣術の成績を総合的に判断し、かつ人間的にも優れていると認められれば、国内に12人しかいない将軍職にでも選ばれる可能性はある(しかし実際、卒業後すぐに将軍になった者はいない)。

しかし、カイルにはそんな外野からの評価は興味の内に入らなかった。

実を言うと、先ほどの撤退時、カイルはこの少女を試していた。

撤退において、最も危険なのは後ろを守る「殿しんがり」であるが、包囲されていたときの彼女の鮮やかな剣裁きを見ていたカイルは彼女をそこに置くことで、力を計ることにした。

レーミアやロドリスは同じ学年だから力の程を把握してはいるが、彼女のことを知らないカイルは、一緒に行動することになるであろうこの少女の力量を確かめておく必要があった。

カイルが後ろを必要以上に気にしていたのはそのためであったが、果たして、この少女はカイルの期待以上のはたらきを見せてくれたのであって、自分の中では彼女への評価はすでに決まったものだったのである。

「いや、私なんてまだまだ修行の身だよ。それよりキミ……」

「カイルです」

「カイル君か。カイル君は強いな。先ほどの剣捌き、実に美しいものだったよ」

「…………」

カイルとしてはわずかとはいえ、自分の実力を見せるのは躊躇われた。

しかし、カイルがエウスティア王国へ来た理由。

その理由のためにはレーミア達を死なせるわけにはいかなかったのだ。

カイルは5年前、この国に来た頃のことを思い出す。

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