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第3話 クレカ履歴のプレイベートの行動を丸裸にします


「木戸くん。人間というのは、本当に愚かで愛おしい生き物だと思いませんか?」


「……所長。また何か、エグい証拠でも見つけたんですか。あと、そのケーキを切り分けるナイフの手つき、完全に獲物を解体する殺人鬼のそれですよ」


帝都の一等地に構えた『九条院法律事務所』の所長室。

私は最高級のダージリンティーの香りを漂わせながら、有名パティスリーから取り寄せた限定品のモンブランを、銀色のフォークとナイフで正確に八等分に切り分けていた。


対面で引きつった顔をしているのは、私がヘッドハンティングしてきた超優秀なパラリーガル(法律事務職員)の木戸くんだ。

彼は実務能力こそ極めて高いが、いかんせん私の『合法的なタコ殴り戦術』に対する耐性が低く、毎日胃薬を手放せないでいる。


「失礼な。私はただ、事象を論理的に切り分けているだけです。このモンブランの層のように、相手の嘘も綺麗に剥がしていくのが弁護士の仕事でしょう?」


「所長がやっているのは剥がすというより、麻酔も掛けずに皮膚を全摘出するレベルですけどね……。で、今度はあの道明寺の坊ちゃんですか」


「はい。先日依頼しておいた興信所の調査報告書と、弁護士会照会で得られたデータ群を照らし合わせていたのですが、あまりにも芸術的なまでに頭の悪い行動履歴が浮かび上がってきましてね」


私はモンブランの一切れを口に運び、濃厚なマロンクリームの甘味にほうっと息を吐き出してから、デスクの上の分厚いファイルを木戸くんの方へ滑らせた。


「例えば202X年二月十四日。婚約破棄イベントの一ヶ月ほど前ですね。明宏様は私との定期食事会を『重要な取引先との接待があるから』とキャンセルしました。その日の彼のクレジットカードの家族カードの決済履歴と、探偵の尾行記録を見てください」


木戸くんは恐る恐るファイルを開き、そこに挟まれた書類に目を通し始めた。


「ええと……二十一時に六本木の会員制ラウンジで三十万円の決済。その後、二十三時三十分に西麻布の高級焼肉店で五万円。さらに深夜二時、近くのシティホテルで決済履歴がありますね」


「そうです。西麻布の焼肉店は、完全個室のカップルシート限定コース。そしてシティホテルは、スイートルームのダブルベッドです」


「完全にクロじゃないですか。……あ、でも所長、これだけだと『取引先の接待で遅くなったから、一人でホテルに泊まった』って言い逃れされるんじゃ……」


「木戸くん、そこが彼の知能の限界であり、私の『記憶力』の出番なのです」


私は黒縁メガネを中指でクイッと押し上げ、ふふっと冷たく笑った。


「明宏様がその日、接待相手だと言い張っていたのは、A社の佐藤専務です。木戸くん、佐藤専務の持病を知っていますか?」


「へ? いや、他社の役員の持病なんて知るわけないじゃないですか」


「痛風です。それも極めて重度の」


私がサラリと告げると、木戸くんは目を丸くした。


「佐藤専務の尿酸値は常に危険水域を突破しており、主治医から厳格なプリン体制限を受けています。私の父が主催した半年前のゴルフコンペの後の食事会でも、彼は一人だけお茶漬けと温野菜を泣きながら食べていました。……そんな彼が、深夜二十三時三十分に、プリン体の塊である特上霜降り肉の焼肉コースを食べると思いますか?」


「食べるわけないですね! というか所長、なんで他社の役員の尿酸値事情まで完璧に把握してるんですか!?」


「財界の要人の健康状態を暗記しておくのは、令嬢としての基本的な嗜みです。私が唯一、淑女教育で唯一及第点をもらったのが、この科目なんですが」


木戸くんは可哀想なものを見る目で私を見た。


「……えーと、つまり、この日の『佐藤専務との接待』というアリバイは、医学的かつ物理的に完全に破綻しているのです」


私は二つ目のモンブランを優雅に口に運びながら、さらなる追撃のカードを切った。


「ちなみに、興信所が焼肉店の裏口のゴミ箱から回収してきたレシートの裏付けも取れています。見事に『特上シャトーブリアン二万円』と『ドン・ペリニヨン』、そして『莉奈ちゃん、付き合って一ヶ月記念おめでとう』とチョコレートで書かれたデザートプレートの代金が印字されていました」


