第106話「海の災厄、静かに動き出す」
第106話
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アスーカ聖堂の地下深く。
260年の眠りから覚めた龍海将ブルイドンは、
ゆっくりと立ち上がった。
封命供魔の解消。
それは同時に、
アーソンを守っていた巨大な結界の“消失”を意味していた。
キヨフレッドとサリアが現世に戻ったことで、
結界の根幹を成していた魔力の柱は完全に失われた。
アーソンは今、260年ぶりに“無防備”となった。
ブルイドンの青い瞳が細められる。
「……結界が、消えたか」
その声は、深海の底から響くような低い音だった。
「封命供魔……
ついに解かれたのだな、キヨフレッド……サリア……」
唇がゆっくりと歪む。
「ならば――
海核を奪い返す時が来た」
聖堂の空気が震え、
魔力が渦を巻く。
ブルイドンは一歩踏み出した。
その足音だけで、石床にひびが走る。
だがその動きには、
かすかな“鈍さ”があった。
海核がない。
海魂と肉体は完全に回復しても、
ブルイドンはまだ“完全体”ではない。
それでも――
その存在は災厄そのものだった。
・・・・・・・・・・
そのとき――
聖堂の奥から、静かな足音が響いた。
「……目覚めたか、ブルイドン」
白い法衣をまとった男が現れた。
アスーカ教皇。
その顔には、
いつもの冷静さとは違う“昂り”が宿っていた。
ブルイドンは振り返り、
冷たい瞳で教皇を見下ろした。
「貴様も感じたか。
封命供魔の解消……
そして結界の消失を」
教皇は鼻で笑った。
「当然だ。
アーソンの結界が消えたことなど、手に取るように分かった」
ブルイドンの瞳が細められる。
「……キヨフレッドとサリアが目覚めたか」
「そうだ。
そして海核は依然としてアーソンにある。
結界が消えた今、海核は“むき出し”だ」
教皇はブルイドンを見上げ、
まるで“下僕に命じるように”言い放った。
「取り戻せ。
海核をだ」
ブルイドンの唇がゆっくりと歪む。
「命令口調とは……
相変わらずだな、教皇よ」
「当然だ。
お前は海核を失った不完全体。
今の貴様は、私の力なしでは満足に動けまい」
ブルイドンの瞳が鋭く光る。
「……ふん。
利用してやるだけだ」
教皇は薄く笑った。
「それでいい。
互いに利用し合えばいい」
・・・・・・・・・・
教皇は手を叩いた。
すると、
影から黒い衣をまとった者たちが音もなく現れた。
十名。
いや、二十名。
気配を消し、影と同化するように立つ彼ら。
アスーカ教皇直属の秘密組織――
暗部《深影》。
教皇は冷たく言い放つ。
「《深影》よ。
アーソンへ向かえ。
海核奪還の障害となる者を排除しろ」
深影の一人が、
静かに膝をついた。
「御意。
すでに潜入経路は確保済み。
アーソン内部の“要所”を無力化いたします」
別の者が続ける。
「ブルイドン様が到達される前に、
海核周辺の抵抗勢力を排除しておきます」
ブルイドンは鼻で笑った。
「人間ごときが、我のために道を作るか。
滑稽だな」
教皇は冷たく返す。
「お前は海核がない。
今の貴様は、深影の一人にも劣る」
ブルイドンの瞳が鋭く光る。
「……言わせておけば。
海核を取り戻せば、貴様など――」
教皇は遮った。
「その時は、その時だ。
今は黙って従え」
ブルイドンは舌打ちし、
深影たちを見下ろした。
「好きにしろ。
ただし――海核には触れるな」
深影たちは一斉に頭を垂れた。
「御意」
そして、
影のように音もなく消えた。
アーソンへ向けて。
・・・・・・・・・・
ブルイドンは聖堂の中央に戻り、
巨大な水盤の前に立った。
水盤は、
海とつながる“魔海門”。
ブルイドンが手をかざすと、
水面が黒く染まり、
深淵のような渦が生まれた。
「海よ……
我に従え」
低い声が響く。
水盤の中で、
巨大な影が蠢いた。
海獣たち。
260年前、ブルイドンの配下として世界を襲った
深海の怪物たちが、
再び呼び起こされていく。
「目覚めよ……
我が眷属たちよ……」
水盤の中から、
低い唸り声が響いた。
海獣たちの魂が、
ブルイドンの呼び声に応じて覚醒していく。
だが――
その動きはどこか鈍い。
海核がない。
ブルイドンの力が不完全なため、
眷属たちも完全には目覚めきれない。
ブルイドンは舌打ちした。
「……やはり、海核がなければ力が足りぬか」
教皇は冷たく言った。
「だからこそ、取り戻すのだ。
お前の“本来の姿”を取り戻すためにな」
ブルイドンは手を引き、
静かに背を向けた。
「ふん、準備は整った」
・・・・・・・・・・
ブルイドンは聖堂の出口へ向かう。
深影たちはすでにアーソンへ向かった。
影のように、音もなく。
教皇はブルイドンの背に声をかけた。
「ブルイドン。
海核を取り戻せ。
それが――お前の存在理由だ」
ブルイドンは振り返らない。
「命令するな。
海核は……我がものだ」
夜空を見上げる。
海魂が空気を震わせ、
遠くの海が応えるように波を立てる。
「行くぞ……
海核を取り戻すために」
その声とともに、
海が咆哮した。
波が立ち上がり、
海獣たちが次々と姿を現す。
深海の怪物たち。
260年前、世界を恐怖に陥れた眷属たち。
ブルイドンは静かに歩き出した。
その足音に合わせて、
海が揺れ、空が震えた。
「待っていろ……
キヨフレッド……
サリア……
そして――アーソンよ」
青い瞳が、
冷たく光った。
「海核を奪い返し、
世界を再び海へ沈めてやろう」
その瞬間――
世界に、再び“海の災厄”が迫り始めた。
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