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転生したら美少女でした

 私の名前は、田中和男。

 享年四十歳。整体師歴十五年。


 肩を壊して引退を決めた翌日、心臓発作で逝ってしまった。

 皮肉なものだ。人の体を癒し続けてきた私が、自分の体を壊して死ぬとは。


 そして今。

 私は異世界の王都で、高級マッサージ店「癒しの魔手」の看板施術師をしている。


 ——二十歳前後の、美少女の姿で。


---


「田中様の魂には、『人の体を癒す』才能が刻まれています」


 転生神ツクヨはそう言った。


「この世界でも、その才能を活かしてみませんか?マッサージ師として」


「それは嬉しいんですが……なぜ女なんですか」


「需要と供給の問題です。この世界では美少女のマッサージ師が足りていないんですよ」


 胡散臭い笑顔だった。

 でも、断る選択肢はなかった。


 こうして私は、「ユイ」という名の美少女施術師として、第二の人生を始めることになった。


---


 転生した初日のことは、今でも忘れられない。


 目が覚めると、見知らぬ天井があった。

 起き上がろうとして、違和感に気づいた。


(……体が軽い?)


 風呂場の鏡の前に立つ。

 そこには、二十歳前後の美少女が立っていた。


 黒髪のセミロング。大きな瞳。整った顔立ち。

 そして——


「……嘘だろ」


 思わず声が漏れた。高い、女の声。


 恐る恐る、寝巻の合わせを開ける。

 あるはずのものがない。代わりに、女性特有の柔らかな曲線があった。


 胸に目をやる。

 適度な大きさの、形の良い胸。


(いやいやいやいやいや!!)


 慌てて寝巻を閉じる。

 心臓がうるさい。顔が熱い。


 四十年間男だった私が、今は女の体を持っている。

 これが現実だと、脳が理解を拒否していた。


---


 その後も、自分の体には慣れなかった。


 特に入浴の時間が辛い。


 浴室の鏡に映る裸体。

 くびれのライン。滑らかな肌。柔らかい胸。


 前世では絶対に手に入らなかった、美少女の体。

 今、それが私自身だ。


 体を洗おうとすると、自分の手が自分の体に触れる。


(これ、毎日やるのか……)


 胸を洗うときが特に困る。

 柔らかい感触。不思議な重み。

 元おっさんの記憶が、「これはヤバい」と警報を鳴らす。


 そして——感度が違う。


 胸の先端に触れると、電気が走るような感覚があった。


「ひっ……!」


 思わず声が出た。高い、女の声。


(な、なんだ今の……!)


 前世の私には、こんな感覚はなかった。

 女性の体は、こんなに敏感なのか。


 腰から下はもっと危険だった。

 ないものがないことの違和感。入り組んだ構造。


 太ももの内側を洗うとき、うっかり上の方に触れてしまった。


「んっ……!」


 甘い声が漏れた。

 顔が熱くなる。心臓が跳ねる。


(だから考えるな考えるな考えるな!)


 私は高速で体を洗い、高速で浴槽に浸かった。


 湯に浸かると、胸が浮く。


「……なんで浮くんだ」


 思わず声に出た。


 しかも、お湯の温かさが、妙に心地いい。

 女性の体は、お風呂好きが多いと聞いたことがあるが、これは分かる気がする。


 全身がとろけるような感覚。

 前世では味わったことのない、不思議な快感だった。


「……は、ヤバい」


 私は慌てて湯船から出た。

 これ以上浸かっていると、変な声が出そうだった。


---


 ある夜、私は決心した。


(女性客の施術をするには、女性の体を知らなければならない)


 真っ当な理由だ。プロとして当然の努力だ。

 私はそう自分に言い聞かせながら、寝巻を脱いだ。


 鏡の前に立つ。

 全裸の美少女が、そこにいる。


(これは仕事のためだ。仕事のため)


 まず、肩を観察する。

 なだらかな曲線。首から肩にかけてのライン。

 ここを施術するとき、どう力を入れればいいか。


(うん、これは勉強だ)


 次に、背中。振り返って鏡を見る。

 肩甲骨の位置。背骨のS字カーブ。

 女性の背中は、男性より華奢で柔らかい。


(なるほど、だから力加減が違うのか)


 そして——胸。


 鏡に映る、自分の胸を見る。

 適度な大きさ。丸みを帯びた形。先端は薄いピンク色。


(こ、これも仕事のためだ。胸周りの施術をするときに——)


 恐る恐る、自分の胸に触れた。


 柔らかい。温かい。

 指で押すと、弾力があって沈み込む。


「っ……」


 小さく声が漏れた。

 心臓が跳ねる。顔が熱くなる。


(これは……仕事のためだ……)


 もう少しだけ。

 勉強のためだから。


 胸の横から下に向かって、指を滑らせる。

 くびれのライン。腰のカーブ。


(女性の体は、こういう構造なのか……)


 手が、お腹を撫でる。

 柔らかい肌。少しだけ脂肪がついている。


 そして、その下——


「っ……だめだ」


 私は手を止めた。


 鏡を見る。

 顔が真っ赤になった美少女が、こちらを見ていた。


(何をやっているんだ、私は)


 仕事のためだと言い訳しながら、結局変な気分になっている。

 これは、前世のおっさんとしての欲望なのか。それとも——


 分からない。

 ただ、罪悪感だけが残った。


 私は急いで寝巻を着て、ベッドに潜り込んだ。


(この体を観察するのは、もうやめよう……)


 そう決めたはずなのに。

 数日後、また同じことをしている自分がいた。


 ——仕事のためだ。

  そう言い訳しながら。


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