第89話「月下の再会」
第89話
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夜中のアーソン城は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
私はベッドに横たわり、意識がゆっくりと眠りへ沈んでいくのを感じていた。
そのとき――
コツ、コツ・・・・・
窓ガラスを指先でつつくような、小さく乾いた音がした。
風でも、木の枝でもない。
明らかに“誰かが呼んでいる”音。
私はすぐに身を起こし、窓へと歩み寄った。
そっと開けると、冷たい夜風が頬を撫でる。
小さなベランダに、白い影がちょこんと座っていた。
「・・・ガオン」
子白狼ガオンは、月明かりを浴びて白銀に輝きながら、
尻尾をぶんぶん振って私を見上げた。
「おん、おん!」
その声は、子犬のように高く、愛らしい。
私はしゃがみ込み、両手でガオンの頭を包むように撫でた。
「よしよし・・・よく来たなあ。無事で何よりだ」
ガオンは私の胸元に鼻先を押しつけ、
久しぶりの再会を全身で喜んでいる。
その温もりに、胸の奥がじんわりと熱くなった。
しばらくじゃれ合ったあと、ガオンは「おん」と短く鳴き、
ベランダの手すりに前足をかけて街の方を見下ろした。
「・・・確認してきたんだな」
「おん! まかせるおん!」
ガオンは胸を張り、尻尾を誇らしげに揺らした。
「どうだった?」
「ぜんぶ、ぜんぶ、昔のままだったおん。
道も、塔も、城壁も、水路も・・・キヨフレッドと歩いたときのまんまだおん」
「・・・やはり、・・・街そのものが“魔法陣”として維持されているのか」
ガオンはさらに城の方へ視線を向けた。
その瞳には、深い悲しみが宿っていた。
「・・・・・感じるのか?」
「おん・・・・・。
あのひかり・・・キヨフレッドの、サリアの・・・
とても、さみしいおん」
私は息を呑んだ。
「そうか・・・わかるのか・・・。
2人はあの地下にいる」
城の中心地下――
そこに眠る2人。
キヨフレッド・フォン・ヒーゴ。
サリア・フォン・キシュレアン。
封命供魔によって生命を止められ、
生まれる魔力だけを吸い取られ続けている。
その魔力が、街全体の結界を維持している。
ガオンは小さく震えながら言った。
「トシード・・・それ、ぜったい、よくないおん。
あのままじゃ・・・ふたり、かわいそうだおん」
「・・・・・ああ。分かっている」
私は拳を握りしめた。
「なぜ、そこまでして結界を維持しなければならない?
何を守っている?
何を恐れている?」
ガオンは首をかしげながら言った。
「トシード、こわいもの・・・いるのかおん?」
「・・・わからない。
でも、それを確かめる。
2人を解放したとき、街に何が起きるのか。
それだけは、絶対に知っておかなければならない」
・・・・・・・・・
私はガオンの前に立ち、深く息を吸った。
「行くぞ、ガオン」
「おん! いっしょにいくおん!」
ガオンは嬉しそうに跳ね、次の瞬間、白い光に包まれた。
そして、白狼のマスクとマントがふわりと浮かび、私の身体へと吸い込まれるように纏わりついた。
白銀の光が弾け、私は白銀の剣士ブロンへと姿を変えた。
マントが夜風に揺れ、月光が白銀の装束を照らす。
胸元の白銀メダルがガオンの声を響かせた。
「トシード、いこう!
ぜったい、助けるおん!」
「調査の期限は・・・センナの外交会談が終わるまでだ。
それまでに、必ず真実を見つける」
私は窓枠に足をかけ、夜の城へと身を躍らせた。
アーソン城の闇が、白銀の剣士を静かに飲み込んでいく。
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