契約と労働と新たなる生活
魔法が通じないことに気付いたストリーは正座をして俺に交渉を持ちかけてくる。
その顔は苦しそうな顔に笑顔をどうにか張り付けている。
脂汗だらけの顔はかわいらしい容姿でも、焦燥感が見て取れた。
「異世界人くん。それではえーと、んと……。名前! そう名前だ! それを教えてくれるかい?」
「勇。イサムだけど?」
「ふっふふふふ。イサムね! そうかイサムか」
そういうと、俯きながら暗い笑みを浮かべる。
何がそんなにうれしいのだろう?
俺がそんな風に考えていると、ストリーは突然、饒舌に話し出す。
「はぁはっはぁー! 馬鹿め! 名前を簡単に差し出したな? この間抜け目め!」
そう高らかに宣言した後、目をつぶり何やら呪文を唱え始める。
「我が名はストリ―悠久の大魔女である。我が真名においてここに契約を為さん! イサムよ! 我が命に従い、下僕となれ! 契約の魔人 ガネドよこの縁に祝福あれ!」
一息にそういうと、俺が立つ地面には魔法陣が現れ、辺りは暗雲が立ち込める。
そして雲の間から大きな紫の腕が降りてきた。
その腕に俺は動揺する。
「おいふざけんな! なんだこれは!」
「はぁーはっはっ! それは契約の魔人の腕よ! 何人も魔の契約からは逃れられないのさ! お前は我が従僕としてこき使われるんだよ! 散々手こずったからね! 覚悟しなよ?」
勝ち誇った笑みを浮かべ、ストリーは勝利宣言してきた。
こいつ信用ならねぇ!俺は自分の迂闊さを呪った。
腕はもう目の前に迫っている! もうだめだ。 そう思った。
俺の身体に腕が触れる瞬間。悲鳴が響き渡った。
その悲鳴は、天高く雲の奥から聞こえた。
降りてきた腕はというと、俺の身体に近づいた瞬間霧散して俺の身体の中に取りこまれていったのだ。
慌てて先端が消失した腕は雲の合間に消えていく。どうやら助かったようだ。
その状況に放心しているストリーに俺は向き直り、威圧的な口調で話しかける。
「馬鹿はお前だったな? 交渉の場でだまし討ちなんて」
再度ストリ―は脂汗を噴き出している。
だが俺は油断しない。これが最後の手段とも思えないのだ。
「お前は聞かれたことにだけ答えろ。 いちいちこんな茶番に付き合いたくはない。わかったな?」
俺は昨日行ったおそらく魔力を操る攻撃の動作を見せながら威圧した。
ストリーはこくこくと首を縦に振る。
試しに直接ぶん殴ろうとすると、確かに出来なさそうだ。
身体が動かなくなるような変な感覚がある。
俺は直接報復することは諦めいくつか質問した。
「まず、なんで街の外にあるような家壊しただけで、国から催告書が来るんだ? おかしいだろ?」
「いやぁ……。国から受けてた援助であそこ使っててね? それ壊したからね? 仕方ないのよね。 一応実験の失敗ってことで君の研究結果はまだ知られてないんだけど」
「おいまて……? なんで俺の研究結果が国と関係あるんだ?」
まぁ確かに聞いてる限り危険人物なのは間違いないが、研究結果という言い方が引っかかる。
この事態には国が絡んでいるのなら、裏を知っといた方がいい気がする。
「元々は国の事業だったんだよねこの実験。最初は死霊術で、労働力を増やそうって実験だったんだ。
でもうまくいかなくてね? 耐久性と見た目と意思の疎通の問題で、死体を長期間運用しようとするとどうしても腐敗がひどくてね。死霊術師がいないと命令もできないし。それでお蔵入りしそうだったんだけど。そこを私が引き継いだってことさ」
死体を使うって……。その計画に一番足りなかったの倫理感なんじゃねーかな?
