第九話:二度あることは三度ある
ヒロイン視点となります
『そろそろ着くー』
タクシーに揺れている間、あたしはかっちゃんにメッセージを送っていた。
『わかった。そろそろ皆、宴会場に行こうかなって話していたよ』
『やっぱり? いやー、中々刺激的な体験が出来たよー』
『それなら良かった。僕も背中を押した甲斐があったよ』
かっちゃんのメッセージに既読を付けて、あたしはスマホをスリープにした。
かっちゃんはあたしの人生において一番の親友だけど、こういう意地悪なところは少し嫌い。
「村田君、そろそろ旅館に着くよ」
「……あい」
旅館に到着すると、お会計を済ませて、あたし達はタクシーを降りた。
「ほら、行こう」
「あい」
あたしは宴会場へ向かった。
早くあの写真を皆に見てほしかった。
宴会場へとつながる襖の前に立つと、中が既にガヤガヤと騒がしいことに気が付いた。
『はーい。それじゃあ、二日目の宴会の時間がやってきましたー』
丁度、新沼部長が話し始めるタイミングだった。
あたしは屈んだ体制で、かっちゃんの隣の座席に腰を落とした。
「ギリギリだったね……」
「ごめーん」
「謝ることはない。楽しかったかい?」
「……まあね」
「それなら良かった」
かっちゃんは、なんだかすごく楽しそうに見えた。
「あれ、そういえば村田君は?」
『石川さん、乾杯の音頭、いっすか!?』
かっちゃんの声は、酒が飲みたくてうずうずしている新沼部長によってかき消された。
「あ、はい。始めてください」
『よっしゃ! 野郎ども! 宴だーっ!』
シーン。
宴会場が静まり返った。
「部長、今日も写真撮らなかったらしい」
「きっと〇ンピースを読んでいたんだね」
なるほど。
新沼部長って、ノリはいいんだけど、何かと色んなことに影響されやすい性格をしているんだよね。
後、職権も乱用しがち。
「か、かんぱーい」
サークルメンバー間で控えめな乾杯がなされて、二日目の宴会は無事に始まった。
「石川さん、帰ってくるの遅かったね」
「石川さん! 一体、どんな写真を撮ってきたの?」
「石川さん、今度一緒に一眼レフを買いに行かないかい? 勿論、その後も」
「石川さん! 好きだ!」
宴会開始は、あたしにとっては面倒事のスタートという意味でもある。
まるで烏合の衆のように、あたしの席の周りにはたくさんの男性が集まっていた。
「あはは。なんくるないさー」
昔からあたしは、男性の相手があんまり得意ではない。
思わず、沖縄出身でもないのにうちなーぐちが出るくらい、得意ではない。
色目を使われるのが苦手ということもあるが、そもそもの性格が根暗なことが一番の理由だ。
……今、あたしの周りを囲んでいる男性に言っても信じてもらえないかもしれないけれど、昔のあたしは、根暗で、コミュ障で、日陰者まっしぐらだった。
学校に友達と呼べる人は少ししかいなかった。
一日中、誰とも話さないなんてことも少なくなかった。
『ミレイ。お弁当、食べに行こうよ』
そんなあたしの唯一の友達は、かっちゃんだった。
かっちゃんは昔からクラスの人気者だった。
そんなかっちゃんが、どうしてあたしなんかと絡んでくれたのかは今でもわからない。
でも、かっちゃんの隣を歩くのに相応しい人になりたいと思うようになったから、今のあたしがある。
……あたしの人生は、いつだってかっちゃん絡みで形成されていた。
『そろそろ写真提出締め切りますけど、大丈夫ですか?』
「あっ、すみません! 忘れてました!」
……村田君と出会うまでは。
あたしは受付にあたしの写真と村田君の写真のデータを提出した。
まもなく、宴会場は暗くなり、サークル持参のプロジェクターが稼働し始めた。
『はい。それじゃあそろそろ、皆さまお待ちかねの写真発表会に移ります!』
「待ってねー!」
席に戻った何人かのメンバーが頭を抱えていた。
多分、思ったよりも写真の出来が良くなかったのだろう。
『はい。じゃあ……まずは俺と武山ペアの写真を発表しまーす』
写真が発表されるまでの間、自分が少しだけソワソワしていることに気が付いた。
なんだか久しい感覚だった。
今、あたしは緊張していた。
こんなにも緊張するのは……高校の文化祭、かっちゃんの策略でお姫様役を演じさせられた時以来かもしれない。
でも、あの時と今では、状況はまるで違う。
あの時は……あたしは、自分の演技の出来、不出来を品評されるのが怖くて緊張をしていた。
……でも、今は。
『はい。じゃあ次、石川、村田ペアの写真』
……今は、村田君の写真が皆に受け入れてもらえるか。
皆に認めてもらえるか。
……それだけが不安で、緊張していた。
『じゃあ次、村田の写真』
……ただ、すぐに気付いた。
「おおーっ」
あたしの緊張は……不安は、全て杞憂だったんだ、と。
「めっちゃ綺麗じゃん」
「すごいな。ディテールまで凝ってる」
「これ、何で撮ったの? 一眼? スマホ?」
サークルメンバーは、村田君の写真に今日一番の食いつきを見せた。
あたしは、さっきの緊張はどこへやら。多分、相当ニマニマしていたと思う。
皆に言ってやりたかった。
……どうだ。見たか。参ったか。
ウチの村田君はすごいんだぞ。
……そう言って、得意げに胸を張りたい気分だった。
『いい写真じゃん』
新沼部長が言った。
『……これ撮ったの、村田?』
「あ、はい。そうです」
あたしは答えた。
『ふうん。やるね』
「……へへっ」
そうでしょう? そうでしょう?
もっと褒めて、村田君のこと。
『……あれ、っていうかさ』
……ん?
『村田は?』
「……」
『……』
「……ぎくっ」
『うわっ、口からぎくって言う奴、初めて見た』
新沼部長はマイク越しに戸惑っていた。
『……で、村田は?』
「あーと。……えーっとですね」
『……えぇ? これ絶対トラブルじゃん。やめてよ。監督責任取りたくないよ』
「ち、違います! トラブルとまでは言わないです。……ギリ」
『ギリかぁ……』
新沼部長は頭を掻いた。
『で、どうしたの』
「あの……帰りの時間がギリギリだったので、タクシーの運転手に急いでもらったんです」
『急いでもらったのか』
「はい。タクシーの運転手がですね。近道を知っているって言い出して、山道を……それはもうすっごいグネグネ道を走り出してですね……」
『あっ……(察し)』
「村田君、車酔いでリタイアです」
『三半規管……っ』
新沼部長は呆れたように頭を抱えた。