魔族のお客様
ある日、見慣れない客が来店した。
黒いフードを深く被った男。
顔は見えないが、どこか威圧感がある。
「全身をお願いしたい」
低い声。落ち着いた口調。
貴族のような物腰だが、どこか違和感がある。
「承知しました。こちらへどうぞ」
私は施術室に案内した。
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男がフードを脱ぎ、上着を脱ぐ。
そこで、私は息を呑んだ。
背中に、大きな傷跡がある。
明らかに戦いで負った傷だ。
そして——その傷は、人間のものではなかった。
皮膚に残る鱗のような模様。魔族の証だ。
「……お気づきになりましたか」
男が静かに言った。
「私は元魔王軍の幹部、ゼルガです」
魔王軍。
魔王討伐から三年。残党狩りはまだ続いている。
「なぜ、ここに?」
「一度、人間のマッサージを受けてみたかったのです」
ゼルガが横になった。
「魔族には、このような文化がありません。体を癒すという発想自体が」
「……」
「逃亡生活の中で、偶然この店の噂を聞きました。『どんな凝りも解す魔法の手』と」
私は黙って聞いていた。
「怖いですか?私が元敵だと知って」
「……いいえ」
私はオイルを手に取った。
「お客様はお客様です。体を癒すのに、敵も味方もありません」
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ゼルガの体に触れる。
硬かった。ラルフ様以上に。
長年の戦いと逃亡生活が、体に刻み込まれている。
「っ……」
ゼルガが小さく声を漏らした。
「痛みますか?」
「いえ……初めての感覚です。こんなに……温かい」
私は黙々と施術を続けた。
魔族だろうが人間だろうが、体の構造は似ている。
凝りを解すコツは同じだ。
「あなたは……不思議な方ですね」
「どこがです?」
「魔族を前にしても、手が震えない」
「施術師ですから」
私は淡々と答えた。
「私の仕事は体を癒すことです。魔族も人間も、体が疲れていれば癒します」
ゼルガが長い沈黙の後、小さく笑った。
「……人間は、こういう者もいるのですね」
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施術が終わり、ゼルガが帰り支度をしていた。
「また来てもよろしいですか」
「もちろんです。予約をお取りしますか?」
「……お願いします」
ゼルガが少し照れたように言った。
「生まれて初めて、体が軽くなりました。これが『癒し』なのですね」
私は微笑んだ。
体を癒すこと。
それは敵味方を超える。
前世から変わらない、私の喜びだ。
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その夜、私は天井を見上げながら思った。
女性客に触れてドキドキし、ラルフ様に触れてドキドキし、魔族の客まで来た。
めちゃくちゃな日々だ。
でも、悪くない。
体を癒すこと。心を癒すこと。
この世界でも、私の仕事は変わらない。
「さて」
私はベッドから起き上がった。
明日も予約がいっぱいだ。
——異世界マッサージ師の日常は、今日も続く。
(了)
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