第102話「ひとひらの温もり」
第102話
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アーソン城地下の最深部――
二つの玉座が並ぶ広間。
その片方には、深い眠りについたままのキヨフレッドが横たわり、
もう片方には、目を覚ましたばかりのサリアが静かに座っていた。
サリアは、長い眠りから覚めたばかりの身体をゆっくりと動かしながら、
隣に眠るキヨフレッドの顔を見つめている。
その表情には、安堵と寂しさ、そして深い愛情が入り混じっていた。
「……キヨ。
ずっと探していたのに、見つからなかった理由……ようやくわかったわ」
サリアは小さく微笑んだ。
その声は、深淵の孤独を越えて戻ってきた魂とは思えないほど、柔らかかった。
私はサリアの隣に腰を下ろし、静かに頷いた。
「キヨフレッドの魂は……私の中にある。
深淵を抜け出したとき、私の魂と融合してしまったんだ。
だから今の私は、トシードであり……キヨフレッドでもある」
サリアは驚きも怒りも見せず、ただ静かに目を閉じた。
「……そう。
でも、それだけで十分よ、トシード」
その言葉に、胸がじんと熱くなる。
深淵での孤独を思えば、彼女の心はもっと荒れていてもおかしくない。
それでもサリアは、誰も責めず、ただ現実を受け入れ、前を向こうとしていた。
アーソン城地下の最深部は、もともと結界のためだけに造られた場所だ。
高い天井、冷たい石壁、装飾のない床。
そこにあるのは二つの玉座と、巨大な光属性の黄色い魔石だけ。
本来なら、人が暮らすにはあまりにも無機質で、寒々しい空間だった。
だが――サリアがここで過ごすと決めたとき、私は考えた。
せめて、彼女が寂しくないように。
せめて、心が休まる場所になるように。
その夜、私はガオンと一緒に、こっそりと必要なものを運び込んだ。
柔らかなベッド。
温かい毛布。
木製の小さなテーブル。
食器や魔石ランタン、湯を沸かすための小さな魔導炉。
ガオンは大きな荷物を抱えながら、何度も転びそうになっていた。
「トシ……これ、重いおん……!
でも、サリアのためなら……がんばるおん!」
「無理するなよ。
でも……ありがとう、ガオン」
二人で運び込むたび、殺風景だった空間が少しずつ変わっていく。
冷たい石壁に布をかけ、ランタンの灯りが揺れると、
まるで別の場所のように柔らかい影が生まれた。
サリアはその変化を見て、ふわりと微笑んだ。
「……ありがとう。ふふふ」
「サリアがここで過ごすなら、少しでも居心地が良い方がいいと思って」
サリアはそっとベッドに触れ、
テーブルの上に置かれた花瓶――ガオンが森で摘んできた小さな花――を見つめた。
「……ありがとう。
本当に……ありがとう」
その声は震えていた。
深淵での孤独を思えば、この温もりはきっと胸に沁みたのだろう。
サリアは、眠るキヨフレッドの手をそっと握りながら過ごしている。
その姿は、まるで長い旅から帰ってきた家族を迎えるような、
静かで、優しい時間だった。
「キヨ……あなたの魂は、トシードの中にあるのね。
でも……あなたの体はここにある。
だから、私はここで待つわ。
あなたが戻ってくるその日まで」
私はその言葉を聞きながら、胸の奥が温かくなるのを感じた。
サリアは強い。
深淵に囚われても、心を失わなかった。
そして今も、キヨフレッドの帰還を信じている。
私は彼女の隣に座り、静かに言った。
「キヨフレッドの魂は……確かに私の中にある。
でも、いつか必ず……分離する方法を見つける」
サリアは微笑んだ。
「ええ。
その日が来るまで……私はここで待っているわ。
あなたたちが帰ってくる場所を、ちゃんと守っておく」
その笑顔は、深淵の闇を越えて戻ってきた魂とは思えないほど、
あたたかく、優しかった。
・・・・・・・・・・
数日が経つと、地下の空間はすっかり“生活の場”になっていた。
ガオンが持ってきた果物の香り。
サリアが淹れる温かい茶の湯気。
ランタンの灯りが石壁に柔らかな影を落とす。
サリアはキヨフレッドの手を握りながら、
ときどき私に微笑みかける。
「……ここ、あたたかいわね。
こんな場所だったなんて、信じられないくらい」
「サリアがいるからだよ。
君が笑うと……空間まで明るくなる」
サリアは照れたように目を伏せた。
「……そんなこと、言わないで。
でも……ありがとう」
深淵の孤独を知る者が、
いま、みんなと同じ空間で笑っている。
その事実が、何よりも嬉しかった。
サリアはキヨフレッドの手を握り、静かに語りかける。
「キヨ。
あなたの魂は、ちゃんとここにいるわ。
トシードの中で、あの人を支えている。
だから……安心して眠っていて」
私はその言葉を聞きながら、
胸の奥でキヨフレッドの魂が静かに揺れるのを感じた。
トシードとキヨフレッド。
二人合わせて一人であり、どちらかという感覚は意識していなかった。
だがいま、サリアの声に応えるように――
キヨフレッドの魂の部分だけが、確かに揺れた。
・・・・・・・・・・
アスーカ聖堂の地下深く。
陽光も風も届かぬその空間は、
冷たい石と、古代の魔力の残滓が重く沈殿していた。
空気は凍りついたように静まり返り、
まるでこの場所だけ時間が止まっているかのようだ。
だが――
石壁に刻まれた古代文字が、
ひとつ、またひとつと淡く光を帯び始める。
床を這う魔力の紋が震え、
空気が低く唸りを上げる。
そして、
その中心に横たわる巨大な影が――
ゆっくりと、目を開けた。
深海の底のように冷たく、
光を吸い込むような青い瞳。
龍海将ブルイドン。
260年前、世界を海の底へ沈めようとした災厄。
英雄キヨフレッドとサリアが命を代償に封じた“海の王”。
だが今――
その肉体は完全に再生され、
海魂は完全に満ちていた。
ただひとつ欠けているのは、
海核。
ブルイドンの胸の奥で、
海魂が静かに渦を巻く。
「……目覚めの時は、整った……」
その声は、
大地の底から響くような低い音だった。
ブルイドンはゆっくりと立ち上がる。
その動きだけで、聖堂全体が震えた。
「海核……
我が力の核……
我が存在の中心……」
青い瞳が細められ、
遠く離れたアーソンの方向を見据える。
「待っていろ……
キヨフレッド……
サリア……」
青い瞳が、冷たく光った。
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