幽魂消失世界 (ゆうこんしょうしつせかい)
こんにちは。まっちゃです。 死期近き王国とは違うストーリーを書こう! という気分転換です。あまり深く考えずにご鑑賞ください。
―――まぁ、死期近き王国を読んでいたほうがおもしろいですが。
1.亜世界電脳系
世界は音を失った。風は吹かず、波もなく。誰かの声が響くわけでもないし、絶え間ない自動車音が鳴るわけでもない。すべてが停止したまま、ただただデータの破片だけが空を漂っていた。
この場所にも、かつて人間がいた。人々は泣き、笑い、愛し合い、―――そして滅んだ。 彼らの魂は数字と英列で構成され、永遠の命を手にした。はずだった。 だが、今、ここに生きている者はただ一人。
―――”エラー”と呼ばれた存在だけだった。
エラーの足音が、鼓動が、息遣いが。この世界に存在する音のすべてだった。
エラーは自分のことを知らない。名も、自らの人生も、生い立ちもわからない。記録も、履歴もない。誰かがそう呼んだから―――それだけで「エラー」は”彼”の名前となった。
けれど、彼は微かに、しかし確かに感じていた。胸の奥、鼓動とは違う何かが熱を孕み蠢いていること。それが心であると、かつて誰かが言っていたような気がした。
廃墟となった街を歩くエラーの足取りは重く、まるで”歩く”行為そのものを忘れてしまったようだった。 街に散らばるホログラムの断片、ゴミ捨て場の音声ログ、カーブミラーに映る途切れた映像。それら一つ一つが彼の中の、失われたはずの記憶を静かに揺さぶった。
ホログラムの光が彼の頬をかすめ、その瞬間、視界の奥にはノイズが走った。記憶の断片。ほんの3秒ほどの映像。ただ、その白い服は。伸ばされたその手は。確かに彼の中にあり、しかし、失われたものでもあった。
何かを思い出そうとした。だが、それが何なのかもわからない。しかし、胸の奥には確かな熱が生まれていた。 それが”悲しみ”なのか、あるいは”懐かしさ”なのか。はたまた、”感動”なのか。彼には確かめるすべはなかった。ただ、自分自身の”感情”というものに気づくことに精一杯だった。
彼はそれでも歩き続けた。いつか自分に投げかけられた、「君はなぜ、この世界で生き続けるのか」という問いの答えを見つけるために。
街では様々なものを目にした。そのすべてに、白服の少女が映っていた。そして、すべてがこちらに手を伸ばしていた。その光景はどこか懐かしく、とても温かかった。目を閉じ、彼は”海”に行きたいと願った。かつての人間が見た、”波”を見てみたい。”潮風”を感じたい。
―――目を開けると、そこには無数の白い砂と、深く暗い水が広がっていた。見渡してみれば、数々のホログラムや音声ログが、まるで使い捨てられた人形のように積まれていた。
そっと近づき、手に取る。
弾ける波。今よりずっとずっと明るく、澄んだ水。涼しく、柔く、力強い風。響くカモメの鳴き声。 それらもすべて、あの少女が映っていた。 ――ああ、これが。これこそが”海”なんだ。これが”海”であるべきなんだ。
彼はそう思った。
ふと、何かが頭上を通り越す。ひとひらの黒が舞う。空なんて、遥か昔に死んでいるのに。
―風が吹いた。 確かに、彼の頬を撫でた。風がささやく。
――カァ。
それは錯覚だったのかもしれない。けれど、舞い降りた黒は砂浜に落ちていた。 それは羽であった。
―風が過ぎ去った方角に目をやる。 そこには――――黄金と、紫紺が輝いていた。
かつて、誰かが言っていた。 ――神は黄金と紫紺を宿し、世界を観測する と。
2.極楽死・生地獄
その後も彼は歩き続けた。”自分”を知るため、”生きる”理由を見出すため。3日も、4日も歩き続け、彼は”疲労”、”空腹”、”孤独”を感じるようになっていった。しかし、ここはデータをAIが管理している世界。食品はおろか、生物がいない。ならば。
――ならば、食べ物の記憶を見ればいい。
街中には、本当に様々な記憶が落ちていた。重い足取りでパン屋へと向かった。懐かしさを感じたのは気のせいだろうか。
パンを見つけ、視聴する。どういうわけか、空腹が満たされた。そんな気がした。
どのパンにも、あの少女は移っていた。それでも、おいしいと、そう思えた。いくつかのパンは持っていくことにした。
次に彼が向かったのはホテルであった。草木が生い茂り、建物は半壊していたが、記憶は残っているはずだ。”睡眠”・”休息”が欲しい。彼の中の、生物的本能が彼を動かす。
ようやくたどり着いたそこは、もはや建物ではなかった。壁は割れ、電灯はほとんどが落ちていた。天井が空き、上の階層まで筒抜けになっている場所もあった。ふかふかとした、やわらかい物体――”ベッド”。そこに、目的のものはあった。手をかざす。彼の脳内に、温かさが流れる。
「おやすみ。」 ―その声が誰に向けられたものなのかはわからなかったが、彼は”睡眠”を、”休息”を記憶の中で行った。
