第84話「霧の都アーソン」
第84話
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冷たい風が吹き抜ける冬の街道。
かつて旧ヒーゴ魔法王国の首都として栄えた都市アーソンへ向かい、エドザー王国の馬車が雪解けの道を静かに進んでいた。
馬車の前後には、第3騎士団の精鋭たちが護衛として随行している。
その中でも、常に馬車の横を離れず警護しているのが、団長のハジメルド。
鋼の鎧に身を包み、冷たい風にも微動だにせず、鋭い眼差しで周囲を見張っている。
なお、この馬車は最新鋭の魔道具技術をふんだんに盛り込んだイネザベス研究室自慢の馬車である。
私はこの馬車の整備のために随行しているということになっている。
漆黒の車体は、夜空のように深く、光を受けるたびに微かに紫紺の光沢を帯びる。
側面には、エドザー王家の紋が精緻な銀細工で刻まれており、見る者に王家の権威を静かに印象づける。
車体は魔力で強化された黒檀の木材で組まれており、外敵の矢や魔法を弾く結界が常時展開されている。
窓には魔力透過ガラスがはめ込まれ、外の様子を遮ることなく、内側からの視線だけを通す。
その縁には、ヒーゴ魔法王国特有の古典語が刻まれており、かつてこの地に栄えた魔法王国の技術が蘇ったことを示していた。
車輪は六輪構造。
前方の二輪は旋回性に優れ、中輪と後輪は衝撃吸収の魔道具が組み込まれている。
そのため、どれほど荒れた道でも、車内はまるで宮殿の一室のように静かで揺れが少ない。
内部は、深紅のベルベットと黒金の刺繍で彩られた豪奢な空間。
座席は向かい合わせに配置され、センナ王女、宰相ミツトー、そして私ことトシードが座っている。
座面には魔力を安定させる結晶織布が使われており、長時間の移動でも精神が乱れにくい。
天井には小さな魔光灯が等間隔に埋め込まれ、外が曇天でも柔らかな光が室内を照らしていた。
この馬車は、ただの移動手段ではない。
それは、王国の威信を示す“動く玉座”であり、
同時に、外交という名の戦場に赴くための“移動要塞”でもあった。
センナ・フォン・エドザー。
第3王女として、そして外交使節の顔として、彼女は窓の外を見つめていた。
その瞳は揺れていない。けれど、指先は膝の上でそっと組まれ、時折ぎゅっと力がこもる。
「サマヴァーの後継者争い、思ったより根が深いかもしれませんね」
そう言ったのは、宰相ミツトー・フォン・キーバッハ。
センナの向かいで書簡を読みながら、冷静に情勢を分析していた。
彼の言葉には、常に裏を読む癖がある。
だが、それが今のエドザーには必要だった。
そして、私――トシード・フォン・エチゼルトは、センナの隣で魔道具の調整をしていた。
表向きは王女付きの魔道具師。
だが、裏では“白銀の剣士ブロン”として、警戒を怠るつもりはなかった。
「スエン王女の狙いは、やはり後ろ盾でしょうか?」
「可能性は高いです。彼女が“表向きだけ”の会談を望むとは思えません」
ミツトーの言葉に、センナが小さくうなずいた。
「だからこそ、私たちが行くのよ。誰かが、彼女の“本音”を見抜かないとですわね」
その声には、王女としての覚悟がにじんでいた。
だが、私は気づいていた。
彼女が時折、私の方を見ては、ほんのわずかに微笑むことを。
「・・・・・トシードさんが一緒にいてくれて、よかった・・・・・」
その一言に、私は少しだけ目を見開いた。
センナは、まっすぐに私を見ていた。
その瞳には、王国の未来を背負う者の強さと、私という存在への確かな信頼が宿っていた。
「・・・・・ま、まあ、面白い魔道具の素材も見つかればいいかな」
私はそう言って、肩をすくめた。
だが、心の奥では、彼女の言葉が静かに波紋を広げていた。
アーソンの街並みが、遠くに見えてきた。
かつて魔法の都と呼ばれたその地。
そしてその中心で、サマヴァー獣人王国の王女スエン・ツー・カンコが、私たちを待っている。
この会談が、ただの外交で終わるとは思えない。
スエンの背後にあるもの。
そして、彼女の本当の狙い。
それを見極めるために、私たちはこの地に来た。
霧の都アーソン――
馬車の車輪が、石畳を静かに叩いていた。
渓谷の街、アーソン。
かつて旧ヒーゴ魔法王国の首都として栄え、そして今もなお、その姿をほとんど変えぬまま残す都市。
冬の霧が街を包み、尖塔と赤屋根の家々が、まるで夢の中の風景のように浮かび上がっていた。
「・・・・・まるで、夢の中に迷い込んだみたい」
センナが、馬車の窓から外を見つめながら呟いた。
その声に、私は静かに目を閉じた。
(ああ・・・・・変わっていない)
霧に煙る石橋。
渓谷をまたぐように架けられたアーチを、かつて私は何度も歩いた。
魔導塔の尖塔、魔法の広場、路地裏の書庫。
すべてが、260年前と同じだった。
(懐かしいな・・・・・アーソン)
私は、キヨフレッド・フォン・ヒーゴ。
ヒーゴ魔法王国の第3王子にして、大魔導士と呼ばれた存在。
かつて、この街で生き、この街を愛していた。
そして今、私はトシード・フォン・エチゼルトとして、再びこの地を踏んでいる。
「この街、空気がおそろしいほどに澄んでますね」
ミツトーの言葉に、私は小さくうなずいた。
しかし、この街には、かつて私が張り巡らせた“結界”が、今もなお機能しているということなのか・・・?。
「・・・・・トシードさん?」
センナの声に、私は我に返った。
彼女が心配そうにこちらを見ている。
私は微笑んで、首を横に振った。
「ちょっと、懐かしい匂いがして・・・・・。魔道具の素材に良さそうな空気ですよね」
「ふふっ、変な感想ですね。でも、なんだか安心します」
センナはそう言って、私の方へと少し身を寄せた。
その仕草は自然で、けれどどこか嬉しそうで――
私は、彼女のその笑顔に、かつてのサリアの面影を重ねそうになった。
馬車は、渓谷の最奥へと進む。
断崖の上にそびえる城が、霧の中に姿を現した。
かつて私が設計に関わった、魔導と建築の粋を集めた城。
その姿もまた、260年前と寸分違わぬままだった。
(・・・・・本当に、何も変わっていない)
だが、変わったものもある。
ヒーゴ魔法王国は、すでに過去のものであり、私はもう、王子ではない。
そして今、私はセンナの隣にいる。
王女付きの魔道具師として。
あるいは、彼女の“盾”として。
馬車が城門の前で止まる。
黒鉄の門がゆっくりと開き、衛兵たちが無言で出迎える。
センナは深く息を吸い、背筋を伸ばした。
その横顔には、王女としての覚悟と、緊張が入り混じっていた。
「行きましょう。ここからが本番です」
私は静かにうなずいた。
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