第78話「膠着の果てに」
第78話
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魔王の名は、エゾモン。
魔界の北部一帯――果てしなく続く闇の大地を支配する王である。
その配下には、“エゾモン72柱”と呼ばれる有力魔族たちがいた。
翼を広げれば空を覆う者。
獣の群れを従え、地を揺らす者。
死霊の軍勢を操り、夜を永遠に引き延ばす者。
瘴気を撒き散らし、森を腐らせる者。
姿も性質も、まるで別種の生物のように異なる。
だが彼らは皆、エゾモン王の名のもとに集い、覇権を支える柱だった。
2年に及ぶ激戦の果て、その半数以上が、すでに失われている。
残るは32柱。
本来なら、勢力として崩壊していてもおかしくない損害だった。
だが、魔王軍は崩れなかった。
むしろ、残った魔族たちは狂気じみた忠誠心で軍団を率い、死を恐れぬ突撃を繰り返してくる。
彼らの眼には、恐怖も迷いもない。
ただ、王の命令を果たすために命を燃やす、異様な光だけが宿っている。
・・・・・・・・・・
エドザー王国とムツート連合国の軍事同盟軍もまた、深刻な損耗に苦しんでいた。
エドザー王国が誇る魔道具技術。
高威力の魔石砲。
供給魔力量リミット機能付きの起動魔道具。
最新技術を惜しみなく投入し、戦線を維持してきた。
だが、それでも押し返せない。
ムツート連合国が提供した“冥界の大森林”の偵察情報。
死を覚悟した偵察隊が何度も森に潜り、命と引き換えに持ち帰った情報がなければ、戦線はとうに崩壊していたかもしれない。
それでも、勝てない。
力は均衡し、どちらも決定的な一手を欠いていた。
――要塞都市ダイヴァス。
同盟軍の心臓部ともいえる作戦本部は、昼夜を問わず灯りが消えることがなかった。
巨大な卓上地図が部屋の中央に広がり、魔王軍と同盟軍の位置が色分けされた駒で示されている。
地図には、ムツート連合国の偵察隊が命を賭して得た情報が細かく書き込まれていた。
湿地帯。
霧の谷。
魔力濃度が異常に高い領域。
魔族が潜伏しやすい洞窟網。
魔界の瘴気が濃く、魔石砲の威力が落ちる地帯。
それらすべてが、地図の上に緻密に描かれている。
だが、その情報を持ってしても、戦局は動かない。
「・・・・・また、前線から損耗報告です。第三師団、戦闘可能人数が半数を切りました」
報告を受けた参謀たちの表情が曇る。
誰も驚かない。
驚く余力すら、もう残っていなかった。
「魔王軍側も、32柱のうち1柱が沈黙したとの情報が入りました。ですが・・・・・」
「だが、戦線は崩れない・・・・・、か」
老練な参謀長が低く呟く。
その声には、疲労と焦燥が滲んでいた。
「魔王軍は、残った柱が狂ったように軍団を率いている。あれは・・・・・もはや常識では測れん」
「エゾモン王は、まだ前線に姿を見せていないのですよね?」
若い士官が問う。
その声には、恐怖と期待が入り混じっていた。
「見せていない。だが、それは余裕があるからではないだろう・・・・・と思いたいところだ。例えば、エゾモン王が動けば、魔界北部全体の秩序が揺らぐのかもしれない。その瞬間、魔界で他の勢力や反乱分子が動く可能性があるのかもしれない。いずれにせよ、奴にとっても、“動けない”のだというのが状況からの私の結論だ」
「・・・・・では、こちらが攻勢に出るべきでは?」
「出せる戦力が残っていればな」
参謀長は苦笑した。
その笑みは、あまりにも痛々しい。
「師団長となる少将を新たに任じようにも、人材が足りん。徴兵を増やせば内政が崩れる。技術開発を急げば、新たな魔道具を扱える熟練者が間に合わない。魔石砲台は強力だが、魔石の補充が追いつかん。エンチャント魔道具は優秀だが、強力で複雑な魔道具は扱える者が少ない」
「・・・・・つまり」
「一気に押し切れるほどの余力は、とうに失われている」
部屋の空気が重く沈む。
誰もが理解していた。
だが、言葉にされると、その現実はより残酷に響いた。
「魔王軍も同じだ。
こちらも同じだ。
どちらも決定打を打てない。
打てば、その瞬間に自分の足場が崩れかねない」
参謀長は深く息を吐いた。
「・・・・・これが、膠着状態の正体だ」
そのとき、作戦本部の扉が勢いよく開いた。
「報告! 前線より緊急伝令!」
若い伝令兵が駆け込み、息を切らしながら叫ぶ。
「魔王軍の動きに異変あり!
霧の谷で、魔力濃度が急激に上昇!
魔族の大規模な集結が確認されています!」
参謀たちが一斉に顔を上げた。
「・・・・・ついに、動くのか?」
「いや、まだだ。エゾモン王本人ではない。だが・・・・・」
参謀長は地図の上に手を置き、低く呟いた。
「この膠着を破る“何か”が、始まろうとしているのだろう・・・・・」
要塞都市ダイヴァスの空気が震えた。
均衡がついに揺らぎ始めたのだ。
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