第81話「冷戦の幕開け」
第81話
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
怪物討伐の報は、同盟軍全体に久方ぶりの歓声をもたらした。
霧の谷での激戦を知る者は少なく、討伐隊の帰還はまるで英雄譚のように語られた。
だが、その熱狂は長く続かなかった。
討伐隊が持ち帰った戦果報告書には、勝利の影に潜む“現実”が赤裸々に記されていたからだ。
さらに、魔道具の魔石は底をつき、補充の目途はたっていない。
ムツート連合国の偵察隊は壊滅状態で、冥界の大森林への再潜入は不可能。
あの怪物を生み出した融合儀式の全容は、結局つかめないままだった。
そして――魔王軍もまた、怪物を失い、融合儀式の中心地を破壊されたことで戦力を大きく削がれていた。
参謀本部の会議室には、重苦しい沈黙が漂っていた。
「・・・これ以上、戦いを続ける力は、残っていない」
参謀長の言葉は、誰もが理解していた現実だった。
勝利の余韻は、冷たい事実の前に霧散していく。
「だが、魔族と和平は結べん。そして、魔王エゾモンが健在である限り、戦いは終わらん」
「ならば・・・・・どうするのです?」
若い参謀が震える声で問う。
その問いには、希望よりも恐れが滲んでいた。
参謀長は目を閉じ、深く息を吐いた。
「にらみ合うしかない。
攻める力も、守り切る力も残っていない。
魔族もそのはずだ――冷戦だ・・・・・」
その言葉が落ちた瞬間、会議室の空気が凍りついた。
戦いが終わるわけではない。
ただ、動けなくなるだけだ。
剣を振るう力を失った戦士たちが、互いに相手の影を恐れ続ける――
そんな不気味な時代の幕開けだった。
・・・・・・・・・・
要塞都市ダイヴァス。
その城壁の上に立ち、イサードは遠くの闇を見つめていた。
冥界の大森林は静まり返っている。
だが、その静寂は平和ではない。
まるで巨大な獣が息を潜め、次の一撃の機会をうかがっているような、そんな不気味な沈黙だった。
「・・・・・終わりではない。だが、今は剣を収める時だ」
イサードの声は低く、しかし揺るぎなかった。
隣に立つキラが、そっと視線を向ける。
「イズナ隊長なら、きっと同じことを言ったと思います」
イサードは小さく笑った。
その笑みは、どこか寂しげで、どこか誇らしげでもあった。
「ならば、俺たちは前に進むだけだ。
戦う力が尽きても、心まで折れるわけにはいかん」
キラは胸に手を当て、深く頷いた。
彼女の瞳には、恐怖と決意が同居していた。
「・・・・・でも、怖いです。
怪物を倒しても、魔王エゾモンはまだ生きています。
あの融合儀式だって、また別の場所で行われるかもしれない」
「恐れは悪いものではない。
恐れを知っている者ほど、正しく剣を振るえる」
イサードの言葉は、キラの心に静かに染み込んでいった。
城壁の下では、騎士たちが忙しなく動いていた。
魔石砲の砲台は分解され、修理班が魔力回路を調べている。
補給部隊は、残された魔石を一つでも多く再利用しようと奔走していた。
だが、誰もが理解していた。
この要塞は、今や“形だけの防衛線”に過ぎない。
もし魔王軍が攻めてくれば、持ちこたえられる保証はない。
同盟軍が攻め込もうとしても、魔石も兵力も足りない。
「・・・・・イサード少将」
キラが小さく呼びかける。
「これから、どうなるのでしょうか」
イサードはしばらく黙っていた。
遠くの闇を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「戦いは、剣と魔法だけで行われるものではない。
情報、補給、外交・・・・・あらゆるものが戦場になる。
これからは、目に見えない戦いが続くだろう」
「目に見えない・・・・・」
「そうだ。魔王軍も同盟軍も、互いに傷を抱えたまま、次の一手を探る。
誰もが動けないのに、誰もが動こうとする。
そんな時代が始まる」
キラは唇を噛んだ。
「・・・・・怖い時代ですね」
「だが、希望もある」
イサードは静かに言った。
「剣を振るわずに済む時間が、少しでも長く続けば・・・・・
その間に、誰かが道を見つけるかもしれない。
魔族と戦わずに済む道をな」
キラは目を見開いた。
「・・・・・そんな道、あるのでしょうか」
「わからん。だが、探す価値はある」
イサードの言葉は、冷たい風の中でも揺るがなかった。
その風は、戦いの終わりではなく――
新たな緊張の始まりを告げていた。
同盟軍と魔王軍は、互いに深い傷を抱えたまま、長い冷戦の時代へと足を踏み入れた。
剣を収めた騎士や兵士たちの背後で、見えない戦いが静かに始まろうとしていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
気に入っていただけた方は、ぜひ、
・ブックマーク
・下の評価で5つ星
よろしくお願いいたしますm(__)m
つけてくれると、嬉しいです。




