第十三話:お誘い
サークルメンバーが去ってからしばらくして、僕も写真展示会の準備のため部室を後にした。
「あちぃ」
まだ五月にも関わらず、部室の外は真夏のように蒸し暑い。
虚弱体質故か、太陽光を浴びているだけで熱中症のような倦怠感を感じるが、せめて家までは帰らないといけないと思い、僕は踏ん張った。
「ねえねえ、村田君」
「はい?」
さっきまで展示会の準備に精を出していたにも関わらず、外に出た瞬間に帰宅ムードを漂わせていた僕は、唐突に背後から声をかけられた。
「い、石川先輩……っ!」
振り返った先にいたのは、石川先輩だった。
「やあ村田君。元気かな」
……あと、下園先輩もいた。
「一瞬元気出て、すぐになくなりました」
「え、どういうこと?」
下園先輩は僕の言葉に戸惑っていた。
僕的には、これ以上は掘り下げてほしくはなかった。
「えぇと、二人してどうしたんですか?」
だから、話を逸らすことにした。
まあ実際、部室を出た瞬間に二人に声をかけられた理由が気になっていたのは事実だ。
「……言いなよ、ミレイ」
「えぇ? あたしからぁ……?」
しかし、どうにも二人はコソコソ話して、要領を得ない。
「……君が言い出したんだろ」
まあ、なんだ。
「でも……かっちゃんから言ってくれてもいいじゃん」
聞こえてる。
「君が言うべきだ」
聞こえてるから……。
僕の脳裏に、何故だか過去のトラウマが蘇ってきた。
あれは小学一年生、下駄箱を開けたらラブレターを見つけて、僕は放課後、指定された待ち合わせ場所に赴いた。
その時にも、丁度こんな光景が眼前に広がっていたのだ。
さすがの僕も、あの現場が告白現場であることはわかっていた。
だから、どんな告白をされるのか。どう返事をするべきか。そんなことに頭を悩ませ、緊張感も相まって吐きそうになっていた。
『言いなよ……』
『でも……』
恐らく告白現場にも関わらず、相手は何故か女子二人組。
そして、なんだか大層気まずそうにコソコソ話して、時折気まずそうに僕の方をチラホラ見ていた。
一体、どうしたんだろう……?
緊張が不安に変わった頃、
『ごめん。ラブレター、君に渡したんじゃないの』
気まずそうに女子は言った。
『つうか、なんであの下駄箱、あんたが使ってるのよ』
ついでに自分のミスなのに、僕が理不尽に嫌われた。酷いと思った。
というわけでトラウマの回想が終わったが……僕は思った。
帰りたい。
これ絶対、碌なことにならないパターンだろ。
もし石川先輩に、あのトラウマと同じ精神攻撃の類を食らったら、さすがの僕も立ち直れない。
逃げたい……。
切に願った。
「……あの、村田君」
気まずそうに石川先輩が近寄ってきた。
「あ、はい」
逃げ場はない。
「……あの」
「はい……」
終わったな。
僕は目を瞑った。
「あの、写真展示会の撮影、一緒に回らない?」
「え?」
……覚悟の準備を決めた時、思ってもみない言葉が聞こえた気がして、僕は目を開いた。
眼前には、石川先輩が恥ずかしそうに頬を染めて、俯いていた。
……え?
えぇ……?
つまり、どういうことだ?
「えぇと……つまり僕、今、石川先輩に撮影を一緒にしようって誘われていますか?」
「はい。誘っています」
「……わぁ」
思ってもみない展開になって、感嘆の声をあげてしまった。
いやはや、一体どうして、石川先輩はこんなクソザコ三半規管の僕と一緒に写真を撮りたいだなんて思ったのだろう?
「はい是非」
頭の中の疑問が絶えず、僕は色々聞いてみようと思った。
……思ったのだが、口から出た言葉は石川先輩の誘いの同意の返事だった。
あまりにもスムーズな同意。
僕でなかったら見逃しちゃうね。
「え、いいの!?」
途端、石川先輩の顔がパーっと晴れた。
「……」
「……あれ、村田君?」
晴れやかな石川先輩の笑みを見ていたら、なんだか全てがどうでもいい気がしてしまった。
だから、石川先輩への返事も忘れてしまっていた。
「よろしくお願いします。石川先輩」
「あ、うん」
僕達のテンポは、中々上手く波長が合わない。
「それじゃあ頑張ろうね。三人で」
その最たる例が、まさしくこれである。
「よろしくね、村田君」
「……はい。よろしくお願いします。下園先輩」
……三人での撮影だなんて、聞いてないよぅ。