勇者様の体は硬すぎる
施術室に入ると、一人の青年が待っていた。
金髪碧眼。整った顔立ち。
鍛え上げられた体は、服の上からでも分かる筋肉質。
——確かに、イケメンだ。
「君が施術師か。よろしく頼む」
「は、はい!ユイと申します」
声が裏返った。
なぜだ。私は男だぞ。男に緊張する理由がない。
「肩と背中を頼みたい。魔王戦以来、ずっと凝りが取れなくてな」
「承知しました。では、上着を脱いでうつ伏せに……」
ラルフ様が上着を脱ぐ。
(……すごい筋肉だ)
彫刻のような体。広い肩。引き締まった腰。
元おっさんの私でも、思わず見惚れてしまう完璧な肉体。
「どうした?」
「い、いえ!失礼しました!」
私は慌ててオイルを手に取った。
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ラルフ様の背中に触れる。
硬い。ものすごく硬い。
こんな凝り方をしている人は見たことがない。
「これは……相当溜め込んでますね」
「そうか?自分ではあまり感じないんだが」
「感じないのが問題です。体が悲鳴を上げてますよ」
私は本気で揉み始めた。
プロとして、この凝りを放置するわけにはいかない。
「っ……!」
ラルフ様が小さく呻いた。
「痛みますか?」
「いや……気持ちいい。こんな感覚、初めてだ」
その声が、妙に低く響く。
私の心臓が跳ねた。
(なんだ、この反応は……)
男の声に反応している。
これは女の体の本能なのか、それとも——
「もう少し強くしてくれ」
「は、はい」
力を込める。
ラルフ様の筋肉が、私の指を押し返す。
「そこだ……そこがいい……」
(その声はやめてください……!)
低く甘い声が、耳をくすぐる。
顔が熱い。心臓がうるさい。
私は施術に集中しようと必死だった。
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腰の施術に移る。
「ラルフ様、少しタオルをずらしますね」
「ああ、構わない」
腰回りのタオルをめくる。
引き締まった腰のライン。その下には——
(見るな見るな見るな!)
私は視線を逸らし、施術に集中した。
「君は上手いな。手が魔法のようだ」
「あ、ありがとうございます」
「王宮の施術師よりずっといい。これからも指名させてもらう」
「え、指名……」
「毎週来る。予約を入れておいてくれ」
毎週。
毎週このイケメンに触れるのか。
(心臓がもたない……)
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その日の夜。
私は店の裏手にある従業員寮で、一人ベッドに転がっていた。
「……何なんだ、今日は」
女性客でドキドキし、男性客でもドキドキする。
この体は一体どうなっているんだ。
考えてみれば、当然かもしれない。
私の魂は男だが、体は女だ。
体の本能が、異性として男に反応する。
同時に、前世の記憶が女性の美しさにも反応する。
つまり——どっちにもドキドキする。
「……最悪だ」
私は枕に顔を埋めた。
起き上がって、寝巻きを脱ぐ。
鏡に映る自分の体。
美少女の体だ。どこからどう見ても。
肩のライン、くびれ、胸、腰、脚。
全てが女性らしい曲線を描いている。
(これが私の体なのか……)
胸に手を当てる。
柔らかい。温かい。
前世では触れたことのない感触。
今は、それが自分の体だ。
「……慣れない」
寝巻きを着直し、ベッドに潜り込む。
だが、横になると胸が潰れる。
仰向けになると胸が横に流れる。
(どう寝ればいいんだこれ……!)
女性の体は、想像以上に大変だった。