全体的におよそ人の行う所業ではなく俺はドン引きしていた。
「んで引き継いで、俺ができたと。つまり俺は期待通りの形で生まれてれば、労働力として働かせられてたってことか?」
「まぁ今や、借金で働くことになるんですけどね」
ストリーは嫌味を言ったつもりだろうが、あの催告書には穴がある。
俺はストリーの使い魔という物になった記憶がない。
おそらく先ほどの契約の魔人とやらが、使い魔の契約なのだろうが俺は無効化されている。
つまりは、従う理由がないのだ。
それに聞いた話ではほぼ無敵の身体を俺は持っている。そんなもんにわざわざ国が構う必要もない資源の浪費にしかならないのだ。それに気づかないほど愚かな為政者などいないだろう。
「俺はここでお前を置いてほかの国? あるのか知らんが高跳びすりゃ終わりだろ?」
確かに面倒はあるかもしれんがこのどぐされと一緒にいるよりはマシだ。
間抜けだが、根本的にクズでマッド。人権とか倫理観ってものが一切ない。
国も話を聞く限り同様だ。この国にいるメリットがなさすぎる。
金はないが、強い身体と魔力というのもある。なにか仕事はあるだろう。
というか、これは結果としては流行りの異世界転生というものなのだろう。
それなりにチートな身体が手に入ったようだし、自由気ままに生きてみるのもいいかもしれない。
俺が新たな人生の門出を夢想して悦にいっていると、リドリーがにやにやとした笑みを浮かべ割り込んできた。なんだこいつ? まだいたのか?
「残念ながら、君は逃げられないよ? その身体は定期メンテが必要なんだ。もって一年ってとこ」
やはりそうか。そう都合よくはいかないようだ。
「だが、別に俺は一年でもいいさ。そのあとはおとなしく死ぬさ。どうせもう一度死んだ身だ。 悔いはない。 それに死んだら天国行ってからまた転生だろ? それなら怖くない」
「いや? 行けないよ?」
「はぁ?どういうことだ! 確か輪廻の輪に戻ろうとしたから堕落させたとか言ってたが、そこまで騙しきれないから急いだって……」
「まず君、輪廻って世界の理なんだよ? それに逆らった魂しかも怨霊を、そうそう受け入れてくれる筈ないじゃん。よくて地獄逝きさ」
「それはお前のせいだろうが!」
「そんなのお構いなしさ。 まぁ、それ以前にその身体が崩壊したら、よくて不死身の人食いグールか、悪くてこの世界のすべてを飲み込むブラックホールになるから、魂が抜けだすことなんかできないよ」
俺は絶句した。
自分の詰んだ状況にもだが、こいつマジでなんてもん作ってんだ……。って気持ちの方が強い。
こんなん世界を滅ぼそうとして作ったと言われた方がまだ納得できる。
こいつ恐ろしく馬鹿だ。そしてすごく能力はあるやつ。世界にとって害悪にしかならないそういうタイプの人間だった。
「お前まじで自分がなにしたかわかってる?」
「何って? 錬金術の偉大さを広めているだけだよ?」
ストリ―は表情も変えず宣った。
「あほか! 行かれた世界抹殺装置作っただけだよ!」
いかんいかん。あまりの無軌道ぶりに、また暴れだしそうになる。
「とりあえず俺はまっとうに死んで天国に行きたい。 どうすりゃいい?」
「善行を積むことだよ。 おあつらえ向きに開拓村は困っている人間も多い筈さ。 どのくらいかは私はわからないが、世界が救われるような善行を積めば天も許してくれるんじゃない?」
多分こいつを今ここで殺したらすげー善行な気がする。
「他人事と思いやがって! あとおまえは俺がこの身体から離れられるようにしてくれるのか?」
「そこは安心してよ。 流石に欠陥がある物を放置はできないし、後世に悪名を残したくはないし」
十分世界一の悪人と名を残すことをやっている。
だが、俺はこいつに縋るしかないようだ。
業腹だがこいつの言うように善行を行い。神様?にお許しいただいた上で安全に死ぬ。
せっかくの異世界転生が随分後ろ向きな目標になってしまったが新たな異世界生活がここにスタートしたのだった。