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第四話:デートもどき

「……村田」


 石川先輩との撮影周りが決まった後、早川先輩達、幾人かの男子が僕ににじり寄ってきた。

 ……まあ、そりゃあ怒るだろう。

 僕みたいなぽっと出が、いきなりこのサークルのマドンナとの撮影周りの権利を得るのだから。


 ただ僕だって予想外の展開なのだから……せめてリンチだけで勘弁してほしい。財布のお金だけはなんとか。


「やるじゃんか、お前!」

「……えっ」

「まさか石川をこんないとも容易く射止めるとは!」

「な! 俺なんて撮影会の度に誘っては断られまくってるぜ!」

「先輩、通算0勝十五敗っすもんね!」

「そうなんだよ。勝ちを知りたいっ! ……ぐすっ」


 意外にも、僕は男性陣から賞賛の声を頂いた。


「な……殴ったりしないんですか?」


 身構えていて拍子抜けした僕は、思わず尋ねた。


「は? なんで? もしかして、俺達が妬むとでも思ったか」

「えぇと……」


 そうです、とは言えず、僕は口ごもった。


「……妬まねえよ。むしろ応援するっての。俺達、大人だからな」


 ……早川先輩。


 その割に、吉村先輩の毒舌で度々泣きそうになってません?


 とも言えなかった。


「あ、ありがとうございます」

「いいよ。ほら、折角の石川とのデート、早く楽しんできなさい」

「あ、はい」


 僕は石川先輩に近寄った。


「もう大丈夫?」

「あ、はい」

「うん。じゃあ行こうか」

「はい」


 石川先輩に促されて、他のペア決めを待つことなく、僕達は旅館を出た。


 ……ん?


 というか早川先輩……さっき、石川先輩とのデートを楽しめって言ったよな?


 ……デート?

 デートって……カップルとかがする、あのデート?


 ……いやいや、ないないない。


 だって、デートって男女ペアが一緒にお出掛けをすることだろ?

 僕達の今していることは……。


 男女ペアが一緒にお出掛けをしている。


「はへぁ」


 デートじゃん!

 これ、デートじゃん!

 まごうことなきデートじゃん!


「村田君、どうしたの?」

「えっ」

「さっきからなんか悶えているけど、本当に大丈夫?」

「大丈夫です」


 全然、気にしないで大丈夫です。

 心配されてもどうしようもないんで。


 僕の心臓はまたバクバクと高鳴り始めた。

 最近知ったことだが、哺乳類は死ぬまでの間に刻む心拍数に近似性があるらしい。


 ……つまり、石川先輩の隣にいて心臓が毎度高鳴る僕は、心臓を高鳴らせる度に死地への道まっしぐらってこと。


 いやー、死にたくないね(笑)。


 ……そんなこと言っている場合じゃない。

 早川先輩の言う通りだ。

 石川先輩とデート出来る機会なんて、金輪際ないかもしれない。

 今日はとことんデートを楽しまなければ。


 僕は知っている。

 デートする時、男性は女性をエスコートしないといけないらしい。


 だから、一つ年上の石川先輩相手だけど、今日の撮影周りは僕が彼女をエスコートしてやる。

 まずはこのデート……どこを巡るかを円滑に決めなければ。


 相手に決めてもらう体になるのは、あ、こいつ何も考えてないな、となるから……まずは僕からこんな場所どうですか、と提案する形を取ろう。


「……そ、それで、石川先輩、この後どうしましょうか? 旅館に戻りますか?」

「早い! まだ何も撮影してないよ、村田君!」


 しまった……!

 この合宿で僕が一番安らげる場所はあの旅館だったから、旅館を出て徒歩三分で帰宅してしまうところだった!


「……むふふ」


 石川先輩は怪しく微笑んだ。


「なんか村田君、さっきから空回ってるねぇ」

「……ぎくっ」

「ほら、口からぎくって図星の声が出た。あたし初めてだよ。口からぎくって声出す人」

「……か、空回ってなんかないですよ。ぎくって声に出すのは……方言みたいなもので」

「いや、そんな方言ないから。空回ってるよー」

「ないです」

「ある」

「……あります」

「へへへ。そっかそっかー」


 屈した僕を見て、石川先輩はどこか嬉しそうに微笑んでいた。


「そうかそうか。もしかしてお姉さんのフェロモンに当てられちゃった?」

「……いえ、違います。緊張で吐きそうなだけです」

「また三半規管が崩壊寸前だ!」


 ツッコミの後、石川先輩はしばらく僕を見ていた。

 そして、呆れたようにため息を吐いた。


「とりあえず、温泉街の方に喫茶店とかあるからさ、そっちの方で休憩しようか」

「……でも、写真撮らないと」

「大丈夫。青い顔の君の写真撮ったら、あたし皆にどやされるよ」


 それは……確かに。


「お姉さん、ジュースくらいなら奢ってあげるから。ほら、行くよ」

「はい……」


 石川先輩に背中を押されて、僕達は温泉街の方に歩き出した。

 温泉街は、昨晩歩いた時に見た閑散とした景色とは違い、外国人観光客の姿もチラホラ見えるくらいには活気があった。


「ここにしよう。昨日、かっちゃんと来て、凄い美味しかったんだよ!」


 石川先輩に促されるまま、僕は古風な喫茶店に足を運んだ。

 ……下園先輩の名前が出て、少しだけ胸にチクリと来るものがあった。

 

 喫茶店の中は外見からの想像通り、落ち着いた雰囲気の造りとなっていた。

 客入りはまだあまりなく、待たされることもなく、僕達は席に着いた。


「ほらほら、村田君。何飲む?」

「……そうですね。じゃあ、コーヒーで」

「ミルクと砂糖は?」

「いらないです」

「駄目。使って」

「……え?」

「あたし、ブラック飲めないから」


 ……は?


「先輩なのにあたしだけミルク使うとか、子供みたいじゃん」

「……そういうこと言い出す時点で子供では?」

「あー、村田君。言っちゃいけないこと言った!」


 言葉に反して、石川先輩はそこまで怒った風ではなかった。


「じゃあ、ミルクと砂糖、お願いします」

「はーい。すみませーん」


 石川先輩は店員を呼んで、二人分のコーヒーを注文してくれた。

 思えば、男である僕が注文とかはやるべきだっただろうか……?


「……すみません」


 さっきから僕は、石川先輩に色んなことを任せきりになっている。

 情けなくなって、気付いたら謝罪をしていた。

 

「いいよ。緊張してるんでしょ?」

「……あい」

「ふふっ。村田君、女の子の扱いに慣れてないんだ。なんか意外」

「意外じゃないですよ。……見たまんまです」

「意外だよ」

「そんなことないです……」

「……じゃあ、教えてあげる」


 石川先輩は、僕の額にデコピンをしてきた。


「村田君。あたしも緊張しているよ、君と二人きりで撮影周りすることに」

「……え」

「意外でしょ?」


 石川先輩は、僕に優しく微笑みかけた。

 ……その優しい笑みに、僕は気付いたら見惚れていた。


「あ、あんまり見つめられると照れるんだけど……っ」

「ご、ごめんなさい……っ」


 思わずまた謝罪をしてしまったものの……不思議なことに、石川先輩との二人きりの空間への緊張感が少し和らいだ気がした。

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