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第4話 地味令嬢にしてはアリバイが強すぎます


「『今日もいじめられちゃった(泣)。せっかく明宏さんが買ってくれた教科書、また池に捨てられてたよぉ……。でも、私負けない! 真実の愛の力で、あの意地悪な先輩の呪縛から明宏さんを救い出すんだからっ! 顔文字、ぴえん、顔文字、キラキラ、顔文字、力こぶ。ハッシュタグ、身分違いの恋。ハッシュタグ、真実の愛。ハッシュタグ、意地悪な先輩は許さない』……木戸くん、この『ぴえん』という単語は、法廷においてはどのような精神的苦痛の度合いを示すと解釈すべきでしょうか?」


「……所長、お願いですからその地獄のように痛々しいポエムを、裁判の判決文を読み上げるような無機質な美声で音読するのはやめてください。僕の共感性羞恥が限界を突破して胃酸が逆流しそうです」


帝都の一等地、『九条院法律事務所』の所長室。

私が三段重ねのアフタヌーンティーセットからピンク色のマカロンをつまみ上げながら、大型モニターに映し出された画面を朗読すると、パラリーガルの木戸くんがデスクに突っ伏してうめき声を上げた。


モニターに表示されているのは、写真共有SNSの公開アカウント『@Rina_Love_Aki_1224』の投稿画面である。

言うまでもない。私の元婚約者である道明寺明宏を奪い去り、公衆の面前で私を「陰湿な悪役令嬢」に仕立て上げた自称・悲劇のヒロイン、佐々木莉奈のアカウントだ。


「何を言うのですか木戸くん。これはただのポエムではありません。彼女自らが全世界に向けて発信してくれた、極めて詳細かつ具体的な『名誉毀損および虚偽告訴の証拠の山』という名の宝箱ですよ」


「宝箱って……。でも所長、SNSの投稿なんて『アカウントが乗っ取られた』とか『フィクションの小説を書いたつもりだった』とか言って、後から消して逃げられるのがオチじゃありませんか?」


「その点については抜かりありません。すでに裁判所を通じて、SNSの運営会社に対しプロバイダ責任制限法に基づく『発信者情報開示請求』および『IPアドレスのログ保存要請』の仮処分を済ませています。仮に彼女が今この瞬間にアカウントごと削除したとしても、サーバーの深淵には彼女の通信記録が永久凍土のように保存されています。逃げ道はありません」


私がマカロンをサクッと噛み砕きながら微笑むと、木戸くんは「この人、息をするように保全手続きを終わらせてる……」と震え上がった。


「さて、法廷での最大の争点は、彼女が主張する『私からのいじめ』が事実であったか否か、です。莉奈さんはご丁寧に、いつ、どこで、何をされたかを日記のように詳細に綴ってくれています。たとえばこの投稿」


私はレーザーポインターを手に取り、画面の一点を示した。


「去年の十一月五日、午後三時。『誰もいない空き教室で、先輩に突き飛ばされてドレスを破かれた(泣)』とあります。痛々しい破れたドレスの写真付きですね」


「うわぁ……生々しいですね。空き教室で二人きりとなると、第三者の目撃者もいないわけですから、言った言わないの水掛け論になりませんか?」


「木戸くん、水掛け論というのは『両者の主張が同じくらい信憑性がある場合』に起こるものです。……この日、この時刻、私がどこで何をしていたか、当ててみてください」


「えっ? 去年の十一月なんて、所長はまだ大学に在学中ですよね。普通に大学の図書館で本でも読んでいたんじゃ……」


「残念。この十一月五日の午後三時、私は最高裁判所の大法廷におりました」


「はあ!?」


木戸くんの裏返った声が、静かな所長室に響き渡った。


「大学のゼミの教授が、元・最高裁判事の方でしてね。その日、違憲立法の審査に関する極めて重要な判決の言い渡しがあり、私は教授の隣の特別傍聴席で、判決文の速記を行っていました。もちろん、裁判所の入館記録にも私の名前は分単位で残っていますし、何より夕方のNHKの全国ニュースで、法廷の背景に私の顔がバッチリと映り込んでいます。録画データもブルーレイで保存済みです」


「いやいやいや! 一介の女子大生がなんで元最高裁判事の隣で特等席に座って速記してるんですか!? アリバイのスケールがおかしいですよ!」


「教授が『君のタイピング速度と法的解釈の正確さは、私の専属書記官よりも優れている。ぜひ隣で解説してほしい』と仰るので、暇つぶしにお付き合いしただけですよ? 時給一万円もくれましたし」


