第96話「アーソン攻防戦」
第96話
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アスーカ教の大聖堂は、夜でも光を失わない。
天井に描かれた聖紋が淡く輝き、静寂の中に不気味な脈動を刻んでいた。
その中心に、アスーカ教皇は座していた。
白い法衣に身を包み、穏やかな微笑みを浮かべている。
だが、その瞳の奥には、底知れぬ闇が潜んでいた。
「……来たか、海の王よ」
霧のように姿を現したのは、重傷を負った龍海将ブルイドンだった。
海核を失った彼は、かつての威圧感をほとんど失っている。
その胸には、海核を抜かれた痕が黒く焦げ付いていた。
「……教皇。貴様の結界がなければ……私はここまで辿り着けなかった」
「礼は不要です。あなたは“必要な駒”なのですから」
教皇は微笑んだまま、ブルイドンの胸に手をかざした。
淡い光が広がり、ブルイドンの傷がゆっくりと塞がっていく。
「海核を失ったあなたは、もはや大海は操れない。
しかし――あなたの“存在器官”はまだ生きている」
「……海核を取り戻せば、私は……」
「ええ。完全体に戻れるでしょう。
そして、あなたの力は……我らの悲願に必要なのです」
教皇の声は甘く、しかし冷たかった。
アスーカ教皇の目的はただ一つ。
――神の座。
そのためには、
大地の魔力を操る者と、
海の魔力を操る者が必要だった。
「行きなさい、ブルイドン。
海核を奪還し、完全体へ戻るのです」
ブルイドンは静かに頷いた。
その瞳には、かつての力を取り戻すための執念が宿っていた。
・・・・・・・・・・
アーソンの空が、突然暗く染まった。
夜でもないのに、太陽が雲に呑まれたように光が消える。
サリアは窓から空を見上げ、息を呑んだ。
「……この気配……まさか……!」
次の瞬間、空が裂けた。
「サリア!! 来い!!」
サマヴァーが駆け込んできた。
その後ろには弓を構えたエアリが続く。
「ブルイドンが来た! 海核を奪い返しに!」
サリアは封印箱を胸に抱えて強く抱きしめた。
その中には、七重封海陣で封じた海核が収められている。
「……キヨを傷つけたあの龍……!」
サリアの瞳に怒りが宿る。
3人はアーソンの城壁へと駆け上がった。
・・・・・・・・・・
城壁の上から見下ろすと、
アーソンの外に広がる平原が、まるで海のように揺れていた。
「……海水……? いや、違う……!」
エアリが震える声で言った。
「ブルイドンの魔力……残滓だけで、ここまで……」
その中心に、黒い影が立っていた。
龍海将ブルイドン。
だが、以前のような巨大な姿ではない。
人型に近い、縮んだ姿。
海核を失った影響で、力が大幅に弱体化しているのだ。
しかし――その瞳だけは、深海の闇のように赤く燃えていた。
「サリア……海核を返せ……!」
ブルイドンが叫ぶと同時に、
周囲の空気が水に変わり、城壁に圧力がかかる。
サマヴァーが剣を構えた。
「来るぞ!!」
・・・・・・・・・・
ブルイドンが腕を振ると、
空気が海水の刃となって飛んできた。
「《ライト・シールド(光盾)》!!」
サリアが結界を展開し、海水の刃を弾く。
だが、衝撃で足が滑り、膝をついた。
「サリア!!」
エアリが矢を放つ。
矢は光の軌跡を描き、ブルイドンの肩に突き刺さった。
「ぐっ……!」
ブルイドンがよろめく。
弱体化している証拠だった。
サマヴァーが叫ぶ。
「今だ、押し返すぞ!!」
サマヴァーが地面を蹴り、ブルイドンへ突撃する。
剣が海水の皮膜を切り裂き、ブルイドンの胸に深い傷を刻んだ。
「ぐああああああ!!」
ブルイドンが叫び、海水が爆発するように周囲へ飛び散る。
サリアは結界を張り直し、仲間を守った。
「サマヴァー、エアリ……ありがとう……!
今のブルイドンなら……押し返せる……!」
エアリが矢を連射し、
サマヴァーが剣で海水の攻撃を弾き返す。
3人の連携は完璧だった。
・・・・・・・・・・
ブルイドンは膝をつき、荒い息を吐いた。
「……海核……返せ……!
それさえあれば……私は……!」
サリアは封印箱を抱きしめ、叫んだ。
「返すわけない!!
あなたは……キヨを……!」
その瞬間、ブルイドンの瞳が赤く光った。
「ならば……奪うまで……!」
ブルイドンが最後の力を振り絞り、
サリアへ向かって突進した。
「サリア!!」
サマヴァーが割って入るが、
ブルイドンの海水の腕が彼を弾き飛ばす。
エアリの矢も、海水の壁に阻まれた。
サリアは逃げない。
封印箱を胸に抱き、結界を張った。
「来るなら来なさい……!
あなたの海核は……絶対に渡さない!!」
ブルイドンの腕が結界に触れた瞬間――
「――《リバース・タイド(七重封海陣・反転)》!!」
サリアが術式を反転させ、
海核の封印力を逆流させた。
「ぐああああああああああッ!!」
ブルイドンの胸の傷が光り、
海核を失った痕が再び裂ける。
海水が噴き出し、ブルイドンは地面に崩れ落ちた。
ブルイドンは立ち上がろうとしたが、
足が震え、力が入らない。
「……サリア……貴様……!」
サリアは涙を浮かべながら叫んだ。
「もう来ないで……!
あなたは……キヨを……!」
ブルイドンは悔しげに歯を食いしばり、
霧のように姿を消した。
重傷のまま、再び逃げ去ったのだ。
サリアはその場に崩れ落ちた。
封印箱を抱きしめ、震える声で呟く。
「……キヨ……守ったよ……」
サマヴァーが肩を貸し、
エアリが涙を拭いながら微笑んだ。
「サリア……よく頑張った……」
アーソンの空に、ようやく光が戻った。
だが、戦いは終わっていない。
ブルイドンは必ず戻ってくる。
サリアは封印箱を抱きしめ、
眠り続けるキヨフレッドの元へと戻っていった。
「キヨ……」
その瞳には、ある決意が宿っていた。
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