第七話:作戦会議
「はーい! 村田君! 笑って笑って!」
目的の場所に到着した僕は、石川先輩に促されるまま、不器用な笑みを浮かべた。
「いやー、いいよいいよー! いい写真だよー!」
石川先輩の声色は、いつもの二倍楽しそうだ。
写真を撮るの、本当に好きなんだな。
「きゃーっ! いい写真きゃー! きゃー! きゃー!」
……うん。
まあ、なんだ。
ちょっとだけうるさいかもしれないけどね。
「も、もう大丈夫ですか?」
「え、あ、うん。いやあ、いい写真いっぱい撮れたよー、ありがと!」
「……本当ですか?」
「本当本当!」
石川先輩はニカッと笑った。
「被写体がいいからねっ!」
……そう言われると、返す言葉はない。
「ねーねー。村田君はまだ撮らないの?」
「あ、はい。僕はまだ大丈夫です」
「そう? それじゃあ、早めの昼食にしようか」
「はい。……というか、しばらくレストランで作戦会議させてもらえませんか?」
「え……。さくせんかいぎ?」
「はい」
石川先輩は目を丸くしていた。
「あはは。村田君、一気にやる気出したみたいだねっ」
「はい。石川先輩のおかげです。ありがとうございます」
本当に、石川先輩のおかげだ。
石川先輩がアドバイスしてくれたおかげで、僕は……どうせやるなら、皆にたくさん評価してもらいたい、と思ってしまったのだから。
とりあえず、運よく近くになったレストランで、僕達は昼食を食べた。
「美味しかったね」
「そうですね」
「ねえねえ、あたし、アイス食べてもいい?」
「はい。どうぞ」
「やった! すみませーん」
店員を呼ぶ石川先輩を放って、僕は鞄からA4サイズのノートを取り出した。
そして、筆箱からシャープペンシルを取り出して、ノートにシャープペンシルを走らせた。
「……ねえねえ、村田君」
「はい。なんでしょう。石川先輩」
「アイス美味しいよ?」
「そうですか。それは良かったです」
「……ねえねえねえ、村田君?」
「はい。なんでしょう。石川先輩」
「アイス一口食べる? 美味しいよ?」
「そうですか。大丈夫です」
「……つまんない」
石川先輩の最後の声は、小さくて聞こえなかった。
「出来た……!」
「ようやくー?」
「すみません。お待たせしてしまって」
「……それで、熱心に何を書いてたの?」
「はい。僕が撮りたい写真の構図を、写真を撮る前に見てもらいたくて……」
「……構図?」
石川先輩は、ノートを覗いた。
「いや、絵、うまっ!」
そして、感嘆の声をあげた。
「えっ、えっ!? 美大生!? ラフ絵なのに惹きつけられるくらい上手いんだけど!?」
「……あはは。僕の父親、売れない画家でして……。小さい頃は僕に売れる画家になってほしかったみたいで、絵の練習をさせられまくったんです」
「……村田君は、まだ画家を目指しているの?」
「いえ、目指してないです……。僕が画家を目指すことで、両親間でいざこざがあって」
それが原因で、大学進学を機に上京したいと思うようになったわけだが……まあ正直、あまり思い出したくない過去である。
「……そうなんだ」
なんだか辛気臭いムードになってしまった。
「と、とりあえず、写真の構図の話をさせてもらってもいいですか?」
「あ、うん」
「まずは……さっき話さなかった5W1HのWhenを話したいと思います」
石川先輩は頷いた。
「……写真を撮る時間は、十七時半くらいから十八時までの間で考えています」
「結構遅いね」
「はい。夕暮れの赤い陽の光が、水面に反射した写真を撮りたいと思います」
「ほー……エモい」
「ありがとうございます」
僕は頭を下げた。
「旅館には十九時くらいまでに到着する必要があって、ここから伊香保まではバスで三十分。多分、結構時間との勝負の撮影になると思います」
「そうだねー。……でも、日の入り時間は大丈夫?」
「実は、結構ギリギリです。今の時期、日の入り時間は十八時半くらいなので……。バスの時間も考えると、若干破綻しかけではあるんです」
そもそもここのバスは一体何時まで走っているのだろう?
もしかしたら、夕暮れ時までここで張っていること自体が破綻している可能性もある。
「ふうむ。……ようし、わかった」
「……石川先輩?」
「タクシー呼んでおこう」
……そうか。タクシーか。
「スマホマップで調べる限り、車自体での移動時間は十五分程度みたいだし、それなら日の入りギリギリまで張っておけるよ」
「そうですね。そうしましょう。お金は僕が全部持ちます」
「いいよ。あたしが払う」
「……でも、僕の我儘に付き合ってもらってるのに」
「いいの」
石川先輩は、僕の額にデコピンした。
「あたし達はペアで、あたしは先輩なんだから。カッコいい恰好させてよ」
「……ありがとうございます」
石川先輩は快活に微笑んだ。
「それじゃあ、後は写真の構図だね。……で、思ったんだけどさ」
石川先輩はノートの下の方を指でトントンした。
「あたし、足を水につける感じ?」
……気付かれた。
「はい。……ちょっと水、冷たいかもしれないんですが」
……そりゃあ嫌だよなぁ。
水着があるわけでもない状況で、足首くらいまでとはいえ、水に浸かるだなんて。
石川先輩は……。
「めっちゃエモいね!」
意外とノリが良かった。
「……えー。何それ、めっちゃエモいじゃん。しかも、カメラに対して背中見せる感じなんだね。それもエモい!」
「は、はい……。夕暮れ時の写真なので、哀愁漂う感じにしたいかなと思って」
「……村田君」
「は、はい」
「エモい」
石川先輩は親指を立てて、僕を称えてくれた。
「ちょっと俯く感じで写真撮るのね。任せてよー。というか、薄暗い写真になるから、シルエット強調した方が良くない? 写真撮る時、ちょっとジージャン持っててね。ワンピ一枚になるから」
「あ、はい」
「いやー、写真撮る前から写真が目に浮かぶよー。題名を付けるなら……『失恋した美女』、とかかな?」
自分で美女とか言っちゃうんだ。
「ようし! それじゃあ村田君、一旦レストランを出よう!」
「えっ!? うわっ!」
「この写真にピッタリの撮影スポットを探しに行こう!」
興奮気味の石川先輩は、僕の手を掴んで走り出した。