私は紅茶を一口飲み、何でもないことのように首を傾げた。

木戸くんは「時給一万円の女子大生……」とブツブツ呟きながら頭を抱えている。


「では、次の投稿にいきましょうか。十一月十二日の午後一時。『図書館の裏で、先輩に熱いコーヒーを頭からかけられた! 火傷しそうになったよぉ』だそうです」


「こ、これもまた悪質な……。でも、これもまさか……」


「ええ。この日、私は九条院グループの本社最上階の特別会議室におりました」


私が次のスライドを表示すると、木戸くんの顔がさらに引きつった。


「父から『どうしても手が足りないから助けてくれ』と泣きつかれまして。この日の午後一時、私は外資系ファンドとの五百ページに及ぶM&A(企業買収)の英語契約書のリーガルチェックを任されていました。相手方のニューヨーク本社の弁護士団十名と、オンラインで直接条項の交渉を行っていた真っ最中です」


「学生に何をやらせてるんですか九条院の総帥は!?」


「専門用語の英単語の勉強になって楽しかったですよ? ちなみにこの会議、コンプライアンスの観点から天井の4K防犯カメラで映像と音声がすべて録画されていますし、同席していた四大法律事務所のパートナー弁護士三名から、『九条院結はあの時刻、間違いなく我々と共に会議室にいた』という法的効力のある宣誓供述書も頂いています」


「四大事務所のトップ弁護士をアリバイの証人に使うな!! 証拠の威力が強すぎて、佐々木莉奈の嘘がミジンコみたいに見えてきましたよ!」


木戸くんがツッコミ疲れで息を荒くしているが、私はまだまだ手を緩めるつもりはない。


「ちなみに、彼女が『池に落とされた』と主張した日は、私が急性虫垂炎で大学病院の手術台の上に乗っていた日です。執刀医と麻酔科医のサイン入りの手術記録も確保済みです。……いかがですか、木戸くん」


私はアフタヌーンティーの最後のスコーンにクロテッドクリームをたっぷりと塗りながら、満面の笑みを浮かべた。


「彼女の主張するいじめの被害日時は、すべて私が『絶対に大学のキャンパスに存在し得ない』、かつ『公的機関や複数の専門家によって存在が客観的に証明されている』日時に見事に被っているのです」


「……佐々木莉奈、運が悪すぎる。よりによって、世界一アリバイが強固な人間をターゲットにして嘘の被害報告をでっち上げたんですね……」


「ええ。嘘をつくなら、もっと私が暇そうにしている休日の午後にでも設定すればよかったのに。彼女の想像力の欠如が悔やまれますね」


私はスコーンを優雅に平らげ、手元のナプキンで口元を拭った。


これで、彼女が主張する『いじめ』が、根も葉もない完全な捏造であることが法廷で証明できる。

それだけではない。不特定多数が閲覧できるSNS上で、私を名指し(『意地悪な先輩』が私を指すことは、前後の文脈や明宏の名前から容易に特定可能だ)して虚偽の事実を摘示した行為は、民法上の不法行為責任(名誉毀損)を免れない。


「さて、木戸くん。彼女に対する『慰謝料請求の訴状』の作成に入りましょう。請求原因事実の構成は、私が口頭で指示しますから、タイピングをお願いしますね」


「は、はい。慰謝料の額は、一般的な相場でよろしいですか? SNSでの名誉毀損となると、せいぜい数十万から、高くても百万円程度かと……」


「何を寝ぼけたことを言っているのですか?」


私は黒縁メガネの奥の瞳をスッと細め、凍りつくような冷ややかな声を出した。


「私が受けた精神的苦痛と、九条院家の令嬢としての社会的評価の低下。そして何より、私の貴重な時間をこの程度の低俗な茶番に割かせた罪。……請求額は『一千万円』です」


「い、いっせんまん!? 個人の名誉毀損でそんな額、裁判所が認めるわけないですよ! 完全に相場を超えてます!」


「ええ、裁判官は渋るでしょうね。ですから、あの手この手を使って、彼女の行為がいかに悪質で、計画的で、私の人生に甚大な被害をもたらしたかを論理的にねじ伏せて、全額認めさせてみせます。それが弁護士の腕の見せ所というものでしょう?」


私は楽しげにクスクスと笑いながら、デスクの上の分厚いファイルをトントンと指先で叩いた。


「さあ、これで『浮気男の証拠』と『悲劇のヒロインの化えの皮』は完全に揃いました。いよいよ次は、彼らの息の根を止めるための最終準備……『隠し資産の洗い出し』に移行しますよ」


「隠し資産……。所長、もしかして法務局のデータベースに潜る気ですか」


「ご名答。彼らがどれだけ泣いて詫びようと、一円の逃げ道も残してあげるつもりはありません。登記簿という名の『嘘のつけない鏡』で、彼らの身ぐるみ、合法的に剥がして差し上げましょう」


地味な令嬢の姿をした魔王は、次なる獲物データを求めて、嬉々としてキーボードを叩き始めた。

お読みいただきありがとうございます。

自称・悲劇のヒロインの化えの皮も、強固すぎるアリバイの前では紙切れ同然でした。


次回、いよいよ彼らの「お財布」に狙いを定めます。

※次回は本日12:00過ぎに更新予定です!

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