第100話「軋む封印」
第100話
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アーソン城地下の最深部。
高い天井、冷たい石壁。
空気そのものが凍りついたような静寂の中――
2つの玉座に、キヨフレッドとサリアが静かに座っていた。
「……トシ……ここ、すごく……さみしいおん……」
「……ああ」
トシードは胸の奥を締めつける痛みに耐えながら、
ゆっくりと2人へ歩み寄った。
近づくほどに、
痛みは鋭く、深く、心臓を掴むように強くなる。
まるで――
“戻ってこい”と呼ぶ声と、
“来るな”と拒む声が同時に響いているようだった。
トシードは震える両手を伸ばし、2人の手に触れた。
その瞬間――
バチィッ!!
玉座の間が青白い閃光に包まれた。
「トシード! なにか、でてくるおん!!」
ガオンの叫びが反響する。
玉座と玉座の間――
本来は“空白”であるはずの空間が、
水面のように波打ち、歪み、裂けていく。
空気が震え、
石壁が低く唸り、
魔力が逆流するような圧が押し寄せた。
「これは……?」
トシードは目を見開いた。
空間の裂け目から、
青白い球体を格納した透明の箱がゆっくりと姿を現した。
ドクン……ドクン……
まるで巨大な心臓が脈打つような重い鼓動。
光は生き物のように脈動し、
玉座の間全体がそのリズムに合わせて震えていた。
「……これは……」
胸の奥が激しく脈打つ。
痛みではない。
恐怖でもない。
――この魔力。
――覚えている。
――知っている。
――これは、あのときの……。
ガオンが震えた声で言った。
「トシ……これ、なにおん……?」
トシードは息を呑んだ。
「……ブルイドン……」
自分でも驚くほど自然に、その名がこぼれた。
「え……?
トシ、ブルイドンって……これがブルイドンなの?」
「……この魔力は……この脈動は……
……前に感じたことがある……」
胸の奥で、記憶の断片が閃光のように走る。
――海が割れた。
――空が震えた。
――巨大な影が、世界を覆った。
「……ブルイドン……」
ガオンが息を呑んだ。
「あの、海の……?」
「そうだ……
この魔力……間違いない……
これは……ブルイドンの“核”だ……!」
玉座の間が低く唸り、
海核が脈動を強めた。
ドクン……ドクン……ドクン……!
まるで、
長い眠りから目覚めようとしているかのように。
ガオンが震えた声で言った。
「トシ…これ、やばいおん……
なんか……おきるおん……!」
トシードは歯を食いしばった。
「……誰かが……
何百年もかけて、この封印を揺らしていた……
その目的は……これだ……!」
海核の光が激しく明滅し、
玉座の間の空気が震えた。
「ブルイドンを……目覚めさせるため……!」
・・・・・・・・・・
アーソンから遥か東。
山岳地帯の奥に、白い大理石で築かれた巨大な聖堂がそびえている。
アスーカ聖堂。
その最奥、誰も立ち入ることを許されない“祈祷の間”で――
ひとりの男が静かに目を閉じていた。
アスーカ教皇。
白い法衣をまとい、
まるで石像のように微動だにしない。
だがその瞬間――
トクン……
空気が揺れた。
教皇のまぶたが、ゆっくりと開く。
トクン……トクン……トクン……
遠く、遠く離れた地から、
微弱な魔力の脈動が伝わってくる。
「……ほう」
教皇の口元が、わずかに歪んだ。
「ついに……動きましたか」
彼は立ち上がり、
祈祷の間の中央に置かれた黒い水晶へ手をかざした。
水晶の中に、
青白い光が揺らめく。
トクン……トクン……トクン……
その光は、
まるで心臓の鼓動のように脈打っていた。
「海核の鼓動……
260年ぶりに聞く音色ですね」
教皇の声は、
静かで、冷たく、そして甘美だった。
「封命供魔の結界……
ついに“ほころび”が生じたようだ」
彼はゆっくりと笑った。
水晶の中の光が強く明滅する。
教皇は目を細めた。
「――ブルイドンの目覚めも、もうすぐのようだ」
祈祷の間の空気が震え、
壁に刻まれた古代文字が淡く光り始める。
「さあ……
世界よ、再び揺らぐがいい」
教皇は両手を広げ、
天井を仰いだ。
「260年の時を経て……
ついに“その時”が来たのですから」
彼の笑みは、
静かで、深く、底知れぬ闇を孕んでいた。
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