第64話「ユーモアと地雷」
第64話
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今日からさかのぼること2か月間の昼休み。
王立学園の中庭には穏やかな風が吹いていた。
エドザー王家 第3王女 センナ・フォン・エドザー
キーバッハ公爵家 次女 ムネルダ・フォン・キーバッハ
そして私は、
中庭の木陰にあるベンチに腰掛けながら優雅に紅茶を傾けていた。
センナ:「一番おいしいスイーツは何かしら?」
金糸の刺繍が施されたハンカチで口元を拭いながら問いかける。
ムネルダ:「それは難しいわ。マカロン、マドレーヌ、シュー・ア・ラ・クレーム、ノネット、フィナンシェ、それとそれと・・・モンブラン、ガトー・オ・ショコラ、ラング・ド・シャ・・・エクレア!それとそれと」
指先で数えながら答えていく。
センナ:「ふふふ、カヌレ、ガレット・ブルトンヌ、オランジェット、タルト、クレームダンジュ、シフォンケーキ」
ムネルダがフンフンと頷きながら指先で数えていく。
2人は次々とスイーツの名を挙げていく。
その数、優に三十を超えていた。
もう、3人の指では足りない。
ムネルダ:「どれも甲乙つけがたいわっ!」
センナ:「そうね。とっても難しい話題になってしまいましたね」
そして、唐突に私へと視線が向けられた。
ムネルダ:「一番おいしいスイーツは?」
センナ:「どう思いますの?」
トシード:(・・・・・)
背中に冷たい汗が流れるのを感じる。
正直、知らないスイーツも結構入っていた。
この沈黙のプレッシャー。
沈黙時間は3秒ぐらいだったと思うが、体感としては10分ほどに感じられた。
とっさに頭に浮かんだスイーツを答えた。
トシード:「バースクチーズケーキ」
2人は顔を見合わせ、そしてさらに沈黙が流れた後、首を傾げた。
センナ:「聞いたことがありませんわ」
ムネルダ:「それはどこのスイーツなの?」
再び、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
トシード:(しまった。。。知らないのか。。。)
私の脳みそが高速回転を始める。
このピンチをどう乗り越えるのか。
前世でバースク地方で食べた、焦げ目の香ばしい、濃厚でとろけるチーズケーキ。
それが、バースクチーズケーキだ。
現世でも、260年前にバースク地方と呼ばれていた所へ行けば食べられるのだろうか。
しかし、そこはサマヴァー獣人王国の中。
しかも、海沿いだから国境からもっとも遠いところにある。
ということで、食べたことがあるとは言えない・・・
何か、何かをはやく言わないと・・・うーん、うーん・・・
トシード:「アスーカ教立図書館・・・。そう、アスーカ教立図書館でイネザベス先生が菓子レシピの本を見ていたんです!素晴らしく美味しいと書いてありました。はいっ」
その後、いろいろあって、私はバースクチーズケーキを作ることを約束することになったのです。。。
・・・・・・・・・・
そして、ついに今日がきた。
イネザベス先生の研究室。
トントントンと軽快で優しいノックが響いた。
待ちかねていた私は、はじめのトンで立ち上がり、最後のトンでドアの前にいた。
そして、深く一呼吸し、優しくドアを開けた。
「ようこそ、イネザベス研究室へ。お待ちしていました」
センナ:「こちらこそ。とても楽しみにしていましたわ」
ムネルダからは言葉はなく、目がキョロキョロとすでにバースクチーズケーキを探している。
私は2人をテーブルへとエスコートする。
研究用の頑丈でどっしりとした飾り気のないテーブル。
そして、背もたれのない立方体の飾り気のないイス、木の箱といったほうがしっくりとくるイス。
テーブルには、いつの間にかイネザベスとカコレットがいる。
センナ:「まさに、菓子研究室といった雰囲気ですね」
イネザベスがピクッと目じりを上げた。
その動きは、まるで細い糸が張り詰めたような緊張感を帯びていた。
口元は笑っているが、目の奥には冷たい光が宿っている。
「・・・菓子研究室、ですって?」
声は微かに聞き取れるような小声で穏やかだが、語尾にわずかな棘が混じる。
空気が一瞬、凍った。
私はあわててセンナの耳元でささやく。
「センナさんっ・・・。ここは、魔道具の研究室です」
センナ:「そ、そうでしたわ。素晴らしい魔道具がいろいろとありますわね。ほほほほほ;」
イネザベスがニコッと笑った。
その笑みは、春の陽射しのように柔らかい。
けれど、どこか風のない空に雷雲が浮かんでいるような、妙な圧を孕んでいた。
センナの顔から、思わぬ地雷を踏んでしまったことを悟っているのがわかる。
イネザベス:「ふふ・・・センナさん。ユーモアは大切ですわね」
声は優しく、表情も崩れていない。
カコレット:「ま、まあ、まあ、まあ。トシード!ケーキの準備準備!」
はっとした私は、冷蔵庫へと急いだ。
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