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女騎士の施術は命がけ

 仕事を始める前に、制服への着替えも試練だった。


 「癒しの魔手」の制服は、白いワンピースにエプロン。

 問題は、ワンピースの胸元が開き気味なことだ。


「ユイ、胸元が開きすぎ」


 店長のマリアさんに注意される。


「え、あ、すみません!」


 慌てて胸元を直す。

 だが、どうしても谷間が見えてしまう。


「ユイは胸が大きいから、気をつけないとね」


「は、はい……」


(大きいって言われても……!)


 前世の私には縁のない悩みだった。


 エプロンを結ぶときも、胸の下で紐を交差させるのが難しい。

 自分の胸が邪魔だと、初めて知った。


---


 「癒しの魔手」は、王都でも指折りの高級マッサージ店だ。


 客層は主に貴族と冒険者。

 戦いで体を酷使した冒険者や、社交疲れした貴族令嬢たちが、日々訪れる。


 私の仕事は、彼らの体をほぐすこと。

 前世の技術がそのまま使えるのはありがたかった。


 ただし、問題がひとつ。


「ユイちゃん、今日もお願いね」


 常連客の女騎士、カレンさんが施術台に横たわる。

 彼女は毎週来店する上得意だ。


「は、はい。今日は肩を中心に」


「うん。あと、胸のあたりも凝ってるの。鎧が重くて」


 カレンさんがうつ伏せになり、タオルをずらす。

 形の整った背中が露わになる。


(落ち着け、私。元おっさんだ。こんなの見慣れて——)


 いや、見慣れていない。

 前世では女性客の施術もあったが、今の私は女の体だ。

 不思議と、女性の体を見ると心臓がうるさくなる。


「どうしたの?早くして」


「す、すみません!」


 私はオイルを手に取り、カレンさんの背中に触れた。


 滑らかな肌。引き締まった筋肉。

 指先に伝わる体温。


「んっ……そこ、いい……」


 カレンさんが小さく声を漏らす。


(この声はやめてほしい……!)


 前世では何とも思わなかった「気持ちいい」の声が、今は妙に色っぽく聞こえる。

 これが女の体で聞くと違うのか、それとも異世界補正なのか。


「ユイちゃん、もう少し下……腰のあたり」


「は、はいっ」


 腰に手を滑らせる。

 タオルがずれそうになり、慌てて押さえる。


「あ、気にしないでいいわよ。ユイちゃん女の子だし」


 気にする。非常に気にする。

 中身はおっさんなのだ。


「ユイちゃん、内もももお願いできる?」


「えっ?」


「昨日乗馬訓練がきつくて。パンパンなの」


 カレンさんがタオルをめくり、形の良い太ももを露わにした。


(これは……!)


 引き締まった太もも。滑らかな肌。

 元おっさんの記憶が、「これは見てはいけない」と叫んでいる。


「どうしたの?顔赤いわよ」


「い、いえ!施術します!」


 私は触れた。女性の太ももに。

 柔らかいのに引き締まっている。筋肉の弾力。


「んっ……そこ、凄く凝ってる……」


 カレンさんが足をぴくっと震わせた。


(その声とその動きはやめてください!!)


 私は必死でプロの顔を保ちながら、施術を続けた。


「ユイちゃん、すごく上手……あ、もう少し上……」


 私の手が、内ももの上の方へ誘導される。


(そこはもう際どいですカレンさん!!)


---


 施術が終わり、カレンさんが着替えに行った。


 私はその場に崩れ落ちそうになった。


 女性の体を触るのが、こんなに精神的にくるとは思わなかった。

 前世では何とも思わなかったのに。


 私は溜息をついた。


 この仕事を始めて三ヶ月。

 だいぶ慣れてきたとはいえ、女性客の施術はいまだに緊張する。


「ユイ、次のお客様よ」


 店長のマリアさんが声をかけてきた。

 四十代の落ち着いた女性で、この店の経営者だ。


「はい。どなたですか?」


「勇者パーティーのリーダー、ラルフ様よ」


 勇者。

 魔王討伐の英雄だ。


「え、勇者様が?」


「最近、常連になってくださったの。肩凝りがひどいらしくて」


 マリアさんがウインクする。


「イケメンよ。頑張ってね」


(イケメンって……私、元おっさんですよ……)


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