その間、世界にはノイズが響く。データのざわめきは鼓動のようで、”誰か”が彼の名を呼んだ。
――――「エラー。」
彼はその声に気づいたが、動くことができなかった。 それが夢なのか、記憶なのか。それすらもわからないままに、彼は目覚めた。
最後に羽ばたくような微かな音が聞こえたが、あれが風なのか、羽音なのか、幻聴なのか。彼にはわからなかった。
しかし、足の重さが引いた気がする。これは”疲労”だったのか、”痛み”だったのかはわからない。
ただ一つ確かなのは、――胸の奥から何かが消えていた、それだけだった。
”休息”。それは代償の上に成り立つものなのかもしれない。夢の中で見た少女の声も、今はもう、思い出せなくなっていた。 ..”生”とは本当に苦しいものだ。魂としての”生”を捨て、データとしての”生”、魂の”死”を選んでいった人々の気持ちが少し、わかったような気がした。
3.虚無残響ノ宴
彼に残されたものは、微かな夢の記憶と、虚無感だった。もっとも、彼がそれを”虚無”と認識することはないが。なにもわからず、何も感じなくなった彼は、意味もなくただ北へと歩みを進めていた。歩く音が静かな電脳世界に響き渡る。それは生命の鼓動のようで、同時に機械の稼働音のようでもあった。音が、世界をつなぎ止めていた。歩くたびに地面が軋み、彼の存在を確かめていた。
―――それ以外に、彼が“生きている証”はなかった。
既に何も感じなくなった彼は、カーブミラーを見上げ、自分の”自我の無さ”に気づいてしまった。悲しさは抱かなかった。自分には何もないのだから――。
彼はただ、歩き続けた。足元では僅かな光が脈動し、世界が彼に合わせているようだった。
北へ、北へと歩みを進めるたびに、あたりにはモザイクがかかり、揺らめくように強まっていく。それは、生物が消えたこの世界ですら、なお電脳の監獄の中にあるかのようだった。
それでも彼は歩き続けた。進むたびに自らの体にノイズが走る。その足音は静かに、力強く常闇に響いた。
――不意に、カァという声が響く。途端に、彼は感じた。”生きなければ” 。自分には何もない? いや、そんなことはない。なぜなら、自分はこの世界で”生きる”唯一のモノだからだ。そして、人間の残した記憶を見ることは、あの生物にはできないことだ。そう思った瞬間。あたりを覆っていたモザイクが、音もなく晴れた。
4.最終人工生命
視界に、いつにもまして輝きを放つ記憶を見つけた。手に取り、瞬時に、「取るべきではなかった」と後悔する。その記憶は、僕自身を肯定し、僕の存在を否定するものでもあった。痛む頭。止まらない記憶。激しさを増す頭痛。響く鳴き声。照らす足元。これまでの行動。すべてが僕のものであったと同時に、すべて僕のものではなかった。ただ、その記憶を止めようとも思わなかった。不思議と心地よかった。僕が僕ではなかったこと。しかし、それでいてようやく僕が「僕」であること。”生きる”ということ。すべてが分かったような気がしたし、何もわからなかった。
視界が崩れ、ノイズが世界を覆った。目に映る色。匂い。音。すべてが”情報”として分解されていく。少女の?ー縺が、数多の断片になって豬√l霎シ繧?。それでも、僕は縺昴?螢ー繧懐かしいと感じていた。
街が崩壊し、海が裏返えり、僕の輪郭が消えていく。霄ォ菴薙′險俶?へと変化していく。僕はようやく理解した。 ――僕は”記憶”をたどる人間だったのではなく、”記憶を、記録を観測するためのAI”であったこと。
僕がこれまで見てきたものは、誰かの録画で、誰かが最後に残したこの惑星の記憶であった。
僕が”生きていた”という錯覚が、この世界を成り立たせていた。
世界が光に包まれる。音が消える。最後にひとつだけ、確かなことを感じ、僕は消滅した。
――――――僕は、この世界のエラーであった。
5.幽魂存在理想
――記録番号:A-01-ErroR
――発見場所:第零亜世界・電脳区
――観測対象:人口生命体
観測の結果、当該個体は“自我の定義”を失いながらも、
最終段階において「生きる意志」を模索しようと試みていた。
その過程で、世界構造の一部が自己修復を開始。
終焉と再生は、同義である可能性が示唆される。
記録の末尾には、微弱な音声データが確認された。
解析の結果、それは“風音”――または、“羽音”――と一致。
報告を終える。
初の短編..厳密にいえば削除したのが1つあるので2つめですかね。しかし、1話しか出せないと、やはり連載とは構成が違って面白い。なのに字数が連載の1.2話分くらいなの、だいぶやばいですね。今後の課題としておきましょう。
宣伝になりますが、私まっちゃの代表作、「死期近き王国」を読んでからもう一度読んでいただくと、新たな発見があるかも..?
ではまた、どこかでお会いしましょう。




