公安と歌手と看守とハッカーと法務刑官と~今日もハッカーの姉は家族が全員揃う日を待っている~
ハッカーの姉は家族が全員揃う日を待っている。
それはアホみたいに平和なある一日のこと。
「お父さん、お弁当忘れてたよ」
「おう、花月か。すまん、ありがとう」
「ううん、私もここに用事があったし」
警察庁のとある一室にて、父親と姉は話す。父親は姉の言葉に硬くなった首筋を柔らかくするために首を傾げながら、礼を言う。効き目はほぼない。だが、やったという行為自体に意義があった。意味はないが。
某国某所の世界最強のセキュリティを誇る刑務所の法務刑官を務める弟はそんな様子の父親と姉を姉の少し後ろで興味なさげに眺めていた。眠気に負けて、欠伸が何度も出ていることを全員が見ていたが全員、黙ってその様子を見ていた。
「お母さんがね、今日のライブでお父さんの言ってた人が来るかもだって。お兄ちゃんも聞いた感じ、その可能性が高いんじゃないかって電話で言ってたよ」
姉は周囲のことなど気にもせず、父親に話をする。父は公安に勤める警察官だ。母親は歌手だ。父親が追っている犯罪者が歌手の母親のライブに来るとなれば、自ずと彼はそのライブ会場に向かうしかなくなるだろう。
しかし、そうなると公安で父親の仕事を進める人間が必要になってくる。
そこで白羽の矢を立てられる唯一の人物がこの姉だった。勿論、弟でも問題は無かった。だが、何徹もしている父親の送迎も必要であった。姉は運転が苦手だったのでどうしても父親の送迎はできなかった。そのため、父親の送迎は弟がするしかなかった。
「私がここで仕事やっとくから、お父さんはライブ会場、行った方がいいよ。今日は直央が仕事休みみたいだし、直央に送ってもらうのもアリ」
「そうした方が良さそうだな。直央、頼めるか?」
父親のそんな言葉に弟は「まあ、いいけど」と面倒臭そうだったが、簡単に頷く。弟は有給を使って休みを取っていた。特に休みを取る必要もなかったのだが、一日くらい休みを取らなければ、他の家族が過労死する可能性があったことを考慮しての判断だった。実は職場の人間に有給休暇を絶対に取れと脅迫されていたらしいということは誰にも言っていないことである。
「じゃ、いってらっしゃい」
「行ってくる」
「いってきまーす」
姉は公安に。
父親と弟は母親のライブ会場へと向かう。
「あ、お兄ちゃん?」
二人が姿を完全に消したところで姉は父親のイスに座ると兄へと電話を掛ける。イスをクルクルと回転させながら軽い口調で兄と話す。
ちなみに周囲は沈黙に包まれたままである。
話を戻して、母親の情報を裏付けしたのは紛れもない兄だ。兄がライブに来るであろう犯罪者の共犯者から情報を聞き出していた。それもアメリカの刑務所で、である。
「そうそう、行かせたよ。大丈夫でしょ。お父さんだし。お兄ちゃんの方もご苦労様。キレなかった? そう。今度は気を付けてね。またね」
そんな会話を交わし、姉は電話を止めた。話を聞いている感じでは兄はどうやら少し、手が出やすいらしい。殴るという意味で。今回も少々、手を出してしまったようだった。
姉は困ったように笑いながら、兄との電話を終える。
「うーん、じゃあ、やっときますか」
姉はそう言いながら両腕を伸ばし、パソコンに向かう。公安に所属する警察官にしか操作できないパソコンを姉はいとも容易く、操作する。それもパソコンを使用する際に必要になる暗証番号も入れ終えていた。
「あああああああ、楽じゃないなぁ、公安も」
周囲のポカンと驚きで思考が停止している警察官達を見もせず、姉は父親の仕事を進める。父親がここに戻ってきた際に仕事がしやすくなるようにするためだ。そして、父親が家にいられる時間を増やすために。
第一に公安に所属しているからといって全員が全員、戸籍上、死んでいることになっているとは限らない。全員が全員、家に帰って来れないとは限らない。
この家の場合は公安に勤めている父親よりも世界の刑務所を駆け回っている看守の兄と凶悪な囚人達を相手にしている弟の方が帰って来ない。本当に帰って来ない。特に兄の方が半年に一回くらいの頻度でしか帰ってこない。そして、彼ら二人の方が、死亡確率が非常に高い。父親の方の生存確率が高いのだ。
「あー、これで皆が来月には会えればいいなぁ」
そんなことを呟く、歌手の母親の次に生存確率が高い姉の声はいつになったら父親と母親と兄と弟に届くことになるのだろう。
届くことはないんだろうな、と姉は溜息をつきながら思っている。
それでも、今日もハッカーの姉は家族が全員揃う日を待っている。
ちなみに最近、家族全員が揃ったのは半年前である。




