第90話「大陸を駆ける二つの“無限”」
第90話
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龍魔王ヴィオデスが大陸を覆おうとしていた、混沌の時代。
私はヒーゴ魔法王国の第3王子、キヨフレッド・フォン・ヒーゴ。
5歳の私は、王族とはいえまだ幼く、政治も戦争も遠い世界の話だった。
「あなたがキヨフレッド王子ね?」
振り返ると、陽光のように明るい笑顔の少女が立っていた。
キシュレアン魔法王国の第1王女、サリア・フォン・キシュレアン。
7歳とは思えない気品をまといながら、しかしその瞳は好奇心で輝いていた。
「わたし、サリア。今日から仲良くしましょ!」
「え、あ……うん?」
王女らしい挨拶を期待していた私は、あまりの距離の近さに戸惑った。
だがサリアは気にする様子もなく、私の手を掴んで走り出した。
「ちょ、ちょっとサリア王女!?」
「サリアでいいってば! ほら、こっちこっち!」
その勢いのまま、彼女は木に登り――。
「わっ、高い……きゃあっ!」
案の定、落ちた。
「サリア!?」
「だ、大丈夫……ほらっ」
彼女の掌が光り、擦りむいた腕がみるみる塞がっていく。
「……王女なのに、そんな無茶を……」
「王女だからって、つまらないのは嫌なの。キヨも怪我したら言ってね。わたしが治すから!」
その笑顔は、幼いながらも眩しかった。
それからというもの、サリアは毎日のように私を振り回した。
「キヨ、あの魔物ちょっとだけ触ってみたい!」
「王女が魔物に触るな!」
「きゃーっ! やっぱり追いかけられたー!」
案の定だった。
「キヨー! 川に落ちたー!」
「なんで毎回巻き込むんだよ!」
王子としての威厳はどこへやら。
でも、気づけば彼女が来るのを楽しみにしていた。
・・・・・・・・・・
10歳になった頃、サリアがふと真剣な顔で言った。
「ねえキヨ……わたしたち、ちょっと変じゃない?」
「変って?」
「魔法の練習しても、全然疲れないの。みんなすぐ魔力切れになるのに」
言われてみれば、確かに。
周囲の大人たちは魔力切れで倒れたり、魔力回復薬を常に持ち歩いている。
なのに、私とサリアは――。
「……一度も魔力が尽きたことがないな」
「だよね。わたし、ちょっと怖い……」
サリアが不安そうに私の袖をつまむ。
王女らしからぬ弱さが、逆に胸を締めつけた。
「大丈夫だよ。サリアはサリアだ。変なのは世界の方だ」
「……もう、そういう言い方ずるいよ」
サリアは頬を赤くして、でも安心したように笑った。
異常に気づいた両国の賢人たちは、私たちを調べ始めた。
そして、信じられない事実が判明した。
「地脈魔力吸収……? それって、龍族の……?」
「うん。古代龍族だけが持っていた力らしい」
大地の下を流れる膨大な魔力――地脈。
そこから直接魔力を引き出すという、神話級の能力。
「でも、わたしたち人間だよ? 龍族の血なんてないし……」
「賢人たちも理由は分からないってさ」
サリアはしばらく黙り込んだ後、ぽつりと呟いた。
「ねえキヨ……もし、この力のせいで何かあっても……わたしのそばにいてくれる?」
「当たり前だろ。王女だろうがなんだろうが、サリアはサリアだ」
その瞬間、彼女はぱっと花が咲くように笑った。
「……うん! じゃあ、これからもよろしくね、キヨ王子さま!」
その笑顔を見たとき、胸の奥で何かが静かに動き出した。
この力がどんな運命を呼び寄せるのかは分からない。
でも、サリアとなら――どんな未来でも進んでいける気がした。
・・・・・・・・・・
成長するにつれ、サリアは大聖女と呼ばれるようになり、私は大魔導士として名を馳せた。
そしてついに、冥界の大森林を支配する暴君――龍魔王ヴィオデスとの大戦が始まった。
私は「白銀の剣士ブロン」という偽名を使い、前線に立った。
魔導士でありながら剣を振るったのは、魔力が無限であることを悟られぬようにするためだ。
サリアは後方で治癒と結界を張り続け、戦場の希望となった。
長い戦いの末、私は白銀の剣を龍魔王の心臓へと突き立てた。
その瞬間、世界は静まり返り、龍魔王の巨体が崩れ落ちた。
そして、大陸にようやく平和が訪れた。
そして私はサリアに想いを告げ、彼女は照れながらも頷いてくれた。
婚約の日、彼女は泣きながら言った。
「キヨ、ずっと一緒に戦ってきたんだもの。これからは一緒に生きていこうね」
私は静かに頷いた。
言葉にすることができないほどの嬉しさに包まれていた。
・・・・・・・・・・
しかし、平和は長くは続かなかった。
海を支配する龍海将ブルイドン――ヴィオデスの弟が動き出したのだ。
兄を失った怒りか、あるいは大陸支配の野望か。
ブルイドンは海底王国から大魔族軍を率いて大陸へ侵攻してきた。
ヴィオデスとの大戦で疲弊し、人口を大きく減らしていた大陸の種族たちは、もはや抵抗する力をほとんど残していなかった。
獣人族もエルフ族も人間族も、次々とブルイドンの軍に蹂躙されていく。
絶望が広がる中、ようやく各種族は手を取り合った。
獣人獅子族の戦士サマヴァー、エルフ族の弓使いエアリ、そして私とサリア。
4人が中心となり、獣人軍・エルフ軍・人間軍の連合軍が結成された。
サリアは震える声で言った。
「キヨ……また戦わなきゃいけないの?」
「守りたいものがある限り、戦うしかない。そして、守るよ」
彼女の手を握り返すと、サリアは涙を拭いて笑った。
・・・・・・・・・・
私たちの魔力は無限だ。
だが、それは決して誇るべき力ではない。
大地の魔力を吸い上げるということは、使い方を誤れば世界に危険を及ぼす恐れがある。
だからこそ、私たちは慎重に、そして覚悟を持って戦わなければならない。
龍海将ブルイドンは、兄ヴィオデスを超える力を持つと言われている。
海の魔力を自在に操り、巨大な津波や海竜を呼び出すその力は、まさに災害そのものだ。
だが、私たちには仲間がいる。
そして、サリアと私には“無限”がある。
この力が祝福なのか呪いなのかは分からない。
だが、世界を守るために使うと決めたのなら、それはきっと意味を持つ。
連合軍は大陸中央の平原に集結した。
空には黒雲が渦巻き、遠く海の彼方からは巨大な影が迫ってくる。
龍海将ブルイドン――その姿は、まるで海そのものが形を成したかのようだった。
私は深く息を吸い、サリアの手を握った。
「行こう、サリア。これが……俺たちの運命だ」
「うん。あなたとなら、どんな未来でも怖くない」
こうして、世界の命運を賭けた戦いが幕を開けた。
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