「うわぁ…… 興信所も興信所だけど、証拠の残し方がアホすぎる。でも所長、これならもう十分言い逃れできない証拠の山じゃないですか?」


「いいえ、これでもまだ不十分です」


私が真顔でそう言うと、木戸くんは「えっ?」と間の抜けた声を上げた。


「人間は追い詰められると、常識では考えられないような苦しい言い訳を創造する生き物です。『クレジットカードは後輩に貸した』『ホテルには入ったが、部屋で仕事の相談に乗っていただけで指一本触れていない』『そもそもベッドには自分一人で寝て、相手はソファで寝た』などなど。裁判官の中には、そういったアクロバティックな言い訳を真に受けてしまう、心のお優しい方もいらっしゃいますからね」


「確かに、密室の出来事を百パーセント証明するのは難しいとよく言いますよね……」


「ええ。ですから私は、彼らがそのような見苦しい言い訳を口にする前に、逃げ道を制度的にコンクリートで塞いでおくことにしたのです」


私は引き出しから、裁判所の公印が押された別の書類を取り出した。


「というわけで、昨日付けで裁判所に『証拠保全』の申立てを行い、無事に決定を勝ち取ってきました。明日の朝一番で、裁判官と執行官を引き連れて、西麻布の焼肉店とシティホテルに突撃してきます」


「……はい?」


「防犯カメラの映像データですよ。特にホテルのエレベーターホールと廊下の映像。大抵のホテルは一ヶ月でデータが上書きされて消えてしまいますからね。通常訴訟を起こしてから開示請求をしていては間に合いません。だから、裁判所の権力を使って、データが消滅する前に強制的にコピーを取りに行くのです。これを民事訴訟法第二百三十四条に基づく証拠保全手続きと言います」


「いや、手続きの名前は知ってますけど! 普通、医療過誤のカルテ改ざんを防ぐ時とかに使う大技ですよ!? たかが個人の浮気調査のために、裁判官を現場に引っ張り出すんですか!?」


「たかが浮気調査? 心外ですね。これは極めて重大な法的ミッションです。裁判官にも『対象者がデータを隠滅・改ざんする恐れが極めて高い』と、百ページに及ぶ疎明資料を提出して、必要性を論理的に説明したら、すぐにハンコを押してくれましたよ」


実際には、分厚いファイルをドンと裁判官の机に置き、一切の瞬きをせずに「この証拠が消えれば司法の敗北です」と三十分間理詰めにしただけだが、そこは割愛しておこう。


木戸くんは頭を抱え、天を仰いだ。


「ああ、道明寺の坊ちゃん……お前、本当に手を出してはいけない相手に喧嘩を売ったんだな……。防犯カメラでイチャイチャしてホテルに入る映像を押さえられたら、もう『後輩にカードを貸した』もクソもないじゃないですか……」


「ええ。さらに映像を鮮明化すれば、彼らが腕を組んでいるのか、腰に手を回しているのか、あるいはどちらが主導して部屋の鍵を開けたのかまで、克明な客観的証拠として法廷の巨大モニターに映し出すことができます。ああ、想像しただけで心が躍りますね。ポップコーンでも用意しておきましょうか」


私は心底楽しそうに微笑みながら、モンブランの残りを綺麗に平らげた。

天才的な頭脳と、国家資格という絶対的な武器。そして、相手の破滅を何よりも楽しむ執念。


「さあ、木戸くん。防犯カメラの映像という決定打の準備は整いました。次は、あの可憐で健気な『悲劇のヒロイン』の化えの皮を、一枚残らず剥ぎ取って差し上げましょうか」


私の弾むような声に、優秀なパラリーガルはただ一人、「南無阿弥陀仏……」と小さな声で念仏を唱えることしかできなかった。

お読みいただきありがとうございます!

痛風の専務と深夜の焼肉……言い逃れ不可能な証拠が揃い始めました。


「主人公の容赦のなさがいいね!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ページ下部の【☆☆☆☆☆】をポチッと押して【★★★★★】で応援していただけると、執筆の最大のモチベーションになります!


※次回は明日(土曜)の07:00過ぎに更新予定です!

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